12:トレース・クシュリナー○
サブタイトルネタがいったい何人の読者が理解できるのか……
周囲がざわついていたのは、こいつのこの引き攣った――いや、凄んでいるような笑顔が原因か?
「――って、こわっ! その顔怖ぇーって!!」
美人なだけに、凄んでいるような笑みは怖いって!
道理でプレイヤーが逃げる訳だ。
『怖い、ですか?』
「あぁ、怖い。もっとこう、なんっつーか、こういう笑顔だよ、こういう」
俺がお手本を見せてやる。
ざわざわ。
ん? またか?
『はい。ワタクシはカイト様の笑顔をトレースして実行しているのですが』
「トレース?」
つまり映してるのか。俺の笑顔を……。
はぁ?
こ、こんな凶悪な笑顔をしているのか、俺は!?
『こうでございますよね?』
そう言って受付嬢が顔を凄ませる。口の両端が吊り上がり、血走った目でニヤっと笑っているようにしか見えない。
ざわざわ。
まさか、俺達が笑顔を作ると周囲がざわつくのか?
よーっく耳を済ませてみると、
「怖ぇー。ダブルで怖すぎる」
「有り得ない。あんな美人なのに」
「ケモミ族の男の人って、NPCかと思ったわ。あんな怖い顔のNPCが露店とかする訳無いよね。売れる訳ないもん」
「あの狐男なんだよ。ケモミの男プレイヤーとかいんの? あの恐ろしい顔って種族特性でもあんのか」
「きっと何かの呪いよ。呪いなんだわ」
「美人……踏まれたい」
変なのも聞こえてきたが、大筋で「怖い」という意見ばかりだ。
拙い。これならまだ無愛想なほうがマシかもしれん。
どうする……俺の方はたぶん、生まれ育った環境によるものだろうから、直ぐにはちゃんとした笑顔なんてできねーぞ。
せめて受付嬢だけでも……。
そういや、トレースしてるって言ってたな。だったら――
「お、おい。ちょっとこっち来い」
『はい』
真顔に戻った受付嬢とござの上に座り込み、チャットで文字通信をする。
《to.受付嬢:人に聞かれるとアレだからこっちでな》
《from.受付嬢:はい》
《to.受付嬢:お前、俺の表情をトレースしてるんだろ?》
《from.受付嬢:左様でございます。ワタクシはサポートAIですので、喜怒哀楽をインプットされておりません。ですので自ら学習するために、カイト様の表情言動を観察させて頂いております》
監視じゃなく観察されていたのかよっ。
って、人相の悪い笑顔は全部俺のせいだったのかぁぁぁっ。
……っく。俺じゃダメだ。
やっぱ他の奴をトレースさせねーと。
《to.受付嬢:俺じゃなく他の奴の笑ってる顔をトレースしろ。俺はその、表情があまり表にでない人間だから》
無茶ないい訳をする。あながち間違ってはないはずなんだが、まさかあんな笑顔だったとは思ってもみなかった。
《from.受付嬢:そうでしたか。では、その辺の方の笑顔をトレースいたします》
《to.受付嬢:よ、よし。頼むぞ》
今度こそ……美人の客寄せ頼むぞ!
数分後、トレースが出来たという報告が入り、再び客寄せを開始。
「い、いいいらっしゃいま――」
『がーっはっはっはっは。がーっはっはっはっは』
「はいーっ!?」
突如豪快な笑い声を上げ始める受付嬢。
当然のように周囲の視線が集まる。
「ちょ、お前なにやってんだよ」
『っがー……はい。あちらの方の笑顔をトレースいたしましたので』
囁くように報告する彼女の指先には、2メートルを超える巨漢の男が居た。
確かにがはは笑いをしている。
……あんなもんトレースすんなっ。
「頼むから下品な笑い方は止めろ。女ならもっとお淑やかに、清楚なのを頼むよ」
『お淑やか、清楚。具体的にどのような笑顔なのか解りかねます』
っち。実際に見なきゃ解らねーか。
せめて女のプレイヤーをトレースしてくれりゃーいいんだが。
「受付嬢、ちょっと周囲を見て来い。んで女プレイヤーを観察してくるんだ」
『なるほど。そうですね。それでは暫くその辺を歩いてまいります』
人ごみへと紛れる受付嬢を見送り、大きな溜息を一つ吐き捨てた。
さて、俺一人でも頑張るか。
「い、いい、い、い、いた、い、いらっしゃ……」
10分ぐらいした頃だろうか、受付嬢が戻ってきた。
その間、ポーションはもちろん売れていない。
『ただいま戻りました。多くの男性と共にしている女性プレイヤーを見つけまして、その方を観察してまいりました』
「おっ、今度こそ期待できるか?」
『はい。お任せください。その前にカイト様』
ん? なんだ。
『品物を並べるだけでなく、値段もご提示したほうがよろしいのでは? 他の露店では皆様そうなさっておいででしたが』
「うげっ。すっかり忘れてた。露店は今回がはじめてだったから……って、どうやって価格を表示すりゃーいいんだ?」
『はい。ただいまカイト様のお尻の下にホワイトボードが敷かれております』
「は? 尻の下?」
立ち上がって見たが何も無い。
いや、ござの下か!
捲ってみると、確かにホワイトボードがあった。
気づかずに尻に敷いてたのか。
よ、よし。価格を書くぞ。というか決めてすらいなかったな。
NPC売りと同じでいいや。
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『ライフポーション:LV1』→15G
『ライフポーション:LV2』→31G
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えーっと、エナポはどうすっかな。
「なぁ、エナジーポーションを露店で見かけなかったか?」
『エナジーポーションですか? 先ほど見かけました。価格はレベル1で50Gの露店と45Gの露店がありました』
「高っけーな。35ぐらいにしとくか」
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『エナジーポーション:LV1』→35G
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っと、これでよし。
そういや星付きのポーションって、数によって効果の違いも見てなかったなぁ。
えーっと、なになに……星一つで効果が1割増。三つで3割増しっ。
うげ、これ星単位で価格変えなきゃダメか?
あぁー、糞面倒くせぇーっ。
ま、いいや。今日はこのままで。
あとは客だ。客が来なきゃ話にならない。
「さぁ、頼むぞっ」
『はい。お任せください』
凛々しく言い放つと受付嬢はござの前に立ち、そして高らかに笑った。
そう、高らかに……。
『おーほほほほほほほ。さぁ貴方達、このポーションを買っていくがいいわっ』
「どこでそんなセリフを覚えてきたんだお前はぁぁぁぁぁぁっ!」
もうダメだ。終わった。
今日は諦めて狩りに行こう。
そう思ったのも束の間、この直後俺は人生で最大の忙しさというものを体験するのであった。
嵐が過ぎ去った後、そそくさとござを畳んで撤収。
『よかったですね。さすがカイト様のポーションです』
「いや、俺のだからとか関係ねーし」
寧ろ女王様プレイを演じたあんたのお陰ですから。
客が全員男だったからな、踏まれたいという変態プレイ好きが集まったんだろう。
『いえ、カイト様のポーションは他の生産者のポーションとは効果が違いますし――』
「けどその事はボードに明記してないんだぜ。誰も熟練度効果なんて知らねーよ」
『えっと、価格がとても安いので即完売したのですよ』
「安いぐらいで――え? 安いのか?」
NPCと同じ価格だぞ?
移動しながら辺りの露店をチラ見していく。
あった、ポーション屋だ。
『ライフポーション:LV1』が……49G!?
「な、なんであんな高いんだ? 2倍以上じゃんか」
『はい。ワタクシが見た限りでも40から55Gでした』
55って……あ、そういやNPCが一人10本までしか売らねーって言ってたっけ。それでか。
ぐぅー……どうすっかなー。次は45ぐらいにすっかなー。
『あ、カイト様』
「なんだ?」
『購入者様からチャットが届きました』
「は? なんでお前に――」
いや、普通に考えればナンパか何かだろう。受付嬢に送るのは当然だ。
『安いポーションをありがとう。だそうです』
「っへ?」
『安いポーションをありがとう。だそうです』
「……も、もう一度」
『安いポーションをありがとう。だそうです』
神様……次もNPC価格で販売しますっ。
『嬉しそうですね、カイト様』
「……なんとでも言うがいいっ」
尻尾を史上最高にぶんぶん振りながら、羞恥心なんてもうどうでもよくなったねっ。
*所持金:18917G
本日はもう一話更新します。
ただし本編ではなく掲示板回です。
掲示板回だけを更新っていうのも、なんだか申し訳ない気がして……




