11:いらっしゃいませ(にっこり)
暗くなり始める前に採取ポイントを離れて、第二の町カジャールへと向った。
採取ポイントのあった崖は、町のほぼ真北にあったので迷子になる事は無い。
――が、森を抜けるのに数十分は掛かってしまい、平原に出た時にはすっかり暗くなっていた。
「うーん、なんだろうなぁ。この変なスコープを着けたような視界は」
『はい。ケモミ族の特徴『夜目』でございます。この能力があると、暗い場所での戦闘でも命中率のマイナス補正を受けずに済みます』
暗いんだが、何故かちゃんと見えているっていう。まぁ視界距離は日中に比べりゃダントツに悪いが。
夜目か……これなら夜の狩りでも出来そうだな。
フィールドに配置されているモンスターは、日中と夜とでは種類が違う。
夜のほうが日中よりレベルが+2ぐらいされているので、割と町から近い位置でもレベリングが出来るだろう。
っくくく。
ケモミになってしまった事を後悔する時もあったが、なかなかどうして。良い種族性能じゃねーか。
『カイト様、何か嬉しい事でもございましたか?』
「あぁ。だが今悲しい事もあった」
この感情ダダ漏れ装置さえなければな。
森を抜け、15分ほどでカジャールへと到着。
アイシスよりも大きなカジャールは、町の周辺を柵で覆っている。門は無いが、柵が途切れた所にNPCの門番なんかは居た。
居たが、別段質問とかするわけでも無く、ただ黙って突っ立ってるだけっぽい。
既に陽も暮れた時間帯なので、道行くNPCの姿もまばらだ。
代わりにプレイヤーの姿はそこそこ多い。
「ログインしてそろそろゲーム内でも12時間ぐらいか?」
『左様でございますね。カイト様がログインしたのは、ゲーム内での午前8時頃ですので』
「そうか。リアルじゃまだ17時だな……夜の間しか出てこねーモンスターもいるし、製薬済んだら森にでも行ってみるか」
早足で工房に向かい、さっそく製薬を開始。
結果、【製薬】技能自体はレベル7まで上がって、新しく『ライフポーション:LV2』『解毒ポーション』が作れるようになった。
今回の採取でようやく数が溜まった『小さなソーマ草』で『エナジーポーション:LV1』も作れたんだが……。
成功率は8割に届かない。
途中、製薬の素材選択を失敗して妙なものも1本出来上がってしまった。
『腐った草』から出来た、『腐ったポーション』だ。
説明を読むと、飲んだらお腹を壊す。なんて書かれている。
面白そうだから取っておこう。
「っかし、これだけの数をポーションに変えてると、流石に製薬だけでも相当時間食うな」
『左様でございますね。所要時間1時間43分といったところです』
「採取だって2、3時間掛かってるし……生産しながらだと他のプレイヤーとのレベル差が開く一方だな」
作ったポーションをアイテムボックス内で整理しながら愚痴を溢すと、受付嬢がそれに反論してきた。
『お言葉ですが、カイト様は比較的先行プレイヤーと言えるレベルだと思われます。現在最高レベルのプレイヤーはレベル17ですので』
「……いや、あの……今の話じゃなくって先々の話だ。ってか一番最初にログインしてる俺がもう追い抜かれてるんだぜ? しかもクィーンハニィのお陰で一度の戦闘で一気にレベル上げてるってのに」
レベル1から6に一気にレベルが上がり、そのうえ誰よりも早くレベル10になって転職まで出来ている。
その証拠の称号だってあるし。
なのにどこかの誰かにレベルを追い抜かれてた。
まだログアウトだってして無いってのを考えると、やっぱ採取と製薬をしてる時間に抜かれてるんだろう。
暫く考えてから受付嬢は納得したように『確かに……』と呟く。
「採取にしても、一度に毟れる草の枚数をもう少し増やしてくれりゃーいいんだけどな。ポーションの作成も、素材加工みたいに一度に100本分作れるとかさ」
『そうなれば、現在の作業時間を大幅に短縮できますね』
「そう思うだろ? ちょっと要望出しとくかな」
タブレットを操作して運営への問い合わせ画面を開き、そこから要望メッセージを送っておく。
まぁ生産もしつつ最速プレイヤー並みにレベリング出来るように――なんて無茶振りはしないから、せめて作業時間を今の半分以下で済むように……とは書いておこう。
ただ俺の問題は時間だけじゃねーんだよな。
アイテムボックスの右下を見つめては溜息が出る。
「狩りの収集品を売ってポーション瓶買って、差し引き+117Gか。ド貧乏街道だな」
『このレベル帯ですと、所持金は1万Gを超えるぐらいだとシミュレーターされていたのですが……』
っふ。運営や人工知能の斜め上を行く俺。
受付嬢分は彼女からポーション瓶を受け取って作ってるし、純粋に俺の無駄つか――いや、違う。これは無駄使いじゃねー。
そうしない為にも、ポーション売るか。
「ポーションを売って金にするか」
っと決まれば露店を出すための専用区画に移動だ。
タブレットの地図を見ながら該当区画を目指す。町の中央広場から北を除く、南、西、東に向う大通りだな。
まずは露店を開くための『道具』を購入する。それが売られているNPCが経営する雑貨屋へと行き、値段を確認した。
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【アイテム名】ござ
【備考】露店を開くために必要なござ。
クッション性はなく、長時間座っていると痛い。
【価格】100G
【アイテム名】小型屋台
【備考】露店を開くための屋台。
自動販売機能あり。登録可能な商品の種類は6種類まで。
【価格】800G
【アイテム名】中型屋台
【備考】露店を開くための屋台。
自動販売機能あり。登録可能な商品の種類は12種類まで。
【価格】2000G
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中型までしか売ってねーとか、半端だなー。
ま、買えるのはござ一択なんで俺には関係ないが。
「ござをくれ」
簡潔に用件を伝えると、無愛想な店員がタブレットを向けてきた。
おいおい、まずは「いらっしゃいませ」だろう。コミュ障な俺にだってそのぐらいは解るぞ。
これから露店を開く訳だが、こういう店員にはなるまい。
タブレットをかざし取引画面を出すと、100Gを入力。相手もござを取引画面に載せて完了。
所持金17Gか。さっきまでの1G状態よりかなりいいって事にしておこう。
ついでなんで雑貨屋で売られているポーションの値段も確認だ。クローズドベータから変わっていないか、ちゃんと確認しとかないとな。
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【アイテム名】ライフポーションLV1
【効果】HPを250回復。CT15秒
【価格】15G
【アイテム名】ライフポーション:LV2
【効果】HPを500回復。CT15秒
【価格】31G
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相変わらず『エナジーポーション』はNPC売りしてないんだな。
「お客さん、ポーションを買うのか?」
いらっしゃいませともありがとうございますとも言わなかった店員が、ポーションを見ていた俺に突然話しかけて来た。
買うのかって、上から目線かよ。
「いや、買わないが」
「そうか。そりゃよかった」
ん?
普通は客が買わないっつったら、残念がるところじゃねーか?
「よかったって、どういう意味だよ」
尋ねるとやや間があって店員が振り向く。すこぶる嫌そうな顔をして。
「最近ポーションの需要が高まってな。だが供給が追いついてねーんだ。値上げは商業組合から禁止にされてるし、在庫は直ぐ無くなるしで。一人当たり1日10個限定でしか売ってねーんだよ」
「10個限定!? そ、それってこの町だけか?」
「あぁ? んな訳ねーだろい。この国全体でそうなってんだよ」
そこまで言うと、ぶつぶつ文句言いながら店の奥へと入っていってしまった。
この店こんなんでいいのか?
愛想悪すぎだろ。
「なぁ、あのNPCの無愛想って、そういう演出なのか?」
『彼は演出用のスタッフです。そういうキャラ設定でして……』
「演出用……ね。あれじゃそのうち、この店潰れるぞ」
まぁこれも俺には関係無い事だ。
価格も解った事だし、露店出しに行くか。
出来るだけ目立てるように、広く開いたスペースにござを敷いて座った。
クッション性が無いとは書いてたが、妙な硬さがあるな。
ポーション屋だと解るように、展示用のポーションを各種1本ずつ並べる。
それにしても、まだ露店を出してるプレイヤーの少ない事……。
道行く『人物』はプレイヤーとNPCが混ざっているが、双方の違いは服装だな。
あとエルフ族とケモミ族がプレイヤーだってのも直ぐ解る。NPCは人族ばかりだからだ。
まぁ、一般の町民NPCは防具とか着けてねーし、そのあたりでも大抵わかるんだけどな。
他には言動か。
NPCは経費節減の為に、声優の声が充てられた連中は少なく、ほとんどが無言だ。
動きのやり取りだって、人間ほど自然な振る舞いは出来ない。
そこまでAIも優秀じゃないって事だ。
そのAIの塊であるNPCがここにも居る訳で――
『カイト様、ワタクシはどうしましょう?』
――なんて尋ねてくる。
畳2枚分ほどしかないござに、二人と商品は狭く感じる。なので受付嬢は俺の後ろに立っているのだ。
しかし、なんだかんだと受付嬢は美人だ。客寄せにはぴったりだろう。
「お前はござの前でにっこり微笑んでくれていればいい。客がきたらいらっしゃいませを忘れずにな」
『かしこまりました。にっこり微笑むのですね』
「そうだ」
そして俺は精一杯の声で――
「い、いい、い、い……」
うわぁぁぁっ。ダメだぁあぁぁぁっ。
いらっしゃいませすら言えねーなんてっ。
落ち着け、緊張するな。これはリアルな接客業じゃないんだ。もっと気軽に、ゲームなんだから。
精神を統一するように目を伏せ、深呼吸を数回繰り返す。
ざわざわ……辺りがざわつく感じがした。
集中だっ。雑念を捨てろっ。
カっと目を見開き、今度こそ――
「い、いらっしゃ……い、ませ?」
何故だ。何故道行くプレイヤーの視線が集まってるんだ。
何が起きた?
よく見ると彼らの視線は、どうやら受付嬢に集まっているようだ。
よし、客寄せが成功しているぞ!
ナイスだ、よくやった!
「い、いらっしゃいませ」
やや小声ではあるが、なんとか普通に言えたぞ。
言えたからには次に笑顔を作る。
不慣れなんて言っていられない。
最高の笑みを浮かべて客を待った。
ざわざわ……また辺りがざわつき始める。かと思いきや、道行くプレイヤー達が慌てて駆け出した。
何かあったのか?
様子を見るために立ち上がり受付嬢の下へ行く。
「何かあったのか?」
『さぁ? どうしたのでしょうか』
そう言って振り向いた彼女の顔は、最高に恐ろしい笑みだった。
12時予約投稿テスト中。




