57:月姫・降臨。――そしておっぱい伝説へ。
「私の事はご存知ですわよね? あら、まぁ、そんなの当たり前? そうですわよねぇ〜」
「いや、あの、え……だだだだれ?」
「まぁ、そんなに食い入るように見つめられては、恥ずかしいですわ」
恥ずかしそうには見えないんだが?
寧ろポーズまで取って、きめぇーよ。
横から現れた狐幼女。
明らかにこれまで見たケモミ女子の中では、ダントツで小さい。身長130センチも無さそうだ。
美少女にありがちな銀髪。ケツの下あたりまで伸びてて、先のほうにゆるーいウェーブが入っている。
体を動かす度に、その髪の毛がふわりふわりと揺れた。
吊り上がった大きな瞳は髪の毛と対照的というか、ある意味セットとでもいうか、黄金色に輝いている。
銀髪の隙間から見える耳と、後ろで揺れる尻尾は俺のソレと同じ物だ。
同じ狐ケモミ。
そう思った瞬間、何故か悪寒が走った。
「んふふ。見惚れてますわね。仕方ありませんわ。だって私、美しいんですものっ。おーっほっほっほ」
「月姫様が一番美しい」
「我等が月姫様に敵うものなどいません」
「あぁ。眩しいほどにお美しい」
「踏んでくださいっ。踏んでくださいぃ」
「待て、僕が先だ」
さて、建物の中に入るか。
寝そべるエルフを踏みつける幼女王様たちを無視し、建物の中へと入ろうと歩き出す。
それに気づいたエルフ男が行く手を塞ぎやがった。
っち。
「おい、ギルドマスターの月姫様にご挨拶をしないか」
「は、入るなんてひひひ、一言も言ってねーし」
「「なんだとっ!」」
「なんですってーっ!」
踏みつけられたまま、踏んだまま、立ったまま、6人が一斉に叫ぶ。
こいつら俺がギルドに加入すると、本気で思っていたのか?
「おい、また『ムーンプリンセス』がプレイヤー狩りしてるぞ」
「どっかの廃人がまた捕まったのか」
「これで何人目だ? 全員に振られてんのに、よくやるよな」
こんだけ騒いでりゃ、当然のように周囲の目が集まる。
なんかコント芸でも見に来たのかってぐらい、プレイヤーが集まって取り囲まれてしまった。
俺の耳は周囲の声も聞き逃さない。
聞いてる限りだと、他ゲーで廃人プレイしてた連中にも、片っ端から声掛けてるみてーだな。
俺は至って普通のプチ廃人でしかねーってのに。ご苦労なこった。
「狐のあんちゃんか。製薬ボーナスが付いてるから、是が非でもギルドに取り込みたいんだろうなぁ」
「そりゃー、俺だって入ってくれるなら入ってほしいぜ」
「以前やってたゲームじゃ、ダンジョン攻略のタイムランキングに名前出てた人と、同名なんだよなー。職業も同じだし」
「同一人物だったら、そりゃー種族性能と合わせて、ギルドに欲しい人材かぁ」
お……おお……俺って、モテてる!?
「おい、なんか尻尾振りだしたぞ」
「ま、まさかあの男、『ムーンプリンセス』に入る気なのか!」
「えー、ちょっとガッカリだぜ。硬派な奴だと思ってたのに」
「所詮は男って事か。月姫にほいほい尻尾振るなんてよぉ」
「マジか。ロリコンだったのかよ」
「いや寧ろ、ケモミ男なんて選んでるんだぜ? ケモミ族に囲まれてウハウハを狙ったんだろ」
「やだぁー。イケメンじゃないけど、ちょっとかっこよさ気だと思ってたのにぃ」
「狐の保父さんが幼女趣味だったなんて、がっかり」
おいおい、ちょっと待て!
何故ロリコン認定されてんだよっ。
ここはビシっと否定せねば!
「お、俺が尻尾振ってんのは、おお、お前らが俺を欲しがってたからで、モテ期到来が嬉しくってだなーっ」
そう叫ぶと、一瞬にして場の空気が変わった。
しーんっと静まり返る。
次第にひそひそと囁く声が聞こえてきた。
「俺らがあいつを欲しがってた?」
「モテ期到来?」
「男の俺らが?」
「おい、あいつってまさか――」
いや待て。
それ以上は言うな。
「「ホモだったのか!?」」
「っちげーし! ホモでもロリでもねーしぃぃぃぃ」
誤解を解こうとして別の誤解を生んでしまった!
頭を抱えている所に、今度は幼女狐が仁王立ちになってビシっと俺を指差す。
「私を無視しないでくださるかしら?」
……プッチーンっときた。
「うっせーよチビガキ! 大体てめーのせいだ! なーにが美しいだ。ションベン臭ぇーガキのくせしやがって。
俺はなぁ、ガキなんて趣味じゃねーんだよ。例えてめーがガキじゃなくっても、傲慢で自分で自分を美しいなんて言う女、大嫌ぇーだ!
てめーのギルドなんか、絶対ぇー入るもんかっ」
はぁはぁ。
い、言ってやったぞ。
俺の内容を理解できないとでもいうような顔の月姫だが、ゆっくりと、次第に表情が変貌していく。
顔を真っ赤にさせて、言葉にならない何かを叫びだした。
子供だけあって、声のトーンがめっちゃ高ぇー。金切り声って、こんなのを言うんだろうな。
「私の誘いを断るなんて、なんて男なのよっ! これで二度目よっ。一度ならず二度までも……PVが実装されたら、みてらっしゃい!」
「あ? 二度目? ……あ、思い出した」
月姫の言葉で思い出した。
このゲームを始める前までプレイしていた『World Online』で、俺をギルドに誘ってきた奴の一人に『ムーンプリンセス』のメンバーが居たな。
ぼっちの俺でも、手当たり次第声掛けてくるギルドの奴は結構居る。
前作の『World Online』では、ギルドエムブレムってのがあったので、マークで覚えてるんだよな。
三日月にハートをくっつけた、シンプルで解りやすいマーク。
それをブローチにして胸元に飾るんだが、それを付けたやたらイケメンな男に声を掛けられた事があった。
直ぐに『ムーンプリンセス』ってのは解ったし、『にゅちゃんねる』でも悪名の高かったギルドだから恐ろしくて速攻、断ったけどな。
「そしたら次の日、その男が仲間を二人連れて来て襲ってきやがったんだよなぁ」
「っぎく」
エルフ軍団のうち、3人が一瞬身震いをして見せた。
あぁ、この3人だったのか。
「仕掛けられりゃ、相手が何人だろうが死ぬまで応戦するのが俺のプレイスタイルだけど〜」
「っぐ……」
「あん時はまぁ、勝っちゃって〜」
「っひぎ……」
「翌日になると、また人数増やして来たよなぁ。5人だっけ?」
「「っぎく」」
お前等全員かよ。
流石に5人が相手ともなると、かなり厳しいPV戦になったが……それにも辛うじて勝てた。
「おいおい、5人相手に勝ったのかよ」
「っつか、5人掛かりで倒せないって、どんだけ弱いんだよ『ムーンプリンセス』って」
「あのギルド、外部からの傭兵とかで持ってたようなもんだしな」
「なんかかっこ悪いギルドね」
外野からの注目を浴び、エルフ軍団と月姫の顔が真っ赤になっていく。
その状況を打開するべくなのか、月姫が何かのスキルを使って音を立てた。あれは……『ブレシング』か? ってことは、あいつは神官なのか。うわー、似合わねえな。
「お黙りなさいっ! た、たまたま調子が悪かっただけよっ。その翌日にはきっちり、貴方をKILLしたじゃない!!」
「んあ? あぁ、そうだったな。10人で仕掛けてこられたしな。流石にブッ殺されたさ」
ちょっと抵抗してみて頑張ったが、流石に10対1じゃ勝てなかった。まぁ秒殺されなかっただけ、俺、頑張ったと思う。
加入を断られたからって、PV仕掛けてくるギルドなんてここ以外には無かったから、よく覚えてるんだよな。
そんときは月姫本人は出て来てなかったんだが、今回は本人ご登場かぁ。
「お〜っほっほっほ。その通りよっ。今度もまたKILLしてあげるから、覚悟しておく事ねっ」
ご満悦な月姫は、背伸びをしながら笑みを浮かべて必死に俺を見下そうとした。
身長的にかなり無理があるけどな。
「覚悟するのはいいけど、次はてめぇも復讐の対象者だからな。あんたも覚悟しとけよ」
「っひ!?」
俺がそう言うと、月姫の表情は一変して真っ蒼になる。
俺は――やられたらやり返す。PV可能なネトゲではいつもそうして来た。
自分から仕掛けるのは面倒だが、やられっぱなしなのはムカつくんだよ。
この辺りは子供の頃から格闘技を習わされてたからなのかもしれない。ただ負けるのは嫌なんだ。
だから――
「俺を倒した後は、皆仲良く団体行動してたほうが良いぜ。でないと――」
「お、俺たちが少人数になったのを見計らって、襲ってくる気だなっ!」
「あの時もそうやって、貴様は俺たちを一人二人と嬲り殺ししていきやがった……」
「少人数になったのを見計らって襲ってくるなんて、卑怯だぞっ!」
いや、1人しか居ない俺を数人で襲ってきたお前らは卑怯じゃないのかよっ。
そう突っ込もうとしたが、先に外野から総ブーイングが始まった。
「お前等人の事言えるのかよっ」
「1人に対して10人で仕掛けておいて、よく言うよ」
「お前らが卑怯なんだろっ」
「帰れ帰れー」
おおぉ、なんだこの一体感は!
その中心に俺が居る!? 感動で身震いするぜ。
「おい、狐の兄ちゃん、尻尾震えてるぞ」
「俺らが付いてるから、泣くなっ」
いや、泣いてないし。感動してるだけだし。
だが、今の俺にはカジャール数千人のプレイヤーが付いているっ!
怖いもんなんて、何も無いぜ!
総ブーイングを食らった月姫がヒステリックに叫ぶ。あ、こいつきっと、若く無いな。
きーきー喚く月姫の後ろでは、取り巻きのエルフ軍団が血相を変えて彼女を宥めようとしている。
「月姫さま、やっぱりこいつは止めましょうよ」
「PKしたって鬼の形相で復讐しに来るんですっ。夢にまで見ますってっ」
根性無しのエルフ軍団が、口々に言う。
大体なんでこいつらは、俺を誘ったりしてんだろう。前回断られてるってのに、ご苦労なこった。
月姫を宥める一人が悔しいのか、俺を睨みつけてくる。
睨み返すと奴は顔を青ざめ慌てて視線を逸らし、そのまま月姫を連れて人ごみの中へと消えていきやがった。
っち、根性無しめ。
遠ざかっていく奴等から「覚えてなさいよーっ」という女の声が聞こえてきた。
さ、忘れるか。
頭を切り替えようとしたが、外野からは小さな拍手が上がり始める。
「っぷ。やっぱあんたも『ムーンプリンセス』には入らないのか。安心したぜ」
「スカっとしたぞー」
「俺はロリも好きだが、月姫は嫌いだったんだ。よく言ってくれたー」
「狐の保父さん。普通のケモミは好きになってー」
「あんたがホモじゃなけりゃ、うちのギルドに来てほしいんだけどなー」
「だから俺はホモじゃねーって!」
まだホモ疑惑継続中なのか!
ホモでもロリでもねぇーっ。俺は……俺は……
「二十歳前後のそれなりにでかいおっぱいの女が好きなんだあぁぁぁーっ!」
『カイト様、お待たせいたしました。なにやら騒いでいらっしゃいますが、どうかなさいましたか?』
拳を突き上げ雄叫びを上げた時、突然横に現れた受付嬢。
彼女の後ろに居たエリュテイアの冷たい瞳。ココットの呆れたような苦笑い。
それを見て、俺はやっちまったと思った。
「なるほど。二十歳前後ねぇー」
「なるほどなるほど。それなりにでかいおっぱいねぇー」
「「なるほどねぇー」」
っと、周囲の男共の視線が、何故か受付嬢に集まる。
いや、確かにこいつは二十歳前後だし?
確かにおっぱいも割りとでかいし?
でも、でもだぞ。
こいつ、NPCですしーっ。
『ワタクシがどうかなさいましたか?』
小首を傾げる受付嬢を見て、何故か俺の顔が熱くなっていくのを感じた。
*月姫軍団のくだりを少しだけ加筆。
総ブーイングされた後に負け犬の遠吠えのようなものを追加しました。




