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プロ非童貞杉山広光!!!   ~~花を求める四人組の冒険計画~~

作者: 幽霊のハチ

 『呑み処 昼から夜まで』という店名の居酒屋がある。少しこじんまりしている昔ながらの昭和テイストな店内に、そのシンプルの名の通り平日から土曜日曜祝日関係なく昼から夜まで営業している。さすがに昼間は暇を持て余して酒を飲むと堕落した人々しか集まらないが、夕方ともなると仕事を終えた客たちで賑わい、店内は活気に満ち足りていた。


「くぅ~~染みるわ! 肉体労働の後の一杯は最高だな!」

 もうすぐで三十代になる山中泰輔という男もそんな賑わいに参加している一人だ。


 彼は一か月と少し前に上司と揉めて会社を辞めた挙句にこの『吞み処 昼から夜まで』で友人たちとの揉め事に巻き込まれたりと揉め事に縁のある男だが、そんな彼も現在は新たに職を探しながらも短期という契約で土木関係の建設会社で働いている。主に彼の役目は雑用及び肉体労働といった感じだがそれでも泰輔は働くということに喜びを感じていた。


 以前会社に勤めていた時の泰輔は正直心の中で肉体労働をやっている者たちを見下していたが、いざ自分でやってみると印象は百八十度代わった。一緒に働いている人たちは言葉が荒い人も居れば、寡黙な人もおり、性格はさまざまだがみな新人の泰輔に親切に仕事を教えてくれたりと気のいい連中ばかりだった。何よりだ。体を目一杯動かし、疲れ切った肉体で飲む酒は旨いのだ。


 冷えたビールは喉から徐々に全体を冷やし、その後に飲む焼酎は疲れを癒すようにゆっくりと酔いが回っていく感覚が泰輔はたまらなく好きだった。


「染みるわー。犯罪的に染みるわー」

 だからだろうか。泰輔は一人で飲んでいるのに染みるわーと連呼しながら気分よく飲んでいた。傍から見たら痛々しい変人だが泰輔は気にしない。なぜなら彼は既に少し酔っているからだ。酔っ払いとはそういうものである。


 そうして泰輔が染みている間に聞き慣れた声で泰輔の元に一人の男がやって来た。


「おう悪い。遅くなった」

 黒縁眼鏡と少しハゲかかったデコが広い頭。彼の名前は杉山広光。泰輔の高校時代からの友人である。


 昔は料理人として働いていたが手首を怪我をして料理人としてダメになり、それ以来は働いておらず、現在は妹夫婦の家で世話になっているようだ。最近になってようやくアルバイトを始めたようだが基本的にはクズ野郎である。生ゴミ男として覚えてもらえればいい。


「おせーよ。もう飲んじまってるぞ」

 しかしそんな生ゴミともうすぐ三十になるというのに未だこうして顔を突きあわせていると泰輔は腐れ縁とは本当にあるのだなと感じるのであった。


「固いこと言うなよ。こっちは今日は忙しかったんだからよ。あー疲れた。腹減った」

 広光は今チェーン店のファミレスの厨房で働いているらしい。料理人だった広光ならば厨房での手際は心配していないが、広光が料理人を辞める原因の手首の怪我は未だに後遺症が残っているらしく、泰輔はそのことが心配だった。


「ちゃんと上手くやれてるか? ファミレスとはいえたくさんの調理とか大変だろ?」


「ん? あぁ手か。まあ一応もう一度病院でちゃんと見てもらったら少しは良くなってるみてぇだ。まあやっぱ昔通りにはいかねえがファミレスくらいなら大丈夫だ」

 広光は自分の手首を見せて、そう言うので泰輔は安堵した息を吐くと共に自然とわずかだが笑みが出てくる。


「なら良かった。……まあ俺たちは一応友達なんだし、なんかあったら言ってくれ。力くらいにはなるよ」


「ヘッ。頼りになるか分かんねえけど、あんがとうな泰輔」

 二人は顔を見合わせて言い合うと互いに気恥ずかしくなり、泰輔は誤魔化すように残っていたジョッキに入ったビールを飲み干し、広光はいつものようにハイテンションの声で注文を頼む。


「恵ちゃーん! 注文いいかな! 俺広光です!」

 酒も飲んでいないのにこのハイテンション。さすが働きもせず妹夫婦に面倒を見てもらった経験がある男だと泰輔は広光の図々しさとクズさに感心してしまう。


「あの杉山さん注文するのに大きな声を出すのはいいんですけど、私の下の名前呼ばないでくれます? 一応個人情報なので」


「ダハハハ。いやー悪い悪い。まあそう怒るなって。俺と恵ちゃんの仲じゃねえの!」

 広光は何が可笑しいのか楽しそうに笑いながら注文を聞きに来た女の子の背中をバシバシと叩いている。こんな軽々しい態度を素面でやっていることに泰輔は戦慄を覚え、鳥肌が立つ。


「すいません杉山さん汚いので本当にやめてくれません? あと私と杉山さんの仲ってただの店員とお客さんの関係でしかないので馴れ馴れしい言葉を口にしないでください。正直キモいので」

 店員の女の子は女の子で遠慮なく馴れ馴れしいと広光に毒を吐く。


 この『吞み処 昼から夜まで』は筋肉だけが取り柄そうな元格闘家の男が店主をやっており、泰輔たちはここの店主を『筋肉店主』と呼んでおり、店員の女の子は筋肉店主の娘で、この『吞み処 昼から夜まで』をときどき手伝っている。名前は大山恵。彼女はまだ女子高校生でしかもかなり綺麗な顔をしている。客の割合がむさ苦しいおっさんが多いこの店では女子高生で美人な彼女が居るだけで店内は華やぐと言っても過言ではないだろう。


 そんなこの店の看板娘の恵と生ゴミが人間になったかのような広光が話している所を泰輔は少しだけ驚いてマジマジと見てしまう。恵がこんなに客と話しているのが珍しいのだ。 


 恵は確かに美人であるのだが、接客業をやっている人間にしてはなかなかの無愛想で客と必要以上に話しているのをこの店の常連である泰輔はあまり見ていないのだが、それがどうだ。彼女は毒こそ吐いているものの生ゴミ相手にはかなり親しげに話している。


「まあ固いこと言わねえでさ。なんなら恵ちゃんもバイト切り上げて一緒に吞むか? 金ねえから奢れねえけどな! ハハッ」


「いや私未成年ですから。はぁー。杉山さんはいいですね。こんなバカなことですぐに笑えるんですから」


「恵ちゃんも笑ったらいいだろ? アレだぞせっかくの可愛いのにもったいねえぞ?」


「……。はいはいどうもどうも。で、注文は?」


「とりあえず料理は鳥のから揚げで、酒は……カシスピーチで!」


「……相変わらず見た目と似合わないですね。まあはい了解しました。山中さんは何かあります?」


「ん? ああ、じゃあゆずハイボールで」


「かしこまりました」

 泰輔の注文を聞き終えると泰輔たちの席から離れる。


「恵ちゃんよろしくー」


「はいはい」

 広光の声に恵は振り返らず後ろ姿のまま軽い感じで手を振って、筋肉店主が居る厨房へと向かうのだった。


「…………」


「なんだよ泰輔俺の顔なんか見つめて。気持ちわりー」


「いやただちょっと感心しただけ」


「感心?」

 泰輔の言葉に広光はよく分からないみたいな顔を見せる。


「お前と恵ちゃんが結構仲好さそうだったから。ほらあの子って真面目に働いてるけど、客とそんなに話してる印象はないけど、お前に対しては気負ってなさそうだったから」


「そうか? ただ俺に対して態度悪いだけのような気がするけど。……まあでも俺の魅力なら当たり前か。ハハハ!」


「お前の魅力って……ハゲ症候群なのにか?」


「次ハゲって言ったら育毛剤ぶっかけるぞ!」


「買ってるんだ……」

 その割には効果はないようだが、それでも泰輔は内心では恵が広光に対してだけは少しだろうが心を開いている理由が分かってはいるつもりだ。


 杉山広光という男は怪我で料理人を辞めてからは住んでいたアパートの大家とは揉めて部屋から追い出されるわ、追い出されたら追い出されたらで妹夫婦の家にしばらくの間はバイトすらせずに寄生するわなどのゴミクズハゲ野郎であるが、それでもこの男は威圧というものを全く発揮しないのだ。ないだけかもしれないが。


 高校の時に知り合ってから大分経つが、広光はその威圧感のなさで昔から年下に好かれると言うか舐められるというか結果的に懐かれることが多いのだ。なので恵もこの広光の威圧感の無さと凄くうざい馴れ馴れしい態度のせいでなんだかんだ心を開いたのだろうと泰輔は勝手に予想する。


 広光のそういう所は素直に尊敬してしまう。同時にこの能力をもう少し別の方向で使えばもっと上手く生きていけるだろうにと泰輔は広光の不器用さがもったいなく思うが、生ゴミハゲ野郎じゃない広光は広光ではないので泰輔はそんな判断が難しい友人がおかしくなり、少し笑う。


「フフッ」


「なんだよ突然笑いやがって。言っとくけど俺はまだそこまでハゲてないし、これからも今の状態キープするからハゲねえぞ!」


「まあそういうことにしておくわ。……そういえばさ」


「あん? なんだよ?」

 泰輔は広光のことで少しだけ過去を振り返り、一つ気になったことが出来てしまい、どうでもいいことなのだが軽く広光に聞いてみることにする。


「お前って彼女って今まで居たことあったっけ?」


「…………」

 今まで笑顔だった広光から笑顔が消える。


「いやお前とは高校時代の仲だけど、高校の時はバイトと俺たちと遊んでばっかだったから仕方がないけど、お前が高校卒業してからもちょくちょく会ってるけどそういえば広光からそういう話聞いてないなと思って」


「…………」


「で、居るの?」

 泰輔が少し腰を浮かせて詰め寄るように広光に顔を近づくと広光は顔を背けてしまう。


「広光?」


「…………」


「広光、ねえ?」


「………………」


「広光お前もしかして彼女今まで居たことないの?」


「っ! …………!」


「……もしかして童て、」


「黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


「杉山さんが黙ってください。他のお客さんに迷惑なので。はいどうぞ」

 泰輔が問い詰め続けていたら広光はついに爆発するが、その瞬間タイミングよく恵が注文していた料理と酒を持って来て、淡々とテーブルに置きながら広光に注意をする。


「誰が童貞じゃいっ!」

 しかし広光は止まらない。


「杉山さんだから黙って」


「いいか何度でも言ってやる! 俺は童貞じゃねえっ!」

 広光はなんだか楽しそうにして、推理ドラマ特有の犯人はお前だの動作で泰輔を指さすが、童貞はお前だ。


「杉山さん黙れ」


「そう俺の名はプロ非……」


「黙れ」

 色々とクネクネと動いてなんだか決め台詞を吐き出そうとしたとこで恵が一喝する。その声の迫力は中学時代の強面の野球部の顧問を思い出される。伊達に飲み屋の娘として働いている訳ではないのだと泰輔は感心する。


「……すいません」


「次店の中で大きな声で騒いだら一か月出禁ですからね」


「はい……」


「分かってくれたらいいです。じゃあごゆっくり」

 料理と酒を持ってきた恵はスタスタと去っていく。


「泰輔」

 広光は小声で泰輔の名前を呼び、泰輔は広光に目を向ける。


「……あの子怖い」

「…………まあアレだな。お前の妹も大抵アレだし、女は怖いんだよ」

 泰輔の言葉に広光は強く同感していた。



 それから二人は酒を飲み、つまみは口にしながらある程度時間が経った所で泰輔は先程の話題にする。


「で、結局さっきも聞いたけどお前童貞なの?」

 泰輔はストレートに聞く。普通ならもう少しオブラートに聞くかそもそも失礼なので詮索はしないのだが、広光相手にそんなことを気にする泰輔ではないのだ。


「だから俺は童貞じゃねえ! いいかあんまり騒ぐと恵ちゃんに追い出されるから酔っ払って見境が無くなる前にはっきりと言うが、確かに俺は彼女は出来たことねえよ」

 広光も隠すことなく堂々と彼女は居ないと口にする。


「まあお前からそういう話聞いたことねえしな。出来たらお前自慢しまくるだろうし」


「だけど童貞じゃねえ」


「……セフレ?」


「そんな不埒な関係俺は認めん」


「じゃあ一夜限り」


「俺は永久に愛を求めるタイプだ」


「……風俗か」


「フッまあな」

 泰輔の言葉に広光は自慢げに頷くが、つまりそれは――

「――――素人童貞?」


「素人童貞と言うないっ! 俺は数々のプロの女たちと交じり合った男。その名もプロ非童貞杉山広光とは俺のことだいっ!」

 広光は恵に追い出されない程度の声に抑えながらも再びクネクネと動いてまるで決め台詞かのように自分をプロ非童貞だと言う。


「プロ非童貞ね。ハッ」

 そんな広光を泰輔は鼻で笑う。


「泰輔テメェプロ非童貞をバカにすんのか」


「プロ非童貞でも、もうすぐで三十の男が素人童貞だとな……」


「俺は堅気には手を出さないんだよ。そういう泰輔、お前はプロ非童貞なのかよ?」


「俺か? 俺はそういやそういう店は言ったことねえな。仕事の付き合いで上司の行きつけのスナックでカラオケ歌ったくらいしかないわ」


「ハッ」

 泰輔の言葉に今度はプロ非童貞が笑う。


「つまりお前はプロ童貞だということだな」


「事実かもしれないけど、響きが悪いからやめろ」


「そして俺は素人に関しては童貞だが、プロに関してならプロを知り尽くしたエキスパート! プロ非童貞杉山広光!!」


「……言ってて恥ずかしくないかそれ?」


「ない!」

広光は全く恥ずかしげも断言する。そんな友人は光り輝いているように見えるが、それはきっとハゲかかっているせいだろう。何せハゲはいつも輝いているのだから。


「まあお前がそれでいいならいいけど、でもな風俗はあんまり行きたいとは思わねえな俺は」

 泰輔がそう言うと広光は眉毛がピクリと動く。


「なんでだ?」


「なんでってわざわざ金を払ってヤるってのは……なんかな。それなら彼女作るとか。そもそも女を金で買ってるみたいで嫌な気分になりそうなんだよなぁ」

 もちろんこれは泰輔の偏見なのかもしれないが、やはりあまり行きたいとは思えないのだ。


「…………」


「広光?」


「……カ……ろっ……う!」


「あ? 聞こえねーよ。もう一回言ってくれ」

 泰輔は聞き返すと広光は、

「このバカ野郎!」

 叫んではいないもののその声には泰輔に対して確かな怒りが感じ取れた。


「お前の今の言葉は侮辱だぞ。初めてだ……。こんな侮辱を受けたのは初めてだぁ!」


「いやお前侮辱だらけの人生だろ」


「いいか泰輔。お前は俺をバカにしただけじゃなく、風俗で働いている女の子やボーイさん。そしてその店に居るバックに居る怖い人たちも一緒にバカにしたんだぞ!」


「風俗で働いてる人たちはともかくバックに居る人たちは捕まった方が世のためになると思うんだけど」


「シャラップ! とにかく風俗で働く人たちは学費のためや親の借金のためとか子供のため。趣味のために必要な金を稼ぐためや色んな目的がある。つまりお前の言葉はその人たちの目的すら否定したことと同じなんだよ」


「お、おう。珍しくガチだな」


「そして風俗に通う客もまた千差万別。ストレスを癒す人、ただ女の子と話したい。ついでにチョメチョメしたい人、童貞を卒業したい者色んな目的がある。どっちにしても客が居るからこそ風俗という場所は存在するし、その存在に縋ってでも生きようって奴らはいるんだ」


「確かに……まあうん」

 泰輔は広光がこんな真剣に話しているのを久しぶりに見る。高校時代にどうやってAVを借りるのかと真剣に話し合って以来だ。


「じゃあ後は俺が言いたいことは分かるな?」


「ああ、人にはそれぞれ価値観の違いや理由だってあるのに頭ごなしに否定したのは俺が悪かったよ」

 二人は段々と落ち着いて行く。


「そうだ。だから泰輔プロ非童貞はカッコ悪くなんかない。立派な戦士なのさ」


「……いやそれとこれは違うからプロ非童貞っていうか素人童貞は実質童貞と変わらないから」

 だがここで二人は再びヒートアップしていくのだ。


「なんだとぅ! プロ非童貞の方がプロ童貞よりはマシだからな!」


「プロ童貞って言葉やめろ! 俺は素人で卒業してるから。お前と違って!」


「俺だってプロで卒業してるわ!!」


「結局素人童貞じゃねえか!」


「黙れプロ童貞!」


「ぶっ飛ばすぞ!」


「やってみろ! プロ非童貞の力見せてやらぁ!」

 二人は立ち上がり、互いに睨み合う。声の大きさなどもう気にしていない。二人はもう酔っ払いなのだ。そんな二人を周りの客たちは珍獣を見るかのように面白がる者も居れば、眉を顰めて迷惑がる者もいる。そして筋肉店主は筋肉をピクピクと動かしていつ二人を追い出そうかと考え、筋肉店主の娘の恵は冷め切った目つきで二人の迷惑なクズを見つめている。


 その様子にクズ二人はまだ気付かない。周りが見えないからこそクズの証なのだから。


「あれ? なんか盛り上がってますね。もうお二人とも酔ったんですか?」


 二人のクズに声をかけたのは筋肉店主でも冷たい眼差しを持つ恵でもなく、一人の男だった。その男はスーツ姿で容姿が随分と整っており、人の良さそうな笑みを浮かべていた。


「おっ、圭一くん」

 泰輔がスーツ姿の男の登場により一旦広光を睨みつけるのをやめて、スーツ姿の男に視線を移す。


 彼の名前は佐藤圭一。圭一は広光の妹である杉山久美子と結婚しており、現在は広光の義理の弟ということになる。


 つまり妹夫婦の家に住まわせてもらっている広光と妻の兄に無理矢理押しかけられて一緒に暮らす羽目になった圭一は寄生する側と寄生される側の関係なのである。


 当然広光に寄生されている圭一にとって広光はクズゴミ野郎でしかなく、二人の仲は険悪で以前はこの『吞み処 昼から夜まで』で泰輔を巻き込んで揉めたりもしたが、揉めた結果この義兄弟も互いにわだかまりが消えたのか今ではときどき泰輔も交えて三人で飲んだりする仲にまでなったのだ。


「よう圭一くん久しぶり!」


「久しぶりって今朝顔を合わせたばかりじゃないですか義兄さん。全く早く出て行ってくださいよマジで」


「おう分かってるって。金が溜まったら出て行くから」


「……いつになることやら。あっ店員さんウーロンハイとアボカドサラダとあと焼き鳥のモモと皮を二本ずつお願いします」

 圭一がやってきたことで注文を取りに来た恵に圭一は酒とつまみを頼み終えると疲れているのか深いため息を吐く。


「どうしたの圭一くん?」


「いえ別に大したことないんですけど、ちょっと仕事で疲れちゃって」


「仕事?」

 その言葉に泰輔は少し目を見開く。圭一は以前そこそこ大きな会社に勤めていたらしいのだが、彼もつい一か月前くらいに仕事先で揉めてクビになり、今は求職中となったはずだが、


「圭一くんもう仕事見つかったの?」


「あ、いえ仕事とは言っても友人が最近独立しまして、僕もちゃんとした職が見つかるまで友人の仕事を手伝っているだけです。向こうもまだ始めたばかりで人手が足らないらしく」


「へ~」

 同じ求職中だということに泰輔は圭一に親近感を覚える。なんなら今日の飲み代は年上として奢ってやろうかと思っているくらいだ。


「まあ圭一くんお互い大変だけど頑張ろう」


「ええ。……同じ境遇の身同士で一つ泰輔に相談したいんですが」


「うん何?」


「実はその仕事を手伝っている友人が共同経営者にならないかと持ちかけられているんですよ」


「共同経営者?」

 泰輔は少し顔が強張る。


「ええ。ただまだ軌道にどうにか乗り始めたばかりでリスクもあるんですよね。独身ならともかく僕には久美子という妻が居ますから自分だけの意志では決められなくて」


「ふーん」

 だったら自分ではなく奥さんの久美子に相談しろよという言葉を泰輔はなんとか飲み込む。


「まあ友人は僕が居れば絶対に大丈夫だって信頼してくれているんですけどね。他にも声がかけてくれる所もあってありがたいんですけど、なかなか決心が決まらないんですよね」


「もう帰れよお前!」

 親近感を覚えた自分がバカだったと泰輔は過去の自分を殴りたくなる。ここはクズたちが集まる『吞み処 昼から夜まで』だ。綺麗なスーツを着た共同経営者の居場所などないのだ。


 泰輔は牙でも向けるかのように共同経営者を威嚇するが、

「落ち着け泰輔」

 威嚇する泰輔を諌めようするのは興味がないのか全く会話に入ってこなかった広光だ。


「でも広光、圭一くんが……!」


「分かる。分かるぞ泰輔。圭一くんは確かに嫌味で出来たかのような人間だ。俺も正直妹が圭一くんのどこに惹かれたのか予想も出来ない」


「義兄さん追い出しますよ?」


「だけど泰輔。確かに誰かが成功するのはムカつくし妬ましい。でも圭一くんは俺の義弟だ。しかも収入が安定していない俺の面倒まで見てくれている」


「義兄さん……。ちなみについこの前までは収入自体ない無職でしたよね?」

 先程からやかましく横から圭一に突っ込まれる広光だが、気にしないで話し続ける。


「つまり圭一くんの年収が上がれば久美子だけじゃなく一緒に住む俺の生活基準まで上がるってことだ。そしたら俺は再びニートに戻れるかもしれない。俺は絶対に働きたくないっ!! だから泰輔圭一くんの邪魔をするな。ぶっ飛ばすぞ!」

 広光は勢いよく酒を呷りながら宣言する。その瞳は夢を思い浮かべ、ワクワクしている少年のように輝いていた。


「…………」


「…………」

 そんな広光とは裏腹に泰輔と圭一は互いに顔を見合わせる。


「圭一くんごめん。君はあのクズに寄生されているのに俺君に嫉妬した。本当は同情するべきなのにごめん圭一くん」


「いえ泰輔さんこそいざあのクズが僕たちに追い出されたら恐らく泰輔さんにしつこく縋りつくだろうし、それを考えたら泰輔さんの方が不憫なのに僕そんな泰輔さんをさらに追い込ませるようなことを……。こっちこそすいませんでした!」

 泰輔と圭一は互いに同情し合う。そうここはクズたちが集まる『吞み処 昼から夜まで』なのだ。





「それで僕が来た時二人はずいぶんと熱くなっていたみたいですけど、一体どんな話をしていたんですか?」

 泰輔と圭一が広光という共通の敵を得た所で友情が出来た所で圭一は訊ねて来た。


「ああ、別に大した話じゃないんだけど広光はバカなこと言うもんだからこっちもムキになっちゃってさぁ」


「バカなことはなんだ。お前がプロ非童貞をバカにしたんだろ! プロ童貞のくせに」


「だからプロ童貞って単語やめろ。俺がすっごい童貞みたいじゃねえか!」

 圭一が話題に出した所でまたもプロ非童貞とプロ童貞は一触即発の空気に発展する中圭一は親指で顎を支えながら人差しで額を連打している。何か考えているのだろうか。


「プロ非童貞……プロ童貞……。ああ、風俗の話ですね!」


「よく分かったね今の話だけで」


「まあ常識ですよ。でも今の話の様子ですと義兄さんがプロ非童貞で、泰輔さんがプロ童貞なんですか?」


「いやだからそのプロ童貞言うのやめてくんない? まあ事実だけど」


「じゃあ泰輔さんは風俗に行ったことがないってことですよね?」


「うん」


「ヘルスも性感エステも?」


「ないない」


「オッパブも?」


「ないってば。おばさんばかりのスナックくらいかな」

 どんどん質問してくる圭一に泰輔は正直に答えていくと、圭一から返ってきたのは、

「えー……うわー……」

 ドン引きだった。


「いやいやドン引きされる意味が分からないんですけど!?」


「……だってそれって泰輔プロ童貞じゃないですか?」


「だからいい加減プロ童貞言うのやめろって! ぶっ飛ばすぞ!」

 圭一の突然のドン引きに泰輔は訳が分からず、段々とイライラしてくる。やはりこの男と友情は芽生えてなかったと泰輔はもう断言出来るくらいにはイライラしていた。


「怒るな怒るなプロ童貞」

 そんな泰輔に広光は穏やかな声で宥めようとしているのか知らないが、泰輔にとっては生ゴミ野郎が近くに居るだけでイライラは増大である。しかしそんなことで怒鳴っていてもキリがないので泰輔は無理矢理怒りを収める。


「ちっ。んで、なんで俺がドン引きされないといけない訳? 風俗言ってないだけで」


「いやいや風俗言ったことがないって。ねえ圭一くん?」


「まあ風俗は男の嗜みですからね。僕は結婚してから行けていませんが、泰輔さんみたいな独身で……あっすいません今彼女いらっしゃるんでしょうか?」

 圭一はまるで泰輔を煽るように顔だけ突きだして訊ねる。


「いねぇよ」


「うわぁー」

 そしてこれである。


「泰輔、お前彼女居ない。風俗も行ったことがない。どうやって性処理してるんだ?」


「義兄さん、しっ! ダメですよそんな可哀そうなこと言ったら。プロ童貞さんが可哀想じゃないですか」


「…………」

 泰輔は表情を失う。


「でも性処理……」


「一人でに決まってるでしょう!」

 泰輔は無意識に貧乏ゆすりをする。


「あーそういう顔してるわ。……ブハッ!」


「義兄さんだから失礼ですって。……まあ確かにそういう顔をしていますが」

 泰輔は貧乏ゆすりから地団駄を踏むことに進化する。


「でもおい泰輔貞お前もう一度聞くが、本当にプロ童貞か?」


「……………………ああ」


「えーマジプロ童貞!?」


「泰輔さんさすがにそれはキモーイ」


「プロ童貞が許されるのは未成年までだよなー」


「それか最低でも大学生までですよねー」


「ダハハハハハハ」

 ここが限界だった。


「……うるせえええええええええええ!」

 泰輔はクズ義兄弟コンビに対して叫ぶ。今の泰輔にあるのは怒りとそして……悲しみだった。


「プロ童貞の何が悪いんじゃああああ! プロ童貞舐めんなぁコラ!」

 だから泰輔は叫ぶのだ。このクズ義兄弟の理不尽な仕打ちに対して、そして全国のプロ童貞たちのために泰輔は想いを乗せて叫ぶ。


「ちょっとお客さん店内では静かにしてください。他に客が居るんですから」

 そんな泰輔に声をかけるのはクズ二人ではなく店主の筋肉店主だった。筋肉店主は泰輔の腕を掴むと筋肉をピクピクと動かしながら威圧してくるが、泰輔にはその筋肉がとても鬱陶しかった。


「筋肉は黙ってろ! 俺は今プロ童貞をバカにしてるコイツらに話してるんだよ!」


「プロ童貞……え? お客さんもしかしてプロ童貞なんですかい?」


「……だったらなんだよ」


「うわー……」

 泰輔がプロ童貞と知ると筋肉店主はまるで汚いものでも触ったかのようにすぐに掴んだ手を離してきた。


「ねえ、なんなの!? 何アンタもプロ童貞バカにすんの! ていうかプロ童貞ってなんだよ!! 素人童貞よりマシだろうがっ!」

 泰輔はなんだか泣きたくなってきた。


「いや泰輔さん今の世の中草食系男子は普通ですからね。それに比べて誰か相手が居る時ならともかく彼女もセフレも居ないのに風俗も行かない人は……なんか汗とか精液臭そうですよね」


「臭くねーよ!」


「お客さん素人童貞をバカにする前に自分を恥じた方がいいんじゃないでしょうか?」


「お前うっせえよ! ていうか話に入ってくんな! 仕事しろ仕事!」


「泰輔、俺おま、あぶらっ!?」


「黙れ生ゴミ! ああもうっ! うわああああああ!」

 広光が何か言いかけた所で泰輔は広光にビンタして、その後倒れ込むようにテーブルに顔を付けて、呻き出す。


 何をやっているんだろうと思うが泰輔は酔っているのだ。酔っ払いとはこういうものなのだ。


「お客さん元気出して」

 いつの間にか筋肉店主は泰輔たちの席に座っていた。泰輔も悲しみながらもどうしてこの筋肉はここにいるんだろうと疑問に感じながらもふと店内の周囲を見てみると筋肉店主の娘の恵が筋肉店主をすごい目つきで睨みながら他の店員と共に忙しく働いていた。


 泰輔は怖いので店内に目を向けるのをやめて大人しく自分の席で悲しむことを再開する。


「泰輔さんすいません。正直言いすぎました。あんなことを言っておきながら僕も妻の久美子と付き合い出してからは風俗には言っていないので泰輔さんの半分仲間みたいなものですよ?」


「…………」 

 なんだか惚気ているように見えたので泰輔は圭一を無視して、テーブルに俯いて悲しみ続ける。


「おっなんだ? 圭一くん久美子と付き合ってからは風俗行ってないのか? 偉いじゃねえか。もし久美子と付き合ってからも行ってるなら兄としてぶん殴ってやろうかと思ってたわ」


 代わりに生ゴミが泰輔を慰めないで勝手に圭一と話し始める。流れ的にここは義理でも慰めの言葉を吐けやと思いながらも隣に座る筋肉店主がポンポンと優しく背中を叩いてくるのが泰輔はなんだか気持ち悪かった。筋肉の男に触れられたくないのである。


「アハハ、寄生してるクズ虫の義兄さんに僕が何しようが殴られる筋合いはありませんが、まあ久美子は昔から感が鋭いですから。バレたとしたら僕は確実に久美子に殺されますよ」


「確かにアイツガキの頃から妙に感がやばいくらいにいいからな」


「ええ。まあそういうとこも可愛いと言えば可愛いんですが。ちなみに僕が風俗に通っていた時代の二つ名義兄さん聞きます?」


「おっなになに?」


「『潮吹きの圭一』とは僕のことです。昔はプロ相手にでもどんどん潮で一杯にしてやったもんですよ。……あー懐かしいな。今なら行ってもバレないかな……」


「甘い甘い。圭一くん潮なんてのプロの嬢は誰が相手でも潮を吹いてくれんだよ。リップサービスだっての。俺に言わせればまだまだだね」


「じゃあ義兄さんなんて呼ばれていたんですか? どうせ万年金欠の義兄さんじゃ安い店しか行ってないんでしょうが」


「フン。俺は『プロ非童貞杉山広光』だぜ。相手がババアだろうが太っていようが俺はどんな嬢でも相手してきたんだ。質はともかく経験ならプロ非童貞の中では俺がナンバー1だ」


「……なるほどデブやババアと戦ってきたとはさすがですね。ですが僕だってサービスが悪くマグロと呼ばれる数々の嬢に潮を吹かせて来たんです。義兄さんには負けませんよ!」


「ブハハ、どうやらお客さんは何も分かってねえみたいですねえ。男は筋肉。そう俺こそ数々の嬢に筋肉を褒められた『腹筋の筋肉』とは俺のことです」


「……いや腹筋の筋肉って意味分かんねぇよ。結局アンタ筋肉しか取り柄ねえじゃねえか」


「すいません筋肉店主さんもう仕事に戻ってください。ちょっと邪魔なので」

 いつの間にか広光たちは泰輔を置き去りにして風俗の話題で盛り上がっている。


「……こいつら何を言っているんだ」

 泰輔はプロ童貞のせいか会話についていけない。そもそも風俗に通い続けると二つ名が出来て行くのかどうかも泰輔は分からないでいた。なぜなら彼はプロ童貞なのだから。


「…………」

 今広光たちは凄く低俗な話をしているのだろう。泰輔はそんな彼らがクズに見えるし、自分がプロ童貞だとしても恥ずかしいとは思っていない。ただ例えくだらない話題でも会話に入れないのは寂しいものだった。


 酔いはもう醒めた。


「帰る」


 どうせここに居てもクズたちにプロ童貞と罵られるだけだ。ならばもうさっさと店を出て帰りに何か映画でも借りた方がマシだと泰輔は思い、そのまま帰るために席を去ろうとするがその時、

「ちょ、待てよ!」

 広光が無駄にイケメン風に装いながら泰輔の腕を掴む。その顔はハゲかかっているが真剣そのものだ。


「離せよ。帰る!」


「待てって。ちょ、待てよ!」


「お前ただ『ちょ、待てよ』言いたいだけだろ!」


「まあまあ泰輔さん落ち着いて」


「お客さん座ってくだせえ」

 広光に腕を掴まれたままの泰輔は圭一と筋肉店主から座るように促され、しょうがなく泰輔は再び席に座る。それにしてもこの筋肉店主は本当にいつ働きに戻るのだろうか。


「で、プロ童貞に何の用だよ?」

 泰輔は機嫌が悪いことを隠さず訊ねると広光は笑顔で泰輔の肩をバシバシと叩く。そんな広光を泰輔は脳天を叩いてやろうかと考えたが叩いたせいでハゲがさらに侵食したらさすがに責任が取れないので思い留まる。


「そう怒んなよ。確かにお前はプロ童貞だ。素人童貞の俺もさすがに引く程プロ童貞のお前は気持ち悪い」

 泰輔はやはりこのクズの髪を引きちぎって本物のハゲにしてやろうかと気持ちが大幅に傾く。


「でも俺とお前はまあ腐れ縁で、なんだかんだで親友さ。だからこそそんな気持ち悪いお前を俺はなんとかしてやりたい。だから……行こうぜ風俗!」


「行かねえ」

 ドヤ顔のサムズアップで風俗に行こうと言う広光の誘いを泰輔は即答で断る。


「えーなんでだよー」


「興味ねえ」


「えー行きましょうよ泰輔さん。不安なら僕も付き合いますから」


「行かねえって。ていうか圭一くん結婚してんだろうが」


「まあそうですが、妻と嬢は別物です。たまには解禁したってそろそろバレませんよ。きっとたぶん!」


「クズだ。コイツ広光と同じくらいにクズだ」


「お客さんずっとプロ童貞でいいんですかい?」


「いいよ別にプロ童貞で。ていうかマジでアンタさっさと仕事戻れよ!」

 クズ共からの誘いを泰輔は頑なに払いのける。さんざんプロ童貞とバカにされたのだ。こちらにもプロ童貞としての意地がある。絶対にプロ非童貞たちに屈しはしない。


「じゃあ泰輔、手始めにオッパブはどうだ? ロシアのハーフの子が居てさ」


「行かねえって。金ねえし。広光お前はもっとねえだろ」


「細かいことは気にすんな。あっじゃあイメクラはどうだ? いいぞイメクラは」


「微妙にレベル上がってるじゃねえか。マジでいいって、本当に興味がない」


「……そうかぁ?」


「ああ」

 泰輔はきっぱりと断ると広光たちクズなプロ非童貞たちもようやく誘いの言葉が止む。


 勝った。プロ童貞がプロ非童貞に勝ったと確信すると、泰輔は先程とは真逆の心情で席を立ち、帰ろうとする。あとは支払いを済ませ、店を出たらプロ童貞の完全な勝利だ。


「コスプレ色々用意してくれるいい店なんだけどなぁ」


「へー。どんなお店なんですか?」

 だが広光と圭一の会話に泰輔は足が止まってしまう。コスプレという言葉に泰輔は反応する。


「ん? いや本当色々だよ。値段的にも高くないし、可愛い子多いし。衣装も基本的なナース服、メイド、制服、チャイナとか。他にも園児服とかランドセルとか後は魔女っ娘とかアニメのキャラのコスプレとかもあるな」


「…………っ!」

 泰輔は広光の言葉に衝撃を受ける。


「へー。結構ありますね。僕は女教師とかがいいなぁ」


「お客さん、俺は巫女さんですかね」


「ハハ、俺は普通にチャイナだなー。まあでも泰輔も行かないみたいだし、俺も金ないし今日はもう帰るか」

 広光はそう言うと泰輔同様に席を立ち、圭一たちもそれに習うように立ち上がり、広光がそのまま足を進めようした時、

「ちょ、待てよ!」

 泰輔が広光を引き止める。


「なんだよ泰輔。ていうかお前『ちょ、待てよ』って……人のこと言えねえじゃねえか」

 ゴミクズが何か言っているが、泰輔は無視して一つの疑問をゴミクズにぶつける。


「広光、お前さっき色々コスプレがある店のこと話してたよな? チャイナとか園児服とか」


「おう。それがどうした」


「その店の話の時お前は確かに魔女っ娘とも言ったよな?」


「お、おう。泰輔? 顔近い。酒臭い。お前目が血走っててこえーんだけど」

 ゴミクズはまたも何か言っているが、ゴミクズの言葉などその辺の埃よりも価値がないので泰輔は聞き流して、話を進める。


「魔女っ娘ってことは……魔法少女のコスプレもあるのか?」

 言葉を発した後泰輔は息を吞む。胸の音が聞こえる。自分は緊張しているようだ。


「あるよ」


「! ……本当にあるのか?」


「あるよ」

 泰輔の質問に答えたのはゴミクズではなく、渋い顔つきしている筋肉店主だった。


「……っ」

 山中泰輔は幼い頃自分の周りでは戦隊ヒーローや仮面ライダーそれにウルトラマンが流行っていた。


 しかし泰輔は集団で怪人を倒す戦隊ヒーローが卑怯に見え、仮面ライダーというかそもそも虫が嫌いなので生理的に仮面ライダーが無理で、ましてやウルトラマンのあの大きくてのっぺりした見た目は幼い泰輔にとっては恐怖の象徴でしかなかった。そのこともあり、泰輔は周りの男友達たちのように熱中して応援出来るヒーローが存在しなかった。


 そうして小学校一年生の春。泰輔は画面越しから彼女たちと出会った。彼女たちは普段は普通の学生でありながら、悪い奴らが現れるとドレスのような服装に変身し、不思議な力で可愛く綺麗にそしてカッコ良く悪い奴らをやつける。そう。山中泰輔は彼女たちの活躍を一度目にしてからすっかり彼女たち『魔法少女』の虜になったのだ。


 それから泰輔は小学校高学年になっても中学生になったって色んな魔法少女たちの物語を見続けた。周りには恥ずかしくて言えなかったが、それでも彼女たち魔法少女は泰輔の頭の中でいつだって可愛くカッコ良く輝き続けていた。ただ泰輔は別に魔法少女たちを性の対象として見ることはなかった。彼にとって彼女たちはヒーローであり、むしろ彼女たちで妄想して性欲満たす輩が居る時の嫌悪感は今でも鳥肌が立つくらいに覚えている。


 時はさらに過ぎ、泰輔が高校に入学して少し経った時泰輔の大好きな魔法少女のアニメの声優さんがTVに出るということで泰輔はどんな人が彼女たちの声をやっているんだろうと意気揚々とその声優さんが出る番組をつけると、その声優さんは年齢は二十代後半らしく童顔なのか比較的若く見えたが、それでも決して少女には見えなかった。


 それだけなら問題なかった。意外と声の人も可愛いんだなくらいで済んだだろう。しかし問題は彼女の服装だ。彼女は少女ではないくせに自分の演じている魔法少女の衣装を着ていた。それは歪であった。少女ではないものが少女の恰好をしている。しかも自分が憧れたヒーローの衣装を。


 泰輔は彼女を見て行く内に段々と呼吸が乱れて行き、胸が苦しくなり、何より下半身は滾っていた。魔法少女の恰好をしている二十代後半女性に泰輔は今までのどの女性よりも興奮してしまった。その後のことは覚えていない。あまりの興奮のせいで熱が出て、寝込んでしまったのだ。それから泰輔はネットで魔法少女のコスプレをしている女性たちの画像を色々と見て行った。


 その結果ドンピシャだった。泰輔は魔法少女姿をした女性に興奮する性癖を持っていたのだ。それも少女が魔法少女の姿をするのではなく、二十代半ばから三十代後半の女性があえて魔法少女の姿をしていることに深い意味があるのだ。


 大人が少女の恰好をする。そのアンバランさが泰輔にとって絶妙にエロいのだ。自分の性癖を知った日から泰輔の夢はいつの日か魔法少女の姿をした女性とヤることになった。


 そしてさらにさらに時が経ち、泰輔は大学二年生の時人生初の彼女が出来て、無事童貞も捨てた。五歳年上の女性だった。彼女は自分にはもったいないくらい包容力があり、いつも落ち着いている大人の女性で泰輔は彼女が本当に好きだったし、信頼していた。この人なら自分の全てを曝け出せると。だから泰輔は初体験を終えた後に自分が魔法少女を愛して、魔法少女の服を着た女性に対してとても興奮するのだと全て話した後に彼女にも魔法少女の恰好をして欲しいと願ったのだ。


 結果、その翌日彼女に変態とは付き合えないと別れを告げられた。そしてそれは二人目に付き合った彼女ともその次の彼女とも結果は同じであった。


 泰輔は絶望すると共に悟る。自分の性癖は異常で決してこの欲望は満たされることはないと。でもそれはしょうがない。自分が異常だからなのだと泰輔はこうして魔法少女姿の女性とヤることを諦めたのだ。


「っ……」

 しかし今その自分の欲望が叶うかもしれないことを泰輔は知ってしまう。


「泰輔? 顔真っ青になってるぞ。大丈夫か?」


「あ、ああ。その広光、やっぱり俺も……」


「俺もなんだよ?」


「…………いやなんでもない」

 泰輔は今すぐにも行きたいと言いたかった。しかしすでにもう断ってしまったのだ。何よりプロ童貞の誇りとしてプロ非童貞には屈しないと自身に誓ってしまったばかりである。今さら行きたいなど言えもしない。


「…………」


「泰輔、お前もしかして行きたいのか?」


「っ! ……ちげぇよ」


「泰輔、お前もしかして魔法少女が好きなのか?」


「…………うるせえ。もう喋るな。俺は帰るんだ」

 泰輔はそう言って、帰ろうとするが足は動かない。体が言うことを聞かないの。


「泰輔、お前もしかしてプロ童貞からプロ非ど、」


「黙れよっ!!!」

 泰輔は大きな声でバンッとテーブルを叩く。周りが泰輔に注目しているのかザワザワしているが泰輔はもう気にしない。泰輔は知らない内に涙を流していた。


「プロ非童貞でしかも普通にチャイナ服が好きなお前に俺の何が分かるんだよ! 俺はプロ童貞で魔法少女姿の女とヤリてえよ。ああ、そうだヤリてえさ! でも今更行きたいだなんて言えるわけねえだろっ! 俺はプロ童貞の誇り山中泰輔だぞ! ……ちくしょう。畜生っ!」


「……泰輔」

 泰輔はもう一度強くテーブルを叩くとうな垂れ、広光たちはそんな泰輔に何も言えないでいた。ただ泰輔を見つめているだけである。


 それにしてもである。泰輔は行きたいと言えるわけないと言っているが、それを口にしている時点で意味がないし、何よりプロ童貞の誇りとはなんだと思うだろうが、実は彼は自分では酔いが醒めたと思っているが、まだ絶賛酔っ払い中である。世の中には自分が酔っ払いとは気付かない厄介な人間も居るのだ。


「このバカ野郎っ!」

 そしてそんな酔っ払い泰輔は広光に胸ぐらを掴まれると平手打ちされ、乾いた音が店内に響く。泰輔の頬には音に遅れてゆっくりと痛みがやってくる。


「…………」

 それでも泰輔は怒ることは出来なかった。あるのは虚無感のみ。


「なあ、泰輔確かに俺はお前をプロ童貞だってバカにした。でもな、本当はプロ童貞だとかプロ非童貞だとかどうでもいいんだ。……大事なのは何が好きなのかだろ。そして俺は、いや『俺たち』はもしお前が真剣に好きなものがあるならバカにしない。お前は俺の親友だからな」


「広光……」

 広光は泰輔の肩に手を軽く乗せながら真剣な顔で言う。その声は優しかった。


「泰輔さん僕も実は魔法少女昔は好きでしたよ。だから僕らはもう仲間です」


「圭一くん……」

 圭一は少し照れくさそうに笑いながらも真摯に泰輔に語りかける。結婚しているくせにもう風俗行く気満々であった。


「お客さん、これ割引チケットです。……今日はもう店を閉めて私もお客さんに付き合いますよ」


「筋肉店主……いえ筋肉さん……」

 筋肉店主は大きなゴツゴツした手とは裏腹に割引チケットを優しく握っていた。それだけで泰輔はどれだけ彼が割引チケットを大事にしているかが分かった。何よりこの店主は風俗に行くために店を閉めることを躊躇わない。その勢いの良さのおかげで従業員たちは筋肉店主をまるで汚物のように見ているが、泰輔には筋肉店主がどうなろうが関係ないのでどうでもいい。


 泰輔は改めて彼らはクズだと思う。しかしそんな彼らと居ると楽しい自分が居る。泰輔はもううな垂れるのも余計な意地を張るのもやめ、自分に正直になることを誓う。


「……広光、圭一くん、筋肉さん。俺行きたい! 風俗に行きたい!」

 泰輔の言葉に広光は笑う。


「……フッ。やっと正直になりやがって。まあここに筋肉店主さんからもらった割引チケットもあることだしなぁ。行きますか!」


「ええ、行きましょう!」


「…この緊張感、久々ですよお客さん」

 四人の心はやっと一つになるのだ。


 泰輔、広光、圭一、筋肉。彼らは生れは違えど女という一輪の花を求めて旅をする四人組。いずれたぶんきっと人は彼らをこう呼ぶだろう。フラワーハンター、略して『F4』と。風俗という花園にきっと自分だけの花はある。それだけは絶対だ。だからこそ彼ら『F4』は花園への冒険に行くことに恐れなどなかった。例え地獄があったとしても。




「にしても圭一くん大丈夫なの? 本当に」


「え?」

 風俗に行くことも決まり、後は筋肉店主が客を追い出して店を閉めるのを待つだけの間泰輔は圭一に訊ねる。


「何がですか泰輔さん?」


「いや久美子ちゃんだよ」

 泰輔は広光の妹であり圭一の妻の名前を出す。


「あの子って感が鋭いって自分で言ってただろ。だから本当に風俗に行っていいのかなって」


「ああ、そういうことですか。確かに久美子は鋭いですけど、まあなんとかなりますよ。それより今はこの湧き上がる思いを大事にしたいんです。だから義兄さん絶対久美子に言わないで下さいよ。マジ僕殺されますから」

 圭一は呑気な声で大丈夫だと口にするが、広光に頼む時だけは鬼気迫ったものだった。少し声が震えている。


「うーん……正直兄貴としては妹の味方をしてやりてえが、でも風俗って実際浮気じゃねえしな。男の嗜みっていうか女が思ってるようなダメなもんでもねえし、……まあいいだろ風俗なら。AVと一緒だもんな!」

 広光の返事に圭一は心底ほっとしたような息を吐く。


「なら良かったです! そうとなれば今夜は思う存分楽しみますよ! いやー楽しみだな。あっ泰輔さん。今日は泰輔さんとこの家で飲んで、そのまま泊まったってことにしてくれません」


「ん? あーアリバイね。まあ久美子ちゃんに聞かれたら合わせとくよ。にしても圭一くんどうなの? 夜の方は?」


「え? あーまあそうですね。アハハ」


「おい泰輔、兄貴の俺の前で聞くなよ」


「まあいいじゃねえか。夫婦なんだから当然なんだし。で、どうなの圭一くん?」


「んーアレですね。正直言うと義兄さんという邪魔が居るのもそうなんですけど、久美子も看護師として働いているんですがなかなかキツイみたいで、僕は僕で友人の仕事の手伝いで疲れて、正直最近ないです。そういう夫婦生活は」


「おっそうなのか。ダハハそりゃいい!」


「義兄さん喜ばないでください。半分は義兄さんっていう邪魔な存在が居るせいなんですからね」


「へー大変なんだね夫婦も」


「ええ。自分がしたくても久美子が疲れてるなら無理矢理って訳にもいきませんしね。……だから今日は日ごろのそういうのも全部発散しますよ!」


「そうか……。まあ俺も今日は初めてだし頑張るわ」


「それを言ったらなんだかんだ俺なんか金がないせいで最近ご無沙汰だし、なけなしの金を俺は今夜全て使い果たすぜ!」

 筋肉店主を待っている中『F4』の三人は決意を新たに固めていると店内に居た客は少しずつ減っている。どうやら本当に今日は店を閉めるようだ。泰輔は筋肉店主や圭一って本当に広光並みにクズだなと実感していると、筋肉店主がにこやかな顔で筋肉をムキムキしながらこっちに近づいてくる。


「お客さーん客は帰らせてますし、後はウチの従業員に任せてそろそろ行きま…………っ! ………………」

 そこで筋肉店主は突然身を強張らせる。筋肉店主の筋肉が震えているのだ。これは筋肉店主が怯えている? なぜだろうか? 泰輔は分からない。


「筋肉さん一体どうし、!」

 筋肉店主に声をかけようとした直後、泰輔も身を強張らせる。店内に人が少なくなったことでようやく分かったのだ。背筋が凍らせるわずかな殺気に。そしてわずかとは言ってもそのわずかは何かとてつもない大きな殺気を無理矢理押さえ出した所から漏れ出たわずかなのである。


「どうした泰輔?」


「筋肉さんも一緒になって二人とも大丈夫ですか?」

 まだ泰輔と圭一はこの殺気に気付いてはいないようだ。泰輔は筋肉店主と目を合わせ、コクリと頷き合う。そして二人は意を決して殺気の出処を目だけで探すと、その殺気を放つ持ち主はすぐ傍に居た。

 筋肉店主は自分の筋肉を自分で抱きしめるようにすると全身を震わせて怯え、泰輔も歯がガタガタと鳴って体の芯が恐怖で冷えていく。


「泰す……!」


「…………これは。あっああ、あああ、ああ!」

 勘が鈍い広光と圭一もようやく殺気を感じたようだ。そしてもう殺気を放つ正体も分かっているだろう。


「……どうしてきみがここに?」

 泰輔は意を決して殺気を放っている人物に声をかける。その人物の名は佐藤久美子。広光の妹であり、圭一の妻である女性だった。


「……あなた」

 久美子は泰輔に声をかけられるともう殺気を隠すのをやめ、全力で殺気を醸し出しながらゆっくりとこちらに近づいてくる。彼女は泰輔たちのすぐ斜め後ろの席に居たのだ。


「ひぃぃいいぃぃ!」

 泰輔たちが声を出ない中圭一だけは恐怖でおかしくなったように裏返った声で叫ぶ。


「ずいぶんと楽しそうね」

 久美子は泰輔たちの席に辿り着くと圭一の肩を掴む。その瞬間圭一の顔は一気に真っ青になる。


「泰輔さんこんばんは」

 圭一が怯え、他の面々は突然の久美子の威圧感に息をするだけで精一杯な状態で居ると、久美子が泰輔に話しかける。彼女は笑っているが目だけは笑っていない。


「ひ、久しぶりだね久美子ちゃん」


「アハハ、久しぶりってこの前会ったじゃないですかー」


「そうだっけ? ……あの、さっきも聞いたけどどうしてここに?」


「どうしてって別に今日は仕事が早く終わって明日が休みなので、ウチの旦那と兄がよく行くお店に行ってみたいなと思って。いざ来てみればなんだか楽しそうにしてたので聞き耳立てちゃいました」


「へ、へえ。……いつから?」


「泰輔さんがプロ童貞とか何やらでバカにされてた頃からですかね?」


「…………」

 これは完全にアウトである。


「ねえ、あなた念のため確認するけどどこに行くつもりだったの?」


「ご、誤解だよ! 久美子僕は義兄さん誘われて無理矢理なんだよ! 僕は悪くない!」


「あっテメェ! 久美子誤解だ! 圭一くんから言い出したんだ! 全部圭一くんのせいで俺は悪くない!」

 クズとクズは互いに責任を擦り付け合っていると久美子の圭一の肩を掴んでいた手は圭一の頭へと移動させ、空いた片手は撫でるように毛が薄い広光の頭に移動させられる。


「質問に答えて」

 クズな義兄弟の頭を絞るかのように手を捩じらせる。


「あっちょ痛い痛い痛い痛い!」


「久美子兄ちゃんは関係ないだろ! ちょ、やめて髪がなんか……いやマジでちぎれる! ぎゃああああああ」

 久美子はそんなクズ義兄弟の悲鳴を聞きながらため息を吐く。


「……まあ全部聞こえてたからもういいわ」

 ある程度捩じって満足したのか久美子は広光を放り捨てるように手を離し、放り捨てられた広光はそのまま床に腰をつけたまま立ち上がらない。泰輔がおかしいなと思うとどうやら腰が抜けたらしい。


「店員さん」


「は、はい」


「これ私と夫の分の支払いです。足りない分はそこの兄から」


「おい久美子何勝手なことを言ってんだよ!」


「はぁ? お兄ちゃん聞こえなかった。もう一回行ってくんない?」


「……いやなんでもねえよ」


「……『ねえよ』?」


「…………なんでもありません」


「よしじゃあ私たちもう行くね。あとお兄ちゃんちょっとこの人に教育するから二、三日程帰って来ないでね」


「え……あっはい」

 泰輔の返事を聞くと久美子は圭一の頭から襟首に持ち替え、そのまま引きずるように店を出ようとするが、その途中で圭一が必死に誤解なんだとかまだ未遂だろとか喚いている。しかし久美子はその度に無言の殺気で圭一を黙らす。


「た、泰輔さん! 助けてぇぇぇぇ!」

 自分の言葉では届かないと悟った圭一は泰輔に助けを求める。


「け、圭一くん!」

 泰輔として『F4』の仲間としてやはりいくらクズでも仲間を見捨てる訳にはいかないと久美子を止めようとするが、

「待つんだお客さん!」

 その前に筋肉店主に泰輔は止められてしまう。


「離してください! このままじゃ圭一くんは……圭一くんは!」


「バカ野郎! お客さんアンタもあの女性の目を見ただろ! あれは鬼、いや鬼を超えた「『阿修羅』の目だ」


「阿修羅……だと……!」

 泰輔は筋肉店主の何を言っているのか意味が不明だったがとりあえずノリに合わせておいた。意外とノリの良い男なのである。


「『阿修羅の目』は私も格闘家時代、裏格闘界で戦ったことはありますがあの目をした奴は勝敗どうこうじゃないんです。戦えば死、もしくはどこか壊される。……奴らは残虐非道の悪魔なのです」


「……筋肉さん」

 泰輔は仮にも客である久美子を阿修羅の目と変なあだ名をつけるだけじゃなく残虐非道の悪魔と言う辺り筋肉だけが取り柄のクズ野郎だと思うが、とりあえずノリに合わせる。ノリがいい男なのである。


「まあ久美子帰ったみたいだし、圭一くんは諦めようぜ」

 泰輔と筋肉店主が阿修羅やら何やらで盛り上がっている中広光はケロリとした顔でそう言う。いつの間にか阿修羅の目の久美子と圭一も姿が見えなくなっていたのである。それを確認すると泰輔は広光と目を合わせて、

「そうだな。圭一くんはしょうがない。自業自得さ」


「……全くとんだお客さんでしたよ」

 すぐに圭一を切り捨てる。F4とは仲間の屍を踏みつけてでも目的を達成する意志の固い集団なのである。


「んじゃまあ」

 泰輔は気を取り直して、広光と筋肉店主に合図をする。


「行きますか!」

 泰輔の声に広光は腕を上げて言う。店内の客はちょうどみんな帰って行ったようだ。


「行きましょう!」

 広光の言葉に筋肉店主が答える。久美子というとんでもないバケモノ的障害物が居たが、圭一を見事犠牲にすることで場は乗り切れた。泰輔は一瞬頭の中で圭一に感謝するが、すぐに圭一を追い出す。頭の中はいい年した女性の魔法少女姿たちで満員なのである。


「行くぜ!」

 泰輔は気合いを入れて声をあげ、三人は外の世界へ向かうために出口の方へ振り向くと、

「……………………」

 筋肉店主の娘の恵が心底嫌悪を隠さない目で出口を防いでいた。


「……最低」

 そして冷え切った言葉でおっさん三人にそう切りつけ、出口を塞ぐのをやめておっさん三人から離れようとする。


「あ、あの恵ちゃん?」

 女子高校生の言葉の切れ味の鋭さと嫌悪した視線に心が折れかけながらもなんとか誤解を解くために声をかける。あれは酔っていたノリであり、決していつもの自分たちではないと泰輔は未来ある高校生に伝えておきたいのだ。


「……すいませんプロ童貞の方は喋らないでもらえいますか? なんかイガ臭いです」


「はうっ」

 しかし返って来たのはさらに切れ味を増した言葉だった。プロ童貞はまだ耐えれても女子高校生からイガ臭いと言われることには耐えられず、泰輔は膝をつく。


「ちょ、待てよ! 恵ちゃん待てよ」

 泰輔の心が折れている中広光はイケメン俳優風に恵を引き留めようと腕を掴もうとするが、

「はうううううううううっ」

 広光の腕を避けた恵は後ろ向きからの状態で見事股間蹴りを炸裂させる。さすが元格闘家の娘と言った所かその精度共に威力はかなりのもので広光は見事悶絶して倒れる。ピクピクと痙攣しているのが気持ち悪いと泰輔は思った。


 広光に見事後ろ蹴りを炸裂させた恵はもう一度振り向き、悶絶した広光を見下ろして言うのだ。


「変態」


「…………」

 泰輔はある意味これはご褒美ではと思ったが、今こんな下ネタを女子高校生にぶつければ警察に通報される可能性もあると思い、女子高校生の前で絶対に口を開かないことを強く誓う。


「あの、恵? 言っておくがこれは誤解なんだ」


 そして恵の父である筋肉店主は全身に冷や汗を出しながらなんとか恵に弁解しようとするが、

「お父さん」

 恵は筋肉店主をあえて父として呼びながらもその目は絶対零度を思わせる冷たさが感じられた。


「これから洗濯は別々にして。あとお風呂はお父さんの後の湯は替えるから」


「め、恵ぃぃぃぃぃぃぃ!」

 筋肉店主の悲痛な叫びを合図にそこからはもう阿鼻叫喚で、店を勝手に閉めた筋肉店主を恵がひたすら怒鳴っていたり、その間泰輔と広光は他の店員たちに囲まれてひたすら睨まれてようやく解放されたと思ったら父を怒鳴り終えた恵に凄く怒られたりと色々と大変な目に遭う羽目になるのだ。そうして『吞み処 昼から夜まで』での時間は過ぎていくのだった。



「あー散々な目に遭ったな」


「本当だよ」

 店を出た後広光と泰輔は口々に愚痴る。今頃圭一は久美子に酷い制裁を受けているだろうし、筋肉店主は娘との関係修復でしばらく風俗どころではないだろう。


 彼らはただ風俗に行こうとしていただけなのにまるで天罰かのように災難に襲われた。


「あー今日どうすっかなぁ。久美子に追い出されちまったし」

 そして広光も先の二人ほどではないが、自分の妹に追い出されるわ、女子高校生に股間を蹴られ、その女子高校生にさらに説教までされてしまう始末だ。 


「…………」

 風俗とはきっと天国なのだろう、さぞかし魅力的な場所なのだと泰輔は思う。しかしプロ非童貞の末路が悲惨なものになるとするなら風俗はさぞかし恐ろしい場所でもあるのだろう。


「なあ、泰輔」


「なんだ? 言っとくけど泊めてくれってなら今日一泊だけだからな」


「いやそれもなんだけど、……風俗行く?」

 広光の言葉に泰輔は、

「絶対行かない」

 きっぱりと断るのだった。魔法少女との行為は魅力的だが泰輔はいつの日かコスプレ好きな彼女を作り、その彼女に魔法少女姿になってもらってからエロいことをすること誓う。


 こうして泰輔は今日もこれからもプロ童貞なのであり、プロ童貞はプロ非童貞兼素人童貞と夜の街を歩くのだった。




 この後泰輔の家で広光と泰輔は桃鉄をするのだが、そのゲームのせいで取っ組み合いのケンカになって、真夜中に泰輔に追い出されることを広光はまだ知りようはなかった。




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