50:動き出したシステム。
あんな状態から手を握るなんて、無理です!
駆け足でカジャールへと戻って、まずは腹ごしらえだ。
朝早いってのもあるが、この時間になるとNPCの姿も多く、早くも食い物屋通りは賑わっていた。
「朝っぱらだけど、がっつりした物を食いたいな」
『がっつり、ですか? お肉とかでしょうか?』
「そうそう、肉。ただし手軽に食える物限定な。強制ログアウトまで2時間も無いし、製薬の事も考えると歩き食べ出来るものに限る」
なら――と言って受付嬢が指差したのは、『ケバブもどき屋』とホワイトボードに書いた露店だった。
クレープみたいな生地に肉と野菜を乗せて巻いたような、美味そうなヤツだ。
値段は――1300G……おいおい、まじで食事事情はどうなってんだ。
辺りを見渡してみると、軒並み1000G超えの料理ばかりが並んでいる。
更にホワイトボードには、食ったら何の効果がでるという説明も書いてあった。
ボーナス効果の無い料理だけが、500G前後という価格で売れてるみたいだな。
昨日のラーメン250Gは、破格過ぎる値段だったのか。今日もあの価格で商売するんだろうか。
だが今の俺は肉だっ!
肉、肉、肉っ!
1300Gは高いが、ムーンモスの繭という予定外のレアもゲットしたし、ここは一つ奮発してみよう!
「ケバブもどきを二つくれ!」
「いらっしゃい。チキンとチキンとチキンとトカゲ肉があるが、どれにする? お勧めはトカゲだよ」
誰がトカゲ肉を食うかよ!
当然チキンを注文する俺の隣で、受付嬢はなんとっ!
『ではお勧めのトカゲでお願いいたします』
っとか平然とした顔で注文するし!?
店主の男プレイヤーも一瞬ビックリしてやがる。おい、お前自分で勧めたんじゃねーかっ。
男は二つの大きな肉の塊から、それぞれ肉をそぎ落としてクレープ状のパンに乗せる。更にレタスやキャベツっぽい野菜を乗せ、また肉を乗せる。
っごくり。
気になる事といえば、チキンもトカゲも見た目が同じような肉だという事。
「こっちがチキンな。で、こっちがトカゲっす。ソース増し増しにしといたから」
「俺のは?」
「は? 普通に決まってるっしょ」
っく。男女差別だ!
男をじと目で睨みつけながら金を払って店を後にする。
悔しい事に、このケバブもどきがまた美味い……。
『カイト様、ありがとうございます』
「んむぐ? なんのことら?」
『ワタクシの分のお金まで払って頂いて。昨日のラーメンもそうですし、この装備も……あ、メイド服の事ではありませんよ?』
解ってるよっ。おっさんスペシャルだろ。
あれ?
そういや俺、無意識にこいつの分の飯代も払ってたな。
……今更金返せとも言えないし、更に今更次は割り勘なとも言えないし。
あぁ、貢君ってこういう事を言うんだろうか……とほほ。
腹も満たされたし、製薬の為に工房へと向う途中。
おっさんの店の前に見慣れた影を二つ、見つけた。
エリュテイアとココットだ。
あいつら、ログアウトしてたはずだよな。まぁアレからリアルでも1、2時間経ってるだろうし、もうログインしててもおかしくないか。
早速新装備の受け取りが待ち遠しくて、店先で開店を待ってるところだろう。
「おーい、幾らなんでも開店時間には少し早いんじゃねーか?」
そう声を掛け手を振る。
俺たちに気づいた二人が顔を見合わせて立ち上がると、慌てたように駆け寄ってきた。
二人の表情が、なんとなく暗い気がする。
「ねぇっ。大変なんだからっ」
「カイトさぁ〜ん」
「ログアウトしたいのに、出来ないのよっ。ずっと、ずっと出来ないの!」
「カイトさぁ〜ん。カイトさぁ〜ん」
「ちょ、落ち着け」
暗い気がしたのは、気のせいじゃないようだ。
ココットなんかは涙目で話しもまともに出来ていない。
エリュテイアの口から出た『ログアウト出来ない』というのは、まさか?
受付嬢の方をチラ見すると、彼女も知らないようで驚いたような顔をしている。
『ど、どういう事なのでしょうか?』
「うん。昨日、皆と別れた後ここに来て、素材渡してからログアウトしたのね。ココットとは1時間後にって約束して」
涙混じりに頷くココット。
二人とも約束通りの時間にログインしたが、ゲーム内が真夜中だったのもあって開店を待つ間にwikiでも見ようという事になってもう一度ログアウトしようとしたらしい。
「LINE交換もしてるから、一緒にwiki見ながらスキルの事とか見ておこうって……なのに、何度ログアウトボタン押しても、意識が向こうに戻らないのよっ」
「カイトさぁ〜ん。私達、実はゲームの中の人間だったんですかぁ?」
「いや、落ち着けって。何わけわかんねー事言ってんだよ。ちょっと待ってろ――」
ココットを受付嬢に任せてタブレットを操作する。ログアウト操作だ。
……10秒後……何も起きない。
「うん。ログアウトできねーな」
「でしょ! どうしよう、どうなるの私達」
流石に焦るエリュテイア。
ココットの頭を撫でる受付嬢も、どこか神妙な面持ちだ。こいつも知らない障害なのか。
「落ち着け。大丈夫だ。これはたぶん、接続障害ってヤツだ。最近のVRでは随分減ったが、それでもオープンベータなんかの、人が大勢詰め掛ける時期なんかにはたまに起きる現象だ」
「え? ほ、本当なの?」
「あぁ。以前別のVRでも経験した事がある。接続障害には、サーバーに接続できない――つまりログイン出来なくなる現象と、逆にログアウト出来なくなる現象とがある」
今回は後者の方だ。以前プレイしてたVRでも、俺はゲーム内で丸三日間ログアウト出来なかった事を経験した。そのゲームも『レッツ』と同じく、ゲーム内の24時間は現実での4時間相当だったので、実際にはログアウトできなかったのは12時間だったけどな。
「今頃運営スタッフが必死に障害復旧作業をしてるだろう。現実とこっちとじゃ、時間の流れが違うから結構長くなかるだろうけどな」
「じゃー、いつか元に戻れるのね?」
「あぁ。戻れる。まぁ、俺個人としてはずっとこのままでもいいかなーとか思うけどな」
「ちょ、やめてよっ! 縁起でもない」
「あー、でもエリュちゃん、昨日、ずっとゲームの中で遊べたらいいのにって言ったたよぉ」
「よ、余計な事言わないのっ」
「えへへ〜」
っほ。ココットもやっと落ち着いたか。
ようやく笑顔を取り戻した二人と違い、受付嬢の顔は――鉄仮面なのか、それとも真顔なのか、区別が付かない。
じっと一点を見つめる姿勢のまま固まっている。
もしかして、人工知能に障害の確認をしているのか?
ってことは、障害の有無を人工知能が把握していない?
開店準備すらまだなおっさんの店を離れ、俺は工房へと向う。
エリュテイアとココットも着いて来て、その後ろを受付嬢がてくてくと歩いてくる。視線は相変らず一点だけをじっと見つめたままだ。
薬草を全て加工し、ポーションを作成していく。
今日は数が多いので、流石にちょっと時間が掛かるな。
キットを複数個買っているので、水瓶を一気に五つ取り出し水を汲む。
五つの水瓶にそれぞれ『ライフ草』を600枚ずつ入れていく。それでもまだ『ライフ草』の在庫があるな。
入れたら棒でかき混ぜるっ! かき混ぜるっ! かき混ぜるっ! かき混ぜるっ!
はぁはぁ、かき混ぜるっ!
ぴちゃぴちゃと液が零れていくが、気にせずかき混ぜて完成。
あとはアイテムボックス内で空き瓶に入れ替えればOK。
残った『ライフ草』と『ソーマ草』も同じようにしてポーションにしておく。
あとは『リカバリーポーション』とかも作っておくかなぁ。
アイテムボックスを整理している時だ。
受付嬢がよやく反応を見せた。
『あの――』
「んあ? お前の分の薬草も受け取るぞ?」
『あ、はい。その前に実は――』
「どうした?」
エリュテイア達を気にした様子で、もじもじしている。
なんだ?
辺りには他のプレイヤーの姿も見える。彼らの事も気にしているようだ。
つまり、NPCとしての他のプレイヤーには聞かれたくない話しでもある、のか?
『あっ』
「あ?」
《おはようございます。こちらは『Let's Fantasy Online』のシステム管理を行っております、人工知能の『マザー・テラ』でございます》
突然当たりに響く女の声。
周囲のNPCの動きが一斉に止まる。
受付嬢は――動けているようだ。俺のほうを向き、空を指差している。
空――天、の声ってヤツだ。
他のプレイヤーも突然の声に戸惑っているようだな。
恐らく接続障害の告知だろう。
たぶん、ゲームに夢中になってログアウト出来ない状況を把握してない奴等も多いだろうしな。
ここで告知が入ると、また慌てふためく連中が出るんだろうなぁ〜。
《お楽しみの所、大変申し訳ありません。この度、皆様におきましては、ログアウトが出来ない状態となっておりますことをお知らせします》
ほら来た。やっぱ告知じゃねーか。
何人かのプレイヤーが早速ログアウトを試みる姿が見える。
10秒後には「できねーぞ」「まじだ」というようなお決まりの言葉を発していた。
《お試しになっている方が多数いらっしゃいますが、現在は外界との接続を完全に切り離しておりますので、皆様がこのゲーム内からログアウトする事は不可能です》
ん? 外界との接続?
なんの事だ。接続障害なんだろ?
《これは障害でも、不具合でもございません。皆様がより楽しく『Let's Fantasy Online』をプレイできるよう、こちらにてログアウトの必要が無いように致しました》
はいー?
い、いったいどういう事だってばよ?
*9月より更新速度が落ちます。
1日1話書上げた日は更新。書けなかった日はお休みとなります。
ご了承ください。




