32:新しい製薬方法
『おはようございます、カイト様』
「あぁ、おはよう。ログイン」
飾り気の無い木造の建物内。
カウンターの奥に佇む新受付嬢は、昨夜見た金髪ショートヘアの奴と変わってない。
『カイト様、『Let's Fantasy Online』の永続的なプレイに関しては、引き続きご希望されていますでしょうか?』
「ん? また質問か?」
『はい。お手間をお掛けして申し訳ありません』
素直にログインさせてくれないのも、変わらないのか。
永続的ねぇ。いつまでサービスが続くか解らねーが、出来れば10年20年と続いて欲しいと思うね。
なんせこのゲームでは俺、マジでぼっち脱却できそうだし。
「リアルなんて捨ててゲームの中だけで暮らせるっていうならそれもいいかな、とか思えるほど楽しめてるよ」
そんな冗談が言えるほどにもな。
いや、冗談でもなく、本当にゲーム内がリアルだったらいいなとか思う。
まぁ思ったところで、所詮ゲームはゲームでしか無い。
今はリアルを忘れて、早くゲームに没頭してーんだけどなぁ。
『お楽しみ頂けて何よりでございます。それではカイト様、良い旅をご満喫ください』
「あぁ」
『最後に、ゲーム内での明日早朝頃。出来ましたらログアウトせずに接続されたままですと、カイト様のご希望が叶うやもしれません』
は?
俺の希望?
無表情でそう告げる新受付嬢は、深々とお辞儀をして――
そして俺の視界は暗転した。
いみふなままカジャールの工房前にログイン。
周囲にはまだ他のプレイヤーの姿も無い。
NPCを探すと、別段配置が変わったような感じも無い。
作業台近くに居た製薬NPCの所に行って声を掛けてみる。
「新しい製薬方法がじっそ……あるのか?」
実装なんて言葉を使っても、演出用のNPCは首を傾げるだけだろうな。
こいつらはゲーム特有のシステムの事は知らないんだし。
アイシスのNPC同様、もっさりした服を着た男が目を輝かせて寄って来た。
「あるある! 新しい製薬キットが開発されたんだよ。これを使えば今までの何倍も作業効率が良くなるよ。買うかい?」
「幾らだ?」
「500Gさ。安いもんだろ?」
元のキットが50G。それを考えたら10倍の値段なので、安いかと聞かれると微妙だな。
だがこれを買わなきゃ作業効率は今までのままって事だろう。ここは買うしかない。
取引を済ませ『新製薬キット』を手に入れる。今までのヤツは10Gで引きとって貰った。
「キットの中身を見てご覧。それでなんとなく想像は付くと思うよ」
「中身か……えーっと?」
アイテムボックスの中にあった『新製薬キット』をタップしてみると、中身の一覧がテキストのみで確認できる。
――大きなザル
――大きな水瓶
――かき混ぜ棒
――大きな乳鉢
――スプーン
大きい事は良いことだと思います。
試しにザルを出してみると、うん、確かに今まで使ってた奴の倍以上のサイズがある。
「じゃー使い方を教えよう。『素材加工』の工程はこれまで通りだ。単に100枚まで同時に行えていたのが、500枚に増えただけさ」
「おお、5倍か! 500枚きっちりないとダメなのか?」
作業台に移動しながら講習を受けた。
枚数は500枚までであれば、1枚単位で作業が出来るとの事。
そして大幅に作業工程が変更されたのはここから。『ポーション作成』だ。
「まず大きな水瓶を出し、作りたい本数分の水を入れるんだ。最大300本分の水が入る」
「300か……今までの300倍じゃねーか!」
「はっはっは、そうだねぇ」
水瓶を作業台に乗せ、すぐ近くにある井戸から水を桶に入れて汲んで来る。桶の水を水瓶に入れようとすると、突然視界に数字の書かれたウィンドウが出てきた。
スロットルマシーンみたいなウィンドウで、デフォ状態だと「3」「0」「0」となっている。その下に「OK」ボタンもあった。
なるほど、数字部分を弄って作りたい本数に設定しろって事か。
薬草はかなりあるし、300本マックスで行ってみよう。
片手で桶を支えOKボタンを押すと、あとは勝手に水が注がれていく。
水瓶の半分ぐらいの所まで水が入ると、桶から流れる水は自動的に止まった。
楽なもんだ。
「水を入れたら、必要な素材を水瓶に入れて――」
「えーっと、レベル2のライフポでいいか。『小さなライフ草』を……600枚か」
アイテムボックスから『小さなライフ草』を選びタップすると、数字を入力する画面が出てくる。
600――っと入力してタブレットに手を突っ込むと、ごわっとした草の感触が伝わってきた。
600枚も掴めるか?
取り出した手には、数十枚程度の草しか掴めていない。
やっぱりなー。で、これは何枚なんだ?
もう片方の手で、握った草を1枚ずつ抜き取っていき、水瓶に入れていく。
抜いても抜いても、草が一向に減らない。
まさか視覚に騙されるなって事なのか?
この手の中には、数百枚の草が握られてる――なんて仕様なのか……。
試しに水瓶に全部放り込んでみると、物凄い量の草になりやがった。
「入れたね? じゃー、かき混ぜ棒でしっかり混ぜるんだ」
「こ、これか……」
かき混ぜ棒っつーか、木製の長ーいスプーンみたいなヤツでぐるぐるかき混ぜる。
そんなに力を入れて混ぜている訳じゃないのに、勝手に中身が零れていきやがるな。つまりこれが成功失敗判定って事か。
ほどなくして、素材の草が完全に消えると、中身が半透明な紅色の液体になった。
「じゃ、それを今度はアイテムボックスの中にしまい込んでくれ」
「解った」
「それが終わったら、空き瓶を同じくアイテムボックスの中に入れるんだ。個数は何個でもいいよ。水瓶の中に残ったポーション液分の空き瓶があれば、後で追加して用意しなくてもよくなるけど」
水瓶内のポーション液の量?
ここで成功本数がもう決まっているんだな。
アイテムボックスに入れた水瓶アイコンに触れると、『234本分のポーション液の入った水瓶』という文字が表示された。
面倒だし、空き瓶を500本ほど買って――あ、スタック数が改善されたんだっけか。
「空き瓶500本くれ」
「はいはい。1000Gだよ」
製薬NPCから空き瓶を500本購入したが、全てアイテムボックスの1枠分に収まった。
っとなると、ありがちなのは999個までスタック可能とかか。
「もう500本くれ」
「はいはい。1000Gだよ」
さっきと変わらない対応で、男が空き瓶を売ってくれる。
アイテムボックスには、999本の空き瓶枠と1本の空き瓶枠があった。
やっぱりな。
これでアイテムボックスの素材圧迫もだいぶ緩和されるだろう。
「で、空き瓶を用意したらどうするんだ?」
「水瓶をクリックドラッグして空き瓶に重ねるんだ。そうすればアイテムボックスの魔法の力で、自動的にポーション液が空き瓶に移しかえられるから」
「なるほどね。アイテムボックスの魔法の力か……っぷ」
システムの力なんだろうが、演出NPCは魔法という解釈か。
言われた通りにやると、あっという間に234本のポーションが完成。
「失敗含めて300回分の『ポーション作成』が、ものの数分で出来るな」
「では製薬、頑張ってくれたまえ」
俺の言葉に応える事無く、NPCは最初に居た場所へと戻っていった。
講習が終わればさっさと帰るのね。
辺りを見渡すと、ようやく数人のプレイヤーの姿が見えた。
さっそく新生産工程の講習を受けているようで、中には数人のプレイヤーが同時に一人のNPCに着いている様子が見える。
あ、NPCが突然降って湧いてきた。
プレイヤーが増えてきて、一人じゃ対応しきれなくなってきたんだろうな。
っふ、即行でログインできてよかったぜ。
『ライフポーション:LV2』が712本、『エナジーポーション:LV2』が422本、『リカバリーポーション」が195本、『解毒ポーション』が166本完成。
『ポーション作成』だけになるが、ここまでに掛かった時間は講習含めて30分といった所か。
面倒なのは、水瓶が一つしかないので一回ごとに空にしてから再度アイテムボックスから取り出さないといけないこと……。
これ、キットを複数買えば少しは手間が省けるだろうか?
講習中のNPCの所にいって「キットを売ってくれ」と伝えれば、NPCが応対しなくてもタブレットに取引画面が現れる。
複数購入する為の数字入力欄が無いので、一つ買ってはまた取引を要求し、また買っては要求し――合計5個のキットを買った。
次に製薬するときには複数の水瓶同時に作業をしてみよう。
「さてっと、売りに行くか。おい、受付嬢。売り子をたの――あ……」
振り向いたが彼女は居ない。
忘れてた。一度ログアウトしてるから、あいつも一応ログアウトしてるっぽい状態だったんだ。
そうそう、こんな時こそ。
タブレットを操作してフレンドリストを表示。
グレーの文字で受付嬢の名前が書かれてある。つまり、まだログアウト中か。
名前をタップしてみると、メッセージの送信画面が出てくる。
ここに何か書けば、奴に届くのか、な?
《ログインしたぞ。製薬も済ませたし、露店しようと思ってるんだが?》
送信、っと。
返事はすぐに返って来た。
《申し訳ございません。アップデート後の問い合わせが多くて、処理に追われております。もう1時間ほどで合流いたしますので、カイト様はどうぞ、ゲームをご堪能ください》
なんだ、仕事中か。
まぁアップデートの後だしな、忙しいのは解る。
解るんだが、なんかもやもやする。
書類の山に悪戦苦闘している受付嬢しか想像できないからだ。
けど、あいつはやっぱりNPCで、AIを搭載されたサポート用NPCなんだよな……ってのを、改めて思い出す。
「しゃーない、一人で露店すっか」
お、俺だって一人でちゃんと出来るんだぜ!
一人でちゃんと……愛想よく……笑って……出来る、はず。




