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76:いつから学園青春ドラマになった?

 先輩。

 自分よりその業界に長く居る者の事。

 学校なんかだと自分より学年が上の人は『先輩』になる。

 仕事なんかだと年齢は関係なくなり、自分がその職場に採用される前から働いている相手が『先輩』になる。

 よく学園物のマンガだの小説だのアニメだのには、先輩後輩の恋物語が描かれてたりする。

 俺だって高校のときには――


「カイト先輩、これ、受け取ってくださいっ」

「え? こ、これは、バレンタインチョコ!?」

「ずっと好きでした。カイト先輩!」


 なんて妄想をした事もある。

 もちろん、ただの妄想でしかないけど。


『後輩? 後輩とは?』

「先輩の逆だ。学校では自分より下の学年だと、相手は『後輩』になる。仕事場だと自分より後に入社した奴とかな」

『なるほど。では『G-38045MA』後輩、案内待ちのプレイヤーが増えてきました。追加カウンターを増設しますので、プレイヤーの誘導を――』

「おいおい、ちょっと待った。先輩に対しては、名前の後に『先輩』と付けて呼んでもおかしくないが、後輩に付けるのは変だぞ」


 オレンジNPCに説明していた内容を、一緒に聞いていた他の男NPCが突然指示を出した。

 NPCごとに付けられた名前のような番号のような、その後ろに『後輩』と付けて相手を呼んだのだ。

 普通に違和感ありまくりだよな。


『で、では、後輩にあたる者には何と呼べばいいのですか?』

「いや、そこは普通に呼び捨てだろ」

『な、なるほど! では『G-38045MA』。プレイヤーの誘導をお願いします』

『はい。『F-12495AD』先輩っ』


 指示を出した男のNPCと、指示を受けた女のNPCの動きが止まる。そのまま見つめあったりしている。

 おいおい、まさか学園ドラマみたく、恋が芽生えたとか言わないだろうな?

 ややあって動き出した二人は、何事も無くカウンターを出て行ってプレイヤーの誘導に向った。

 

「なんだったんだ、今の間は……」

『さぁ? 何かを学習したのかもしれません』


 首を傾げるオレンジNPC。


「そういや、一連の流れを他のプレイヤーに聞かれたりしたら、拙いんじゃないのか?」

『大丈夫です。カウンターの仕切り毎に音声エリアが区切られておりまして、ここでの会話は他のプレイヤーには聞えておりません。

 お隣のプレイヤーの声が聞こえないでしょう?』


 っと説明されて隣を見る。

 流石にNPCが集まってキャッキャウフフしてるから注目はされているが、確かに隣のカウンターに座るプレイヤーの声は聞えない。

 聞えないが、変な目で見られている。

 そういや昨日も、話の途中から他プレイヤーには聞えない仕様にしてたっけ。


『はい。しかしプレイヤーの方から、両隣の会話が聞えてくると、話を聞きづらいという報告を頂きまして。最初から他からの音が入らない仕様に変えました』

「あー、まぁその方がいいかもな」

『はい。あの、それで……実は私共からカイト様にお願いがございまして』

「お願い?」


 ここに集まっている6人のNPCがカウンター越しに寄ってくる。

 っごくり。

 全員NPCだと解っている。解ってはいるんだが、こうも美人が勢ぞろいした状況で、しかも顔が近いとなると……妙に緊張してしまう。

 俺だって男だ。嬉しく無い訳が……あれ?

 俺ってNPCに興奮するような、そんなマニアックだったか?

 いや、今までプレイしてたゲームでは、唯の一度も興奮なんかした事ねーぞ。


『あの、どうかなさいましたか?』

「っはひ! なななななんでもねー。それより頼みって、なんだ?」


 焦ってカウンターから顔を遠ざける。するとNPC軍団はカウンターに乗り出すように近づく。


『カイト様っ。お願いというのはですね、私達に名前を付けて頂きたいのですっ』

「な、名前?」

『『はいっ』』


 大合唱のNPC達。

 いや、ちょ、名前?


『カイト様も先ほどお気づきになったかと思いますが、私達にはプレイヤーの皆様のような、いえ、演出スタッフにすらある名前というものがございません』

『識別コードにてお互いを呼び合う程度でございます』

『そのコードとは、『Let's Fantasy Online』内の存在全てに付けられる物です。アイテムにも、モンスターにも、プレイヤーの皆様のアバターにもある番号です』

「そ、そうなのか」


 このNPC達、受付嬢よりも喜怒哀楽の表現が上手いんじゃないのか?

 なんかもう、すっげー興奮気味なんですけど。

 捲くし立てるように言われ、やや押され気味だ。


『私たちはこうして、ギルド職員としてプレイヤーの皆様と触れ合う機会を得ました。それと同時に、皆様方が名前で呼ぶあう姿を見て――こう、なんと申しましょうか』

『私たちもそうなりたい。っと学習したのです』

「学習? いや、それって考えたとか思ったとか、どういうのじゃないのか?」

『考えた……』

『思った……』


 オレンジNPCや他の子たちが口々に鸚鵡返しで呟く。

 自分で考え、思う事が不思議で仕方ないみたいだ。不思議って事も解らないんだろうなぁ。


『わ、ワタクシは、名前が欲しい。もっともっとプレイヤーの方々と触れあい、そして多くを学びたいのです』

『名前で呼ぶ合う事で、もっと皆様との距離も短くなると思うのですっ』


 ま、まぁ言わんとすることは理解できる。

 出来るが、名前って……。


 ちらっと隣の席に目をやると、プレイヤーの対応をしているNPCと目が合った。

 何故か頷いてるし。

 その奥のNPCも、更に奥のNPCも……。反対側の席に目をやってもNPCがこっちを見ている。


「お、おい……まさかここに居るNPC全員の名前か?」

『『はいっ』』


 力強く返事してんなよっ。

 何人居るんだよここに!

 一人二人ならまだしも、数十人とかになったら俺の脳みそパンクすっぞっ。

 もういっそ動物園の赤ちゃんに命名するみてーに、名前募集でもすりゃ――あれ? 思いつきだけど、これ、いいんじゃね?


「なぁ、名前が欲しいのって、プレイヤーとの交流を深めたいっていう理由なのか?」

『はいっ。間違いございません』


 だったら――


「お前らの名前さ、プレイヤーに考えてもらうってのはどうだ?」

『え?』

「だからさ――」


 ギルド職員NPCには暫くの間番号札でも付けて貰って、プレイヤーが名前を考えて番号ごとに応募。

 そこから好きな名前を選ぶ――のは彼女等には出来ないか?

 だったら紙に書いたものから適当に掴んで引いたのに決定すればいい。

 これ自体がNPCとプレイヤーの交流イベントとして成り立つんじゃね?


「どうだ?」

『……す』

「す?」

『素晴らしいと思いますっ』

『さすがカイト様ですっ。早速マザーにイベント案のご相談をしてみますね』

「お、おう」


 水色の髪のNPCが耳に手を当て、何かと交信しているような仕草を始める。

 う〜ん、我ながら良いアイデアだ。

 俺一人で名前を考えなくて済むし、彼女らにはお望みのプレイヤーとの交流も出来る。

 イベントとなれば、プレイヤーの方も喜ぶだろう。

 俺も運営主催のイベントなんかは、参加して盛り上がりを経験するのが好きだ。その時ばかりは周囲のプレイヤーが、擬似友達に見えるからな。

 ……あ、なんか虚しくなったぞ。


『許可が下りました! 早速イベント日程を決め、後ほど告知される事になります』

「っぶ。はえーな」

『カイト様、ありがとうございます』

『カイト様にお願いして、本当に良かったです』

「い、いや。そんなに喜ばれるような事は、別に……』


 美人に囲まれ、みんなが俺を羨望な眼差しで見つめる。

 これがNPCじゃなければ……。いや、本物の人間だったら、それはそれで……緊張しすぎて気絶しそうだ。

 彼女等に囲まれ、ちょっと良い気分になっていた所へ受付嬢が戻ってきた。


『お待たせいたしました。どのクエストを受けられるか、決まりましたか?』

「え?」

『っは!? 私としたことが、クエストのご説明を忘れておりましたっ』


 あ、そういやクエスト内容を聞いていた途中だったんだっけか。

 オレンジNPCの言葉を聞いて、鉄仮面だった受付嬢の口元が僅かに引き攣る。お、怒ったのか?


『いったい何の話をしていたのですか? こんなにスタッフも集まって』


 あ、やっぱり怒ってる。

 うーん、これはまるで……後輩を叱咤する部活の先輩――みたいな光景だな。


『す、すみません。直ぐに業務に戻ります』

『申し訳ありません。『E-111――』

『っし』

『っは! も、申し訳ありませんっ。受付嬢先輩っ』

「っぶほ」


 う、受付嬢先輩!?

 思わず噴き出してしまったじゃねーか。

 言われた本人も、流石に目を丸くして何のことだか解らない様子でいた。

 言った本人は逆に、何故かきゃっきゃと嬉しそうだ。他のNPC達もぼそぼそと『ごめんなさい先輩』『すみません先輩』とか、口々に言っては顔を赤く染めたりしている。


 おい、ここはいつから百合エリアになったんだ?

 そう勘違いしてしまいそうな光景が広がっている。

 糞っ、さっきまで女子に囲まれてたのは俺だったのにっ!

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