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88:ようやく豚骨が……。

 朝飯を済ませて暫く町を散策したあと、サラーマの冒険者支援ギルドを目指す。

 建物の大きさはカジャールのそれと同じなんだが、中は比べ物にならないくらい狭い。といっても、利用しているプレイヤーも少ないし、実際に狭いと感じるかと言えば、感じない。

 っというのは昨夜の話で、今日は様子が違う。


「流石にイベントともなると、人ごみを避けて移動してきたプレイヤーが多いね」

「だな。カジャールだと拠点にしてるプレイヤーが多すぎて、まともにイベントも見れないだろうし」

『イベントはあちらの扉から移動するようですよ』


 受付嬢が言う扉の前には、職員NPCが声を出して案内する姿も見える。


『職員命名イベントへご参加の方は、こちらの扉よりお進みください。尚、別エリアへの移動となります。足元にご注意ください』


 案内された扉に続々と入っていくプレイヤーたち。なんだよ、皆楽しみにしてたんじゃん。

 発案者としてはドヤ顔したいところだが――


「カイト君。置いてくよ」

『カイト様。場所取りに負けてしまいますよ』

「から揚げ、あるの?」


 急かされて扉を潜る。

 そこは……あれか。ファッションショーの会場みたいな。ただし野外だが。

 真ん中にお立ち台とそこに繋がる通路があり、それらを囲むような観客席がある。席は後ろに行けば行くほど高くなり、このあたりは球場の観客席に似ている。

 支援ギルドのロビーから移動した先が、まさに観客席の入場口みたいな所。足元に気をつけろってのは、直ぐ近くに段差があるからだな。


 観客席を見渡すと既に数百人ぐらいが中に入っているようで、席取り合戦が始まっていた。

 まだイベント開始まで2時間ぐらいあるのに、気の早い連中だ。

 あ、俺たちもか。

 それにしても、なんだか良い香りがするなぁ。


「カイト! 後ろみてっ。から揚げあるぉ!」

「ん? うぉ! 屋台村じゃん!」


 アオイの嗅覚は見事にから揚げの匂いを捕らえていた。

 言われて後ろを振り返ると、階上には幾つもの屋台が立並ぶのが見えた。匂いの犯人はあれか。


「あははっ。イベントっていうより、もうお祭りだね」

「そうだな。席を確保したら見て周ろうぜ」

『はい。なんだかそわそわしてしまいますね。なんでしょうか、この感覚は』

「わかるわかるっ。イベント前って何故かそわそわしちゃうよね」


 ナツメのソワソワと受付嬢のソワソワは同じかもしれない。けど、ソワソワの原因をナツメは解っているが、受付嬢は解っていない。

 NPCだから――自分の感情をまだよく理解していないのだろう。

 最前列付近に空いている席を見つけたナツメが走っていく。その後ろをアオイも追いかけて行った。


「そわそわってさ……」


 二人を追いかけようとする受付嬢に、後ろからぼそりと漏らすように話しかける。

 俺の声に気づいて、彼女が立ち止まった。


「そのそわそわは楽しいって事さ。それから始まる事に期待して」

『楽しい……そうですか。これが楽しいという事なのですね。カイト様は――』


 一瞬、間を置いて。

 受付嬢の髪が風に揺れ、その表情を隠す。


『カイト様は、そわそわされていますか?』


 そう言った彼女の顔は、とても人工知能だとは思えない軟らかな笑みが浮かんでいた。


 ……。

 …………。

 そわそわじゃなくって、悶々してますからぁーっ!






 悶々を打ち消す為に屋台を見て周ることに。さらに受付嬢には席取りの留守番を頼んでおいて残してきた。

 席を離れる時、なんとなく寂しそうな顔をしていたのが、なんとも罪悪感を抱かずにはいられない。

 お土産、買って戻るか。


「カイト! から揚げだぉ!」

「あぁあぁ、お前はから揚げさえあれば幸せそうだな」

「うんっ!」


 元気いっぱいに答えるアオイが羨ましい。

 ナツメはあちこち見て周りたいからと、俺たちとは別行動。結果、俺とアオイの二人だけで屋台巡りをしているんだが、事あるごとに親子と間違われる始末。

 挙句、俺の事をNPCだと勘違いするプレイヤーもいた。

 ふむ。俺のポーション屋もまだまだ知名度が低いか。

 今度オタル氏に新しいポーションのレシピ教えてもらったら、一気にポーション界に革命を起してくれるわっ!

 ふはははは〜……ん? この漂ってくるしょうゆ風味な匂いは……。


 アオイを肩車したまま、ふらふらぁ〜っと移動する。


「あっ! から揚げこっちじゃないぉ。こっちじゃないぉぉぉぉぉ」

「待て待て。から揚げは逃げたりしないから」


 売り切れることはあるけどなっ!

 そう心で叫びながら、俺の足は匂いの方へと向って行く。

 とある屋台の前で足を止めると、真っ赤なのれんに『らーめん博』と書かれているのが見えた。


「おぉ! ラーメン屋もこっち来てたのかっ」

「え? あっ、狐のお兄さん」


 カジャールでは行列のできる人気店だったが、流石に飯時には早すぎるのもあって客の姿もまばらだ。

 屋台を見て周ってるだけの連中はかなり多いけどな。

 

 俺が『狐のお兄さん』であることをすぐに理解されるあたり、ケモミ族で得をしたなとは思う。


「お兄さん、相変らず尻尾ふさふ――えぇ!? そ、その子どうしたん? ベビーシステムとか、実装されてたっけ?」

「……違う……」


 訂正。

 アオイを連れて歩くようになってからは、完全に親子認定されてしまうので得はしてない。


「こいつはかくかくしかじかで、頼まれて一緒に連れ歩いてるだけなんっすよ」

「へぇ〜。そのお狐様って……っぷ。ごめん、笑うところじゃないばいね。お狐様ってのは、NPCなん?」

「ん〜、今のところはそうなの、かな?」


 っと、アオイに振ったところでNPCという言葉を知らないんだし、理解もできないか。

 解っているのは、ご立腹だという事だけだ。


「わかったわかった。から揚げだな。買ってやるから、機嫌直せよ」

「大盛り!」

「大盛りだな」

「うんっ」


 今日の昼飯はラーメンにしよう。そう決めてから博子さんの店を後にしようと、視界に見えるからあげ屋を探した。

 おっと、そういえば――


「博子さん。豚の骨、手に入ることになってるんで。よかったらその、とんこつラーメンに使ってくれると有り難い」

「え? え? 嘘っ、売ってるの?」

「いや、それは解らないけど。サマスっていう村のクエストで、家畜の確保が出来るようになったんだよ。で、たまたま家畜運搬用の護衛任務を引き受けて。報酬に骨をくれるって約束したもんだから」

「おおおぉ。そうなんだ。でも、いいの?」


 俺が頷くと、肩車しているアオイの体が前のめりになって危うく落としそうになった。


「幾ら?」

「いやいや、金とかいらないから」

「えぇ、でもそれじゃー」


 あぁ、タダで貰うと申し訳なく感じるよな。うん、それがまともな人ってもんだ。

 なら――


「ラーメン5杯までタダで!」

「10杯にする! ありがとうっ。今日はサラーマに泊まって行くから、いつでも連絡まっとるばい」

「あぁ、それじゃ」

「から揚げはよぉー」


 頭をぺしぺし叩かれながら、見つけたからあげ屋の下へと走っていった。

 後ろから博子さんの「ありがとう」という声が聞えてくる。その声に尻尾を震わせながら、人に感謝される喜びを噛み締めるのであった。

今回のサブタイトルは作者の思いでもあります。

豚骨出すのにどんだけ遠回りしたのやら……。

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