52:やっちまった。
まずやったのはポーション装備の設定。
これでいちいちタブレット呼び出しーの、アイテムボックス開きーのしないで『ポーション投げ』が出来るようになる。
幸い、俺の服には、それこそポーションが1本ずつ入りそうなポケットが、左右の胸に三つずつある。
右ポケットから『ライフポーション』『エナジーポーション』、左ポケットの右から『解毒ポーション』『リカバリーポーション』、ズボンのポケットに失敗系の攻撃用ポーションを入れておく。
次は残った製薬だ。
残った薬草類を『リカバリーポーション』にしてしまい、さっさと露店を出すべく移動を開始しようとした。
「よしっ。露店しに行くぞっ。その後また狩りに行こうぜ。今度はずっと北上してみるか。あっちのほうがプレイヤーの姿も少ないしっ」
『はい。参りましょう』
元気良く返事をする受付嬢とはうって変り、エリュテイアとココットは不安げな顔でじっとこちらを見つめていた。
「信じられない……こんな状況で露店だの狩りだのって……」
「カイトさんは怖くないんですか? もう二度と現実世界に戻れないんですよ?」
真剣な眼差しを向ける二人。
まぁ接続障害初体験で、しかもゲームシステムが故意にログアウト不可にしてるからてんぱるのも仕方ないか。
「まぁまぁ落ち着けよ。特殊な案件ではあるけどさ、接続障害である事に代わりはないんだ。
今頃運営スタッフが必死になって対策考えてるだろうから、安心しろって」
「ほんとに? ほんとに戻れるんですか!?」
「接続障害って、外部から修正できるものなの? どうなの!?」
「ま、待てまて。そうせっつくなって。っていうか、二人とも近いからっ!」
二人して俺ににじり寄って、凄い勢いで迫ってくる。
ざわざわ――っと周囲がざわめくのを感じて視線を走らせると、何故か注目の的になってるやん!
「リア充死ね」
「爆ぜろ」
「PVP実装されねーかな」
「ぬっころす」
そんな声が聞こえてくる。
俺が何をした!?
「えっとだな、障害の復旧ってのは基本的にはゲーム外でやるもんだぞ?
どうやってやるのかって聞かれても、専門知識は無いので知らん。
プログラムデータをちょいちょい弄るんじゃね?
あと、人工知能たって、それを作ったのは人間なんだ。ちゃんと対処できるって。
な? だから、ちょっと離れてくれ。周囲の視線が痛ぇーから、な?」
はぁはぁ。ここまで一気に話すと、ようやく二人も周囲の状況に気づいてくれた。
エリュテイアははっとなって顔を赤らめ俺から離れる。
ココットは首を傾げているだけで離れようとしない。が、そこはエリュテイアが捕まえて引き剥がしてくれた。
はぁーっ、やっと落ち着いたぜ。
「ま、まぁゲーム内の24時間が向こうの4時間だからー、ちょっと手こずるとして12時間以上掛かれば、ゲーム内じゃ3日以上だ。そう考えたらさ、3日間あたふたしてても仕方ねーじゃん?
だったらさ、遊んで気長に待ってればいいんじゃね? な?」
勤めて爽やかな笑顔を作る――つもりで笑ってみた。
だが二人の表情はそれほど明るくはならない。
失敗したか?
「いつまでこの状態が続くかは解らないけど、きっと戻れるってのは、なんとなくだけど、解ったわ。でも――」
途切れ途切れに話すエリュテイアの表情は、まだまだ暗い。
続く言葉もすぐには出ず、大きな溜息を吐いた後にようやく口を開いた。
「やっぱり、遊んで楽しもうって気分にはならないわ」
「な、なんで? 数日もすりゃ回復するってっ」
っという保証は何処にもない。
だからってそんな事を素で言えるか?
「いつよっ! いつ回復するの!? 今すぐ帰りたいの、私は!!」
「ちょ、待て。俺にそう言われても……あの、その……」
今にも泣きそうな顔を見せるエリュテイアに、俺はどう言っていいのか解らない。
不安な彼女になんて言えば落ち着かせられるんだ?
それとも、今すぐ帰りたい理由でもあるのか?
聞いてもいいものなのか?
そ、そうだっ!
こういうときはココット先生を見習って、突っ込むべしっ!
それが正しいコミュニケーション!!
笑いを取る感じで……、
「か、帰りたい理由ってのは、えーっと、そ、そうだっ。か、彼氏とのデート、とか?」
おっ、エリュテイアの表情が変わったぞ。
うん……えーっと、物凄く、怒ってます。
突っ込み方を間違ったか!?
彼氏じゃない? 違うのか? 結構可愛いから、彼氏ぐらいいるんじゃと思ったんだが。
じ、じゃあ……
「そ、そうか。学校の補習か? 俺も夏休みや冬休みには補習受けさせられたわー。え? ち、違う?」
「カ、カイトさん? あの、今はそういう時じゃ……」
「え? いやだってほら、ココットはこの前おっさんに厳しく突っ込んでたじゃん? 触らない方が良いときだってあると思ってたが、触る方が良いときもあるみたいだし?」
「え?」
「え?」
ココットと互いに首を傾げて硬直する。
後ろに立つ受付嬢が俺の肩を突き、エリュテイアを見ろと言わんばかりに指を指した。
はっとなってエリュテイアを見ると、彼女は口を真一文字に結んでこっちを睨んでいる。
拙い。かなーり怒ってるぞ。
これは、触っちゃダメな案件でしたかっ!?
「もうっ、デリカシーの欠片も無い男なんて、最低よ!」
さ、最低!?
俺、最低……。
俺だって、俺だって――
「ふ、不安になってるお前を、んな、なんとかして――」
あぁ、糞。変に緊張して声が上ずってしまう。
「ちゃんと喋ってよっ! 何言ってるか、ぜんっぜん解んないからっ」
「ちゃ、ちゃ――あ、う……」
ちゃんと、喋れない……。
不安になってるエリュテイアをなんとか元気つけ様と、ちょっとだけ考えて話題を振ったのに。
ココットを習ってみたが、完全に失敗だった。
俺――マジ馬鹿だ。
安易にココットの真似したってダメじゃん。
挙句、肝心な時にちゃんと喋れなくなってるし。
「――めん……」
声を振り絞ってはいるが、たった三文字すらまともに言えない。
もうエリュテイアの顔すら見れない。
せっかく……せっかく友達になれそうだったのに。
もう、ダメだ。
やっぱり俺に友達なんて、無理なのか?
なんでだ?
「――めん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん」
「な、なによ急に」
「ごめんごめんごめんごめんごめんっ」
「……ちが……私も……」
「ごめんっ」
エリュテイアが何か言おうとしていたが、その続きを聞くのが怖くてその場から逃げ出した。
友達になれなくても、せめて許してもらえたらと、それだけを考えて。
無我夢中で町中を走り、気が付くと教会の前にやってきていた。
ここで懺悔でもすればいいのか……。
開かれた大きな扉から中を覗くと、ちらほらとプレイヤーの姿が見える。
懺悔でもしてるのかと思ったが、全然違った。
そうだ、忘れてた。
このゲームじゃ、戦闘不能になって一定時間を経過するか、帰還するを選ぶと近場の教会に戻って来るんだったな。
で、戦闘不能になって帰還してきたプレイヤーが今中に居る連中って訳だ。
聞えてくる会話に耳を傾けると、
「デスゲームじゃなくて良かったな」
「だったら笑い事じゃなかったけどな」
なんてのが聞えてくる。
受付嬢にも聞いていたが、こうして実際に死亡帰還してくるプレイヤー見るとほっとする。
こうして眺めている間にも、奥にある何かしらの神様像の脇から続々とプレイヤーが現れてくる。
HPとMPが空だからか、ほとんどは少し移動した所で座り込んで回復を待っているようだ。
そして回復しきった連中が外へと出て行く。
俺は邪魔にならないよう、扉から離れた所に腰を下ろして空を見上げた。
空は蒼いし、白い雲だって流れている。
そこだけ見れば現実世界と何もかわりゃしない。
現実と同じ……俺はどうしてこうも人との会話が下手なんだろうなぁ。
いや、そもそも人とあんまり会話した事もねーし。
仕事だって人と話さなきゃいけないような職種じゃないから、業務連絡程度しか会話しねーし。
一方的に聞いてるだけってのがほとんどだよな。
なんでこんなに人と喋る機会が無かったのか……それもこれも、全部糞じじいのせいだっ。
「あっ、居た。カイトさぁ〜ん」
『探しましたよ。すぐに見つけましたが』
感傷に浸りかけて居た所に、ココットと受付嬢の二人がやってきた。
俺を探していたのか。何のために?
「いきなり走っていっちゃうんだもん。ビックリしちゃいましたよぉ」
「……めん」
「エリュちゃんもビックリしてましたよ?」
「……めん」
「カイトさんは、お喋りが苦手なんですか?」
「……めん――あ、いや、そそその、たぶん、そう、だと思う」
『カイト様の目的は、ぼっち脱却でございますものね』
「そ、それは今言うなよっ」
「えー、そうだったんですかぁ?」
「そそそそそそそその、あああのあののあの……あ、はい。そうです」
俺、教会の外で何やってんだ……。
21時過ぎにもう1話アップします。




