エピローグ
病院のベッドで目を覚ましたその日。
親父とお袋がやってきて、まずお袋にビンタされた。
一発じゃあ気が収まらなかったようで、二発目のビンタ態勢になったとき、親父が必死に止めに入ったのがちょっと……ぐっときた。
それからお袋が泣き出すもんだから、こっちまで……。
べ、別に俺は泣きたかった訳じゃない。
お袋が泣くからつられただけだ。
暫くして、どうして俺が病院にいるのか尋ねてみると……。
「ゲームしたまま、全然起きてこないんだもの。でもヘッドギアっていうの? あれ無理やり外すと危ないんじゃないかってお父さんが」
「いや、そういう記事を見たことがあったからね。何年か前だけど。無理やり外すことで、脳への影響が出る、と」
「それでね、どうしようかお父さんと相談していたら、救急車が来てね――」
つまり、運営会社が提携している病院その他に連絡し、ログアウト出来ないプレイヤーを搬送した……と。
ユーザー登録時には嘘の住所を入力しても、プレイすることはできない。
プレイ前に入力しなきゃならないシリアルコードは、郵送されるからだ。
受け取りはコンビニや郵便ロッカーでも出来ず、自宅のみでしか受け付けて貰えない。
なにもこのゲームに限ったことじゃない。法でそう定められたからだ。
数年前、ログアウトが出来なくなりユーザー登録に書かれた住所の下へ救急車が向かったが、該当する住所は無く、数日後、ヘッドギアを装着したままの死者が出た。
それからユーザー登録に虚偽の情報を書き込めなくする法律ができたぐらいだ。
翌日はお袋がずっと病室にいて、何故か監視されるはめに。
どうやらヘッドギア装着=プレイ時間が長すぎたので、現実とゲームとの区別が出来なくて暴れ出すかもしれないから……だそうだ。
「結局、あれからまだ五日しか経ってなかったのか」
「なにが"まだ"よ。五日も経ってるのよ」
「ゲームん中じゃ、数か月も経ってたんだけどな」
そういうと、お袋は首を傾げていた。
説明するのも面倒くさいから、とりあえず寝る。
これも連続プレイの弊害なのか、体がやけに重く、そして眠い。
体……鍛えてたのにな。
そうか……五日しか経ってないのか。
三日もすれば体もちゃんと動くようになった。
この病院には、同じ区内に住んでいた他のプレイヤーも入院していると両親が言っていたが……。
俺が意識を取り戻す前日から、目覚めるプレイヤーが出始めたらしい。
既に入院しているプレイヤー全員が目を開けているが、俺は比較的遅いほうだった、と。
ただし、目覚めてからの肉体的な回復量は抜群で、初めての訪れたリハビリステーションでは未だふらふらする奴がいるなか、腕立て伏せ、懸垂、宙返りとやって見せると歓声が上がる。
「カイトが目立つようなことするなんて……やっぱり頭の検査をもっとしてもらうべきかしら」
などとお袋が言うので自粛しよう。
その夜――。
面会時間が終わった頃、個室をノックする音が聞こえた。
お袋か親父だろうか?
でも面会時間は終わってるし……。
あ、もしかして運営の人?
「ど、どうぞ」
返事をしてそっと開いたドアからは、同じ年ぐらいの男が顔を覗かせた。
着ている服がパジャマだというのがすぐにわかる。ってことは運営じゃない?
「わっ。キャラメイクそのまんまだ」
「はい?」
男はずかずかと病室に入って来てベッドに腰を下ろす。
なんだこの男。めちゃくちゃ図々しくないか?
「カイトさぁ、もう少しキャラメイク弄ったほうがいいよぉ。狐の耳と尻尾が無いってだけで、まんまじゃん」
「なっ、なんで俺の名前を!? あ、病室の前のプレートか」
「いや、無いよ。ボクらみたいに『Let's Fantasy Online』絡みで搬送されてきたユーザーってのは、名前を非公開されてるからね」
「へぇ……は? じ、じゃああんたも?」
同じプレイヤーだったのか!?
いや、だからって人様の病室に入って来て、いきなりベッドに座ってんだぜ?
誰だよこいつ。
「なんか睨んでるね……あ、そうか。ごめんごめん。こっちはさ、見知った顔だったからついゲームの時と同じように話ししちゃったと。ボクの名前はナツメ。夏目悠斗」
「ナツ……え? え? えぇ!?」
ナツメと名乗った男がにまにまと頷く。
あのナツメなのか!?
「いやぁ、リハで見たとき驚いたよ。ボクだってまっすぐ歩くのがやっとで、まだ駆け足すらできないってのに。なにあの懸垂?」
「い、いや……ま、毎日やってたからさ」
「……確かに凄い筋肉だね……ボディービルダー? にしてはガチムチでもないし。細マッチョだよね」
「お、お袋が栄養士で……あと死んだ糞じじいが格闘マニアで……」
「うわぁお」
ナツメ……だとわかると、何故か落ち着いた。
それから消灯時間ギリギリまでいろいろ話をした。
この病院には教授――モリアーティーもいるという。
彼の元々の知り合いが『Let's Fantasy Online』をやっていて、その知り合いはまた別の病院に。
その知り合い伝手に、たぶんクィントがそこにいるらしいと。
「看護師さんをナンパする外国人がいるんだってさ」
「クィント決定だな」
都内じゃなく、他県に住んでいた人たちもいる。
全員が最寄りの病院に運ばれているだろうから、誰がどこの病院に入院しているか……まではわからない。
だが教授は既に、シェアメンバーの半数以上と連絡が着いたと。
「ど、どうやって?」
「公式サイトの掲示板でだけどね。ユーザー同士で連絡が取れるよう、掲示板が設置されてるんだよ」
掲示板を使って連絡が取れたメンバーは、東西南北、いろんな県を跨いでいたようだ。
連絡が取れないメンバーはおそらく、単純に公式掲示板を見ていなかったり、ネット環境にない状況なのだろうと。
実際俺もナツメもスマホは手元になく、ネットは見れない。
ただ全員……。
「体は鈍ってるけど、元気だってこと」
「鍛え方が足りないんだよ」
「いやいや、カイトが異常なんだって」
そう言って、俺たちは笑った。
あぁ俺……人と面と向かって、ちゃんと会話出来てる……。
これもあいつのおかげ……だよな。
ありがとう……受付嬢。
3/30:本日書籍版「ぼっち脱却」の発売日です!!
ぜひともお手に取って頂けると嬉しいです><
また、異世界転生・転移の新作「転生魔王は全力でスローライフを貪りたい」もよろしくお願いします。




