65:等身大の○○
枝分かれした道を行っては戻り、戻っては別のルートへと進み、それを繰り返してようやく見つけた『最深部』。
月光が照らすそこは、運動場ほどの広さのある場所だった。
ただ、拍子抜けなのは――
「何も居まセーン!?」
「えぇ〜、頑張って起きてるのにぃ」
「え? ココットまさか、眠いの!?」
「ううん。まだだよぉ〜」
……紛らわしい事言うんじゃない!
っかし、ほんと何も居ねぇな。どうしたものか。
とにかく、クエストのクリア条件は『最深部に辿り着く』だ。
おらぁ、辿り着いてやったぞ!
それまでの道とは違い、この運動場には芝生が敷き詰められている。
整地されたように足場も良く、隅のほうには花も咲いていた。
更に、奥には小さな泉もあり、月光が水面に反射して泉全体が光って見える。
「綺麗」
「うん。凄く綺麗だねぇ」
エリュテイアとココットの二人の、感嘆する声が聞こえた。
確かに綺麗だ――とは、俺も思う。
思うのと同時に、これ作ったグラフィックデザイナー、すげーな。なんて事も思う。
全員の足がその泉へと向って進む。
飲めるだろうか……。
ケモミ村を出て直ぐ、まだモンスターの少ない場所で晩飯を食ったが、あれ以来何も食ってない。
なんとなく小腹も空いたし、ちょっと休憩でもするか?
なんて事を話していると、唐突にクエスト達成のメッセージが浮かぶ。
当然、次のクエストが発生したっていうメッセージも浮かぶんだが……、ついでに泉の水も浮かんだ。
「は? 浮かんだ!?」
月光を反射していた水が、丸い玉のようになってぷかぷか浮かんでいる。
ここの泉の水はインクでも混じってるのか? 赤いインクをちょっと垂らしたような、うっすら色が着いてるぞ。
その赤い水の形がにゅーっと変化していき、やがて人の形へと変わった。
「oh! す、素晴らしいですっ!」
「素晴らしいってのは、演出か? それともあの形か?」
叫ぶクィントの横で俺が指差したのは、全裸の女を形どった水だ。
「もちろん、かた――」
そこまで言ってクィントはハっとなって辺りを見渡す。
「え、演出デース!」
きっと今、奴の額には見えない冷や汗がどっと浮かんでいるだろう。
エリュテイアはきっと睨みつけ、ココットは垂れ耳のまま困った顔をしている。みかんはニヤニヤ笑っているし、受付嬢は鉄仮面だ。
それを確認して慌てて言い換えたが、もう無理ってもんだろう。
けどまぁ、うん。気持ちは解らなくもない。
半透明の水だが、ナイスバディだ。ケモミなんかより、あっちの方が俺の好みだね。
「ウンディー、ネ?」
「ウンディーネ? 水の精霊って事?」
『エリュテイア様、精霊をご存知ですか?』
「まぁ、ファンタジー小説や漫画にも出てくるし、普通のゲーム機にあるRPGにも出てくるし」
『あぁなるほど。メジャーな存在ですね』
ウンディーネ……俺のイメージだと、掌サイズなんだが?
それに、色だって水色か青って感じじゃね?
それがだ。
大きさは受付嬢とさほど変わらないし、色は半透明な赤だ。
宙に浮かんでいたソレが地面に舞い降りると、等身大のおっぱいが弾む。弾む……
「おふぅ……」
「oh……」
俺とクィントが鼻を押さえて腰を曲げる。
背中から冷たい視線を感じるが、こればっかりはどうする事も出来ないんだからしゃーないだろ!
っと心で叫びながら、それでもウンディーネ(?)からは視線を離せない。
いや、別に下心とかエロい事を想像している訳じゃねーぞ。
奴が敵なのか、それとも中立の存在なのか解らないんだし、突然攻撃してこないとも限らな――、あっ。
《лΘΨ〃ゝажбё!》
理解出来ない言葉を発し、ウンディーネ(?)が腕を振り上げる。その際、おっぱいがぷるんっと弾んだ。
って、今はおっぱいの事を忘れるんだ!
こいつ、敵か!?
腕が振り下ろされると、当然のように水球が飛んできた。
大きさはゴルフボールぐらい。それが三つだ。
一つが俺に向って飛んできたので、慌てて避ける。
「あっぶね。おっぱいに気を取られてたら、モロに食らってたぜ」
ギリギリで回避して難を逃れたが――
『クィント様は気を取られすぎたようですね』
「だ、大丈夫? 防御した私でも800ダメージだったんだけど」
「す、直ぐに『ヒール』しますっ」
「今死んでも、きっとクィントは、本望なはず。っふふ」
俺の横には鼻の下を伸ばして倒れているクィントがいた。赤い液体で体を濡らしてるが、それが水なのか鼻血なのか、はたまた出血なのか解らない。
ココットが慌てて『ヒール』すると、ウンディーネ(?)の視線が彼女に移る。
「戦闘でいいのよねっ?」
「ああ。ヘイト取ってくれっ」
「解ったわっ」
エリュテイアが駆け出し、スキルの有効射程距離へ潜り込む。そこから『タウント』を唱え、ヘイトを取った。
俺と受付嬢が左右から挟みこむようにして駆け出し、みかんは魔法の詠唱に入った。クィントは……まだ桃色の世界に居るようだ。
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モンスター名:狂える水の精霊
レベル:29
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当然、こいつは水属性モンスターだ。俺の左手に装備したソルトスペシャル『輝くレピスのハイ・グラディウス』が火を噴くぜ!
だが、代わりに右手の『水流のシュトゥーム・スティレット』で恐ろしい事が起きた。
「ちょ!? 属性武器だったのかよ! シュトームの攻撃で、奴を回復させちまってるっ」
「カイト、そんなにウンディーネちゃんが好きデスか?」
「お前と一緒にするなっ。っ糞」
桃色の世界から戻ってきたクィントが、ニヤついた顔で俺の隣に来る。その顔に軽くパンチを入れ『バックステップ』で後退。
武器の説明に属性の明記がされてなかったから気づかなかったじゃねーか。抗議してやる!
右手の『水流のシュトゥーム・スティレット』の装備を解除し、左手の『輝くレピスのハイ・グラディウス』を右手に持ち替える。
仕方ない。今回は片手スタイルに戻るか。
武器の再装備を済ませ戦場に復帰。
片手だけになったが、『輝くレピスのハイ・グラディウス』の水属性に対して15%の追加ダメージ効果に期待しよう。
「っうらぁー!」
グラディウスを一閃させると、予想以上に攻撃速度が速い。
最近はずっと二刀流だったから、その速度に慣れていたのか。片手だと返しが早い分、次の攻撃に移るまでのロスタイムが短いな。
ここに『シャドウスラッシュ』を挟んで、更にモーションキャンセルによる硬直時間の解除を計る。
調子に乗って火力を上げると、エリュテイアからヘイトを奪ってしまうな。ちょっと加減するか。
「って事で『スティール!』」
『あ、カイト様。既にワタクシが成功させております』
「なん、だと?」
またか! またこいつは俺よりも先にっ!
もういっそ盗賊NPCになればいいのにっ!
自棄になってウンディーネに一撃を加えると、奴のおっぱい、いや真っ赤な瞳が俺を見た。
あれ? 今の一撃で、ヘイト、取っちゃった?
《ёлΨ〃ゝΘажб!!》
「何言ってるかサッパリ解らねぇしー!」
ウンディーネの攻撃が俺に向く。
慌ててエリュテイアのほうを見ると、彼女は焦った顔で俺を見つめていた。
「攻撃が、当たらないの……」
「はいー?」
そう叫ぶと同時に、水ビンタが俺を襲った。
決してサブタイトルは「等身大のおっぱい」ではありません!




