56:豚骨を求めた結果、姫が現れました。
噴水の前で待つこと数十分。
「お待たせ。もしかして、随分待ってた?」
「いや、俺が食うの早かっただけだから」
「ごめんなさ〜い。すっごい行列出来てて、注文するのに40分も並んだんですよぉ」
『正確には41分37秒です。注文をしてから受け取るのに、9分30秒掛かりました』
「あぁ……そう、なんだ」
ストップウォッチ機能でも搭載してんのかよ。相変らず細けーな。
にしても、トータル50分も待ったのか。俺だったら飯食うのにそんな時間、待ちたくねーな。
「並んでる間に『空腹』ゲージまで出ちゃって、ちょっと焦っちゃった」
「そういや、俺は結局ゲージ出る前にラーメン食えたな」
「朝昼晩と、お腹が空く時間に何か食べれば、ゲージの有無に関わらずリセットされるのかしらね?」
「かもな」
『かもしれませんね』
つまりリセットされるようだ。
前回の飯から何時間後、もしくはエリュテイアの言う朝昼晩の飯時といわれる時間に何か食えば、システム的な『空腹』にはならないのかもしれない。
この辺りはリアルの生活環境に合わせてるんだろうな。
「で、これからの事なんだけどさ。ちょっと北のほうに行きたいんだが、エリュテイア達はどうする?」
「北? 何かあるの?」
「いやー、その、実は……」
かくかくしかじかで、とんこつラーメン食いたさに、豚を探したい。
言った後で、適当に誤魔化せば良かったと後悔する。
ラーメンの為に、とは、笑われるよな。
「とん……え? ラーメンのスープもプレイヤーが作ってるの?」
「そういえば豚さんって、見た事ないですねぇ」
『村ですか。家畜がいるのであれば、豚が居てもおかしくありませんね』
「だ、だろ? お、お前らも新装備になったんだし、格上相手に性能を堪能したいだろ? な?」
エリュテイアは赤を基調とした装備で、肩を守るショルダーガード、胸元を覆うブレストアーマー、防御力という点で役に立っているのか解らない腰鎧。
その腰鎧の左右から伸びた白い布は足首まであり、布の隙間から見える生足には紅色に塗装された鉄製のブーツを履いている。
昔のゲームに登場した戦乙女の赤バージョンといった感じか。
随分気合入れやがったな、ソルトの奴。
ココットはおっさん作だろう。
純白の法衣は桃色の刺繍が施され、どことなく子供っぽい可愛さをかもしだしている。
まぁ身長140かそこいらしか無い兎だしな、どっからどう見ても子供なんだし、丁度いいか。
ただ、下半身だけはやたら露出してやがる。
真ん中に大きなスリットが入って、裂け目部分から見えるのは……なんつーか、白いブルマ?
一部のロリコンが喜びそうだ。
なんだろうな。
メイド……戦乙女のコスプレ……ブルマ。
お、俺……もしかして男にとって夢のような状況下に置かれているのでは?
「ちょっと、さっきから何挙動不審な行動してるのよ」
「カイトさん、尻尾が七変化してますよ〜」
『震えたり、振ったり、逆立ったり……今のカイト様の心情は、解りません』
「な、なんでもねーってば!」
危ない危ない。このままじゃ変質者になってしまう。
冷静になれ、俺。
「き、北に行くことで問題ないならさ、冒険者支援ギルドにも寄って行こうぜ。せっかく実装されたんだし、転送装置使うのにギルドで登録してなきゃならねーしさ。な?」
「別にいいけど……。冒険者支援ギルドって、そもそもなんなの?」
「ギルドシステムの実装っていうのと、関係あるんですか?」
噴水広場を離れ、タブレットのタウンマップを見ながら冒険者支援ギルドの施設を探す。
ふむ。噴水広場から北の通路をまっすぐ進めばいいだけだな。
「ギルドや冒険者支援ギルドについては歩きながら話すよ。つっても、他のゲームでのギルドってのはこうだぜっていう説明しかできねーけど」
『恐らく似たようなシステムだと思われます』
だそうだ。
心置きなく他ゲームでのギルドがどんな物かってのを、エリュテイア達に話して聞かせる。
解りやすく言えば、部活だのサークルだのみたいなものか。
ゲームという共通のジャンルの中で、同じようなプレイスタイル同士で集まって、わいわいやる為の集団。
その集団をシステム的に作れるようにして、ちょっとした恩恵もあったりするのがギルドだ。
「恩恵って、例えばどんな?」
「んー、それは難しい質問だな。ゲームによっていろいろ違ってくるんだよ。共通するのは、まぁチャット機能じゃね?」
「チャットですか?」
「あぁ。フレンドチャットとかはさ、一対一じゃん? ギルドチャットになると、加入者全員が見れるし発言も出来るんだ。もちろん、近くに居なくてもな」
っと、知ったかで説明はしているが、ギルドなんて一度も加入した事が無い。全部、wikiだの公式サイトの説明なんかの受け売りだ。
「チャット以外に……その、ゲームごとにいろいろある機能って、どんなのがあったの?」
「えーっと、ギルド同士で専用フィールドで戦って、勝った方には報酬があるとか、旨味のある専用ダンジョンにいける様になるとか、次の戦闘期間までは領主になれるとか」
あ、明らかにエリュテイアもココットも微妙そうな顔しやがった。
戦闘関係の話はあまりお好きじゃない、と。
じゃー……
「ほ、ほら。大勢がギルドに集まる訳だ。そうするとさ、パーティーに誘われたり誘ったりとかしやすくなるんだよ。たぶん。うん」
他にも、生産持ちのプレイヤーも居るだろうから、装備の生産依頼とかも出来て、露店で買うより安く揃えられるとか。
『助け合いが出来るのでございますね』
「そ、そう! それだよそれっ! お前らってさ、ネトゲ初心者じゃん。知らないこととかも聞けば、教えてくれるんだぜ」
たぶん――な。
この話に二人の表情は、さっきよりも明るくなった。
「へぇ〜。カイトもギルドとかに入った事あるの?」
「カイトさんも初心者の頃に、いろいろ教えて貰ったんですか?」
「は、ひ……あ、いや、あの――お、俺は――」
『エリュテイア様、ココット様。お忘れになってはいけません』
「「何を?」」
言葉を詰まらせた俺の頭を、背伸びをして撫で始める受付嬢。
な、なんだこいつ、急に!
『カイト様は、ぼっちなのです! ぼっちはギルドなど所属できないのです!』
「あ……ご、ごめんなさいカイト」
「ギルドに入りたくても、入れないんですよね。カイトさん、かわいそう」
か、かわいそうとか言うなっ!
っつーか、同情して頭撫でてんのかっ!
止めろっ。
俺をそんな目で見るなぁーっ!
冒険者支援ギルド――は、プレイヤー間で作られた物じゃなくって、NPC職員で構成された『プレイヤー支援組織』みたいなものだろう。
実際は行ってみないと解らないが、たぶん、ゲーム内でのクエストの発注や、困った時の手助けとかしてくれるんじゃね?
だって『支援』っていうぐらいだからな。
そんな事を話しながら、冒険者支援ギルドの建物前へと到着。
白い壁と赤煉瓦で造られた、ちょっと豪華な造りの建物がそれだった。
建物の周囲には多くのプレイヤーが群がっていて、あちこち大声で叫ぶ奴等の姿も見える。
まぁ叫んでる内容の殆どが――
「ギルドメンバー募集中! レベル20前後、まったりギルドでーす」
「レベル23剣士。ギルド探してますー」
っと、こんな感じだ。
メンバーを募集しているギルド、ギルドに入りたいというプレイヤー。それが叫びあっている。
直ぐ隣でギルド探してるって叫んでるのが居るのに、なんでメンバー募集してる連中は声掛けねーんだろうな?
「わぁ、賑やかですねぇ。ギルドって、こんな風にして募集するんですかぁ」
「まぁたまに聞くのは、野良パーティーとかで気が合った者同士でギルド作ったりとか」
『偶然の出会いから、冒険を共にする仲間へと変わるのですね』
「それ、なんだかいいわね」
賑やかと言うか、半ば五月蝿くも感じるプレイヤーの声を聞きながら、暫く辺りの光景を眺めていた。
すると――
「ねぇ君たち、ギルドを探してるならうちなんてどう?」
「『木漏れ日の安息』ってギルド名で活動してるんだけど、マッタリで皆優しい人ばかりだよ。うちに来なよ」
「レベル職業不問! 生産持ちもいるから、装備の事なら相談に乗るよ!」
「僕は『ファンタジア連合』のギルマスしてるアキトと言います。ぜひうちに来ませんか!」
「『喫茶 猫cafe』へようこそ! メイド服のお嬢さん、是非、是非うちに来てぇー」
いつの間にやらわらわらと集まった、ギルメン募集一行。
しかも、だ。
囲まれてるのはエリュテイアとココットと受付嬢の3人だけ。
俺は押しのけられ、華麗にスルーされている。
もちろん、声を掛けて来たのは男共ばかりだ。
い、いいさ別に。
こいつらは可愛い女子を狙って群がるハイエナなんだ。
本気で気の合う仲間って奴を探してる訳じゃない。
だから、悔しくなんかねーんだぞっ!
ちょっと遠巻きに囲まれて困っているエリュテイア達を見ながら、なんとなく心が虚しくなってくる。
女っていいよな。
無条件でこうして声を掛けてもらえるんだし。
俺も女だったら――
おおおぉぉぉぉ、一瞬女装した俺を想像しちまった。オエェー。
想像した姿が巨乳だったのは、俺の好みの問題なんだろうか。
いや、深く考えまい。
溜息を吐いた次の瞬間っ。
何者かの気配を背後から感じて身を翻す。
振り向いたそこには、揃いも揃ってイケメンなエルフ5人組だった。
「っふ。見つけたぞ。狐男、カイト」
「『World Online』にも居た、あのカイトだよな?」
「ダンジョンソロ攻略ランキングのトップ3に君臨し続けた」
「月姫様が貴様をご所望している。『ムーンプリンセス』の一員になれることを、感謝するんだな」
「ご所望といっても、貴様の製薬技能とPSに限ってのことだ。間違っても貴様個人を所望している訳じゃないからな」
はい?
今、月姫っつったか?
ぼっちだった俺でも知っている、悪名高いギルドの女マスターの名前じゃねーか。
なんでも、美人なのをいいことに男を玩んだり、従順な男だけをはべらせたりとか。
そんな事よりも、俺がムカつくのは――
「それで、今回はまた盗賊みたいだな。もちろん暗殺者志望だよね?」
「AGISTR特化だろうな。間違ってもステ振り失敗やミスはしてないよな?」
「まぁ君の事だからネタステにはしてないだろうが。もし1ポイントでもミスなんてしてみろ。即追放だからな」
「月姫様の為、死ぬ気でレアを稼いで貰うぞ」
「今後一切、ポーションを一般人に流すな。全てギルドに献上するんだ」
ほら来たよ。
人のプレイスタイルにあれこれ口出ししてくるんだ、こいつらは。
ゲーム内のトップギルドになりたいか知らないが、なんで他人にとやかく言われなきゃならねーんだっつーの。
なーにが『月姫様の為』――だ。
「だーれがてめーらのギルドになんか、入るかよ。ばーかっ」
思いっきり嫌味たっぷりに言ってやったぞっ!
なのにだ、こいつらと来たら俺を見ちゃいねー。
全員が俺の左側を、煌々とした目で見ていやがる。
何があるんだ?
「カイト、ですわね。私の為にしっかり働きなさい。おーっほっほっほ」
5人の馬鹿エルフが見つめる先に現れたのは、狐の幼女……だった。
しかも、この高笑い。どこかで聞いた事があるような?
『ギルド』
MMOで言われる『ギルド』は、主にプレイヤー同士の集まりである組織的なものの方を言います。
今作では、冒険者へのクエスト発注や、多方面での支援を目的とするNPC組織と、プレイヤー同士の集まりと、両方を『ギルド』と名称付けております。
前者は極力『冒険者支援ギルド』と書くように致しますが、混乱させてしまい申し訳ないです。




