94:天国と地獄とピンクの世界。
ハウスシステムでのスタートダッシュは、立地条件のいい土地に家を建てる為に重要になる。
景色が良いとか、角地とかあるが、俺としては利便性が優先だな。
各町からプレイヤータウンに移動するってことは、その逆も出来るって訳で。町への移動手段がタブレットからってなら問題は無い。問題なのはNPCに話しかけてだとか、転送装置を使う場合だ。
可能な限り、町への移動手段の近辺に家を建てたい。
理由は簡単。町への移動=狩りへ向う事にもなるから、準備の為にポーションの購入しようとするプレイヤーもでるだろう。町への移動場所近辺にポーション屋があれば、自然に繁盛する――
「はずだっ!」
『なるほど。さすがですカイト様っ』
「さすがしゅごいおカイト!」
アオイはきっとなんの事だか、理解してないだろうな。
まぁそういう意味で、さっさとプレイヤータウンへの移動場所を特定しておきたいってのがあるわけだ。
そんな話を秀さんも聞いていて、場所が解ったら自分にも教えて欲しいと頼まれた。
「やっぱスタダするのか、秀さんも」
「うーん、どうかな。正直ね、あんまり金がないからさ、立地条件の良い土地なんて買える気がしないんだ」
「土地ごとにやっぱ値段も違うのかねー」
「リアルで考えるとそうなるけど、ゲームだしねー」
「「うーん」」
二人で腕を組んで唸りあっている中、受付嬢が、土地代金の事も含めて支援ギルドで確認すればいいのでは? という事で話は締めくくられた。
アオイがから揚げを受け取り、必死に「ふーふー」しながら食べる。
「じゃ、俺たちギルド行ってきますわ」
「あぁ。あ、ついでだ、フレ登録していいかな? 解ったことを教えてもらいたいし」
「え……」
【秀さんからフレンド登録の申請が送られてきました。承認しますか?】
【YES / NO】
お、おおおおおっ!
なんという事でしょう! まさかの二人目フレンドゲットですかっ。
ぷるぷる震える手で、無事にYESをタップ。
感動だ。感動して泣きそうだ。
俺、もうぼっちじゃないぜっ!
「あ、フレリストが足りなくなってきたら、いつでも俺のは消してくれていいからね」
満面の笑みでそういう秀さんが、一瞬、悪魔――いや、魔王のようにも見えた。
冒険者支援ギルドへとやってくると、やっぱりというか、大勢のプレイヤーが押しかけていた。
建物の中に入ると【Bポイント10ポイントが付与されました】というメッセージが浮かび、自動的にポイントが与えられたようだ。
昨日の命名イベントでは、そんなに多くない職員スタッフしか出てこなかったが……捌けるのか?
『臨時スタッフも出ているようですね。これはまた、命名イベントが必要になるやも?』
「あんま頻繁にやってたら、流石にイベントとはいえ飽きられるぞ」
『そ、そうなのですか? つ、伝えておきます』
っと、ぼそぼそ言った受付嬢が、早速どこかに報告しているような素振りを見せる。
とりま、並んでる人が少ない列につくか。やけに女子が多い列だな。
「アオイ、はぐれると迷子になるぞ」
「解ったぉ。ん……」
ん、とだけ言って両手を俺に向って突き出す。これは『抱っこしろ』の合図。
抱っこすると、今度は自力でよじ登り、肩ぐるま状態で落ち着く。もう肩車にも慣れてしまったみたいで、肩の重みも感じなくなってきた。
暫くして、ようやく職員スタッフが座るカウンターへと辿り着いた。
『大変お待たせいたしました』
っと、爽やかに笑う男のスタッフ。なるほど、列に並んでるのが少く、その並んでるのも女子が多い訳だ。
ネトゲのプレイ人口なんて、なんだかんだと男のほうが圧倒的に多いからな。
えーっと、確かこのスタッフの名前は――ん? 昨日は見てない顔だな。
『私イカロスが担当させていただきます。ご用件はどういったものでございましょうか?』
「イカロス?」
『はい。昨日の命名イベントでは、ここサラーマではなく、アイシスの支援ギルドから参加しておりましたので』
あぁ、受付嬢がさっき言った、臨時スタッフってやつか。
短く刈り揃えた銀髪に褐色の肌、赤い瞳という、なんともイケメンアニメキャラに居そうな容姿だな。ご丁寧にも胸元に「イカロス」と書かれたチューリップ形の名札なんてつけてやがる。保育園児かよ。
そのイカロス君に、さっそくプレイヤータウンへの移動場所について尋ねてみる。
『移動に関しては、転送装置を使う事になります。ここサラーマですと、中央広場と、冒険者支援ギルドの建物前、それから町の西と東の門付近にある公園となります。プレイヤータウンはどの町からでも移動可能ですので、特にどの町を拠点にしなければならないという事もございません』
「四箇所か……」
中央と支援ギルド前は人が密集するだろうし、却下だな。西と東、何処に行くか。
『本日は混雑が予想されますので、臨時で北と南の門付近に職員スタッフが待機し、移動のお手伝いをさせて頂きます』
「おぉ、いい仕事するじゃないか。そうだな……」
北にするか。
町の構造的に、プレイヤーの大半は南のカジャールから移動してきている。宿は町の西側に集中してるし、NPCの店は比較的東側にあるようだ。工房は南西。
北はNPCの住む住宅街になってるようで、プレイヤーにとって用のある場所じゃない感じだ。
つまり、深読みしてない連中は北以外に集まるだろう。
よし、場所は決まった。次は土地代金についてだ。
「土地を購入して家を建てるっていうが、具体的に幾らぐらいなんだ?」
『土地ですか? 広さによって違いますが、一番小さな区画ですと20万Gとなります』
「20万か……広さってどのくらいなんだ?」
今の俺の所持金は……120万に届かない程度。とはいえ、このうち65万Gはオタル氏に渡す金だ。ってことは55万Gが俺の所持金だな。なんとかなりそうだ。
っと思ったのもこの瞬間まで――
『33.0579平方メートルです。坪ですと10坪ですね』
「……どっちもよく解らん。例えば、間取りで言うと?」
『そうですねぇ……1LDKでしょうか』
「ふーん。一人で住むには十分な広さがあるな。二階建てにすれば店舗スペースも取れそうだ。じゃ、大きい土地だと幾らだ?」
『はい。土地のサイズは10坪タイプと、40坪タイプの二つがございます。10坪を二つ三つ購入される事もできますし、40坪と10坪を複数合わせるなども可能です。40坪タイプは純粋に、10坪の4倍、80万Gでございます』
おぅふ……たっけーっ。
そういや秀さん、金はあんま持ってないっていってたが、複数人でシェアするとしてお金、足りるのだろうか。
更にイカロスの説明は続く。
『今お答えしたのは土地代金だけでございます。これに建築費用が必要ですし、内装代、家具代、設備費用などもあります。10坪の土地を購入し、二階建ての一階部分が店舗スペースとなると……最低でも50万Gは必要かと思います』
おぅ……最低ランクの家しか建てられない、だと?
広くはなくていいが、あんまりこじんまりした店も、なんか客が寄り付かなさそうなんだし……。工房スペースとかも考えると、55万じゃ足りないかも?
「アオイはね〜、大きなお家がいいぉ〜」
『そうですね。アオイはとても大きくなりそうですし』
おぅ……成長したら家をぶち抜くんですね、ワカリマス。
ぬぁあぁぁぁぁぁ。金はそこそこ持ってるほうだと思ってたんだがなぁ……。どうしたものか。
イカロスから聞いた情報を、まずはナツメに伝える。
《そっか。通常は中央と東西の三箇所なんだね。臨時で南北にも転送手段ができる、と》
《あぁ、そういう事》
フレンド一覧から呼びかけたい相手を選択すると、選択中は自分の声が相手に届くようになる。
wikiなんかでは知ってたが、実際にやってみると不思議な感じがするな。
今、ナツメと会話はしているが、俺の周囲に居る人なんかには口パクしてるようにしか見えてないだろう。アオイが不思議そうに頭上から覗き込んできてるし。
《合成の情報はね、装備レベルによって合成金額変わる仕様だったよ。見た目用、性能用の二つの装備の合計レベルみたいだね》
《初心者装備はレベル1装備だし、安かったんじゃないか?》
《うん。でもねぇ、初心者装備って、二度と手に入らない装備だったんだよ。だからさ、失敗したらそこでお終い》
ここで俺はちょっと噴き出してしまった。さも残念そうに言うんだもんよ、ナツメときたら。
合成に失敗したのかと尋ねれば、流石に成功はしたらしい。
ついでに、合成は何度でも行えると。
《見た目をずっと統一するってのも、可能っぽいよ。失敗さえしなければだけど》
《最終的にはそこだよな。サンキュー、ナツメ》
《じゃ、ボクは工房でちょっと時間潰してくるね》
初めてのフレンドチャットは終了。
暫くフレンドチャットの余韻に浸り、次に秀さんに声を掛ける。
まだ屋台をしているかもしれないし、返事くるかな?
《ギルドで情報仕入れてきたけど、今大丈夫か?》
やや間があって、秀さんの声が届いた。
《ちょうど店じまいしてたんだ。返事が遅れてすまない》
《おお、ゆっくり説明できるからよかった。それで、価格なんだが――》
10坪、40坪の価格を話し、複数の土地を購入出来る事、建設やもろもろの費用で結構な額に膨れ上がる事を説明する。
すぐに聞こえたのは、大きな溜息だった。そんなものまでフレンドチャットでは聞こえるのか。
《10坪で20万か……6人でシェア予定だから、最低でも6部屋プラス食堂厨房が必要だしなぁ。三階建ての40坪ぐらいならいけそうだけど、80万……》
《皆で出し合って、なんとかなりそうな金額か?》
っと問いに返事は返ってこない。
相当厳しそうだな。
まぁ、俺もそうなんだけど……。
《やっぱり価格を上げるしかないか》
と、秀さんが小さく呟いたのも、しっかり聞こえていた。
博子さんといい、秀さんといい。料理の値段設定が安すぎるんだよ。
カレーパンだって、意外とボリュームあったので、朝飯ぐらいならあれ一個で十分な量がある。他の屋台なんて、サンドイッチ一切れ500Gとかだぜ。しかも、どうみても一つじゃ足りなさそうな量だ。
《情報ありがとう。他の皆と話し合ってから、この先は決めるしか無いな。しばらく宿暮らしが続きそうだけど》
《そっか。じゃ、実際に土地探しして解ったこととかあったら、また、その――》
《連絡してくれるか? 助かるよ。少しでも安く買える物件とかあったらいいんだけどなぁ》
《訳あり物件か。幽霊がでるとか》
《あはは。食堂に客こなくなるよ》
《そりゃそうだ》
秀さんとの会話を終了させ、フレンドチャットでの再会(?)を約束してご機嫌な俺。
タブレットで時間を確認すると、時刻は午前8時半。今のうちから北に行っとくか。
『あ、カイト様』
「ん?」
『楓様からご連絡がありまして、アオイの衣装が何点か出来上がったから試着をお願いしたいと』
「はぁ? 今からか? 俺は嫌だぜ。プレイヤータウンへの移動場所で待機してねーと、スタダに出遅れてしまうじゃねえか。こんな大事な時間帯に呼び出すなんて……」
せめて夜にしろよと思う。
が、そこは受付嬢もスタダの大切さを知っているようで、彼女とアオイの二人だけで宿に戻ると言った。
『カイト様、ワタクシのお金をお渡ししておきますね』
「え? なんでだ?」
彼女はタブレットを取り出し、取引要請を送ってきた。
『ワタクシもカイト様の家に住まわせて頂くのですから、住宅に掛かるお金を負担するのは当然でございます』
「……は、ひ?」
『カイト様と同居させて頂くのですから、費用を負担するのは当然でございます』
言い回しを変えただけで、言ってる内容はまったく同じ。
え?
いま、同居といいましたか?
俺、こ、こここ、こ、こいつと、どどどどど同居!?
同じ屋根の下で暮らすって、ことですか?
天国:秀さんがフレ要請を出した瞬間。
地獄:秀さんが「フレリストが足りなくなったら消していいからね」と言った瞬間。
ピンクの世界:受付嬢が「同居するのですから」と言った瞬間。




