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シボラの雪  作者: 新条満留
第一章 シボラの園
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マルチバトラー

マルチバトラー


 シボラでは十一歳になると軍事訓練が学校の教科に含まれる。シボラ人の誰もが戦時下では戦えるようにするためだった。現在全コロニーの人口は五万人を超えるまでに増えたが、入植初期には七万七千人ほどの植民者がいた。その後『アルフ細胞』の投与による死者が続出し、人口は三万七千人ほどにまで落ち込み、その後の地球軍との戦争で人口は二万人にまで激減した。謎のシールドによる平和を取り戻してから人口は増加したが、それでも地球軍と再び戦うことになれば到底戦力ではかなわない。そのため、市民皆兵法を制定し子供の頃から兵役に従事する準備をすることが義務付けられた。そして十六歳になると一年間の兵役義務が課せられた。

 シボラ人が少ない人口ながらも、地球軍の攻撃に耐えられたのにはいくつもの理由があった。まず、地球の中立国『アルビオン王国』の極秘政策による物資支援、同王国発祥の『クラン財閥』の軍事技術と資金援助、そしてシボラ人に投与された『アルフ細胞』による身体や脳内能力の活性化のお蔭であった。

 だが、それでも地球の持つ圧倒的物量の前には、到底及ばず核も遠距離兵器も持たないシボラは常に過酷な防衛戦を余儀なくされた。

 現在シボラにあるクラン財閥シボラ支部は地球軍との戦いに備え独自の技術を開発し、弱点だった航空兵器を増強し、『TFMB‐A』、通称『マルチバトラー』、または『MBエムビー』と呼ばれるハイパーコンポジット装甲の可変型戦闘機を十二機所有している。だが、それを操縦するためには特殊な資質が必要となる。体内のアルフ細胞が70%に達しなければ機体と適合できない。機体の持つ運動性能があまりにも高いため、通常の人間では操縦時に気を失ってしまう危険性があった。だがシャナスと同世代のシボラ人の第三世代の子供たちにはその適性があった。彼らが成長し大人になればこの機体を使いこなすことができる筈だった。『マルチバトラー』が開発されたのは未来の戦闘のためだった。

 クレアはシボラ軍の参謀総長を務めている父のエドモンドから『マルチバトラー』のことを聞いて知っていた。そして彼女はいつかそのパイロットとなるべく学校の教科だけでなくパイロット養成所に通い、最年少の訓練生となっていた。そこに通う彼女と同年齢の子供たちも何人かいた。レアード、キーフ、レックス、ナディムの四人の少年とエリノアという少女であった。彼らも資質の面では適正と判断され訓練を重ねていた。クレアは彼らに負けないように家に帰ってからも肉体強化のため訓練を行っていた。

 エドモンドは彼女がパイロットになることに反対してはいないが内心は複雑だった。本心では一人娘に軍人になって欲しくはなかった。だが彼の仕事はまさにその軍のトップに立って指揮する立場だった。彼女にパイロットになることを辞めさせたくても、彼の立場上そんなことをすれば職務と矛盾することになる。そんなことを考える度に彼は永久ループの思考に陥った。他人を死地に赴かせて戦闘を指揮するのが彼の職務で、自分の娘にはそれを止めろというのは身勝手な考え以外の何物でもなかった。

 「あなた、またクレアのことを考えているのね。そうして顎鬚あごひげさすっている時はいつもそう。いい加減に止めなさい。クレアはもう子供じゃないのよ。自分のことは自分で決められるわ」

 クレアの母ポーラは夫をさとした。

 「ウーム…父親というのはこうも身勝手な考えになれることに自分でも驚いている」

 エドモンドはひげを擦る手を止めずに言った。

 「それが親子というものよ。そうだわ。いい物を頂いたの。シボラで最初にできたブドウ園の特性のワインよ。飲んでみる?」

 「ああ、酔い潰れたい気分だ」

 「駄目よ。あんまり飲んじゃ。高いんだから」

 ポーラはバッグから包みを取り出して包装紙を外した。

 「支部長への賄賂じゃないのか?」

 エドモンドは冗談を言った。

 「違うわよ。詰まらない冗談言わないで」

 「お前がクラン財閥の支部長なら娘が乗る機体をこのワインのように特性の物にしろ。絶対に破壊されないようにな」

 エドモンドははワインを味わいながら言った。

 「はいはい。でも、大丈夫よ。『マルチバトラー』は地球軍のどんな兵器にも勝る性能があるの。防御力も攻撃力も地球軍の所有する兵器を遥かに凌駕してるのよ。問題は操縦する人間の性能の方よ」

 ポーラも自分のグラスを口に運んだ。

 クレアはその夜も訓練に励んでいた。訓練のためのトレーニングルームが彼女の部屋に連なっていた。

 「シャナス…私がお前を守る」

 クレアはそう呟くと額の汗をタオルで拭った。

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