33:一人でも出来るんだもんっ。
露店通りにござを広げてポーション屋を開始して15分。
おかしい。
通りには俺の露店以外、まだ数は少ないのにな。
価格もしっかりボードに書いて出しているし、見本だって出している。
売り子が居なきゃ客は寄って来ないのか?
いや、そんなはずは無い。他の露店じゃ、店員一人で客は来てるんだし。
道行く人の数も増えだしたってのに、客が来ねー。
「ぃ、ぃらっしゃいませー」
頑張って声も出している。
「ポ、ポーションは、いかがですか?」
マッチ売りの少女よろしく。
片手で作りたてのポーションを掲げて、最高の営業スマイルを決める。
誰も俺の露店を見ようとしない。
やっぱり……男の俺じゃダメなのか。
っ糞。
女の笑顔にホイホイ釣られる直結どもめっ。
っと、その時だ――
「お、狐のポーション屋か。まだ在庫はあるのか?」
まるで天から聞こえる神のような声が。
こ、ここはしっかり営業スマイルで迎えねばっ。
「ざ、在庫は各種揃ってますよ」
にっこり。
……。
…………。
おい、なんで回れ右するんだよ!
あ、ちょ、買いに来たんじゃなかったのか!?
おいぃー!
……。
神は存在しなかった。
逃げた魚は大きいなんて言うが、逃げた客に縋るように手を伸ばしていると――
「あ、カイトさんじゃないですかぁ」
まるで天から聞える神、いや、天使の声が。
見上げると薄い水色の髪と、薄紫色のくりっとした大きめの瞳を持つウサギが立っていた。
訂正、ケモミ族の少女が立っていた。
サラサラな髪の間から伸びる兎の耳は純白で、内側が淡いピンク。まさにバニーガールのようだ。
えーっと、誰だっけ?
薄い青緑のもっさりした服の胸元には白い十字架マークが入っている辺り、神官だろうな。
兎ケモミの神官……なんかそんな奴を知っているような?
「カイトさん? えっと、ココットですけど、覚えてますか?」
「はぃ、ココット、さんね。あ、あぁ、覚えてるよ。えーっと、確か君は、その……」
喉元まで出てるんだ。
もう一人誰かとセットだったような、そんな気がするんだ。
「あぁー。覚えてませんねぇ。もう、昨日の夜に助けて貰って、パーティーまで組んだのにぃ」
「あぁ、昨日の夜ね――あぁ……あぁっ!?」
思い出した!
ネトゲ初心者コンビ!
あの時の兎ケモミ女子のほうじゃないか。
「思い出してくれましたぁ?」
「お、思い出した。わ、悪ぃ。俺、人の顔と名前覚えるの、その、めちゃめじゃ、めくちゃ……めちゃくちゃ苦手で」
「めちゃめくちゃ??」
「っは、い、いや、気にしないでくれ」
噛んだだけだからっ!
くすくす笑うココットは、売り物のポーションを見つけて目を見開いた。
「わぁ、カイトさんってポーション屋さんも出来るんですねぇ」
「あ、あぁ。生産やってんだ。お、お前は何もやってないのか?」
「はいっ」
元気に答えてるし。
まぁネトゲ初心者だし、生産までは頭が回らないよな。
「あのー、この星マークってなんですか?」
ポーションの価格を書いたホワイトボードを指差すココット。
星一つで回復量が1割増しになる――っという簡単な説明を噛み噛みになりながら説明すると、次はどうしてそうなるのかと尋ねてくる。
なので説明しようと口を開きかけたとき、ココット本人がそれを制した。
「待ってっ! 当ててみせますから!」
「あ、当ててみせるって……」
「思い出したんです。公式ホームページのケモミ族のところに、男性のケモミ族は薬草の知識に優れていて、彼らの作ったお薬は特別だって。カイトさんは狐さんですし、そういう事なんですよね?」
「なんだ、その設定知ってたのか」
得意気な笑顔で頷くココットだが、次の瞬間には苦笑いになって、
「物語の概要とか読むのは好きなんです。でも、操作の仕方とかシステムとかのページを読むのは苦手で」
っと、舌をペロっと出して自らの頭を小突いたりしている。
俺と逆だな。
ストーリーの概要とかは苦手っていうか、どうでもいいって感じ。
大切なのはゲームの操作性だとかシステム、コンテンツ面だな。これを熟知していないと、スタダも出来ねーし。
まぁだからこそ、ケモミ男の設定とか全然知らなかった訳だが。
「でもカイトさん。ケモミ族は女性プレイヤーしか選べないんじゃなかったですか?」
「あ、えっと、それはだな……かくかくしかく、かくかしか……ががくかし……」
クローズドベータに参加してて、参加した者だけに配布された福袋から出た種族解放チケットだ。
たったこれだけの説明をするのに、いったい何度噛んだことか。
噛みまくりの説明を終えたが、彼女が理解できたか不安だ。
「わ、解った?」
っと尋ねたが、案の定、ココットは首を傾げている。
っく……昨日は上手く会話できてたのによぉ。今日はてんでダメだぜ。
もう一度説明をしようとした時、
「福袋って、お正月に売ってるあの福袋ですか?」
「え?」
「でもお正月にはちょっとだけ早いような……フライングなんて、ずるいですぅ」
彼女は……どこかずれているようだ。
「少ない人数でやるテストプレイっていうのが、クローズドベータなんですねぇ」
「あぁ。福袋といったが、どちらかというとガチャガチャに近いアイテムだな」
「カプセルのアレですよね」
「そうそう。ゲームだと箱だったけどな」
ようやく全部の説明を終えて理解して貰うのに、15分は掛かったかもしれない。
その間も客は一人も来てないが、何気に視線を感じるのは気のせいだろうか。
「はぁ、私も福袋ほしかったなぁ。クローズドベータっていうのに、参加すればよかったぁ」
「クローズドは、参加人数限定されてるし、抽選だからな。誰でも出来るって訳じゃないんだぜ」
「そうなんですかぁ。カイトさんって、運がいいんですね」
い、いいのだろうか?
この『レッツ』以外にもクローズドの申し込みした事あるが、ここ1年ぐらいは全敗してたしなぁ。
「そういえば狐の尻尾って、幸運のお守りって言いますよね?」
「は?」
き、狐の尻尾はお守り?
そんな話は聞いた事無いが、俺が知らないだけか?
ござの前でしゃがみ込んで俺と話すココットの背後に紅い影が忍び寄る。
「それを言うなら兎の足でしょ!」
ココットの後ろで仁王立ちしていたのは、紅い髪と眼のハーフエルフっぽい女子。
えーっと、名前はなんだっけか?
「あぁ、エリュちゃん! おはよう♪」
「おはよう、じゃないわよ。さっきからずっとフレンドメッセージ出してたのに、全然返信寄こさないんだからぁ」
「えぇー? フレンドメッセージ……え?」
何の事やら解らない。というようなココットに、俺が教える。
「あ、ココット、くん。お前の視界の左下辺りに、なんか光ってるアイコン、ないか?」
運営からの告知メッセージやら、他者からのメッセージに取引要請。とにかく何かしらのお知らせ事項があれば、視界の左下隅にテカテカ光るアイコンが出てくる。
もちろんシステム音も聞こえるので、普通は気づくはずなんだけどな。
アイコンを見つけたらしいココットは、他者には見えないウィンドウを操作してメッセージを読み上げた。
読み終えあってから、舌をペロっとだして「ごめんなさぁ~い」とエリュ……ちゃん、に頭を下げていた。
「見つかったからもういいわよ。なんだ、昨日のカイト……さんと、一緒だったんだ」
「さん付けが面倒なら、よ、呼び捨てでもいい」
「あ、う、うん。ありがとう。私もエリュテイアでいいから」
あぁ、エリュテイアって名前だったか。
ココットは全部を言うのが面倒だからちゃん付け、なんだろうな。
「カイトって、ポーションの生産もやってたんだ」
「あ、あぁ」
「へぇー。あれ? 他の露店と比べると、凄く安いじゃない」
「ま、まぁ。消費者の立場に立って価格を決めましたから」
「カイトさんって優しいんですねぇ」
「へ?」
「ね? エリュちゃん」
「え? そ、そう……かもね」
「うんうん、そうだよぉ。だって助けてくれたし、モンスターとの戦い方も教えてくれたしぃ」
「ま、まぁそうね。親切なプレイヤーね。うん……」
な、なんだろう。
異様なまでのココットの持ち上げっぷりは。
それに対してエリュテイアは、なんとなく微妙な感じだ。
同意はするけど、持ち上げる気はない。そんな雰囲気か。
「それにしては、全然お客が来ないわね」
「そうだねー。こんなに安いのにぃ」
ははは。それを言わないでくれ。
「じゃー、私が買って行こうかな」
「へ? 買ってくれるのか?」
ぼそりと呟いたエリュテイアが女神のように見える!
こくりと頷いた彼女は、剣士らしく『ライフポーション:LV2』を30本買ってくれた。
「まだあまりお金も持ってないし、沢山買えなくってごめんね」
「い、いやいや、買って貰えただけ有り難いから」
「私もー、MP回復するポーションくださいっ。えっと、20本……少ないですけど」
「あ、あぁ、まいどっ!」
やった、やったぞ!
遂に俺は一人でポーションを売ることに成功したぞ!
二人との取引が終わった頃、気を取り直してもう一度最高の営業スマイルで声を上げてみた。
「ポーションはいかがですかっ!」
だが次の瞬間、ココットとエリュテイアの顔が引き攣る。
後ずさりしながら彼女等が言った一言は、
「笑顔が怖い」
だった。




