1:ログインを制するもの
世界初、システムに人工知能を搭載させたVRMMO【Let's Fantasy Online】、通称『レッツ』のオープンベータテストが10分後に開始される。
【Let's Fantasy Online】の全裸で待機スレを閉じ、俺は自分のベッドの上に寝転んだ。
なんか廃人リストに俺と同じ名前があったが、『カイト』なんてありがちな名前だし、別人だろう。
きっと半角のカイトだったり記号付きのカイトだったりするんだ。
ヘッドギアを装着し、電源スイッチをONにする。
時計ではなく、ストップウォッチをセットしカウントダウンを開始させた。
時間はオープンベータが始まる1秒前にセットしてある。
音を止めて直ぐに、今度はログインボタンを押す為だ。
全裸で待機なんて馬鹿な事はしない。風邪を引いて熱でも出そうものなら、ヴァーチャル世界へのダイブが出来なくなるからな。
物心つく前から空手やら柔道やら剣道を習わされてきたお陰か、体だけは丈夫に出来ている。
そこん所だけは感謝しよう。
だが……俺は死んだじーさんを怨んでいる。
月曜日から日曜日まで習い事のオンパレードだったお陰で、子供らしい遊びの一つも出来なかった事を。
当然漫画やテレビも見せてもらえなかった。
そのせいで、クラスメイトとはまともに会話もできない、ぼっち体質になってしまった事を。
「っと、いかんいかん。糞じじーの事なんて思い出して心を乱していたら、スタートダッシュに勝てなくなるぞ」
ネトゲにおいてスタダは大事。ちまちまやってたらすぐさま狩場は大混雑になる。
それを避ける為にも無駄なクエストは完全スルー。
美麗な景色を堪能するとか、もっての外だ。
更に言えば、キャラクター作成で時間を掛けるのも問題外っ。
問題があるとすれば……
「クローズドベータに参加したテスターに送られる、アバター用の福袋か。キャラ作成時にしか開封できないんだったよな」
4000人という限定人数で開催されたクローズドベータテストに俺は参加してるから、福袋が貰えてる筈だ。
どうしても開封作業で多少のタイムロスを生むかもしれないな。
まぁ仕方ない。
ササっと開封して受け取ればいいだろう。
そしてストップウォッチの残りタイムが30秒になる。
ネットに接続されているのを確認。
残りタイム10秒前。
ストップウォッチのボタンに指を掛ける。
残りタイム5秒前。
ゲームへの接続ボタンに触れる。
3……
2……
1……
0――速攻で音を止め、ログインボタンを押すっ。
ログインサーバーは時間ピッタリに開いた。
オープンベータテストとしては、なかなか優秀なスタートじゃないか。
さぁっ、
ログイン戦争の始まりだ!
一斉に大勢のプレイヤーがログインサーバーに接続するからな。すんなり受付ロビーに入れるとは限らない。
――と思ったら一発で入れたよ。
幸先いいスタートだぜ。
『おめでとうございます。あなた様は【Let's Fantasy Online】のログイン受付ルームに最も早くご到着された方です』
古めかしい雰囲気をかもし出す、木造の建物内。
ログインサーバーの受付であり、正面のカウンターの奥には綺麗な女の人が立っている。
天パ気味の濃いグレーの長い髪。メイド服はクローズドベータでも見た衣装だが、外見は別人だな。
色白というよりは、若干蒼白いような肌で、表情はまったく無い。
彼女の蒼く澄んだ瞳だけが、かろうじて生気を感じさせていた。
「そんな講釈はいい。さっさとキャラクター作成を始めてくれ」
誰よりも早くゲーム内にログインして、誰にも見られる事無くあの場所に行きたいんだっ。
そんな俺の心境を知ってか知らずか、受付カウンターの奥に立つNPCが言葉を続けていく。
しかも、ゆっくりと。
『ログイン受付ルームへ真っ先にご到着されたという事は、それだけ【Let's Fantasy Online】に対する情熱をお持ちだという事――』
あー、っ糞。
1分1秒でも時間が惜しいってのに。
「なぁ、もっと早く喋れないのか? あと、説明は簡潔に頼む。俺は少しでも早くゲーム内にログインしてーんだから」
『……承知いたしました。この受付へと最初にご到着されたカイト様のお望みを叶えさせて頂きます。内容は、ゲームバランスを著しく損なわない範囲でありましたら、なんなりとお申し出ください。今すぐにではなく、キャラクター作成後までにお考え下さればよろしいので』
うぉ。いきなり早口になりやがった。
で、できるじゃんかよ。
「じゃー早速、キャラ作成」
『カイト様はクローズドベータテストへの参加者様でいらっしゃいますね。ありがとうございます。特典としてアバター用の福袋が――』
「直ぐに開封してくれ」
説明をだらだら聞いている余裕は無い。
「かしこまりました」と受付嬢が言うとどこから取り出してきたのか、赤いリボンで結ばれたプレゼントボックスを手にしていた。
福袋なのに箱なのかよ。
っというツッコミは置いといて――受付嬢ののんびりとした動作がイラつく。
奪い取ってばりばりと包み紙を破り捨て、箱を開封。
「紙切れ?」
中にあったのは、映画の前売り券のようなチケットだ。
それを見た受付嬢が素早く反応する。
これまたどこから取り出したのか、紅いリボンが巻かれた金色のベルをガランゴロンと振り鳴らした。
『おめでとうございます。レジェンド級レアアイテム【種族:ケモミ族男の解放チケット】でございます』
祝っているようにはとうてい見えない鉄仮面の受付嬢は、クラッカーまで取り出して辺りにゴミをぶちまける。
種族解放チケットって……またなんて微妙なアイテムを。
本来、男のプレイヤーはケモミ族を選択できないはずなんだが、福袋のレア限定で選択できるようになるってことか。
正式サービスが開始されりゃ課金も始まるし、福袋が買えるようになるだろう。
それまではクローズドベータ特典でしか出ないから、かなり希少種族かもしれん。
だからってなー、耳と尻尾持ちなんて、恥ずかしくてやってられっかっ。
「チケットとかどうでもいい。さっさとキャラを作らせろ。カスタマイズは無し。髪の色も目の色もこのまま。名前はカイトだ」
要件だけ伝えて、なんとなく新しく追加された『ケモミ族』の項目が気になった。
一応最上級のレアアイテムだ。せっかく引き当てたレアを、何も見ずにキャラ作成を終えるのは勿体無い。
どんなのがあるか、見ながら続きの設定をしよう。
『ではカイト様。技能を決めていただきます。ですが、クローズドベータ時とは技能の設定方法が異なりまして』
「え? 違うのか?」
耳だけは受付嬢へと向け、視線は可視化されたキャラクリエイトのシミュレーターのほうに向いている。
ケモ耳と言えば王道の猫と犬。これだけでも10種類はある。兎も5種類ほど。
マニアックなところだと、カンガルーとかあったんだが……尻尾が太くて武器になりそうだ。
最後は狐か。これまたメジャーだよな。
『一つはクローズドベータ同様に、基本技能15種類からお好きなものを5つ獲得して頂く方法です。もう一つはご本人の潜在能力を既存する技能に当てはめたものです。何かしら優れた能力をお持ちの方でしたら、こちらを選択するという方法もございます』
「潜在能力? なんかメリットはあるのか?」
『はい。メリットとしては、技能レベルが1.5倍の速度で成長する事です。デメリットとしては、レベル20毎に追加できる基本技能を得る事ができなくなります』
デメリットもあるのかよ。
面倒くせーな。
で、俺の潜在能力って、どんな技能があるんだ?
『カイト様は身体能力に優れていらっしゃいますね。幼少期から何か特別に習っておいでですか?』
受付嬢は無表情でそう言う。
その言葉が俺をどれだけ動揺させただろうか。
「い、いいから技能をさっさと教えろよっ」
『申し訳ございません。カイト様の技能は【格闘】【忍耐】【瞬身】の三つです。如何致しますか?』
「どれも基本技能には無いな?」
『はい。こちらは上位の派生技能となっております。派生技能を最初から持つというのは――』
「説明だけでいい。頼むから余計な時間を掛けないでくれ」
『申し訳ございません』
【格闘】はずばり、格闘技術を向上させる技能で、ステータス的には筋力《str》や回避率を上げ、肉弾戦の攻撃スキルなんかが発生したりするらしい。
職業スキルと違って、スキルポイント制ではなく、レベルが上がるとスキルが発生するかもしれないという事だ。
スキルを発生させられるかどうかは、戦闘での行動次第ってことで、なかなか曖昧だ。
【忍耐】は体力《vit》を上げ、防御力の底上げもやってくれる。
VITを上げるつもりは無かったが、技能で勝手に上げてくれるなら有り難い。
【瞬身】は敏捷《agi》と攻撃速度と移動速度、それから回避も上げてくれる技能だった。
この【格闘】【忍耐】【瞬身】で上がる回避率や防御力、攻撃速度、移動速度は技能レベル×1が上昇するという。
基本技能の場合は0.5上昇だったから、上位派生の優秀さがよく解るな。
「良い面もあるが、微妙な所もあるな。技能レベルが低いうちはどれも効果が薄いだろうけど……いろいろ悩んでる時間が勿体無い。1.5倍で成長するっていうなら、これにしとくか。なぁ、生産系の技能は取れるんだろうな?」
『はい。基本技能以外のものは、派生上位技能でも修得する事が出来ますのでご安心ください』
よし、安心した。
次はステータスだ。
「まさかステータスもクローズドとは違うのか?」
『左様でございます。簡単にご説明いたしますと、ステータスの設定方法には二種類の方法がございまして。一つはご自身の実際の能力を数字化して採用したもの。もう一つはステータスポイントを自由に割り振りできるものです』
「ちなみに俺の能力を数字化するとどんな風に?」
『……筋力《STR》18、体力《VIT》17、敏捷《AGI》18、器用《DEX》15、魔力《INT》5、信仰《DVO》5、幸運《LUK》10となります』
「ボーナスを振り分ける場合、何ポイント貰えるんだ?」
「70ポイントです。振り分ける際には、各ステータス最低でも5は割り当てて頂きます』
ここはクローズドと同じか。つまり俺の魔力と信仰は最低水準って事だな。
自分の能力の数字化だと合計ポイントが88になる。
って事は当然――
「数字化のほうで頼む」
『かしこまりました。……設定完了。キャラクター作成を終了しますか?』
ここでYESと答えればもう設定の変更はできない。
もちろん答えは――
「YES。終了してくれ」
受付嬢が目に見えないキーボードでも叩いているかのような動作で登録を行う。
早く……早く……。
『設定が完了いたしました。それでは、カイト様のお望みをお聞かせください』
っは!
しまったぁぁぁぁ。その事をすっかり忘れていたっ。
ゲームバランスを崩すようなのはダメっていうんだろ?
どうする……レア武器とかにするか?
いや、今レベル1だぞ。レベル1のレア武器貰ってもゴミにしかならねーし。
だからってカンストに近いレベルの武器貰っても、ずっと使えないんじゃやっぱ意味ねーし。
どうする。
さっさとここを終わらせてゲーム内に移動したいってのに。
『お困りのようでしたら……カイト様の、このゲームでの目的などをお聞かせくださいませんか?』
「は? 目的? そんなもの――」
そんなもの、初めてネットゲームに手を出した時からずっと同じなんだよ。
今まではただ待つだけだった。誰かが話しかけてくれるのを。
でも今回は違うぜ!
ぼっち脱却のために、ポーション屋を始めるんだっ。
俺もよくお世話になっているポーションだか、生産者はいつもぼったくり価格に設定してて、何気に懐がきつくなる事もある。
だがら、俺は皆に喜ばれる価格設定にして、皆の懐を支援するんだっ。
そうすりゃー
――カイトさん。いつも良心価格でありがとう。よかったらご一緒に狩りにでも行きませんか?
え? いいんですか。はい、じゃー行きましょう!
――カイトさん。フレンド登録しませんか?
え? いいんですか? はい、よろこんで!
――カイトさん。よかったら一緒にギルド作りませんか?
え? いいですねぇ。じゃあギルド名は――
なーんてなるはずだ。
俺のぼっち脱却大作戦。名付けて――
『カイト様?』
「ポーションで支援してぼっち脱却!」
『かしこまりました。検討時間を頂きますので、少々お待ちください』
え?
検討ってどういう事?
あれ?
俺もしかして叫んじゃった?
瞳を閉じて、まるで誰かと会話でもしているかのように頷いたり、首を振ったりしている受付嬢。
ほどなくして彼女の蒼い瞳が開き、俺を見つめて思わぬことを口にした。
『マザーは、カイト様にユニーク技能を一つ、プレゼントしてくださいました。この【薬品投球】はポーションを対象に投げつける事で、ポーションの効果を対象へと付与する技能です』
はいー?
他人にポーション瓶を投げて回復させるってう事か?
おい、まさかそれって……
『ポーションで支援。これでカイト様の望みが一つ叶います』
そっちかよっ!
あぁぁぁぁぁ、俺は肝心な言葉をはしょって叫んじまったのかぁっ。
ん?
今、これで一つって言ったよな。
じゃ、もう一つのぼっち脱却ってのは――。
それを尋ねるよりも前に、受付嬢が深々と頭を下げてきた。
『不束者でございますが、どうぞよろしくお願いいたします』
「はい?」
『では、カイト様を【Let's Fantasy Online】の世界へとご案内いたします』
「いや、ちょっと待て。よろしくお願いしますって、どういう事なんだあぁぁぁぁぁっ」
俺の足元にぽっかりと穴が空き、問答無用で落とされることになった。
こんなの、クローズドベータには無かったぞっ。
よろしくお願いしますって、どういう事なんだってば!
そして俺は気づいた。
落下による風の抵抗が、有らぬ所からも感じることを。
横を見ると、そこには狐色のふさふさした物体が――
「しまったぁぁぁぁぁ。ケモミから人族のアバターに戻すの、忘れてたあぁぁぁぁぁっ」
*7/24夜:上位派生技能の数値上昇を+0.5と表記していましたが、+1に修正しました。