89:強制執行。そして改ざん。
『お集まりの皆様、本日はイベントへのご参加、誠にありがとうございます』
正午きっかり。 ステージ上に現れたタキシードを纏った男NPCが、マイクを持って挨拶を始めた。
ステージ下部からせり上がってくる仕掛けやマイクは、どこから持ってきたんだと……。ここだけ近代化してるじゃねえか。
という突っ込みが俺以外のところからも上がっていたが、マイペースなNPCは無表情のまま進行を続けた。
『これよりイベントの流れをご説明いたします。まず、ここサラーマの支援ギルド施設に常駐する職員スタッフをご紹介いたします』
それから、応募された名前案で、同じ職員に対して応募数の多かった同じ名前を発表。それを候補として、次は会場に集まったプレイヤーに候補のうちどれがいいかと投票するという物だった。
投票はタブレットから出来るって事で、既に投票アプリ的なものが配信されているという。
「あった。トップ画面に投票箱みたいなアイコンが追加されてるね」
「もう既に候補名が表示されてるな。NPCの顔写真もあるし、解りやすいじゃん」
「みるぅ~、みるぅ~」
「ちょ、待て。ラーメン零れるからっ」
イベント開始前に博子さんのラーメン屋に行き、どんぶりを持って席ですすっていた。
座席が便利に作られてて、足元から小さな簡易テーブルが出てきたりと、飯を食いながらでも支障がない。
アオイが座る席の前にあったテーブルには、もちろんから揚げの皿があった。中身のほうは――もう無い。
こうしている間にもイベントは進行していく。
次々にステージ上にNPCが登場してきて、タキシード男が一人を呼び出してお立ち台に立たせた。
『まずは番号1番の彼女に寄せられた名前案から、候補となった名前をご紹介させて頂きます。
最も多かったのが『バニラ』、次点で『クリーム』、そして『ホワイト』です。
この三つより、投票を行います』
1番の職員スタッフの外見は、白髪――よりはややクリーム色っぽい感じで、かなりボリュームのある髪がくるくると縦ロールになっている。
目の色なんかは青いんだが、どうやらほとんどのプレイヤーが髪をイメージして名前を応募したみたいだな。っつーか、バニラ味のソフトクリームだろ……。
「投票、もう始まってるね」
『カウントダウンの数字もありますし、投票受付は5分間のようですね』
「んー、ホワイトさん……よりはバニラさん、かな?」
「クリームはねぇよな」
「から揚げじゃダメなのぉ?」
「お前の頭にはから揚げしか無いんだろ。お前基準にしてたら、NPC全員がから揚げさんになっちまう」
から揚げA、から揚げB。そんな感じになっていくんだろうな。
などと考えながら、『バニラ』に一票を投じた。
投票受付が終了するまでの間、紹介されたNPCがお立ち台の上でマイクを持って語りだす。
『っこほん。えーっと、その……サ、サラーマでお勧めのお店を、ご、ご紹介させていただきます』
会場内がどよめく。
もじもじとした様子のNPCが、そのどよめきに怯えたように一歩後ずさった。
あちこちから「萌え」だの「惚れた」だの、アホな声が聞こえてくる。
『ご、ご紹介しますのは、そ、その……西通りのベーカリーショップ『フラワー』です。パン屋さんなのですが、花の形をあしらったパンが幾つかありまして、香り付けにも花びらを生地に練りこんだりと、女性にお勧めのお店でございます』
と、店の紹介が始まると、男どもは内容には興味無さそうにNPCだけをガン見している様子だ。
逆に女のプレイヤーには受けがいいらしい。俺たちの後ろに座っていた数人組の女子たちが、後で行ってみようなどと話しているのが聞こえた。
そして投票受付が終了する。
どこからともなくドラム音が聞こえ、何故か階上全体が薄暗くなる。
だからファンタジー要素が総崩れしてるだろ……。
『1番の職員スタッフの名前が決定しました! 投票数462票で『バニラ』に決定しましたっ!』
「おぉ、俺これに投票したぜ!」
「ボクもだよ。なんかお店紹介の話し方でも、バニラって感じだったよね」
「おうおう。ホワイトだともっとクールで知的な印象だよなぁ」
あちこちから、自分が投票した名前に決まって喜ぶ声や、違ったせいで悔しがる声が聞こえてくる。
他人の名前を決めるイベントだってのに、そこそこ盛り上がってるじゃん。
2番手3番手と次々に名前が決まっていく。
隣の受付嬢も、一人名前が決まるたびに感慨深気に頷いたりしていた。なんていうか、妹分たちの晴れの舞台を見守る姉貴……みたいな?
サラーマに常駐する職員スタッフがまだ少ないのもあって、イベントは2時間半程で終了した。
尚、イベント後半には男NPCも出て来て、最後は司会を務めていたタキシード男の名前も決定。飛び入りで「タキシード仮面」なんて案が出てきたが、仮面を付けていないって事で総スカンもされてたな。
『それでは皆様、本日は我々スタッフの為に貴重なお時間を頂き、ありがとうございました』
『『ありがとうございました』』
ステージ上のNPC達が一斉に頭を下げる。すると、会場から拍手が湧き起こった。
受付嬢も感無量とばかりに拍手を送っている。俺もなんとなく釣られて手を叩いた。何のことだか解っていないアオイも、小さな手で一生懸命手を叩く。
俺たちの後ろに座る女子達からも、その周辺からも拍手は聞こえてきた。
会場に集まったプレイヤー、そしてNPCとの間に一体感が生まれた気がする。
ぼっちだった俺も、こうした運営サイドのイベントに参加する事で「あ、今俺は一人じゃないんだな」と思える瞬間があった。
たぶん、公式イベントとか存在していなかったら、俺、早々にネトゲも引退していただろうな。
じーんっと感動を味わっているそこに、
「ありがとうじゃねーよ! さっさと俺たちを現実世界に戻せ!」
「ゲーム内に閉じ込めて、これじゃただの誘拐だろ!」
「告知のたびに、引き続きお楽しみくださいってあるが、楽しんでる奴なんているのかよ!」
「さっさとログアウトさせろ!」
後ろの方から突然、拍手に混ざって男共の罵声が聞こえてきた。
声の周囲から拍手が消え、男共の声が大きくなっていく。その声を聞いたプレイヤーが拍手を止め、更に男共の声は会場に響いていく。
罵声を上げているのは数人ではなく、数十人規模だ。中には女子の姿も見える。
なるほど。ログアウト出来ない事に腹を立てている連中か。
ん?
ログアウトって、なんだっけ?
「俺たちは望んでこの世界に残った訳じゃないっ!」
「ゲームはゲームらしく、遊びたい時に遊ばせてくれればいいんだよ。強制的にやらされるもんじゃないだろっ」
「人様に作られた物のくせに、人様を支配してんじゃねーぞっ」
「戻してよ! 家に、私の部屋に戻して!」
怒りに任せて叫ぶ者もいれば、涙ながらに訴える者もいた。
その声に感化されるように、周囲のプレイヤーが、特に女子達が啜り泣きをし始める。
口々に「帰りたい」だの、誰それに「会いたい」だの言っていた。
あぁ、そうだ。
ネトゲなんだから、ログインしたんだからその後はログアウトするじゃん。
今は人工知能マザー・テラが、俺たちをログアウト出来ないように接続回線を弄ってるんだったな。
なんでそんな大事な事を忘れていたんだろう。
まぁ思い出したところで、別にログアウトしたいとも思わないんだが。
ログアウトを望むプレイヤーの声が次第に大きくなり、拍手の音が小さくなってきた。
「マザー・テラなんぞ消えてしまえ!」
直ぐ近くでそう声が聞こえたかと思うと、次の瞬間、俺の目の前に重厚な鎧を着込んだ男が現れた。
兵士、というか騎士っぽい出で立ちの男が追加でもう一人現れる。
騎士男二人はナツメの隣に座った男プレイヤーの前に立つと、そいつを左右から抱え上げた。
「な、なんだよっ」
『治安維持のため、迷惑行為を行ったプレイヤーを連行します』
「は? な、なんだよ、俺が何をしたって――」
それっきち男の声は聞こえなくなった。声だけでなく、姿も見えなくなった。騎士男もだ。
そして気づけば、さっきまで罵声を上げて騒いでいた連中の声もまったく聞こえなくなっていた。
ったく、イベントの妨害なんてすんなよな。興ざめするじゃねえか。
……ん?
今、誰かイベントの妨害とか、してたっけ?
あれ?
なんだろう。さっきまで拍手喝采だったのに、今はシーンとしている。
「ナツメ、何かあったのか?」
「え? いや、知らないけど。さっきまで皆楽しんでたはずなのに、なんかシーンとしちゃってるよね」
「なんかねぇ~、大声で叫んでる人いたぉ~。それでねぇ…………」
アオイが何かを説明しようとしていたが、途中で口が止まってしまった。いや、こいつの全てが止まっているようだ。
一瞬の間のあと、アオイが瞬きすると動き出した。
「俺の応募した名前が全然採用されなかったぞぉ~って、怒ってたぉ」
「あぁ、そんな罵声浴びせてたのがいたのか。俺には聞こえなかったけど」
「ボクも聞いてないな。でもまぁ、同じように叫びたいのはいるんじゃない? ボクが応募した『メイドさん』が何故不採用なんだよぉーっ」
後半は思いっきり叫んでいたナツメ。
そんな名前案を応募してたのかよっ!
メイドさんとか、どんだけ煩悩に染まってるんだと。
……いや、俺が受付嬢に命名したのは、そういうつもりで言ったわけじゃないからな。
「お前が『メイドさん』って名前にされたら、どう思う?」
っと、隣に座った受付嬢に尋ねるが、彼女はいつになく険しい表情で空を見つめているだけだった。
pt1万ポイントを超えましたっ!
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ピークは若干過ぎたようですが、それでも数万アクセスを頂けていることがモチベとなっております。
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