90:ようやく豚骨が……その②
イベント終了後も会場は暫く解放された。司会進行を務めたタキシード仮面――ではなく、『クラウド』が言うには、やっぱりカジャールの方がスタッフの人数が多く、まだまだイベントは続いているという事だ。
尚、クラウドは金髪のツンツンしたヘアスタイルで、切れ長の目をしたイケメン野郎だ。
NPC達のほとんどは業務に戻っていったが、3人ほどは残ってプレイヤーの対応をするという。
『プレイに際してのご要望などありましたら、直接お聞きいたします』
っと、桃色の髪のNPC『桃子』が言う。肩まで伸びた髪は、内側にふわりとカールしていて、毛先のほうだけやや白い。まさに『桃』だ。
もう一人のNPCは長い銀髪のストレートヘアー。キリっとした顔つきをしていて『ヴェルキュリア』と命名されている。
3人目がクラウドだ。
男プレイヤーは当たり前のように桃子とヴァルキュリアに、女子プレイヤーはクラウドへと集まっている。なんとも解りやすいな。
『カイト様は、何かご要望などないのですか?』
「ん? 俺か? ある。ありすぎるほどある。けど、そろそろ豚骨受け取りにいかなきゃなーっと思って」
『あ、そうでしたね。博子様もいらっしゃるし、今のうちに用事を済ませておいた方が良さそうですね』
「あ、じゃあさ、ボクはここに残ってるよ。どうせ戻って来るんだろ?」
要望出したいから、と、ナツメがステージ上を指差す。
後ろを振り返って屋台を見ると、博子さんもまだ店を出したままだった。というか、行列できてるし。
遅めの昼飯を食おうっていうプレイヤーがかなり多いみたいだな。まぁ座ってる分には、ステータスのマイナスも関係ないもんな。
ナツメを残し会場を移動。冒険者支援ギルドから外へ、そして肉屋へ。
肉屋では既に準備が出来ていて、バケツに入った骨の山が5杯分あった。
うん、ちょっとグロテスクだ。
この辺りじゃ豚骨を使った料理メニューってのは無く、基本は廃棄するらしい。
あれ?
廃棄ってことは、売り物じゃない訳で、タダで貰えるかもしれなかった?
ってことは、護衛の雇い賃代わりだと村長は言ってたが、ある意味タダ働きさせられたのと同じ?
「いや、深く考えないようにしよう」
『カイト様、肉屋のご主人が、また必要になったらバケツ一杯200Gで売ってくれるそうですよ』
「つまり俺たちの仕事料は1000Gだったんだな。一人分にすると約333G」
っふ。安すぎる……。寧ろバケツ代じゃね?
家畜を肉屋に運び込む時なんか、リアリティの欠片も無い様子で狭い中にどんどん牛や豚、鶏が入っていってたのによ。なんでこんなとこだけリアルに表現するかな。
バケツは当然アイテムボックスたるタブレットに入る。
どうか、タブレットが生臭くなりませんように。
冒険者支援ギルドから再び会場に戻ってきた。
さっきよりは若干人が少なくなっている気はするが、それでもまだまだ賑わっている。
早速仕入れた豚骨を持って、博子さんの店へと向う。ここもまだ行列作ったままだな。
ラーメンを食うわけではないので、横からちょっと失礼してっと――
「おい、皆並んでるんだぞ。横入りはマナー違反だろっ」
「何様のつもりだよてめーっ」
っと、列に並ぶプレイヤーに罵声を浴びせられる。
だから食いに来たんじゃないっての。
「お、俺は――」
振り返って言い返そうとしたが、一斉に睨みつけてくる行列一向を見て言葉を失ってしまった。
お、俺、そんなに悪い事した……のか?
「あ、お、俺は、その……食い――」
食いに来たんじゃない。スープの元になる骨を届けに来た、だけ……。
そう説明したくても、舌が回らない。いつものどもり口調になって、更に頭で考えた言葉も発せないでいた。
「なんとか言ったらどうだっ」
「マナー違反者は通報しようぜ」
「そうだそうだ」
つ、通報って、俺、逮捕されるのかよっ。
いや、これはゲームだ。逮捕は無い――無い、はず……あれ? なんか逮捕っていうか、連行されていかれる気がしてきた。
迷惑行為を行うと、なんか……鎧っぽいのに……あれ?
「ととさまは悪くないもんっ」
『そうです。カイト様はここの店主の博子様に、豚骨を届けにきただけです』
アオイが足元から叫び、受付嬢が隣で俺を庇ってくれた。
「そ、そうっ。クエストで、豚骨を手に入れる機会が、その、あったから」
その証拠だとばかりに、俺は慌てて骨いるバケツをタブレットから取り出そうとした。
うっ……バケツの柄じゃなくって、なんか――
「ぬああぁぁっ! にゅるっとした、にゅるっとぉぉぉ」
骨を直接握ってしまったぞっ。気持ち悪ぃ。
改めてバケツを取り出して、行列一向に見せる。
――と、
「うわ、マジ骨だ」
「グロテスクだな」
「もっとスケルトンみたいに、骨です! って感じだったらよかったのにな」
「俺別に平気だわ。飯屋でバイトしてたから」
様々な反応が返ってくる。
罵声を浴びせてた連中もバケツを見るなり口を噤み、そ知らぬ顔で道を空けたりしていた。
えっと、つまり通報も無し、通っていいってことか?
「どうかしましたか〜?」
っという博子さんの声が前から聞こえてくる。彼女はエプロンで手を拭きながらこちらにやって来た。
「マナーがどうとか聞こえたけど、順番は守って仲良く待ってて欲し――あ、狐のお兄さんっ! なになに、そのバケツ? 全部豚骨なの?」
バケツを見るなり嬉しそうに駆け寄ってくる博子さん。この骨を見て嬉々としていられるとは……料理人侮れぬな。
「さ、さっき言ってた豚骨。今受け取りにいってたんだ」
「わぁっ。っね、クエストってどれかな? レベル低くても出来そう?」
「あ、いや、クエストしなくても買える。えっと――」
タブレットでサラーマのタウンマップを表示させる。マップを見せながら肉屋の場所を博子さんに教え、バケツ一杯200Gで売ってくれるという説明もした。
このバケツ一杯で何倍分のスープが作れるかは解らないが、これで豚骨ラーメンのスープが作れるようになるだろう。
「嬉しい! そのぐらいの価格で買えるなら、ラーメン代もそんなに値上げしなくて済みそう」
「250Gは安すぎると思うよ」
「あはは。まぁね。他の料理人からもいろいろ言われてるし、最近はNPCが売る小麦粉とかも値上がりしてるから、ちょっと価格設定見直すつもり」
500Gは取って良いと思う。ワンコイン――ゲーム内だからコイン1枚にはならないが、その程度ならまだ激安と言える値段だろう。
そう話すと、行列一向からも同じ意見が聞こえた。
更に近くでぼそりと「さっきは悪かったな」という声が。
一人の男がばつの悪そうな顔をし、頭をぽりぽり掻きながら軽く頭を下げてきた。
あ、謝られた!
な、なんだろう、このこそばゆい感じは。
勘違いから生まれる友情?
「い、いや〜。お、俺も、何の説明無しにいきなり割り込んだのが悪かったんだし。ぜ、全然気にしてないから」
さぁ、来い!
ここから芽生える熱い友情よ!
そしてフレンド登録だ!
「そ、そうか。そう言って貰えて助かるよ。よし、今日はとんこつ食うぞ! え? あ、まだスープが無い? そりゃそうか。はっはっは」
博子さんにツッコミを入れられた男は、それっきり特にリアクションも無いままだった。
ラーメン作りに博子さんが戻り、行列も少しずつ進んで行く。
俺とすれ違い様「新しいスープの材料をありがとう」「お前のお陰で新しいメニューが増えるぜ」などなど、感謝の言葉を口にするプレイヤーは大勢いた。
だが……一人としてフレンド登録を飛ばしてくれる奴はいなかった。
『良かったですねカイト様。大勢の方がカイト様に感謝しておりますよ』
「……あぁ。感謝、だけな」
感謝されるのは嬉しいこと。それをつい先日知ったばかりなのに、それだけじゃ満足できない体(?)になっちまったぜ!
こうなったら、意地でもナツメとフレンド登録するぞっ!
サブタイトル続き文句。
……届いたようです。
これだと博子さん視点ですね。




