隠された過去
隠された過去
フィオナは二階にある自室の窓からシボラの夜景を見渡した。彼女は長い銀色の髪を左手の指に絡ませて、シャナスと見た『レインボーフレア』と『虹の木』のことを思い出していた。
「シャナス…、私はあなたと『必然と偶然の狭間』で出会うことを望んだ…」
彼女は抑揚のない声で独り言を呟いた。
「…私…、今、…何を言ったの?」
その時、彼女の部屋の扉をノックする音がした。
「はい、どうぞ」
扉が開かれると、彼女の養母であるレオラが顔を覗かせた。
「フィオナ、食事の用意ができたわ。下りてらっしゃい」
レオラは彼女にそう告げると扉を閉めた。
フィオナは食堂に入ると彼女はいつものように大きな食卓を挟んでレオラと向かい合いの席に座った。彼女らの背後にはそれぞれ一人ずつメイドが待機していた。
「今日はどこに行ってたの?」
レオラはナイフとフォークを手に取りながら訊ねた。
「『ソルティスの丘』よ」
フィオナもフォークを手に持つとサラダを口に運びつつ答えた。
「そう言えば、今日は『レインボーフレア』の日だったわね。一人で行ってたの?」
「…シャ、シャナスと……」
フィオナは恥ずかしそうに答えた。
「そう。やっぱり、彼のことが好きなのね? あなたのお気に入りの場所に二人で行くなんて」
レオラは微笑みを浮かべて訊ねた。
「……うん。私は彼と一緒いると、本当の自分に出会えたような気持ちになれるの……」
フィオナは食事の手を止めて答えた。
「それはどういう意味かしら?」
レオラは彼女の顔色を窺った。
「…はっきりとは分からないんだけど、私は本当の私じゃない気がする時があるの。でも、それがどういうことなのか自分でも分からなくて……」
フィオナは不安げな表情で答えた。
――フィオナは以前レオラが母親にしては若すぎると思い、それを問い質したことがあった。それで明らかになったのは、レオラが実は彼女の養母だという事実であった。さらに彼女らは地球からシボラに来た最後の移住者だとも説明された。
レオラの説明に依ると、フィオナは受精卵の状態でシボラに来て、人工子宮によって誕生したということだった。だが彼女が本当は誰の子供なのかはレオラも話せないということで彼女には秘密にされていた。彼女はレオラが『クラン財閥』の令嬢だということは昔から知っていた。だから彼女ももしかすると高貴な身分に属する人間なのかもしれないと漠然と思った。だが、その事実を知った後でも、彼女はレオラに何でも相談した。どんな事情があれ、彼女を大切に育ててくれたのはレオラに違いなかったからだ。
彼女は自分が本当は誰の子供なのかということを深く追求しようとは思わなかった。それは彼女の傍にはシャナスがいたからだった。彼は彼女にとって心の支えとなっていた。――
「まあ、フェアリーテイル的なものに憧れる年頃だしね。いろいろと空想して夢を描きたくなるのも当然だわ」
レオラはフィオナの感じているものをそんな風に受け取ったようだった。
「……」
フィオナは人から見たら自分の言ってることは、おかしなことだと思われるのは仕方のないことだと思い議論するのは差し控えた。
「あら、もう食べないの?」
レオラは彼女がナイフとフォークを置いたので訊ねた。
「ご馳走様…何だか食欲なくて…」
「そう、じゃあ歯を磨いて、部屋で花火でも見物するといいわ。今日はレインボーフレア祝祭日だから」
フィオナはレオラの勧めに軽く頷くと食卓を離れた。彼女は自分の部屋に戻るとベッドの縁に腰かけた。
彼女はふと何かの気配を感じて部屋を見回した。部屋の片隅にいつの間にか紅い髪の少女が立っていた。
「ハッ! だ、誰!?」
フィオナは驚いてベッドの奥の方へと両手を使って後退りした。
「あなたは知りながらもこの道を選んだ。この道の先にあなたがあなたの望むものを見出した時、私はあなたに道を示す」
少女はそう言い残すと姿を消した。
フィオナは暫く身動きが取れずに呆然としていた。彼女は打ち上げ花火の音で、漸く自分を取り戻し、ベッドを下りて窓際に立つとその花火を虚ろな目で見つめた。
「選んだ道…」
フィオナは少女の言葉を抑揚のない声音で復唱した。
夜空に打ち上げ花火が上がった。少しの間を置いて轟音を立てながら鮮やかな閃光が夜空を彩った。




