53:友達100人の第一歩。
ココットに俺がネトゲをやっている理由を、何故か延々と説明するはめになった。
物心ついたときから、格闘技好きの死んだじーさんから柔道剣道空手を習わされ、子供らしい遊びの一つもやらせて貰えなかった幼少時代。
小学校に入ってもクラスメイトとの会話に着いていけず、いつしかぼっちになった事。
じーさんが死んでから、これでやっと年並みの遊びが出来る! 友達だって出来る!
っと思ったが、それまでぼっちだった事もあって容易には行かなかった。
そこで俺は、ネットゲームなら直接相手と対峙するわけじゃないし、友達つくりの練習にもならねーかと思ってMMOを始めた。
「けどまぁ、その、世の中そう上手く行かないもんだよな」
「お友達、出来なかったんですか?」
ココットのずばっと突き刺さる言葉に胸を抉られながら頷く。
「別にネタ職やってた訳じゃねーんだけど、誰も俺に声を掛けてはくれなかった」
その頃丁度世間ではVRが流行りだした時期で、期待に胸を膨らませていろんなVRMMOにも手を出してみた。
ゲームの類も一切禁止されてたのもあって、当時はぼっちでもそれなりにやり込んで楽しんだりしたもんだ。
元々格闘技やってたのもあってか、モンスターとの戦闘もすんなり馴染めたし、夢中で遊んだなぁ。
まぁ、お陰で高校では赤点ギリギリだったけどな。――っと、ここは内緒にしておこう。
『確かにカイト様の戦闘は、この『Let's Fantasy Online』でも最初からスムーズに行われておりましたね。VRでは元々の身体能力が多少なりとも影響を与える場合が多く、カイト様はまさにVR向きなのでしょう』
「え! そうなんですか? 私、高校では弓道部だったんです!」
「き、弓道……えーっと、でもココットってさ、神官じゃね?」
きらきらした目で俺と受付嬢を見るココットは、俺が言わんとすることをまったく理解できていないようで、にこにこと微笑んだままだ。
ど、どうする……い、言ってもいいものなのか?
これ言って、彼女を傷つけて、また、友達になれそうな子を失っちまうのかな……。
『ココット様。弓職を選択していればご活躍できたでしょうに。弓道の技術が神官に与える影響は、恐らく皆無ですっ』
「えぇぇぇっ! ……そっかぁ。てへっ」
ええぇぇぇぇぇ!?
そんなあっさり突っ込んでいいのかっ!
「でもでも受付嬢さん。『ヒール』だって狙って飛ばす魔法じゃないですかぁ。狙うって事は、少しぐらい弓道が役にたってるかもですよぉ。ね、カイトさん?」
「はひっ! は、えーっと……た、確かにココットは、その、初心者の割にはちゃんとターゲットに魔法を当てられてるな。うん」
そう言われれば、ココットが魔法を明後日の方向に飛ばすのを見た事が無いな。
魔法の場合、ゲームによってはしっかり狙わなきゃ当たらないのもあれば、ターゲットをロックする機能があって、ロックしときゃ明後日の方向見てても当たるなんつーヌルイのもある。
この『レッツ』は前者で、ネトゲ初心者だと遠距離攻撃は明後日の方角に飛んでいく可能性が十分ある。
「えへへぇ。褒められたぁ。最初の頃はモンスターに『ヒール』して練習してたんですぅ」
「は?」
『モンスター相手にですか。杖を逆さまに装備しないと出来ないはずですが』
「うん。偶然見つけたの。モンスターに『ヒール』すると、びっくりしてこっちを見る子もいたんですよぉ〜」
な、何をやってたんだ、この兎女子は……。
それに、何をしに俺の所に来たんだろう。エリュテイアの所に行かなくていいのか?
「な、なぁ。エリュテイアを、その、一人にしてていい、のか?」
「え? カイトさんはエリュちゃんの事が気になるんですか?」
何故か食いついてくる。
目をきらきらさせて、ぐいぐいにじり寄ってきた。
「いや、あの、さ、さっきその、お、怒らせたじゃん? おお俺、ずっと友達居なくて、その、どう人と接して良いか、いまいち解んなくって。
なんかこう、突っ込んで聞いていいのか悪いのか、よく、解んねーからさ」
「うーん。さっきのアレはダメですよぉ。落ち込んでいる時にはそっとしておくか、安心できるような事を言ってあげないとぉ」
「あ、安心? な、なんて言えば安心できたんだ?」
教えて欲しい。知ってるなら、何でもいいから教えて欲しい。
「カイトさん、最初に言ってたじゃないですか。接続障害なんだから、そのうち復旧するって。それだけで良かったんですよ。彼氏がーとか補習がーとか、余計な事言っちゃうからぁ」
「はぅ……すみません」
「私やエリュちゃんはカイトさんと違って、初めてのゲームなんです。今回の事はビックリだし、物凄く不安なんです。
カイトさんのような精神的な余裕も無いし、落ち着けるまでは待っててほしかったなー、なんて」
「そ、そうだよな。無理に誘おうとしたのは、マズかったよな。うん」
接続障害の体験をした事のある俺としては、今の内にログインしてない連中に差をつけられるチャンスだ! ぐらいにしか捉えてないもんな。
でも、みんながみんなそうじゃない。
って事は工房の周りを見ても解ってたじゃねーか。
「カイトさん」
「あ、はい?」
ココットが俺の正面に立ち、笑顔で手を伸ばしてくる。
「お友達、沢山作りましょうねっ」
その言葉に俺の思考が停止する。
真っ白になった頭に浮かんだのは『友達100人出来るかな』だ。
いやしかし、人との接し方が解ってない俺に、友達100人とか……
「エリュテイアを怒らせて友達になって貰えなかった俺が……沢山とか……」
無理じゃね?
っと、出された手を掴めずに蹲ろうとすると――
「あ、謝ってくれたんだから、許るすに決まってるでしょっ! そもそも私が……」
声は後ろから聞えた。
教会の横の路地からだ。
振り返ると、教会の壁から少しだけ顔を覗かせたエリュテイアが立っていた。
もじもじと出てきた彼女は、真っ赤な顔をさせたまま俺をじっと見て話してくれた。
「私がカイトに八つ当たりしちゃったのが悪いのよ。ログアウト出来ない事だって、カイトのせいじゃないって解ってるの。解ってるのに……本当、ごめんなさい」
消え入りそうな声で彼女が告白する。
これってば、教会パワーなのか?
「いや、あの……ぜ、全然問題ないです、はい、エリュテイア、さん……」
「い、いいわよ。さん付けなんて、仰々しいから」
「あ、はい。エリュテイ、ア」
「うん……」
……。
……。
お、おい。二人して固まっちまったぞ。
どうすりゃいいんだ?
だ、誰か……ボスケテ。
チラっとココット先生を見ると、にこにこして見てるだけだしぃー。
受付嬢先生を見ると、真顔でじっと見てるだけだしぃー。
エリュテイア先生を見ると、顔真っ赤だしぃー。
ぶわっ。――っと尻尾が逆立つ音が聞こえた。
『撮影中です』
「ちょ、待て! ななななな何を撮影しているんだっ」
「わぁ〜、受付嬢さん見せてぇ〜」
『はい。これがカイト様の顔真っ赤画像でございます』
「ひぃーっ」
受付嬢が皆に見せたタブレットの画面には俺が映っていた。
チラっとココットを見て、チラっと受付嬢を見て、それからエリュテイアを見て――
そこから一瞬にして俺の尻尾がぶわっと逆立ち、途端に顔も真っ赤になる。
「いやぁー、見るな見せるな削除しろぉーっ」
『お断りいたします』
「わぁ〜。ねっねっ、動画ってどうやって撮影するの?」
「た、楽しそうね。私も知りたい」
「お前ら知らなくていいからっ。例え知っても俺の尻尾を撮影するのだけは止めろっ」
受付嬢から動画の撮影方法を聞く間、俺はどうにかして撮影を拒否する設定項目が無いかタブレットをあれこれ弄る。
――無い。
動画撮影は撮影者が見ている光景がそのまま保存される。
なので、盗撮しようと思えば出来ない事も無さそうだ。
ただし、女子のスカートの下を撮影したいなら、スカートの下に潜りこまなきゃならない。
スマホでの撮影と違い、本人の目で見たものを撮影するから隠し撮りがそもそも出来ない仕様だ。
解ったのはこれだけ……。
「なんで被写体の拒否権がねーんだよっ! 要望出してやるっ。改善を求めるぞっ!」
一人、天に向って吠える俺に、女子会を終わらせた三人が寄って来る。
撮影すんなよっ。
「いいじゃない。減るもんじゃなし」
「そうですよぉ〜。この動画、メモリに残せるんだってぇ」
「メモリって、外部メモリの事ですかっ! やめて、そんなの絶対やめてぇー」
『ヘッドギアにメモリーカード挿入口がありますので――』
「やめてぇーっ!」
なんて最悪な日だ。
やっぱケモミなんて選ぶんじゃなかったっ!
いや、俺ははなっから選んじゃいないんだ。間違って決定しちまったんだっ。
デフォルトに戻してぇ〜。
「い、いいじゃない。と、友達記念よ。き・ね・ん」
「うふふ。お友達記念ですぅ〜。は〜い、カイトさん笑ってぇー」
「は、ひ? と、とも、だち?」
『カイト様、スマイルです。スマイル』
そう言われて急に笑えるもんでもない。
友達……え? お、俺、エリュテイアと友達になれるのか?
「友達、になって、も、いいの、か?」
そう尋ねると、彼女はそっぽを向いて頷いた。
何故視線を逸らす?
『よかったですねカイト様。これで友人が3人になりましたよ』
「さ、3人?」
「私とぉ〜」
『ワタクシと』
「……私よっ。たった3人なんだから、ちゃんと覚えてよねっ。もっともっと増やすんでしょ、目標100人だからねっ」
お、おおお、おおおおおおおおっ。
お、俺、友達3人、出来ましたっ。
ネトゲの神様、どうもありがとうぅぅぅぅっ!
この回にて2章終了です。
お読みくださり、ありがとうございます。




