レインボーフレア
レインボーフレア
「シャナスぅ、早くしないと『レインボーフレア』が始まっちゃうよ」
フィオナは彼の右腕を掴んで急ぐように促した。
「うん、分かってるよ。でも、フィオナどうして僕を誘ったんだ?」
シャナスは不思議そうに訊ねた。
「だってぇ、この頃のあなたは学校が終わると、訓練ばかりでどこにも出かけてないでしょ? 休日も訓練ばかりだし、たまには気晴らししないと駄目なの」
フィオナはそう言うと、彼の方を見て微笑んだ。
「だけど、アナムやクレアも誘ってやればよかったのに」
「私は一度、シャナスと二人だけでここに来たかったの。来年は皆で来よう」
「どうして、僕と…?」
シャナスは彼女の横顔を見つめた。
「ほら、丘の天辺が見えてきたよ」
フィオナは彼の質問には答えなかった。
「ふぅー、やっとか…」
彼らは丘の頂に立つ『虹の木』を目指した。この『ソルティスの丘』で一年に一度、火星を覆うシールドを通過する太陽の光が七色の光を放ち、翌檜の木の葉が虹色に輝く現象を起こす。シボラではその太陽の輝きを『レインボーフレア』と呼んでいた。そして、この丘の翌檜の木をシボラ人は『虹の木』と呼んでシボラの希望の象徴としていた。
「全然人がいないね」
フィオナは周囲を見回しながら言った。
「ここまで来るのは大変だからな。急な階段の後は石だらけで道は険しいし、丘と言うより山だよ、ここは」
シャナスは息を切らしながら言った。
「私はここが好きなの。この木のことを知ってから、『レインボーフレア』の日には毎年来るの。嫌なことも辛いこともこれを見ると全部忘れちゃう」
彼らは『虹の木』から少し離れた所にあるベンチに座った。
「湖には人が沢山いるね。ボートも沢山出てる」
フィオナは丘から遠くに見える『マーテル湖』を見て言った。
「あそこの方が簡単に行けるからな」
「ほら、始まったわ!」
フィオナは目を輝かせて言った。
「わあ、綺麗だな。ここから見るのは初めてだ」
シャナスは見惚れていた。
二人はしばらく『レインボーフレア』を見てから、『虹の木』に目を移した。
「シャナス、『虹の木』が…」
シャナスは彼女がここを好きだと言った意味を理解した。彼にとってその光景は小さい頃、母から聞かされたお伽噺に出て来るような、現実離れしたもののように感じられた。
「こんなことって…あるんだな…」
シャナスは小さく呟いて呆然と見惚れていた。
「凄いわねぇ。いつ見ても不思議…」
フィオナはそう言うと、彼の肩に頭を乗せた。
「お、おい…」
シャナスは突然のことに驚いた。彼には彼女の気持ちが理解できなかった。
「お願い、少しこのままでいさせて…」
二人は『虹の木』がその輝きを失うまでそうしたまま眺めていた。
二人を温かいそよ風が包み込んで、吹き去って行った。『虹の木』はその風に静かに揺らめき虹色の輝きを放っていた。




