2:どうしてこうなった?
『受付嬢』に命名しちゃった下りに若干加筆しました。
落下したと思ったら、いつの間にか平原に立っていた。
クローズドベータで最初に降り立った場所とは違う。
まずは位置の確認だ。
左手で本を持つようなポーズを作ると、そこにB5サイズの『タブレット』が出現する。
よし。クローズドと同じシステムだな。
タブレットの画面に映るアイコンから、地図が描かれている『マップ』をタップ。
画面が変わり、俺を中心にした周辺の地図が映し出される。
えーっと、人族の最初の地点がここだったから――
『ここはケモミ族の最初の出発地点でございます。ここから南東に向えば、最初の町アイシスへと到着いたします』
「そうか。ケモミ族の出発地点だったか――はぁ?」
タブレットから視線を外し声のする方角を見ると、そこには茶色のメイド服を着た――
「受付嬢!? な、なんでここに??」
『受付嬢?』
ロビーに居た時同様、メイドキャップみたいなものを被ってちょこんと佇んで居やがる。
首を傾げて固まった受付嬢は、数秒後、動き出したかと思いきや妙な事を口走りやがった。
『受付嬢。企業やクリニック等の受付ロビーに待機し、来客の応対を行ったり案内をする従業員の呼称的なもの。
――ワタクシのコードナンバーは『E-11111SA』ですが、受付嬢とお呼びくださって結構でございます。せっかくですので、ワタクシのキャラクターネームとさせて頂きます。命名してくださり、ありがとうございますカイト様』
「え? ちょっと待て。いや、俺は命名したつもりはないし、よりにもよってネタ名かよ」
『……既に登録をしてしまいましたので、変更は不可でございます』
……あぁー、もう!
そんな事はどうでもいい。
なんでNPCがここに居るんだよって話。
『はい。カイト様の目的である、ぼっち脱却を叶えるためでございます』
「ぼっ……叶えるって、まさか――」
不束者でございますが、よろしくお願いします。って、まさか受付嬢が……。
『ぼっちとは、孤独で友人を持たない方の略語的な言葉。ぼっち脱却とは即ち、友人を持つという意味でございますね?』
「そ、そう……だが」
糞真面目にぼっちの説明されると、無性に惨めな気持ちになるのは気のせいだろうか。
あぁ、そうさ。俺はぼっちさ。
リアル、ゲーム共にぼっちさっ。
そして友達がほしいと思ってるのも本当さっ。
人生25年。今まで友達と呼べそうな奴は一人も居なかった。
一人も……だ。
『カイト様のご希望に添えられる友人になれるよう、これから学習してまいりますので、どうぞ、よろしくお願いいたします』
人生初の友人がNPCって……どうしてこうなった?
とにかく、こんなところを他のプレイヤーに見られたら拙い。
受付嬢の手を掴んで急いでその場を離れる。
『あの、カイト様。アイシスは南東の方角ですが』
「五月蝿い。黙って走れ。お前と一緒に居るところを他のプレイヤーに見られたくねーんだよ」
『何故でございましょうか?』
「んなもん決まってるだろ! 受付ロビーに居たNPCと一緒にいるんだぞ? 運営と繋がってるとか思われたり、もしくはGMに間違われたりとかするだろうっ」
普通に妖しいだろ。
初心者装備じゃない、メイド服着たプレイヤーとか。
しかもプレイヤーじゃねーし。
運営と繋がってるプレイヤーだと思われれば、他のプレイヤーから快く思われないのは目に見えている。
俺のぼっち脱却の妨げになるだろうがっ。
『考えが足りなかったようで、申し訳ございません』
最初の位置から北に進み、この辺りまで来れば他のプレイヤーに見つかる事もないだろうと思って受付嬢の手を離す。
歩きながら、これからどうするか考えよう。
俺の友人になれるよう……って、つまり俺と行動をずっと共にするって事なのか?
それを確認すると、さも当然とばかりに力強く頷いた。
マジ、なんでこうなった?
「う、受付の仕事はどうすんだよっ」
『ご心配には及びません。同タイプのサポートAIスタッフが常駐いたしますので』
「同タイプって、やっぱ受付嬢と一緒に居るのを見られたら、他のプレイヤーから白い目で見られるじゃねーかっ」
『その点もご安心ください。既に配置されているスタッフとは、外見が異なりますので』
更に衣装のほうは、クローズドベータ特典の福袋からも出るからNPCだと疑われる心配は無い――と。
っち。受付ロビーに引き返させる作戦はダメか。
「だ、大体なー。NPCを連れたまま戦闘とか、どうすんだよっ」
『ご安心ください。ワタクシはモンスターから攻撃を受けませんので。お守り頂く必要はございません』
ちょ。
モンスターに狙われないって、やっぱ周囲のプレイヤーから怪しまれるじゃねーか。
「ノンアクティブモンスターばかり居る今はいいが、レベルが高くなったらアクティブモンスターばっかりになるんだぞ。そんな場所でモンスターに狙われないとか、どんなチートだよって周りから思われるだろ!」
低レベルのうちは自主的に襲ってくるモンスター、ノンアクティブばかりだ。
けど、直ぐに好戦的なアクティブモンスターばかりのフィールドになる。
こいつと一緒なのはいろいろと拙い。
せっかくのぼっち脱却作戦も、チート野郎と思われたら終わりだ。
すたすた歩きながら、俺は目的の場所を目指す。
クローズドベータでも誰も知らない、最高の採取ポイントへ。
後ろから追従してくる受付嬢は、また誰かと会話しているように頷いたり首を振ったりしている。
『お待たせいたしました。マザーの許可が下りましたので、ワタクシも戦闘に参加できるようにいたしました』
「はぁ?」
またとんでもなく予想外な回答が来たぞ。
戦闘に参加って……ん?
「戦闘ができるのか?」
『はい』
「それってつまり、パ、パーティーを組むとか?」
『はい』
パ、パーティー!?
俺が、パーティーを組む!?
『ステータスに関しましては、今のワタクシでは考えて割り振りする事もできませんし、カイト様のステータスをそのままコピーさせて頂いております』
「お、俺を……」
受付嬢が頷く。
俺のステータスはたぶん、恵まれている方だと思う。物理戦闘職としては、だが。
「お、俺……盗賊になるつもりだけど?」
『はい。でしたらワタクシも同じ職業に就かせて頂きます。ただし、ユニークスキルはカイト様にのみ与えられた物ですのでコピーは不可。技能に関してもカイト様であればこその内容ですので、こちらに関して初期技能から選択する方法にしております』
おっと、瓶投げ技能の事を忘れてたぜ。
ちょっと斜め上に望みを叶えられてしまったが、辻ポーションが出来るのは悪くない。
ヒールほど回復量は無いだろうが、ポーションで道行く人の回復をしてやれる。
感謝されたりして、それがきっかけてフレンド登録したりして、そこからパーティー組んだりギルド作ったり。
夢が広がりんぐ。
『ところでカイト様? どちらに向っているのでしょうか?』
「広がりんぐ」
『……検索完了。どこにもそのような名称の場所はございませんが』
っは!
しまった。ぼっちに慣れすぎてるもんだから、つい独り言を連発してしまう。
「い、今向ってるのは、ここから北にある採取ポイントだ。NPCなら知ってるだろ?」
『……存じ上げておりますが、敢えて正確な場所は口に致しません』
プレイヤーにとって有利になる条件を安易には口に出して言わないのだろう。
まぁNPCなら当たり前の事か。
「とにかくそこに行って薬草採取しまくって、それからレベリングする予定だ」
『承知いたしました。ではご一緒させて頂きます』
「す、好きにしてくれ」
内心ちょっと緊張しているのは、言わないでおこう。
北上すること数分、受付嬢の『あ』という声が聞こえ足を止めると、
『カイト様。只今ログインサーバーが非常に混雑をしており、入場制限が掛けられました。万が一ログアウトされますと、暫くログインできなくなりますのでご注意ください』
っと報告してきた。
ログイン戦争がヒートアップしてきたみたいだな。
っふ。だがしかし、俺は勝ったのだ!
「誰がログアウトなんかするかよ。っくくく。今のうちにスタダを決めてやるぜっ!」
『なんだかよく解りませんが、頑張りましょう』
『スタダ』
スタートダッシュの略。
尚、陸上用語のソレではございません。
MMOにおいて、オープンベータテスト等で少しでも早くログインし、少しでも他者より早くレベルを上げて優位にゲームを進めようとする廃プレイの事を指します。
オープンベータテストは「テスト」と付くだけあって、基本は「テストプレイ期間」なのですが、
ほとんどのMMOではこの期間のキャラデータを正式サービスに引き継ぐ事ができます。
その為、正式サービス開始時にスタダはもう手遅れなレベル。
オープンベータ開始初日の、オープン時間にログイン出来なければもうスタダ効果はありません。
ゲームは遊びじゃないんですっ!