夢
夢
シャナスはレインボーフレアを見た夜、ベッドに横たわってフィオナのことを考えていた。彼は最近になって、彼女のことを仲間の中で特別に意識していることに気づき始めていた。だが、まだ子供で男女のことに疎い彼には、その気持ちが異性として好きという気持ちなのかどうかを判断することができなかった。
シボラでは長い戦乱が続いたせいで、そうした浮ついた男女の知識に関する情報は、殆ど皆無に等しかった。だから、そうした男女のことに関する知識は自分で判断するか、友達からの情報などに頼るしかなかった。だが、その友達もそうした知識に乏しい者たちばかりで、なかなか正確な情報を得ることはできなかった。かと言って、母にそんなことを訊ねることも照れ臭くてできなかった。
彼はフィオナの頭が肩に乗ってきた時、何とも言えないときめきを覚えた。何か頭がボーとして、気持ちが宙に浮かんでいるような不思議な感覚になった。
「フィオナが僕を好きなんてこと、ある訳ないよな」
彼はフィオナの気持ちを深く考えたことがなかった。毎日皆で遊び回ることが楽しくて、明日は何をして遊ぶかということばかり考えていた。軍事訓練をするようになってからは、毎日家に帰ると身体が疲れ切っていて、何かを考えるという気も起こらなかった。
シャナスのような子供らが遊びに興じて、楽しい少年時代を過ごせるのも、彼らの親の世代が自分らがしたくてもできなかったことを、子供らにはさせてあげたいと願ったからだった。親たちが戦乱のことをあまり子供らに伝えなかったのも、彼らには平和を存分に味わって欲しいと思っていたからだ。
だが彼らの親たちは知っていた。この平和は長くは続かないだろうと。火星を覆うシールドはいつ失くなるのか分からない。失くなれば、今度こそ滅びが待っているかもしれない。だから子供たちには仮令それが束の間の夢であっても、幸せを味わって欲しかったのだ。
シャナスがそうして天上を見つめていると、突然部屋の扉が勢いよく開かれた。
「起きてる、シャナス?」
妹のリアが笑顔で扉から顔を出した。
「お、お前、言っただろ! 部屋に入る時はノックしろって!」
シャナスは身体を起こして注意した。
「アハハ、よかったぁ! 起きてた」
リアは彼の言うことなど聞いていないかのように、ズカズカと部屋に入って来た。
「何か用か?」
シャナスは呆れ顔で訊ねた。
「ね、一緒に寝よ!」
リアは嬉しそうに笑顔で言った。
「はあ? 何でだ?」
シャナスは眉を顰めた。
「私がそうしたいからよ!」
リアは当然だといった調子で言った。
「嫌だよ! 寝にくいだろが」
「いいじゃない、お兄ちゃん!」
「こんな時だけ、お兄ちゃんって呼ぶな!」
「だって…」
リアはがっかりしたように俯いた。
「分かったぞ! お前、怖いんだな?」
シャナスはほくそ笑みを浮かべて訊いた。
「違うわよ!」
リアはムキになって反論した。
「ほう、お前でも怖いことあったのか。普段は取り澄ましてる癖に」
「いいじゃない、一緒に寝るくらい…お願い!」
リアはベッドに両手を突いて彼の方に身を乗り出して訴えた。
「仕様がないなぁ。だけど、あんまり近寄るなよ。暑苦しいから」
「やったぁ! ありがと、お兄ちゃん!」
リアはそう言うと、ベッドに入り込んで来た。
シャナスは彼女から少し離れた所に位置を移して、再び横になった。
「ねえ、シャナス、訊いていい?」
リアは仰向けのまま訊ねた。
「何だ?」
シャナスも天上を見つめたまま訊いた。
「私が妹になったこと…嫌?」
リアの声は不安を含んでるように彼には感じた。
「いや、もう慣れたよ」
シャナスは横目に彼女の表情を窺おうとしたが、部屋の中はカーテン越しに薄明かりが差しているだけだったため、彼女の顔がよく見えなかった。
「そっか、私は嬉しいよ。シャナスがお兄ちゃんで」
「……ふーん…、じゃあ、これからはちゃんとお兄ちゃんって呼べよ」
シャナスは少し照れて顔が赤らむのを感じ、部屋が暗くて助かったと思った。彼女の返事が返ってこないので、彼は少し上半身を起こして、彼女の顔を覗き込んだ。彼女は既に寝息を立ててぐっすり眠っていた。
「何だ、寝ちゃったのか…」
シャナスは彼女の紅い髪をそっと撫でた。
「…妹か……、悪くないよな…」
シャナスはそう呟き再び横になると、すぐに眠りに就いた。
――シャナスは気づくと暗闇の中にいた。彼から離れた視線の先で小さい紅い光が輝いていた。
「ここはどこだ?」
彼は周囲を見回したが、辺りは暗闇に覆われて何も見えなかった。彼は紅い光の方に視線を戻すと、それはだんだんと彼に近づいて来た。やがて、それが人の姿だと分かった。彼はそれが女の子だと気づいた。だが、彼女の顔は光に隠されてよく見えなかった。
「シャナス、戦いの日が近づいている。あなたは目覚めなければならない。フィオナを命を懸けて守り抜きなさい。あなたが男なら、それがあなたの義務よ。彼女はあなたのために全てを失ったのだから。そして私を受け入れなさい。そうすれば、あなたに人間を遥かに超える力を与えて上げる。あなたが正しい道を選ぶ限りその力はあなたを守り続ける」――
シャナスは勢いよく起き上がった。
「……な、何だ…夢か…。でも…」
彼は全身に汗を掻いていることに気づいた。ふと、隣りを見るとリアが眠っていた。
「そうだった。一緒に寝てたんだった」
彼は彼女を起こさないようにベッドを下り、キッチンで水を飲み、浴室のタオルで身体の汗を拭った。彼ははっきりと夢を覚えていた。妙に現実感のある夢だった。
彼はベッドに戻って再び眠りに就いた。すぐに彼は寝息を立て始めた。すると隣りで寝ていたリアがそっと起き上がり彼の顔を見つめた。彼女の紅い瞳は光を帯びていた。
「シャナス……」
彼女はそう呟くと、彼に寄り添うようにして再び目を瞑った。




