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49:お手てぇ~繋いで~夜明けを行けば♪

《ズモオーッ》


 深夜の森に木霊するムーンモスの断末魔。


『寂れた鉱山ダンジョン』のボスであったシャーマンを倒し、現れたワープゲートを使ってダンジョンを抜け、そのままカジャールには戻らず北の森にやって来た。

 まさかシャーマンがボスだったとはなぁ。

 名前の前の星マークを見落としていたようだ。

 いや、見た目で一番でかいのがボスだと勝手に認識したせいで、マークを確認するって事を完全に怠っていたんだな。うん。


 鉱山を出てからなんとなくスッキリしない攻略だったのもあって、気晴らしに採取しに来たという訳だ。

 途中の森でモスガーが大量発生してたんで、もしやと思ってたら案の定だ。


『繭がまた出ましたね』

「あぁ。これは防具の修理素材になるんじゃねーかな。糸への加工は俺のレベルじゃ無理だろうから、おっさんに頼もう」

『修理用ですか? 素材のご確認はもうお済みで?』

「ん? いややってないが、そもそもおっさんスペシャルの防具は、こいつを素材に作ってるわけだし?」


 っと思いつつ、ちょっと不安になって自らの防具を『お直し』で鑑定してみる。


【ソリオスペシャル・シーフズジャケット ☆のお直し用素材は、上質な絹糸1個】


 はいーっ?

 ムーンモスの絹糸じゃねーのかよっ!


『修理にまでレア素材を使っていたら、レアの供給が追いつきませんので』

「裏事情をぼそっと言うなよ、ぼそっと!」

『修理にまでレア素材を使っていたら、レアの供給が追いつきませんのでっ!』

「だからって元気良く叫べばいいってもんじゃねーだろうっ!」


 はぁはぁ。俺まで叫んじまった。

 あ、そういや『水流のシュトゥーム・スティレット』の修理素材も、銀のインゴットだったな。

 銅や鉄の上位素材だが、レアじゃなくってノーマルアイテムだったし。

 それを考えればおっさんスペシャルがノーマル素材で修理できても、おかしくねーんだった。


「ってことは、この繭は完全に不用品か」

『30装備は流石にこれでは作れないでしょうし、売るのが適切ですかね』

「だな。まぁおっさんに高く売りつけるか」

『安く買い叩かれそうですね』


 くぅー。反論できねー所が辛い。


 静かになった崖の上で、一心不乱に草を毟る。

 そういや、アップデート後始めての採取だったな。

 以前までは一掴みで1、2枚の草が取れていたが、今は最低でも3枚、多いときは8枚ほど取れた。

 時間効率が一気に良くなったな。


 夜の間に『ソーマ草』を集めておきたいのもあるし、暫くぶちぶちやってるか。






「そういやさぁー。何度きてもこの採取ポイントって誰もいねーよな。っつーか、北側のフィールドって、プレイヤーも少ない気がする」


 ただ草を毟ってるだけなのも退屈なので、採取の時は受付嬢と話をしながらってのが定番化してきたな。

 たまにぽろっと情報漏らすし、意外と楽しい。


『左様でございますね。まず【岩壁登攀】技能を取っているプレイヤーが極端に少ないようです。取っている方の多くは、景色を堪能される為に使っているようですよ』

「あぁー、山登りとかだよな。MMOの頃にも登山部とかがあるタイトルがあったっていうし、VRになってからは更に景色を楽しむためにゲームするっていうのも居るぐらいだから。まぁ納得は出来る」


 毟る手を止め、その景色とやらに視線を向けた。

 夜目があるとはいえ、森なんて見ても流石に真っ暗でほとんど景色なんてのは見えやしない。

 ただ、上を見あげれば満天の星空が見える。

 仰向けで寝そべれば、星空がより一層よく見えた。


『どうですか? 現実の夜空と比べて、どちらが綺麗ですか?』

「んー、現実の夜空に関しては、見る場所によって見え方が違うからなぁー。俺が住んでたのは東京で、正直綺麗だとは思えない夜空しか見えない」


 ど田舎や、外国の広い大自然の中だと、かなり綺麗に見えるらしいけど……。

 今見上げている空には月が二つ浮かんでいる。

 星空の写真集とかで見るような、光り輝く無数の点が集まった物。それが頭上にびっしりと並ぶ。


「月が二つな時点で現実味は無いが、幻想的で綺麗と言えばこっちだろうなぁ」

『そうですか。っふふ』


 受付嬢の含み笑いに驚いて体を起こすと、彼女も地面に寝そべって夜空を見上げていた。

 俺が起き上がったのに気づき、彼女も起き上がる。

 首を傾げる受付嬢に、逆に俺が尋ねた。


「な、なんで笑ってんだ?」

『え? ワタクシ、笑っていましたか?』


 おいおい、自分が笑ってることにも気づかないのかよ。

 動画撮影でもしてやりゃよかった。


『笑っていましたか……』


 ぼそりと呟くと、受付嬢はまた夜空を見上げる。


『それはきっと……嬉しかったからかもしれません』

「は? う、嬉しい? なんで?」


 なんだかちょっと照れくさい。何が嬉しいのか解らないが、照れくさい。

 手元に生えるただの(・・・)草を毟りながら、耳だけを彼女の方に向けた。

 やや間があって聞こえてきたのは、


『現実の夜空を見上げる事は、ワタクシには出来ません。しかし、ここでの夜空は現実のそれより綺麗だと教えてくださいました。

 この夜空をカイト様と眺める事ができて、とても……嬉しいです』


 ぶわっ!

 まさにそんな擬音を発して俺の尻尾が逆立つ。

 そのまま草を毟る手が止まり、体が硬直し、頭は真っ白に。


 ……。

 …………。


『――様? イト様?』


 揺さぶられて意識が覚醒。


「っぷはっ! お、俺、何分意識を失ってた?」

『はい? 昏倒ですか? 失神ですか? デバフは付与されておりませんでしたが……1分ほど反応がござませんでした』


 い、1分か。随分強力な攻撃だったな。

 はぁはぁ。しっかりしろ俺。これはきっと社交辞令っていうヤツだ。

 男と二人っきりで夜空見てて嬉しいとかもうそれ告白ですすしNPC相手でもちょっとドキドキしちゃうんだぞ☆ミとか俺めちゃキモいしどうすりゃいいんだっ!


 はぁはぁ。

 やっぱ落ち着けない。

 そうだ。ここは草むしりに精を出そう。

 一心不乱に毟ってればこのドキドキもどっか行くはずだ。


「うぉおおおおおおおおっ!」

『カイト様?』

「朝まで草むしりだ! 毟りつくしてくれるわぁぁぁっ!」

『はい。頑張りましょうっ』

「うおおぉおぉぉぉぉおぉっ!」


 夜空にきらめく星空の下、俺と受付嬢は草を毟りまくった。






 東の空が白む頃には、アイテムボックス内の『ソーマ草』は3マス目に突入していた。『ライフ草』に至っては4マス目だ。

 今夜は随分頑張った。

 崖下からモスガーが姿を消し、日中タイプのモンスターと入れ替わる。


「そろそろカジャールに戻るか。今から戻れば接続時間制限までに製薬まで出来るかもしれねーし」

『左様でございますね。カイト様からログインのメッセージを頂いたのが、ゲーム内での午前8時半を少し周った所でしたので――』

「製薬済ませて連絡したからな、逆算してログインは8時頃になる。今が――」

『午前6時前です』


 タブレットを見る事無く受付嬢が答える。

 腹時計ならぬ、脳内時計はやっぱ便利だな。

 

 崖を降り、走って森を抜ける。

 既に格下に成り下がったモンスターは、倒した所で経験値も貰えやしない。

 このゲーム。モンスターとのレベル差が±7以上になると経験値が発生しなくなる仕組みになっている。

 パワーレベリングをさせない意図もあるんだろう。

 雑魚狩りのメリットがドロップ品だけになるので無駄な戦闘は避けるとするか。


 ずっと走っていると、受付嬢との距離が僅かに広がる。

 これって、【瞬身】技能の影響だろうか?

 ソロの時はいい効果だが、誰かと一緒だと足並みが揃わなくなるなぁ。


「おい、俺が引っ張ってやるから、手ぇ出せ」

『え? あ、はい?』


 何のことだか解らない様子の受付嬢を無視し、彼女の手を掴んで走り出す。

 少しでも時間が欲しい。

 なんせ、腹が減ってきたからだ。

 まだマイナス効果は出てないみたいだし、急いで町に戻りたい。


「これなら少し早く走れるだろ?」

『あ、はいっ。ありがとうございます』


 受付嬢の声を背中に受けならが、俺の視界にはシステムメッセージが浮かんだ。


《技能スキル『助走』を修得しました》


 は?

 助走?

 高飛びや幅跳びなんかで、ジャンプする為に勢いよく走る、アレの事か?


「悪ぃ、なんか変な技能スキル覚えたから、ちょっと効果見てみるわ」

『はい。何を修得されたんですか?』


 うーんっと、


『助走』

 自身より移動速度の遅いパーティーメンバーの体に触れることで、移動速度を同一にする事が可能になるパーティーバフスキル。

 尚、体に触れた状態を解除すると、スキル効果も解除される。


 ……なんてセクハラスキルなんだっ!

 っかしこのスキル、触ってることが前提となると、少人数パーティーでしか使えないスキルだな。

 まぁ今は受付嬢とペアだから、有効に使わせて貰おう。


「よし。新しいスキルは移動用のスキルだった。触ってれば俺と同じ移動速度になるらしいぜ」

『なるほど。では、その、手を……握りますか?』

「あぁ。手を握ろ……手を!?」


 手を握るっ!

 おおおお俺と受付嬢が!?

 指と指を絡め、まるでイチャラヴなカップルのように――い、いかん。変に興奮してきた。


 すぅー、はぁー。

 冷静になれ。よく考えるんだ。

 さっきだって手を握っていたじゃねーか。

 さっきだって……


「うおぉぉぉぉぉぉっ!」

『カ、カイト様? カイト様は狐であって、狼ではございませんが? 何故遠吠えをなさるのですか?』


 登りはじめた朝日に向って、俺はありったけの声を張り上げて吠えた。

 煩悩を打ち払うかのように。

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