27:ぼっち、先生になる。
「私はエリュテイア。オンラインゲームは初めての、剣士です」
「ココットです。オンラインゲームは私も初めてで、職業は神官ですっ」
「あの、えっと、……カ、カイトだ。盗賊やってる」
『受付嬢と申します。職業は盗賊です』
何故か平原のど真ん中で自己紹介タイムが始まった。
予想通り、この二人はネトゲ初心者だ。この分だとwikiとかにも目を通して無さそうだな。
水色の髪に薄紫色の瞳のココットは、真っ白い兎の耳のケモミ族だ。
半ズボンのお尻部分には、丸っこい尻尾も生えている。この大きさだと、俺の尻尾みたいには動かないんだろうな。
エリュテイアは髪も目も赤く、平原では目立つ存在だ。
よく見ると耳が半端に長く、ハーフエルフみたいな外見をしている。
二人の共通点は、美少女だということ。
まぁゲームなんだし、幾らでも美少女を作れるから珍しくもないけどな。
「じ、じゃーヘイトについてだけど……ヘイトってのは敵対心なんだ」
「「敵対心?」」
女子二人が同時にハモる。
頷いてから、説明の続きを始めた。
「そのモンスターが誰に一番敵対心を燃やしてるかで、モンスターのターゲットが、えっと、決まるんだ」
「あの、ヘイトスキルっていうのは、その敵対心を向上させるスキルなの?」
赤毛の剣士、エリュテイアってのが俺に尋ねてくる。
剣士ならヘイトスキルがあるから、その事を知りたいんだろう。
まさにその通りだと答えて、言葉を選びながら教えてやる。
「えーっとヘイトってのは、その、い、いろんな形があるんだ。モンスターが敵を――、つまりプレイヤーを認識した時、尤も近い位置に居る奴にヘイトが行く。その時のヘイト量は、極少数だと思ってくれ。
それから攻撃することでもヘイトは溜まる。さっきのファーストコンタクト時のヘイトより、こっちのほうがでかい。複数人で殴った場合は、ダメージ量の一番多い奴のヘイトが高くなる。
ちなみに神官の使う支援魔法や回復魔法にもヘイトがあるぞ。支援魔法は大抵のゲームの場合ヘイトは少ないが、ヒールヘイトは割りと大きいのでヒーラーも気をつけなきゃならないんだ」
はぁはぁ。い、一気に喋ったぞ。
こんなに長く人と話したのは、はじめてじゃね?
ちゃんと理解してくれただろうか。兎女子に視線を向けると――
「えぇ!? どうしてですか?」
兎女子のココットが眉間にしわを寄せて声を上げた。
どうしてっつってもなぁ……。そういう仕様だし。
『ココット様。モンスターになった気持ちをお考えください。せっかく相手にダメージを与えてやったのに、横から回復魔法を飛ばされてしまったら、どう感じますか?』
「え? えーっと……皆仲良くしようよ?」
『え?』
「え?」
「は?」
「その子ちょっと天然なの」
「『なるほど』」
「えぇー? どういう意味なんですかぁ?」
受付嬢の努力も水の泡だな。
まさに彼女の説明はそれを言いたかったんだろうけど……。
「だからさ、幾ら殴っても横から『ヒール』されたんじゃ、倒せないじゃねーか。倒せないのはヒーラーのせいだ、くそったれ! ってなるんだよ。それがヒールヘイト」
「怨まれちゃうって事ですか? じゃ、戦闘中は『ヒール』しない方がいいのかなぁ?」
「いや、ちゃんと対処手段あるから……」
首と長い耳を傾げたココットに不安を抱かずにいられない。
これが天然って奴なのか。
天然キャラに若干の萌えを抱いていた俺だが、これは萌えられない。無理だ。
しかも見た目が幼すぎるからなぁ。
まぁこれはケモミ族特有の外見だから仕方ないんだろうけど。
身長は130センチぐらいだろうか。外見年齢も12、3歳。
幼女とまでは行かないが、どう見てもただのガキだ。
救いを求めるかのような瞳で見つめてくるココットに対し、俺の視線はエリュテイアへと向ける。
「ファス……ファーストコンタクトによるヘイトよりも、攻撃によるダメージヘイトよりも、そしてヒールヘイトよりも高いヘイトを出せるのが、エリュテイアの行ってたヘイトスキルだ」
「それって、剣士のスキルよね?」
「あぁ、そうだ。元々ヘイトスキルは剣士にしか無い。それは剣士が、パーティープレイにおいて盾役に向いた職業だからだ」
「『タウント』の意味がよく解らなかったけど、敵対心を自分に向けて仲間を守るためなのね」
「そうだ。ソ、ソロ狩りの時には、まったく役に立たないスキルだけどな」
なので俺が他ゲーで戦士系職業をやった時には、ヘイトスキルなんて取らなかった。
ヘイトは攻撃を与えれば蓄積されていく。総ダメージ量が一番多いプレイヤーにヘイトが飛びやすいので、それを防ぐためにもヘイトスキルは多用する必要がある。
尤も、雑魚的相手には最初の一発目に『タウント』を使えば十分なんだけどな。
それもせずにココットが『ヒール』したもんだから、交戦中以外のモンスターがココットに狙いを変更したって訳だ。
二人してヘイトを知らなかった結果の、グダグダ戦闘だな。
更にエリュテイアの方はスキルの使い方も知らなかったみたいだし……ってか、ココットに聞けば良かったんだよ。
なんて話すと、二人が同時に顔を見合わせて笑いだした。
笑い事じゃねーって。ゲームは遊びじゃねーんだぞっ。
でも他人にこれを言うとドン引きされるって、『にゅちゃんねる』でも話題になってたから誰にも言えない。
「よしっ、次は上手くやってみせるわ」
「うんっ。私も『ヒール』だけじゃなく、一緒に殴るね」
「だ、大丈夫か? この辺はモンスターの数も多いし」
『よろしければパーティーを組んで、戦闘訓練をしますか?』
「え? いいの?」
「わぁー。二人が一緒なら、心強いです」
「え? いいの?」
二度目の「いいの?」は俺の言葉。
俺、知らない人たちと……パーティー、組めちゃうの?
「敵が一匹なら『タウント』の必要は無いぞ」
「う、うん。解ったっ」
『ココットさん、戦闘開始前に支援スキルを全員に掛けて下さい』
「は、はいぃー」
「コ、ココットの準備が整ったら、エリュテイアは手近なモンスターを『石投げ』で釣ってくれ」
「い、石を投げるのね……も、もういいかな?」
「ま、待ってぇー。これで最後だから『ブレシング』。いいよぉ~」
「行きますっ」
ヒュンっと投げられた小石が、禿げ上がった鶏のようなモンスターに当たる。
《コッコケーッ!》
2ダメージしか食らってないのに、やたらと怒りくるって突進してくる。
羽根のほとんどは無くハゲタカの鶏版って感じだな。焼けば美味そうだ。
「ヘイトスキル使わないなら、どうすればいいの?」
「普通に攻撃スキルでいい。ダメージ与えれば、それもヘイトになるんだから」
「そ、そうかっ」
エリュテイアは気合を入れて『スラッシュ』と叫んでスキルを放つ。
俺と受付嬢は『スティール』をしたり、『石投げ』で2ダメージを与える。
エリュテイアとココットのレベルが18。俺と受付嬢は25だ。
まともに攻撃したらダメージヘイトで呆気なくタゲを取ってしまうからな。
『エリュテイア様、複数のモンスターがこちらに向ってきていますっ』
「解った。えーっと、スキルの有効範囲に来たら――『タウント!』」
《ゴケッコー》《コケェー》《コォーッコッコッコッコ》
「上手いぞ! 3匹全部、ちゃんとヘイト取れたぞっ」
「やった!」
新たに湧いた鶏――『草原コッコ』が3匹加わったが、エリュテイアの『タウント』が見事に決まって彼女の方へと狙いを定めた。
最初の一匹目に俺が止めを刺し、3匹とエリュテイアが対峙する。
「えぇーい!」
『あっ、ココット様いけません。攻撃はエリュテイア様と同じモンスターにしなければ。ヘイトスキルが入っているとはいえ、ダメージの蓄積でヘイトを上回るやもしれませんから』
「そ、そうだった。ってへ」
ってへ――で済まされてしまうとは……それでパーティーが決壊したら、ってへ――じゃ済まされないんだぞ。
だがまぁ、杖の攻撃力なんてたかが知れている。今回は『ってへ』で済ませてもいいだろう。
何度か戦闘を繰り返すうちに、二人の動きも随分様になってきた。適応力が高いんだろうなぁ。
「スキルって、実は叫ばなくても打てるのね」
「あぁ。動作でも発動できる。ただし、物理攻撃に限ってなんだけどな」
「じゃー、魔法はやっぱり呪文を唱えないといけないんですかー?」
「呪文っつーか、スキル名だけでいいんだけど……」
「えー? でもさっき、なんちゃらかんちゃら~って、呪文みたいなの唱えてた魔法使いさん見ましたよぉ」
……居るよな。魔法使い系には、そういうなりきり系プレイヤーが。
まぁ詠唱時間の長いスキルだと、間を持たせるためだったり、詠唱時間を計る意味でも呪文を勝手に考えて唱えるってのはあるらしい。
俺が魔法使いやる時には、そんな恥ずかしい事はしなかった。
戦闘以外でも、知ってて損の無い情報を二人に教えつつ、気が付けば昼の12時を過ぎていた。
「しまった。装備の受け取りに行かねーと」
「え? 約束でもあったの?」
「あぁ。NPCに装備の生産依頼をしていたんだ」
『カイト様、あと1時間半ほどで連続接続時間上限になります』
「だぁー、そっちもあったかぁ。悪ぃ、俺らはこの辺で抜けるわ」
「あ、うん。いろいろ教えてくれてありがとう」
「本当にありがとうございます。モンスターと戦うのも、凄く楽になりましたぁ」
『お二人は大変飲み込みも早く、きっと立派なプレイヤーになられることでしょう』
立派なプレイヤーって何だよ。
そうつっこみを入れたい衝動だが、ここは急いでカジャールへと戻る事に。
ココットはペコペコと頭を下げ、エリュテイアは深々と一礼をする。
俺も軽く会釈してから、カジャールに向って歩き出した。
『ご機嫌でございますね』
「ん? そうか? ふふんふんふん♪」
もちろんご機嫌だ。
生まれて初めて『人』とパーティーを組んだんだ。
それに、ヘイト講座でもスムーズに喋れてたし、俺って案外、コミュ障じゃなかったりして?
たまたま人と会話する機会が少なくって、自分でそう思い込んでただけかもしれねー。
『カイト様はワタクシとの会話ではどもる事はありませんのに、プレイヤーの方と会話すると、何故口調があぁなるのでしょうか?』
「え? なってたか? すっげースムーズに話せてたと思ってたんだが」
『先ほどのお二人との会話も、最初のうちはどもっておりましたよ?』
うーん、そうだったのか。俺的にはすっげーバッチリだったんだが。
受付嬢の話だと、段々と会話もスムーズにはなっていたらしい。
うーん、慣れの問題だろうか?
だがそうだったとして、慣れさえすれば喋れるって事だよな!
これは大発見だ。
ぼっち脱却への、大いなる一歩だぞ。
『カイト様、ご機嫌でございますね』
「ふふんふんふん♪ まぁな」
尻尾をぶんぶん振り回し、前方に見えるカジャールへとスキップしながら急ぐ。
『人間のお――方が、やはりう――うか?』
「ん? なんだ、聞えなかったけど?」
後ろからついて来る受付嬢の声は小さく、上手く聞き取れなかった。
振り向いたが、彼女は首を振って『なんでもございません』とだけ答えて俺を追い抜いていった。
スキル解説
『タウント』
自身を中心に半径3メートル内の敵に対し、敵対心を与えるスキル。
ダメージを与えたりするものではない。剣士専用。
『スラッシュ』
武器に魔力から変換したオーラを纏わせ、強力な斬撃を放つ物理攻撃スキル。
剣士専用。
『シールド・スタン』
盾を敵対象にぶつけて弾き飛ばす物理攻撃スキル。
高い確率で敵をスタン(昏倒)状態にする事が出来る。
剣士スキル・盾技能スキル
『ブレシング』
一定時間、全ステータスを上昇させる支援スキル。
効果時間・ステータス上昇値はスキルレベルに依存。
神官専用。
盗賊のスキル説明はしてないのに他職のスキル説明をなんとなくしてみる。
つまり後書きに何か書きたいのに書くネタがないからというオチ。




