3:技能の正しい修得方法
受付嬢と二人、北に15分ほど行った小さな森へと到着した。
レベル5前後のモンスターが徘徊するエリアだが、モンスターには手を出さずにスルーしてきた。
「さて、登るか」
『落下すればダメージを受けますので、ご注意ください』
「んなもん教えてもらわなくても、クローズドやってるんだから知ってるっつーの」
何かと知ったかぶりを見せる受付嬢に、少しイラっとするところもある。
いや実際、サポートNPCなんだから何でも知ってるんだろうけどさ。
目の前にある3メートルほどの小さな崖。この上が俺の目的地だ。
どこからどう登れば落ちにくいかも、既にクローズドベータで検証済み。
だがここではわざと落ちておく。落下ダメージも少ない位置で、だ。
『カイト様、ダメージが……』
「わざとだ。気にするな」
この方法が最速で技能を発生させられるんだよ。
もう一度崖に手を掛け、1メートルほど登った所で落ちる。
足が地面に落ちた瞬間、ダメージと共に『ピコン』というシステムメッセージが鳴った。
予想以上に早かったな――ん? 違う?
《【忍耐】技能がレベルアップしました》
……落下で技能レベル上がるのかよ。いや、もしかすると忍耐ってダメージ受ければ、戦闘じゃなくても技能レベル上がるのか?
要検証だな。
何度か落下しては登り、落下しては登りと繰り返すと――
ッピコン。
システム音が鳴って視界にメッセージウィンドウが現れる。
《【岩壁登攀】技能を修得しました》
これでよしっと。
これは崖を登ったり降りたりするのに便利な技能だ。
足を踏み外して落下する確率を下げてくれるし、技能レベルが上がればSTRにボーナスが付く。
地味に【忍耐】の技能もレベル3まで上がったな。
やっぱダメージ食らえば戦闘だろうとそうじゃなかろうと、【忍耐】のレベルアップポイントにカウントされてるみたいだな。
技能を修得すれば一気に頂上まで駆け登る。
トータルで145ダメージ食らったが、採取している間に自然回復するだろう。
受付嬢も登ってきた。
膝上ギリギリ丈のスカートが、心なしか汚れている気がする。
こいつも落下したのか。
気にしてはいられない。
こうしている間にも、他のプレイヤーが続々とログインしてきてレベリングを開始するのだ。
ポーションの材料になる薬草集めはしたいが、他のプレイヤーにおいていかれるのも困る。
しっかりとレベリングはして、その上で生産も両立させたい。
廃プレイヤーに追いつきたいってのは無理だろうが、ライトユーザーとは足並みを揃えておきたいもんな。
1分1秒たりとも無駄にはしたくない。
それでもまず、楕円形に広がる小さな草原をじっと見つめる。
所々きらきらと光る箇所が現れた。
これが『採取できる場所』だ。
だがここで見つめる行為を止めたりしない。
じぃーっと見つめて、まだまだじぃーっと見つめてー。
少しずつ光る場所が増えてきた。
ここからが正念場だ。
wikiなんかでは『見つめる回数を増やす事で【ポイント発見】技能を修得できる』と書かれているが、実はそれよりもっと早い段階で修得させる手段がある。
それがこの、じぃーっと見つめ続ける行為だ。
ただし、目が疲れる。
眼球が乾いたような感じになって、瞼が固まったりもする。
だがそれを乗り越えた時――
《【ポイント発見】技能を修得しました》
そらきた!
5分ぐらい見つめ続ければ修得できるんだよ。
wikiの方法だと数十分は掛かる。コメント欄見る限り、最短でも15分だった。
『もう二つの技能を……カイト様はクローズドベータを十分にやり込まれた方なのですね』
「まぁな。オープンベータは正式サービスにキャラクターデータをそのまま移行できるから、スタートダッシュを優位にするためにあれこれ検証させてもらった」
『そこまでしてくださるとは、きっとマザーもお喜びになります』
またでた。
『マザー』って誰だ?
新しい技能【ポイント発見】を使って、あたり一面が光の海に変わる中、その一つから草を毟り取りながら彼女に尋ねた。
っち、採取失敗か。
『マザーとは、『Let's Fantasy Online』のシステムを司る人工知能、マザー・テラの事でございます』
マザー・テラか……。テラって地球の事だよな。
また大それたネーミングにしたもんだ。
っち。また失敗かよ。
【採取】技能ばっかりは裏技もなく、ただひたすら草むしりをするしかない。
技能を修得していなければ失敗率が高く、『腐った草』を毟り取る事に。
クローズドでも用途不明だったし、アイテムの説明書きには『食すと腹を壊す』とか書かれてる。
10分ほど草むしりをしまくって、ようやく【採取】技能の修得に成功した。
ここじゃない、普通のフィールドだとこんなに連続して採取を行える所もないし、これでも十分早いほうだろう。
あとは、ひたすら薬草を集めるだけだ。
ある程度集めたらレベリングして、レベル10にしたら町に行って、それから生産に取り掛かる。
生産自体はレベルが10にならないとクエストが発生しないので、素材だけ先に集めてレベリングする訳だな。
『ワタクシはここでカイト様と会話をさせて頂きたいのですが、よろしいですか?』
「あぁ。勝手にしろ。採取してるから反応が鈍いかもしれねーけどな」
『はい。承知しております。カイト様は何故ご友人をお作りにならなかったのですか?』
おい。いきなりきっつい質問すんなよ。
「作らなかったんじゃなく、作れなかったんだ。そういう家庭環境だったんだよ」
地面に視線を落とし、光る草を摘んでいく。
摘んだ草は光を失い、これが1時間後にはまた復活する仕組みだ。
『家庭環境……ワタクシにはよく解らない環境でございます』
そりゃそうだろ。NPCに家族なんて居ない訳だし。
左手にはタブレットを持ち、アイテムボックスのページを開いておく。
右手で草を摘み、何枚か握るとタブレットの中に手を突っ込んだ。こうしてアイテムボックスに『小さなライフ草』が収納される。
「ゲームもテレビも一切禁止。そんなロクでもない環境だったんだよ。10年前まではな」
じーさんが死んで10年。
この10年はまさに天国のようだった。いや、一歩手前か。
ここに友達なんかがいたら、まさに天国だったんだがなぁ。
どうやってぼっちから抜け出すのか解らず、10年間ずっとぼっちのままだ。
友達ほしさに始めたネットゲームでも、未だぼっちを続けているし。
「で、考えたんだ。今までは緊張して声を掛ける事も出来なかったが、声を掛けられる状況を作れば良いんだと」
『それがポーションで支援ですか?』
いや、そこは忘れて欲しい。
ポーションで支援とか、ユニーク技能貰えなかったら不可能だったじゃん。
「ポーション屋を始めるんだ。そうすれば店にやってくるお客と、少なからず会話ができるだろ?」
『左様でございますね。素晴らしいアイデアだと思います』
鉄仮面のまま、手を一度だけ合わせて感嘆する受付嬢。
なんとも小馬鹿にされているような気分になって、虚しさが心を支配する。
はぁ。
正直に話した俺が馬鹿だった。
そうだよ。こいつはNPCなんだ。AIなんだぜ?
俺の気持ちなんて理解出来る訳ねーっつの。
そんな事より採取だ。
毟って毟って毟りまくって、ポーションを製薬できるようになったら早速誰かに投げつけるぞっ。
そんな俺を嘲笑うかのように、何かが俺の肩を突く。
「だー、五月蝿いなぁ」
手で払いのけると、それは意外なほどもさもさしていた。
『カイト様っ』
「喋り掛けるのは良いが、採取の邪魔だけはしないでくれ」
もさもさが俺の耳に触れる。
こそばゆい。
狐の耳はサイズがでかいからか、余計に敏感に感じる。
『カイト様っ』
「だぁーっ。いい加減にしろ!」
犯人は受付嬢だと思っていた。だが、彼女は俺の前方に……。
つまりこのもさもさは?
しゃがんだ姿勢から上を見上げると、そこにはぶんぶん飛ぶ黄色と黒の縞模様の飛行物体がいた。
「ハチィィィィィ!?」
『はい。クィーンハニィでございます』
その蜂はやたらとでかかった。
次回は明日、更新いたします。