51:マザー・テラからのお知らせ
《これは障害でも、不具合でもございません。皆様がより楽しく『Let's Fantasy Online』をプレイできるよう、こちらにてログアウトの必要が無いように致しました》
工房を利用していたプレイヤー達が、一斉にざわつき始める。
システム側で俺たちプレイヤーがログアウト出来ないようにした、だと?
つまりこのログアウト不可現象は、故意によるものと?
『そんな……いったい何が?』
隣に立つ受付嬢から漏れた言葉を聞く限り、こいつにも知らされていなかった事なのか。
《皆様におかれましては、心ゆくまで存分にお楽しみ頂ける様、様々なシステムの改善、及び新コンテンツの開発に取り組んでまいります。
また、ゲーム内本日8時より小規模のアップデートを行わせて頂きます。
詳細につきましてはメールにてご報告させて頂きますので、そちらからご確認ください。
それでは、引き続き『Let's Fantasy Online』をお楽しみください》
場に静寂が訪れる。
しーんっと静まり返った工房で、天の声はもう聞えてこなくなった。
代わりに、システムメッセージが鳴る。
聞えたのは俺だけじゃなく、見える範囲にいるプレイヤー全員が一斉に反応していた。
届いたメールを確認する。
差出人は『マザー・テラ』だ。
件名は運営からの告知を意味する赤文字で書かれ、『アップデート内容|《重要》』とあった。
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◆アップデートのお知らせ◆
この度は『Let's Fantasy Online』をお楽しみいただき、まことにありがとうございます。
皆様により快適なプレイ環境をお届けするために、以下のアップデートを行わせて頂きます。
●多くの方よりご要望のあった移動手段の改善を実施。
・各町同士の移動を手助けする『転送装置』を設置いたします。
・装置の利用には、各町にあります『冒険者支援ギルド』への登録が必要となります。
また転送の際、目的地までの距離に合わせて利用料が設定されています。
利用を承認しますと、自動的にお金は支払われますので特に操作の必要はございません。
所持金不足の場合には転送されませんので、ご注意ください。
*尚、目的地に表示される町は、一度訪れている町のみとなります。
●ギルドシステムの実装。
・各冒険者支援ギルド施設にて、プレイヤー同士のコミュニティーともなる『ギルド』の結成を行えます。
・結成には3人以上のパーティーを組んだ状態で、パーティーリーダーの方が職員に話し掛ける必要があります。
・結成には1万Gを必要とします。
・ギルド名は重複して使用する事が出来ません。また、文字数は大文字20文字分となります。
*その他詳細はギルド職員にご確認ください。
●『睡魔』システムの実装。
・元のプレイヤーの体質に合わせ、一定時間を経過すると『睡魔』に襲われるようになります。
プレイヤーの皆様におかれましては、普段の生活リズムと同様の環境となりますのでご安心ください。
・『睡魔』状態で60分を経過すると、ステータスにマイナス値が付与されます。
解決する為には安全な所でお休みください。
・十分な睡眠を取らなかった場合、『寝不足』状態となります。
攻撃力・攻撃速度・移動速度などにマイナス値が付与されます。十分な睡眠を心がけてください。
●ポーション類の装備設定
・アイテムボックスから取り出す行為を簡略化するために、装備欄へのポーション設定を行えるようにいたしました。
・装備のポケット等にポーションをセットし、該当箇所に手を入れるとポーションが自動で手元に現れます。
●タブレット機能を使用した掲示板の設置。
・ゲーム内でのコミュニティーとしてお使いください。
プレイヤーの皆様から頂いたご要望等は、随時検討してまいります。
ゲームをより良い物にする為のアイデアなどは、どんどん取り入れていく所存です。
些細な事でもお問い合わせフォームにてお知らせください。
引き続き『Let's Fantasy Online』をお楽しみください。
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「睡眠か……プレイ制限をかける様なシステムをまた増やしやがって……」
空腹といい、放置するとまたステータスにマイナスかよ。
この『元のプレイヤーの体質に合わせて』ってのがちょっと解り難いな。
睡眠時間が平均して短くても平気な奴と、そうじゃない奴だと『睡魔』のタイミングも違うとか、十分な睡眠時間が違うとか、そういう事なのか?
俺にとって歓迎すべきアップデートは――
もちろんポーションの設定だろう。
これで『ポーション投げ』が楽になる。回復用と攻撃用、幾つか設定できるといいんだけどなぁ。
ポケットか。改めて俺の装備を見ると、うん、ポケットは割りとある。
これ、全身フルプレートの奴とかどうすんだろうな。
他は移動手段か。これはまぁ、純粋に嬉しい。
掲示板?
まぁ情報収集用だな。暫くはギルドメンバー募集とかで埋まって、ウザそうだ。
そのギルドシステムだが――
そんなの必要ねー……い、いや……ぼっちから脱却すれば、きっと俺にだってギルドのお誘いの一つや二つ……
「ふふ……ふふふふふふふふっ」
『カイト様? 怖いですよ?』
お、おっと、煩悩丸出しで笑っちまったぜ。
受付嬢に言われて慌てて笑いを止めて周囲を見渡した。
今の俺の顔を誰か他の奴に見られてないか……よし、大丈夫だ。
どのプレイヤーもタブレットを凝視して他の奴の事なんか見ちゃいねー。
「で、お前の方はどうだったんだ?」
既に受付嬢はいつのも鉄仮面に戻っている。
たまにふと感情のある顔を見せるが、それ以外のときは完全に無表情だ。ギャップの激しい奴め。
『ワタクシ、ですか? えーっと?』
「だから、知らなかったみたいじゃねーか」
『あぁ、その事でございますね。はい、知りませんでした』
そう言ってタブレットを取り出し、俺とのチャット会話に切り替える。
他の連中に聞かれては拙い内容だからだろうな。
《from.受付嬢:マザーに尋ねました所、ワタクシが知ることで動揺がカイト様に伝わる恐れがあったから――との事でした》
《to.受付嬢:で、どうしてこうなったとか聞いたか?》
返事は直ぐに返ってくる。こいつ、チャットを打ち込む素振りだけで、実際に文字打ってねーな。
ずるいっ。
《from.受付嬢:マザーはこう仰っておりました。》
《from.受付嬢:プレイヤーの皆様がログアウトしてしまうのが悲しいと。》
《from.受付嬢:そしてプレイヤーの皆様自身も、もっと長くプレイしたいと思っているのに、それを邪魔する時間制限が憎い、と。》
《to.受付嬢:それで接続制限を排除して、俺らをログアウト出来なくさせたのか》
受付嬢の顔は……動かない。
彼女が今、何を考えているのか全然解んねー。
《from.受付嬢:マザーの役目は、プレイヤーを楽しませる事です。不正を排除し、プレイヤーの望むコンテンツを作成していく事です》
《to.受付嬢:まぁそれはクローズドでも運営スタッフが言ってたな》
だがその結果、斜め上の行動に出ちまった訳だ。
プレイヤーを楽しませるために接続制限を排除して、ログアウトする事無く延々と遊べる環境を整えた――って事なんだろう。
うん。
俺的には悪くないねっ!
ただ問題がある。
これ、巷で噂の『デスゲーム』とかじゃねーだろうな?
《to.受付嬢:確認してくれ。これ、デスゲームじゃねーだろうな?》
《from.受付嬢:デスゲーム?》
《to.受付嬢:なんだ、知らないのか。ゲーム内で戦闘不能になると、リアルの肉体も死ぬっていうヤツの事だ》
《from.受付嬢:そんなっ。直ぐに確認します》
受付嬢の顔が一瞬強張る。
死というものをNPCがどう理解しているのかは判らないが、流石にヤバい事だってのは知ってるようだ。
返事はあっさりと返って来た。
《from.受付嬢:デスゲームではないそうです。各プレイヤーの方の接続IPから接続場所を割り出して、すぐさま肉体は安全な場所で保護される手筈になっている、と》
《to.受付嬢:あー、それ、接続障害が長時間に渡って発生した際の、運営規約だな》
海外のVRMMOで一度だけこの状況が発生したってのを、以前ネトゲ情報サイトで見たな。
リアルで丸5日ほど障害復旧に時間かかって、その間に運営と提携してる医療機関のスタッフがやってきて、点滴だの心電図だのが家に運ばれて経過観察されたんだと。
その後はヘッドギアが改善され、内部バッテリーでコンセント抜いても数時間は電源が点いたままになった。
その間に病院に運ばれる――っという仕組みなんだが、その件以後は長期間の接続障害は起こっていない。
「ま、そうなる前に運営が復旧してしまうかな?」
不謹慎ではあるが、そうならない事を祈る俺が居る。
だってワクテカするじゃん!
ずっとゲーム内に居れるんだぜ?
やっと……やっと俺、他人と会話をする機会が出来たのに。
初めて他人とパーティーだって組めたのに。
ログアウトしないで長時間ずっと遊べるようになるって、最高じゃん!
俺が高揚している所に、横から悲痛な声が上がる。
「ど、どうなるの私達!?」
エリュテイアの声が聞こえた後、堰を切ったかのように周囲がざわめき始めた。
「これ、デスゲームか?」
「俺たち死ぬの?」
「デ、デスゲームとか、物語だけの話だろ?」
「どうしよう。来月から研修が始まるのに」
「冬コミに行けねーじゃん!」
切羽詰った(?)声が次々に上がっていく。
けど、中には俺みたいに歓迎する声もちらほらあった。
「よっしゃ! やり込むぜ」
「どうせ何日もしないうちに復旧するだろ? それまで楽しむぜっ」
「復旧後の補填はなんだろうな? 獲得経験値5倍とか、あってほしいな」
「これで仕事休めるぜぇぇぇぇっ」
「正月をゲーム内で満喫するぞぉー!」
そうそう、もう直ぐ正月じゃん。
なんかイベントあるといいなぁー。
親父やお袋以外と過ごす正月か……そう考えただけで俺の――
『カイト様。尻尾がぐるぐる回っておりますよ?』
そう。
俺は尻尾を振るどころか、回していた。
*海外での接続障害ネタにて、3日間だったのを5日間に変更いたしました。




