93:フレンドリストに一件追加されました。
早朝。宿の食堂ではなく、町に繰り出して屋台通りへと向う。
楓はというと、朝から工房に行ってアオイの衣装作りに励んでいるらしい。
気合の入れようからして、なんとも不安になるな。
プレイヤーが多く集まる屋台通りは、案の定賑わっているようだ。
「どんな家にしよう」
「お菓子の家とか作れればいいのにぃ」
などと女子達の楽しそうな会話が聞こえてくる。が、お菓子の家はどう考えても無理だろう。チョコレートの屋根とか、絶対溶けるからなっ。
『ふふ。皆さんハウスシステムを楽しみにしていらっしゃるようですね』
「あぁ。俺も楽しみだ」
「そうだね。ボクも楽しみだよ。どんな家にするかってのもあるけど、どんな町になるかってのも気になるし」
そうか。プレイヤーが家を建てるための専用エリアだから、プレイヤータウンなんだよな。
けど、プレイヤーは数千人いるはずだろ?
意外と規模のでかい町になりそうだ。
そんな事を考えながらも、ハウスシステム実装前の腹ごしらえをしなきゃな。
なんたってこういうのはスタートダッシュが肝心だから、さっさと飯を食って支援ギルド寄って、その後はプレイヤータウン移動場所で待機しなきゃならん。移動場所がどこなのかも、出来ればギルドで確認できるといいんだが。
「さて、何食うかな」
「ボクは適当におにぎりでも買って食べるよ。食べた後は合成屋に行きたいしね」
っというナツメの言葉に、俺は思わず言葉を失う。
もしかして、これってまた別行動フラグ? そういや俺、ナツメにフレンド要請まだ出来てねーじゃん。
「お、俺は支援ギルド行ってポイント貰って、プレイヤータウンの移動場所を聞こうと思ってたんだけど。ナツメはギルドに行かないのか?」
「行くつもり。でもさ、きっと今行っても人だかりできてて、時間食いそうなんだよね」
っぐ。た、確かに。でも後回しするにしても、今日はイベント目白押しだしな。
午前中はハウスシステム。午後から騎乗用ペット。これだけは後回しには出来ない。
「そうだ。合成システムを利用するつもりなんだけど、どういう仕様か教えてあげるから、カイト君もタウンへの移動場所が解ったらメッセージで教えてよ」
「え……あ、あぁ……うん。解ったよ」
「あれ? なんか元気ないね。合成システムに興味なかった?」
「いやいやいや、あるよ。この装備気に入ってるし、でも適正外になっちまってるから次の防具に着替えなきゃとは思ってたから」
「ボクはさ、初期装備に合成してもらうんだ」
え? 初期装備……って、飾り気も何も無い、もっさりした装備じゃん。なんでまた。
「だって、誰も初期装備なんて着ないでしょ」
っと嬉々として答えるナツメ。
そういやこいつ、前のゲームじゃ不人気職のトリックスターでプレイしてたんだっけ。しかもその道では有名人だったし。
人がやらないような事をする。そういうスタイルなんだろう。
まさか外見から入るとは……。
「じゃ、フレ申請おくるから」
「あぁ、解った」
条件反射で答えてしまったが、今、なんて言った!?
その答えが視界にメッセージとなって現れる。
【ナツメさんからフレンド登録の申請が送られてきました。承認しますか?】
【YES / NO】
ス、スクリーンショットに収めてもいいですか!?
感動で視界が霞む。
人生初となる、フレンド申請を受ける側!
あー、夢にまで見たフレ申請|(受)。ネトゲの神様、ありがとう。夢ならもう一生覚めなくていいです。
あ、やっぱスクリーンショットに――
っと、タブレットの操作をしている間に、メッセージが消えてしまう。
「あれ? 申請行かなかった? それとも、フレ登録はお断り系なプレイスタイルだったのかな」
ッガーン!
どういう事だ。何故そうなるんだ?
『カイト様。もしかして初のフレンド申請を受ける立場になられて、感動でYESボタンを押し忘れていませんでしたか?』
「……はぅわ! そ、そうだった。制限時間内に承諾しなきゃ、強制キャンセルされるんだったよな?」
っと、確認するように受付嬢とナツメを見つめる。
二人が同時に頷き、俺の肩に乗ったアオイが少し遅れて頷くのが振動で伝わってきた。
「あああぁぁぁぁぁぁ。す、すまんナツメッ」
「あはは。いいよいいよ。それにしても、フレンド申請されるのも初めてなんだ? あれ? じゃ、ボクが初めての――」
『初めてのフレンドはワタクシですっ。ワタクシはカイト様から申請を受けておりますので、カイト様が申請を受けるのは今回が初めてなのですよ』
ナツメの言葉を遮るように声を荒げる受付嬢。気圧されたようにナツメが一歩後ずさる。
「あ、ああ、そうなんだ。じゃ、もう一度送るから」
っと、もう一度メッセージが来た。
今度こそ……。
ぷるぷると震える指先で、視覚化されたYESボタンを押そうと奮闘する。
『頑張ってくださいカイト様っ』
「カイトぉ、がんばえ〜」
「お、おうっ」
伸ばした指先が、ようやく『YES』に触れた。その瞬間――
【ナツメさんよりのフレンド申請を承諾いたしました】
っというメッセージに変わった。
おおおぉ。フレンド申請を承諾すると、こういうメッセージになるのか。
感動だ。俺は猛烈に感動している!
「じゃ、ボクおにぎり屋探してくるね。場所解ったら連絡頂戴〜」
『いってらっしゃいませ』
「ばいば〜い」
感動だあぁぁぁっ!
ナツメが立ち去ったのにも気づかず、感動しっぱなして挨拶もできやしなかった。
3人になった俺たちは、アオイのから揚げコールに負けて朝からから揚げ屋を探すハメに。
朝から肉なんて……とは思うが、実際宿の食堂なんかには朝から肉肉しいのが出てくる。お袋がここにいたら、すっげー気合入れてメニューの改善をしだすだろうな。
――と思ったら、プレイヤーの屋台でも肉肉しいのを売ってるじゃん!
おいおい、朝っぱらから焼き鳥は、流石にやりすぎだろ? え? バーベキュー? ステーキ?
おでんにギョウザ鍋、もつ鍋なんてのまである。奴等の普段の食生活はどうなってんだ?
あ、カレー屋まであるじゃないか――ん?
「「あれ?」」
っと、カレー屋の店主と目が合い、同時に間の抜けた声を出す。
どこかで見た顔だぞ。どこ、だっけ?
「カイト、君じゃないか。サマナ村で見かけなくなったから、もしかしてこっちに来てるかなとは思ったが」
「おおっ! サマナ村の救世主っ」
カジャールで料理人を探しに行った時、真っ先に声を掛けてくれたカレー屋じゃないか。
名前はもちろん、忘れた。
「朝飯探しかい?」
っという名無しのカレー屋に問われ、俺たち全員が頷く。
なんとも香ばしいカレーの匂いがぷんぷんするな。でも朝からカレーは……いや、カレーの翌日は朝からカレー食うこともあったか。野菜サラダてんこもりで。
「だったら、カレーパンはどうだ? 一つ200Gだけど」
「カレーパン?」
名無しのカレー屋がそういって、フライパンから『パン』を取り出す。ダジャレではない。
見た目はいたって普通のカレーパンだ。
「パンのほうは料理技能スキルで、普通に作れるんだよ。そこに具材としてカレーを使っただけの品なんだけどね」
「揚げたてか。美味そうだな」
「から揚げは? から揚げ無いのぉ?」
アオイのから揚げコールに苦笑いを浮かべた名無しのカレー屋は、ごそごそとタブレットから何かを取り出した。
その何かとはもちろん、鶏肉。
「すんません……」
「いや、油使ってるし、揚げるだけなのは変わらないからね。ところで、どうする?」
「もちろん買います。受付嬢もカレーパンでいいか?」
から揚げ揚げて貰ってるのに、カレーパンだけいりませんなんて言えないだろう。それに、揚げたてのカレーパンは、なかなか食をそそる香りだ。から揚げ抜きにして食ってみたい。
『カレーパンとは、初めて口にするものです。ワタクシも食べてみたく思います』
「じゃ、カレーパン三つ。アオイ、から揚げばっか食ってないで、パンも食うんだぞ」
「あいっ!」
っと返事をしたものの、アオイの目は鶏肉に注がれている。肉をタレに漬け込み、その間にカレーパンの生地を練って、漬け込んだ肉に白い粉をまぶして揚げていく。
「じゃ、三つね。まだ熱いから気をつけて。から揚げは5分ほど待ってくれよな」
「どうも。落とすなよアオイ。熱いからな」
「ちゃんと。ふーふーして食べるんだぞ」
俺とカレー屋に言われ、アオイがおっかなびっくりで紙袋に入ったカレーパンを受け取る。
ぞわぞわっと尻尾の毛が逆立っているが、やっぱり熱かったようだ。受け取ったカレーパンに向って、必死に息を吹きかけたりしている。
それを見ながら一口頬張ると、俺の尻尾もぞわぞわと逆立った。
熱い……だが美味いっ!
から揚げが揚がるのを待って、カレーパンを食いながら彼と少し話す機会を得た。
『秀様は、やはり食堂機能の付いた住宅をお建てになるのですか?』
「ん? そうしたいんだけど、でもいろいろ考えててね」
「へぇ〜。何を考えてんだ?」
そうだ、秀さんだった。ありがとう受付嬢! グッジョブだ。
「俺一人で食堂開いてもさ、出せるメニューが少ないんだよね。いや、いろいろ作ろうと思えば出来るんだけど、調理器具揃えたり食材集めたりってのが大変なんだよ」
「え? キットとか売ってないのか? 製薬には道具一式セットで買えたけど」
が、秀さんは首を振る。
なんと調理器具はオタマの一つから購入していくという、生産職では最も鬼な仕様らしい。
「だからね、料理人組合の仲間と、シェアできる家を建てようかって話してたんだ。あ、そうだ。組合仲間といえば、君、博子さんとも顔見知りだろ?」
え?
博子さんって、ラーメン屋の?
なんか世界って、意外と狭いんだなと思った。
サブタイトル変更しました。
変に勘違いされるんじゃないかと不安になって……。




