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20:アァーッ!

真面目なサブタイトル:学習するNPCたち

 工房に向う途中にあった、笑顔がステキだった女の人の居る防具屋へと向う。

 暫く歩くと、道端で井戸端会議を行う中年女の二人組を見かける。

 こちらも『口パク』だけで、実際に声を出していない。

 おいおい、そこかしこのNPCが『マザー』と会話してんのか?

 とも思ったが、以前から声なしNPCが居たのを思い出した。

 NPCの声は声優による吹き替えだが、全NPCに対して声を当てていたんじゃ、膨大な時間と出演費用が掛かってしまう。だから、売買関係、イベント関係、あとは重要な演出を行うNPC以外は声が無く、雑多な音だけがなんとなく聞こえるようなシステムになっている。

 っと、クローズドベータの時にGMゲームマスターから聞いたな。

 ま、他のVRでも同じようなもんだし、違和感も無いんだが。


「声があったとしても、どうせ旦那の愚痴を言い合ってるだけだろ」


 井戸端会議のおばさん達とすれ違い様、相手に聞こえるように呟いてやった。

 そうしたところで、相手は喋れないんだ、文句を言われる事もないだろう。

 

 お、前方に防具屋発見。

 工房近くにある防具屋なんて、この店だけだから間違いないだろう。

 見つけたぞ――そう言おうと受付嬢を振り返った時だった。


「――そうなのよ。うちの人ったら酒癖が悪くってぇねー」

「うちもよぉ。この前なんて仕事場の人と飲んで酔っ払って、食堂のテーブルを壊しちゃったんだから」

「家の事なんて何も手伝いもしないくせに、余計な事ばっかりするんだから」

「「ねー」」


 ねーって、何急に喋りだしてんだ?

 しかも俺が言った内容、まるでそのものじゃねーか!?

 タ、タイミング的にたまたまだったのか? たまただ会話のロールバック中だったとか? 旦那の愚痴に関しては、このシチュエーションだし、安易に想像できるからいいとしてもだ。

 たまたま……だったんだろうか……。


『お待たせいたしました。……カイト様? どうかなさいましたか?』

「っへ? あ、お、おかえり」

『はい、只今戻りました。いえ、最初から私はここにいましたが。それより、怪訝なお顔をなさっておいでですが』

「おぉ、尻尾じゃなくって、顔で判断してくれたか。いやな、あそこのNPCが――」


 口ぱくから喋り始めたまでの下りを受付嬢に話した。

 すると、思いもしない言葉が返ってくる。


『あの方々は確かに声を持たない演出用のスタッフです。しかし、声が無いのに演出とはおかしい。っと仰ったプレイヤーの方がおられまして。それで、『マザー』が演出用スタッフにも学習機能を与えたのです』

「学習する、NPC? 俺が言った言葉を聞いて、それを実行したってのか。じゃ、声はどこから?」

『声はプレイヤーの皆様の声を解析し、さまざまな音を作り上げたのです。スタッフの外観に合わせて、イメージに合う音を当てております』

「マジかよ……お前の声もそうなのか?」


 きゃぴきゃぴした印象ではなく、落ち着きのある淑女。そういう印象の声だ。


『ワタクシの声は声優様の声を解析して作られております。イメージにそぐわないでしょうか?』

「いや、合ってると思うけど。今更変えられたら、違和感しかねーし」

『よかったです。ところでカイト様、目的のお店があちらに――』

「あぁ、俺も見つけた。行くぞ」

『はい』






 両開きの扉を潜った先は、やけに薄暗い店内だった。

 にっこり微笑んでいた美人が居るお店――そういう印象だったんだが……。

 薄暗い店内。カウンターの奥に浮かび上がる影が――


「いぃ〜らぁ〜っしゃいまぁ〜〜」

「っひぎ!」


 カウンターの奥に居たのはあの美人NPCではなく、しわまみれの顔と、抜けた歯を惜しげもなく晒すばばあ。

 何故かカウンター台の上に正座しているが、アニメなんかでよくある頭身を無視した低身長で、大きな招き猫ぐらいだと言ってもおかしくないサイズだ。

 そんなばあさんの傍らには何故か蝋燭。

 にぃっと笑うと、金歯が蝋燭の光を反射させてきらりと光った。


 正直、怖い。

 

『おばあさまはここのご店主でいらっしゃいますか?』


 怖くないのか、受付嬢は。平気な顔して妖怪ばばあに話しかけている。

 妖怪ばばあは更に金歯を光らせて笑うと、ゆっくり顔を左右に振った。

 いちいちリアクションが不気味なんだよっ。


「じ、じゃー、店主はどこだ?」


 俺の問いにまたもやにぃーっと笑って俺を指差す。

 ……だめだこりゃ。ボケてやがる。

 

 だが次の瞬間、背後に異様な殺気を感じて身を翻した。

 身構えた俺の目の前に、分厚い胸板が迫る。


 ぁ、アァッー!?


「何かようか小僧。事と次第によっちゃー、生かして返さねーからなぁ」


 バキバキを指を鳴らす男は、もみ上げから顎の先まで立派な髭に覆われた熊――だった。

 その熊に対し、何食わぬ顔で歩み寄る受付嬢。


『あなた様は店主様でいらっしゃいますか?』


 首を傾げて可愛い素振りを見せる受付嬢を見て、熊が一瞬たじろいだ。

 

「お、おう、そうだが……あんた、まさか客か?」

『はい、客でございます』


 おいおい、『まさか客か」って、どういう意味なんだよ。

 いや、何となく解った。

 薄暗い店舗。店番をする妖怪ばばあ。どう見ても流行ってそうには見えない。

 実際、客なんて一人も居ないし。


 客だと解ると、途端に熊の態度が一変。ただし受付嬢相手に限ってではある。

 何故か俺に対する敵対心ヘイトを解除しようとはしていない。


「店に有るものはなんでも見てくれ。試着も自由だぜっ」

『あの、ご店主。この度は職人を探して来店した次第ですが、あなた様は職人でいらっしゃいますか?』

「ん? 職人? あぁ、俺は裁縫職人だぜ」

「っぶ! さ、裁縫!?」


 どう見ても鍛冶だろっ。その無駄に着いた筋骨逞しい腕で、縫い物とかすんのか?

 そう思った瞬間、何故か俺の脳裏にお姉キャラが浮かび上がる。

 このおっさん……まさかっ!


「俺が裁縫職人だったら、何か問題でもあんのか? あぁ?」


 だから指をバキバキ鳴らすの止めろよ。関節太くなるぞ。

 上から見下ろす熊おっさんに負けじと、俺も眼を飛ばして応戦。

 っく、189センチの俺が見上げなきゃいけねーとは。2メートル超えかよ。


『あの、ご店主。カイト様がお持ちになっている『ムーンモスの繭』を素材に、装備を作っていただけるかお聞きしたいのですが』


 その言葉を聞いた途端、熊の動きが止まった。呼吸すらしてないんじゃねーかって思うほどに、ピクリともしない。

 いや、そもそもゲーム内のNPCだけじゃなく、プレイヤーですら呼吸とかしてんのか?

 っとか思っていたら、熊のおっさんの姿が歪んだ。

 な、何が起きた!?

 だが次の瞬間には動き出し、熊の目の色が変わる。まるで新しいおもちゃを見せられた子供のように。


「な、何!? 『ムーンモスの繭』だとっ。小僧、お前それを持っているのか?」

「あ、あぁ。持ってるけど」

「つまり奴を倒したってのか、夜のあの森で!?」

「あ、あぁ」

「その繭で俺に最高の装備を作ってくれと、そういう事なのか!? いや、最高の装備がほしいからこそ、俺の所に来たんだよなぁ?」


 ちょ、後半まるで脅迫なんだが?

 筋骨逞しい熊おっさんに凄まれ、それでも俺は引く事無く睨みつけた。

 久しぶりだ、こんな緊迫感のある試合前の睨みあいは。


《町中での戦闘行為は禁止されています》


 ……NPC相手にも出るのか、この警告。


「っふん。良い目をするじゃねーか。よし、俺の質問に素直に答えたら作ってやらなくもない」

「え? マジか」

「あぁ。マジだ。質問というのはだな、お前がこの店を選んだ理由だ」


 理由? なんでそんな質問を――まぁいい、素直に答えてやるよ。


「他の武器防具屋は町の中心部に集中している。これはたぶん、利便性を考えての事だろう。買い手としちゃ、確かに便利な場所にある店が利用しやすい。だが――」


 俺の目的は職人探しだ。

 工房から近い店ってことは、店主が工房を利用しやすい位置に構えたって事だろう。つまり店主は職人だ。

 っと予想してこの店を選んだ訳だ。

 

「……当たりだ。若い時には自分専用の工房を持てていなかったから、せめて工房に通いやすい位置にと、この家を買ったんだ。っち、小僧、解ってるじゃねーか。職人ってものを」

「え? じゃー、作ってくれるのか?」


 熊が……笑った。

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