43:毛刈り族
「最後のカイト君って、っぷくく、かっこよかったよねぇー」
「……」
「水芸みたいでしたねぇ~」
「……」
「ご、ごめんねカイト。私がちゃんとガード出来てれば……」
『いえ、エリュテイア様。ガードしたからこそ、状態異常の『炎傷』になったのです。しかしガードしなければ『気絶』ですので、まだ『炎傷』でよかったです』
「そ、そうなの? でも凄くダメージが」
『カイト様の投げた『リカバリーポーション』でも、ココット様のスキル『リカバリー』でも治せますし。問題ございません』
「スプラーッシュ」
「私も水魔法ほしいですぅ~。どうすれば手に入るんですか?」
ココットは天然として、ナツメは確信犯だな。
真面目に戦闘講義しているエリュテイアと受付嬢の横で、ナツメが俺の真似ごとをしている。
更にその横でココットが、たぶん真剣に感動している。
ひとしきりナツメからネタにされたあと、全力カウンターについて小言を言われた。
「エリュテイアちゃん、せっかく頑張ってたのに。『リカバリーポーション』持ってたなら直ぐに投げて状態異常回復してあげるだけでも良かったのに」
「いや、その、すまん。俺がタゲ取ってやったほうがいいのかとか、回復ポーション投げたほうが良いのかと、ちょっと、パニくった」
「えー、パニくるって……君だって場数踏んでるだろうに」
ば、場数か。その場数は全てソロです。
「待ってっ。カイトは私を庇ってくれたんだし、そんなに責めないで」
「エ、エリュテイア……」
「エリュテイアちゃん……」
『しかし、カイト様はお二人にヘイト講義をされていたわりに、あまりパーティーでのヘイトコントロールがお上手ではないようですね』
っぎく。
な、なんてタイミングでなんて事を言いやがる。
お、俺だってwikiとか掲示板の受け売りしか知らないんだよっ。
だって、だって――
「あ、俺、他人とダンジョン攻略なんて初めてで、パーティーをまともに組んだのだってこれが初めてで……調子に乗りすぎました」
その結果、ミドルレア武器を失ってしまった。
まじ俺かっこ悪ぃー。
偉そうにエリュテイア達にヘイト講義とかしやがったくせに、いざとなったら自分自身がパーティーの鉄則無視してんじゃん。
「え、カイト君ってずっとソロだったの? ネトゲ歴って、短かったっけ?」
「い、いや、10年……ぐらい、です」
「えぇー!? 10年もずっとソロ? それはそれで、凄いね。まぁボクも基本ソロだけどさ、野良パーティーとかにはよく行くよ」
「わぁー~、カイトさんって一匹狼みたいで、かっこいいですねぇ」
「それを言うなら一匹狐でしょ」
「あっは♪ うん、そうだね~。一匹狐さんだぁ~」
『確かにケモミ族の男性はカイト様だけですし、一匹というのは正しい表現ですね』
うっうっ。皆して俺を弄りやがって。くそーっ。
「はぁー……」
「そう気を落とすなよ、カイト君」
「はぁー……俺のシュトゥーム……」
右手に握った短剣を見つめ、その刃に浮かんだひび割れを指でなぞる。
こいつとの付き合いも、短かったな……。
「うんうん、破損しちゃったねー。やっぱりあのスキルは、こういう時の為だったのかぁー」
「こういう時の? ナツメさん、どういう事なの?」
「うん、えーっとね。ボクの生産技能【鍛冶】に、『修理』っていうスキルがあるんだ。装備を破損させた場合、鉱石を素材にして修理するっていう物でね――」
な、なんだって!?
肩を落としていた俺は、ガバっと上体を起すとナツメに縋りついた。
「し、修理できるのか!?」
「うわっ、ちょ、近いよカイト君。耳、君の耳くすぐったいからっ」
「修理出来るのかナツメ! 出来るなら頼むっ。一生のお願いだっ。俺、なんだってするから!」
シュトゥームの為なら幾らでも鉱石を集めるぜ。
そんな思いでナツメをじっと見つめていたんだが――
気づくと女子達の視線が、なんとなく、痛い?
「ボーイズラヴ……」
「なんだか変態っぽい」
『残念ながら腐女子属性は、まだワタクシには理解できておりません』
いや、お前ら十分腐ってるよ。
ナツメまで首をぶんぶん振り回して俺から逃げてるし。
さっきまで弄られた上に、ホモ疑惑までかけられるなんて……。
その場に座り込み、地面にのの字書いてやるっ。
「ちょ、カイト君……」
「も、もうっ。冗談よ冗談。そのふさふさ尻尾が哀愁漂いすぎ」
『カイト様は表情があまり変わらない分、尻尾で感情が表れやすいのですね』
「いいなぁー。私の尻尾、丸くて小さいからほとんど動かないのぉ」
べ、別に動かそうと思って動かしてるんじゃねー!
寧ろ勝手に動いてんだよっ。
ぺったんぺったんと地面を一定間隔で叩く尻尾が、どうやら全員の同情を誘ったようだ。
ナツメがアイテムボックスから、例の『携帯用溶鉱炉』ってのを取り出し、俺を手招きする。
「短剣のアイテム情報見せて。修理に使うインゴットの種類調べるから」
「あ、あぁ」
お互いのタブレットをくっつけて『水流のシュトゥーム・スティレット』の情報をナツメに送る。
何かの操作をしたナツメが、これの修理には銀のインゴットが必要だと話す。
手持ちが無いというので、町に戻るまで我慢しろ、とも。
「わ、わかった。すぐ帰ろう。今すぐっ」
俺は来た道を有無を言わさず引き返す。
「ちょ! ドロップ、ドロップ!!」
「っは! しまった。俺としたことが」
ナツメの叫びで正気に戻ると、倒れたゴブリンリーダーの下へ駆け寄る。
自然消滅する前に思い出してよかった。
タブレットを掲げて拾ったアイテムは――
「きゃーっ! 武器! 武器拾っちゃったーっ」
「私はリングですぅー。この星マークってなに?」
「星一つがレアで、二つがミドルレア。三つだとレジェンドって、最上級のアイテムだよ。何個?」
「二つありましたぁ。えっと、HP回復量が増えたり、スキル攻撃するとMPを吸い取れたりとか書いてます」
『MP回復は魔法職の方にとっては、とても優秀な効果ですね。おめでとうございます』
「ちなみにボクは篭手とブーツをゲット。あと『スティール』したのが杖だったんだぁ。これはココットちゃんにあげるよ」
「えぇー!? いいんですか!」
「うん。だってボク装備できないし」
「わぁ~、ありがとうございます~」
『よかったですね。ワタクシも篭手を手に入れました。攻撃力強化系のレア物です』
「おめでとう受付嬢さん。それで、カイトは?」
俺は打ちひしがれていた。
その横で4人はわいわいと盛り上がっていたわけだ。
く、悔しくなんかねーよっ。
俺だってレアは出たんだ。レアはっ。
「カイト君?」
『カイト様?」
「カイト?」
「カイトさん?」
ぷるぷる震える手で、俺はゲットした物を彼らに見せた。
右手に金髪、左手にも金髪……そう、奴の毛だ!
静寂がダンジョンを包み、ほどなくして爆笑が訪れる。
ドロップの回収も済んだ事だし、もうここに用は無い。
尚、毛以外のドロップは『銀のインゴット』10個。装備類が一つも無かった。
い、いいんだ。防具も武器も揃ってるし。
『水流のシュトゥーム・スティレット』が修理できれば、もう25装備なんて必要無い!
ずんずん歩く俺の後ろから受付嬢が、その後ろからエリュテイアとココットが続く。
なのに、ナツメだけは付いて来ない。何故だ!
「え? なんで皆引き返してるの?」
「なんでって、外に出るためだろ。このゲーム、どうやら最深部からのテレポート装置は無いみたいだし、歩くしかねーじゃん」
ネトゲのほとんどは、ダンジョン攻略が済んだあとすぐに外へと出れるよう、テレポート装置があるのはデフォだ。
けどこの場所にそれらしいものは無い。
なら歩いて出る。シュトームたんの為に!
そう説明してもナツメはきょとんとした顔をしている。
「いやいや待って。装置が無くても、スキルがあるじゃん」
「え?」
「ねぇ、ココットちゃん?」
「え?」
「え?」
俺が、ココットが、そしてナツメが首を傾げる。
次の瞬間、ココットの耳がピーンっと伸び、ぱちんと手を鳴らした。
「あーっ、忘れてましたぁー。私、『リターン』っていう町に戻れる魔法持ってましたぁ~」
はい?
つまり、上の階層に居た時の、空腹状態になってダンジョンを出るか出ないかで言い合ってたのは……全部無駄だったのか?
いや、ココットがスキルの存在を忘れていたからこそ、真のダンジョンに入れたんだし、結果オーライって事にしておこう。
うん。
ココットのスキルでカジャールへと戻ってきた俺たちは、早速ナツメを伴って工房へと向った。
エリュテイアとココットの二人も、鉱石のインゴット加工をナツメに依頼。
ナツメも技能レベルが上がるからと、喜んで引き受けていた。
もちろん俺の鉱石も頼んである。というか、銀のインゴット代に、各鉱石の半分を譲る事にしている。
「銀鉱石も持ってたんだけどさ、『携帯用溶鉱炉』を素材加工に使うと勿体無くってね」
「1回使うと消耗するって言ってたな。素材加工は大量に行わなきゃならないし、確かに勿体無いわ」
「うんうん。改善のお陰で、一度に10個同時にできるようになったけど、溶鉱炉代が一つ100Gだからねぇ」
100か。結構高いな。
1個だけで見れば安いもんだが、手持ちの鉱石を『携帯用溶鉱炉』使って全部やってたら……
俺の手持ちだけでも――えーっと、暗算は苦手なんだが~……1万Gか?
うん、やっぱ高いわ。
「うーん、待ってる間暇ねぇー」
「私も生産、何か覚えようかなぁ」
「製薬はやめて!」
「鍛冶もやめて!」
俺とナツメが順番に叫ぶ。
だってなぁ、商売敵が増えるって事じゃん。
それを話すとエリュテイアもココットも、笑って「じゃー覚えないから安心して」と言ってくれた。
が、俺はここで密かに鍛冶を覚えようかと思っている。
武器を作る為じゃない。
どちらかと装備類はモンスターからのレアを夢見る方が好きだ。
「狩り中に装備破損した場合、自分で修理だけでも出来れば……」
『左様でございますね。ナツメ様のように鍛冶技能を持っている方が、常に傍に居る訳でもありませんし』
「あ、そういう理由なら私もほしいわ」
「私は~……」
「鍛冶技能で修理できるのって、修理素材が鉱石の奴だけだよ。杖の材料は木材だから、木工技能だね。布装備だと裁縫技能になる」
っとナツメが説明してくれる。
補足として、修理スキルは技能レベル2で取れるので、鉱石の加工ですぐ修得できると。
俺の防具は布。裁縫技能か……。
エリュテイアは武器も防具も鍛冶で済むし、いいよな。
「あのぉ~、武器だけじゃなく、服の修理も必要になるんですか?」
っな!
なんだってーっ!?
ココットが凄くまともな意見を言ってるぞ。
そうだよ、武器破壊があったが、防具破壊も絶対あるとは限らない。
いや、ほぼ確実にあるんだろうけどさ。
確認するように受付嬢に視線を向けると、俺の視線を察した彼女が一瞬頷きかけて慌てて明後日の方角を見た。
こいつ、NPCとしては二流どころじゃないよな。
「まぁ、ナツメの話だと『装備を破損させた場合』だったから、武器だけじゃなく防具も含まれるんだろ」
「そっか~」
『そ、そうですっ!』
力いっぱい答えんな。
「じゃ、受付嬢が鍛冶技能を取って、万が一の時には俺の分も修理してくれるのか」
『はい。カイト様は裁縫技能をおとりください。ワタクシの装備も盾と胸当て以外は裁縫技能での修理になりますし』
「そうだな。せっかく二人でいるんだし、分担すりゃ楽だよな」
『はいっ』
さっきよりも一層力強い返事だな。
ってことで、エリュテイアと受付嬢が鍛冶技能を修得する事に。
そのまま二人とナツメは工房に残って、俺はココットを連れて防具屋のおっさんの所にいった。
運悪く、裁縫技能を教えてくれるNPCが他のプレイヤー相手に立て込んでいたからだ。
「あのおじさんからも教われるんですか?」
「あぁ。確信はある」
その話をしたとき、受付嬢が明後日の方角を見たからだ。
その事をココットに話すわけにもいかないので、俺の勘だという事にしておく。
防具屋に着き、店内に入るとソリオのおっさんと奥さんが並んでカウンターに立っていた。
しかもぴったりと寄り添って……。
「おおおおおおおぉぉう、ぼぼぼぼぼぼぼ坊主じゃねーか」
「あら、お帰りなさい」
にっこり微笑む奥さんとは対照的に、イチャコラしてたのを見られて焦っているおっさん。
顔、真っ赤だぜ。
「うふふ。おじさん顔真っ赤ですよぉ~」
「こここここここここれは、ひひひひひひ日焼けだよおおおおじお嬢ちゃん」
無理があるぜ、おっさん。
けど、ココットもまた随分とハッキリ言うなぁ。
こういうときって、触ってやらないほうが対人関係としてはいいんじゃねーか?
とか、対人関係に疎い俺が思ったりするもんだが、実は違っていたのか。
よ、よし。一つ勉強したぞ。
『テレポート装置』
MMOタイトルによってどう呼んでいるのか、それが解らず簡単な単語を使いました。
本文にあるように、ダンジョン攻略を目的としたコンテンツを有するMMOには、ボス部屋の隅だったり
奥だったりに、転送装置が置かれていたりします。
その中に入ると、大抵の場合はダンジョンの外(入り口のあった部分)に出ます。
ダンジョンの入り口などには、ダンジョン内でのモンスター討伐クエストを受けられるNPCが立っていたりして、出てはクエスト報告→また受けてはダンジョンの中。
っという具合に、連続して攻略を行える物もあります。




