71:月光の森の聖なる獣クエスト完了。
「――っという訳で、九尾、じゃなくってお狐様は、もう村との関係を修復するつもりは無いんだと」
「そんな……村人の中に制約を破った者がおったとは……ほ、本当なんでしょうか?」
朝、少し遅めに目覚めた俺たちは、そのままワープゲートで迷宮を脱し、森を通って村へと戻った。
みかんとクィントのクエストには、村へ向う用事どころか、既に連続クエストも終わっている。
村の位置を知りたいからと、俺たちに同行してここまでやってきた。
到着して早々、村長に事の次第を報告したんだが、村人が狐狩りしていたと言う話を信じようとしない。
「疑うのは勝手だが、ここに被害者が居る訳だし。直接聞けば良い。ついでに昨日、俺たちが村長と会った時、一緒に居た若い村人も呼んで来いよ。そいつが犯人だからさ」
「ひ、被害者とは?」
「ここにいるだろ、ここに」
そう言って俺は、自分の頭の上を指差す。そこには器用にしがみ付いた子狐が。
訝しげながら、村長はその場に居た他の村人に、ワクサを呼んで来い――っと指示していた。あいつの名前はワクサってのか。
村長宅から出て行った村人は、意外なほど直ぐに戻ってきた。もうほんと、直ぐだ。
「こいつ、村長の家の直ぐ外さおっただよ」
「ワクサ、お前ぇ、本当に狐さ狩ってただか?」
「ちちちちち違う。おおおれ、そんな事しねぇべ」
明らかに動揺してんじゃねぇか。
大体、やましい事があるから、家の外で聞き耳でも立ててたんだろ?
更に――
俺の頭の上を見て、その動揺は一層強くなった。
「っひ。こ、子狐!?」
《ウゥゥウウゥゥ》
男はあたふたと俺から逃げようとする。
っていうか、人の頭の上で威嚇するなよ。
「ワクサッ、おめさ、まさか制約をやぶったんかっ!」
語気を荒げる村長に、ワクサは遂にゲロった。
「こ、こげな田舎さ出て、おれは一旗上げたかったんだよっ。弓は得意だで、冒険者になって一攫千金を夢見てただっ」
「だ、だからって、なんで狐さ狩る必要があっただ!」
「だってよっ。町に行くには金が必要だべっ。それに、腕試しにもなると思ってぇ。狐の毛皮なら高く売れるし、ちっと小さいが、その分よく動くし、腕試しには丁度良いと思って……」
冒険者になりたいって奴が、モンスターじゃなく動物で腕試しだぁ?
自分ひとりの勝手な行動のせいで、村人全員が困ってるんだぞ?
家畜が襲われて食肉の価格は上がってるようだし、そうなれば村だけじゃなく、近隣の町でも困る人が出てくるだろう。
こいつの身勝手な行いのせいで。
「冒険者になりたいって言うくせに、モンスターで腕試ししないなんて……なんて意気地なしなのっ」
「狐ちゃんがかわいそうですぅ」
『得意と言う割には、仕留め損なっていますし、本当は狩人としても未熟なのでしょうね』
「っぷ。お笑い、ね」
「全然Coolじゃないデスねー」
皆からも散々言われまくってるワクサだが、それでもなんだかんだといい訳を繰り返している。
それを聞いて段々腹が立って来た。
思わず拳に力を加えると――
《このエリアでの戦闘行為は禁止されております》
っという赤いメッセージが視界を遮る。
っち、村も町と同じ仕様か。
いや、そもそも対人コンテンツは未実装だったんだよな。それでもこんなメッセージが出るって事は、対人コンテンツ実装を想定してのシステムか。
だが、ここではなんとしてでも、こいつに痛い思いをさせておきたい。
邪魔なメッセージを無視し、ワクサの声がする方角に向って拳を突き出す!
《このエリアでの戦闘行為は禁止されております》《このエリアでの戦闘行為は禁止されております》
《このエリアでの戦闘行為は禁止されております》《このエリアでの戦闘行為は禁止されております》
《戦闘行為を確認しました。強制的にアバターの制御を行います》
っぐぬぬ。
「っひ、ひぃ!?」
「カイト!?」
「カイトさん?」
『カイト様っ』
ワクサの悲鳴が聞えたが、俺の拳に手応えは無い。
最後のメッセージにアバターを制御するとあったが、どうやら体の動きを無理やり止められてしまったようだ。
だが感覚で解る。これも格闘技を幼少期からやっていた賜物か。
俺の拳は奴の顔面すれすれのところで止まったのだろう。
殴ることを諦めると、視界を埋めていた赤いメッセージが一斉に消えた。
そして俺の足元には、腰を抜かしたワクサの姿が。
「ッケ。この程度で腰なんざ抜かして、冒険者になれるとでも思ってんのか? 冒険者目指すならモンスター相手に腕試ししろよっ。あ、でもお前が腕試しの相手に選んだのは、ある意味動物じゃないけどな」
《わたしのははさま、聖なる獣。お前達人族が言う『お狐様』だぞぉ》
「っひ!? き、狐が喋った!?」
「ワ、ワクサ! この罰当たりめがっ」
突然喋った子狐に驚き、ついにはションベンを漏らすワクサ。
村長や他の村人がワクサに拳骨を食らわしている。
卑怯だ。俺にも殴らせろっ。
《このエリアでの戦闘行為は禁止されております》
だぁ、もう解ったよ!
村人達に散々殴られながら、ワクサは村長宅からつまみ出されていく。
あれが本当の村八分ってヤツかな。
あいつ、どうなるんだろう。ま、考えたって仕方ないか。これはゲームなんだし。
「はぁ、これでお狐様との制約も、完全に破棄されてしもうたのですな」
《ははさまは凄く怒ってる。わたしも怒ってる。森以外はもう、守らない》
「はぁ……長い年月の間に、守って貰う事が当たり前になってしまっておった。それもあって、若い世代に制約の重要さを教えてこなんだ」
そう独り言のように村長は呟き、大きな溜息を吐いてから頭を下げた。
【クエスト『月光の森の聖なる獣7』をクリアしました】
村長を見つめる視界にメッセージが浮かぶ。
どうやら次のクエストは無いみたいだな。ってことは、完全クリアか。
っかし、報酬が何も無いっ!
なんて達成感の無いクエストだよ。
テーブルに座って頭を抱える村長を横目に、俺たちは家を出て行く。
「じゃ、帰るか」
「そうしましょう。なんだかスッキリしないクエストだった。こういう物なの?」
「いや、まぁ、なんというか……」
「そういうクエストもアルね。このゲームはクローズドベータテストでも、未実装な物が多かったし、ヨク解らないヨ」
「後味の悪いクエストは、どんなオンラインゲームでも、目にするもの。気にしたら、負け」
「解った。深く考えないようにするわ。さ、ココット」
「うん。行きますよぉ〜『リターン』」
ココットの緊張感の無い声が響くと、直ぐ前の地面に魔法陣が浮かぶ。
一人ずつ、魔法陣の中へと入ってカジャールへと戻った。
カジャールに戻ってきたのは10時過ぎ。
夜中の内に採取した薬草をポーションに変えるべく、まずは工房へと向う。
「俺が起きるまでの間に、クィントも採取してたのか」
「はいデース。不覚にも早寝してしまったデスから、早起きしました」
そう言って、クィントが薬草を渡してくる。更にみかん、エリュテイア、受付嬢。挙句にはココットまで。
流石にこの量になると、2、3時間掛かりそうだ。
「じゃあオレは露店巡りしてくるよ」
「私も、買い物」
「レベル25になったし、私も装備を探してくるわ」
「あ、私も行くぅ〜」
「一緒に、行く?」
「行きまショウ!」
「クィント、は、ダメ。男だから」
「酷いデスッ」
4人がぎゃーぎゃー騒ぎながら工房から離れていく。
残った俺は作業台に向かう。
受付嬢の奴はどこにも行かないのだろうか?
「お前もさ、たまには一人で動き回ってもいいんだぜ?」
『はい。しかし、なんの目的もありませんから』
「いや、別にただうろうろするだけでも……」
『目的も無くですか? ワタクシに出来ますでしょうか?』
出来ますでしょうかって……あぁ、AIだから目的も無く行動するって事ができないのか。
工房脇のベンチに座って、俺の作業をじっと見ている受付嬢。それは『目的』になるのだろうか?
あれこれ考えてもしゃーないな。
さっさと作業を終わらせよう。
頭上には子狐を乗せたまま、うっかり落とさないよう注意をして製薬を行う。
あれ?
そういや俺、何か大事な事を忘れているような?
「なぁ受付嬢?」
『はい、カイト様?』
呼ぶと直ぐに返事が返ってくる。
ベンチから立ち上がり、俺の下へとやってくる受付嬢。
『お呼びですか?』
「あぁ。あのさ、俺たちって、何か忘れてないか?」
『……何、か、ですか?』
アバウト過ぎる俺の問いに、流石に彼女も首を傾げている。
なんだっけなー、何か忘れてるハズなんだよなぁ。
受付嬢も一緒になって、あれこれ思い出そうとしている。
製薬をしながら、ずっと忘れている事を思い出そうと考えた。結果、成功率が悪くなった。
「考え事しながらだと、成功率下がるのかよ」
『偶然かと思いますが。それで、何を忘れたのか思い出されましたか?』
首を振って答える。
「ダメだ。思い出せねぇ。腹も減ってきたし、空腹じゃ頭も回らないだろ」
『では、昼食になさいますか』
「だな」
パーティーチャットを使い、製薬が終わったことを知らせる。
受け渡しは飯の後にして、露店通りへと向った。
料理技能を持つプレイヤーの露店が並ぶ通りで、食欲をそそる匂いを嗅ぎつける。
「こ、この匂いは……みそラーメン!?」
『みそラーメン? しょうゆラーメンとは、違う物なのですか?』
「あったぼーよ。もしかして博子さんの店か――あ」
『博子様のお店です――あ』
「『思い出した」ました』
俺と受付嬢が同時に叫ぶ。
聖なる森の獣クエストは、豚骨探しが元で発生したクエストじゃねーか。
なのに、肝心の豚骨――いや、豚が居るのかどうかすら見てねーぞっ!




