6:NPCは只の飾りです
工房は屋根があるだけのオープンスペース。
NPCの姿は見えるが、利用しているプレイヤーは居なさそうだ。
そりゃそうだよな。
鯖がオープンしてまだ間もない時間帯だし、レベリングに必死になってる頃だよな。
「なぁ受付嬢。今ってサバオープンして何時間ぐらいだ?」
『はい。ゲーム内での時間ですと2時間と34分です。現実での時間に換算しますと――』
「あー、いい。まだ25分ぐらいしか経ってないって事だな」
『はい。その通りでございます』
現実での時間の流れとゲーム内とでは違う。
違うというか、そう脳が錯覚しているだけだ。
ゲーム内での24時間は、現実では4時間に相当する。こうでもしなきゃ、夜しかプレイできない者が、ゲーム内でも常に夜という事になってしまうからな。
昼夜の違いで配置モンスターも変わったりするし、VRに限らずMMOでもこのシステムを採用しているのが多い。
まだ25分か。
鯖オープンが15時だったし、社会人組はまだログインできてないだろう。
っくくく。今の内にレベル差を広げてやるぜっ。
「っとと。目的を忘れるところだった。今回の俺はレベリングに命を削ったりはしないんだ。今度こそぼっちを脱却するために――」
ちらっと横の受付嬢を見るが、彼女は首を傾げただけで俺のほうをじっと見つめているだけだ。
この状況って……ぼっち脱却と言えるのか?
彼女に倣って首を傾げつつ、ポーション作りに必要な【製薬】技能を教えてくれるNPCを探した。
工房にいるNPCは時々動くので、いつも同じ場所にいるとは限らない。
いたっ。
メガネを掛けたもっさりとした服を着た男だ。
NPCの所まで行くと、簡潔に用件を伝える。
「製薬技能を習いたい」
男は急に声を掛けられたにも拘らず、驚いた素振りを一切見せずに微笑んだ。
NPCだからな。特定のキーワードを発すると反応するようにしかなってない。
「素材は持っているのかい?」
「あぁ。『小さなライフ草』と『小さなソーマ草』はある」
「じゃー、『初心者用製薬キット』を買って貰おうか。それが無いと製薬は出来ないからね」
頷いてタブレットを呼び出すと、男との取引画面を開いた。
「50Gになるよ」
「あぁ、解ってる――おっ」
所持金が200Gもある!
クローズドでは100Gしか無かったんで、最初にキットを買うと辛かったんだよな。
残金150G。
「じゃーこっちに来て」
NPCに連れられて作業台の一つへとやって来る。
受付嬢も付いて来て見学をするようだ。
「まず素材を――」
NPCの指示が始まると同時に行動に移す。この工程は頭に叩き込んであるから、最後まで聞く必要もない。
『小さなライフ草』を持てるだけ鷲掴みし、『初心者用製薬キット』に入っていたザルに移していく。
100枚移した所で、これ以上は乗せられないというメッセージが出た。
クローズドと同じだな。
もっといっぱい乗せられれば、作業時間が短縮できるんだが。
「それから素材を――」
作業台の横にある流し台で、ザルから素材を溢さない様洗浄する。
水道は蛇口じゃなく、ハンドル式なので地味に使い辛い。
「洗った素材を今度は――」
作業台の横に無造作に置かれたフライパン。こいつで洗った素材を炒る。
焙じるって言うらしいが、馴染みの無い言葉なので炒めるでプレイヤー間では通じる。
釜戸で1分ほど炒めれば水気も飛んで、草の色が変色する。
ここまでが【製薬】技能スキル、『素材加工』の工程だ。
次は『ポーション作成』に入る。
「じゃ、最後にポーション瓶を用意して、二分目まで蒸留水を入れたら、出来上がった『小さなライフ草』を1枚入れるんだ」
ポーション瓶は購入するしかない。
1本2Gなので、残金150Gを全部それにつぎ込む。
男から75本の瓶を購入し、蒸留水という名の井戸水を瓶の中に入れる。水は自動的に二分目の容量までしか入らないので、井戸水を汲んだ桶にずぼっと突っ込むだけだ。
1本ずつやるのは時間が掛かるので、両手で持てるだけの瓶を持って桶に突っ込む。
瓶が小さめの電球サイズだから、なんとか6本は持てるな。
で、炒った『小さなライフ草』を1枚入れて……。
「そこで瓶を振るんだっ」
「解ってらぁ! シェイクシェイク!」
蓋をした瓶を振る。
そして力を入れすぎて手からスッポ抜けどっかの柱にぶつかったのか、パリーンと割れる音が聞こえた。
おぅ……いきなり失敗かよ。
「はっはっは。まぁそう肩を落とすな。次こそ成功するぞ」
失敗した時のお決まりのセリフをNPCが口にする。地味にイラつく。
2本目は無事に成功。瓶の中の液体が、透明なただの水から半透明の紅色の液体へと変わった。
これを10本成功させたところで、【製薬】技能クエストは完了する。尚、失敗して追加で2本割れたのは補足しておこう。
無事に技能を獲得した瞬間、ッピコンっというシステム音と共にメッセージが浮かび上がる。
《最速で生産技能を修得いたしました。称号『ファースト・クラフター』を獲得いたしました》
《最速で製薬技能を修得いたしました。称号『ファースト・アルケミスト』を獲得いたしました》
おぉ?
ここでも称号が付いたのか。
どれどれ、効果の程は……
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『ファースト・クラフター』
あらゆる生産行為に対して、大成功が発生する確率にちょこっとボーナス。
『ファースト・アルケミスト』
製薬の際に成功率にちょこっとボーナス。
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なんか説明がアバウトだな。
その『ちょこっと』ってのは、具体的に何パーセントぐらいなんだよっ。
まぁいいや。ゼロよかマシだろう。
技能を修得できたらNPCにもう用は無ぇ。
井戸から近い作業台に移動し、ついでに戦闘で拾った収集品の処分をした。
この辺りのNPCは大抵、アイテムの買取もしてくれるので助かる。
NPCとて処理能力があるからな。一度に取引できるプレイヤー数に上限があって、それを超えると待たされる仕様だ。
「確かNPCとの取引って、同時に5人までだったか?」
常に横で待機している受付嬢に尋ねる。
『はい』
誰もが知りえる情報に関しては、きっちり答えてくれるようだ。
所持金が215Gに戻ったところで、214Gをポーション瓶と交換。さっきの残り62本と合わせて、合計169本になった。
素材のほうが余るな。それはまぁ仕方が無い。
【製薬】技能のページを開き、技能スキルから『素材加工』をタップして各草を炒る作業まで終わらせる。
技能レベルが2になって、新しく『ポーション作成』スキルが追加され、『エナジーポーション:LV1』を製薬できるようになった。
が、手持ちの瓶が少ないのでここは全部『ライフポーション:LV1』にしてしまおう。
技能スキル『ポーション作成:LV1』をタップして、ポーション瓶に水を汲んで炒った草を投入。
蓋をしてシェイク!
シェイク!!
シェ……あ、スッポ抜けた。
遠くでガラス瓶の割れる音がする。
作業回数が50回になったとき、ピコンというシステム音が鳴った。
《『ライフポーション:LV1』の熟練度があがった》
システムメッセージにはそう書いてある。
熟練度? 何のことだ。
「受付嬢。ポーションの熟練度が上がったって出たんだが……」
答えられないか?
『はい。カイト様はケモミ族の公式設定を覚えておいでですか?』
いいえ、覚えていません。
人族でやるつもりだったからな、人族以外の公式設定とか見てねーし。
首を振って応えると、彼女は口元を歪めて説明しだす。
きっと俺を馬鹿にしているんだろう。
『ケモミ族の男性は、薬草の知識に富んだ特性を持っています。それ故、良質な薬を作る事が出来るのです。ケモミ族の収入源になるほど』
「へぇー。レア種族のボーナスみたいなものか」
また彼女の口元が歪む。解釈が違ったのか?
『その通りです』
「その通りかよっ」
『はい。各種ポーションは作業回数が一定に達しますと、効能をアップさせるボーナスが付きます。このボーナスは三段階まで用意されております』
まじか!
で、その作業回数の詳細は教えてくれない、っと。
まぁいいや。残りの瓶は59本だし、それで上がるかどうか解るだろう。
作業を再開すること50回目に、再び《『ライフポーション:LV1』の熟練度があがった》というメッセージが流れた。
これで熟練度は2になったが、どうも50回毎に上がるみたいだな。
169回のポーション作成によって完成したのは、105本という悲惨な結果。
7割無い成功率だが、技能レベルが低いんだからこんなもんだろうと思うことにする。
ちょこっとボーナスもこれだと期待できない数値だろうな。
「準備は整った。さぁ、ポーションを投げに行くぞっ」
『あの、カイト様?』
「なんだ? 行かないのか」
行かないならそれでもいい。やっとNPCから解放されるからな。
なんかNPCが常に傍にいるって、つまり監視されてるんじゃね? って思わなくもないんだよ。
え?
そうじゃない?
『カイト様。転職はなさらないのですか?』
…………あ。
『鯖オープン』
鯖=サーバーの意味
同じ使い方で『鯖缶』というのがあります。
決して鯖の缶詰ではありません。
サーバーキャンセル=ゲームから強制的に落とされる現象の事。
その他、ゲーム内の一部マップから出れなくなる現象でも使われていたことがあります。
ジャンル別日間6位ありがとうございます。