9:母の涙
『はい。カイト様のレベルが上がるたびにスキャニングさせて頂いておりますが、レベル4以降は数値の変動がございませんので』
「いや、それは理由があってだな。お前はちゃんと上げてろよ」
戦闘を終わらせステータスの事を尋ねると、案の定な返事だった。
ちゃんと上げろよと言ったものの、こいつは自分で考えたりできないからと俺のステータスをコピーしたんだったなと思い出す。
うーん、いちいちどのステータス上げろとか、指示しなきゃならないんだろうか。
「じゃー、とりあえずAGIに振っておけよ。そうすりゃ回避が上がるから、被ダメ回数を減らせるし」
『回避率を上昇、ですか。……他のステータスだと、どれがよろしいのでしょうか?』
「ん? AGIの他だとSTRだな。火力が上がるし、戦闘を早く終わらせられるようになる。【格闘】でも増えてるだろ?」
『いえ、ワタクシは技能はまだ未修得状態です。カイト様の技能は、カイト様自身の潜在能力に基づいて付与されているものですから』
「はぁ〜?」
予想外な言葉に思わず大声を出して反応しちまった。
お陰でモンスターが寄って来て慌てて殲滅する羽目に。
「あぁっ。そうだった……俺だからこそ得られた技能だったんだよな。で、お前は通常の技能獲得方法で、初期の15種類から5種類を選ぶんだったよな?」
スモールウッドの枝をへし折りながら、右手の短剣で奴の眼を狙う。
『はい。カイト様の技能は全て上位派生タイプですので、これらは効果が高く、流石にマザーもコピーする事を承諾してくださいませんでした。代わりに技能ポイントを5ポイント与えられております』
受付嬢がスモールウッドに止めを刺し、別のスモールウッドと対峙する。
「その5ポイント、まだ使ってねーってのか?」
『はい』
だぁーっ!
なんて勿体ねーことを。
基本技能は全て、戦闘行為をすればレベルが上がるんだぞ。落下ダメージで【忍耐】が上がったから、VIT関係の技能は同じく上がるかもしれねーが。
今レベル11……今までの分、技能育てられなかったのは実に勿体無い。
7匹ぐらいまで連戦すると、ようやく一段落。
今の内にステータス振りと、なんか技能取らせておくか。
「盗賊だからな、技能は【敏捷性】【筋トレ】はデフォみたいなもんだ。あとはクリティカルヒットを夢みて【運気】、それから――」
攻撃タイプ系の【斬撃】か【突き】があると便利だろう。
【斬撃】は斬りつけるタイプの攻撃にダメージ補正が入り、【突き】はそのものズバリ突き攻撃にダメージ補正が入る。
「うーん……あとはそうだなー。盗賊にVITなんて要らねーって思ってたけど、HPが増えるってう点ではなかなかいいなと今回思った。前衛なのに打たれ弱いからなー。
とは言ったものの、回避上げりゃいいだけの話でもあるからな、【耐久】技能なんて取る盗賊はやっぱいねーよ」
『え?』
「え?」
……。
…………なんだ、この間は。
まさかこいつ……
「取ったのか? 【耐久】」
『はい。取りました、【耐久】』
こいつ……VITに補正の付く技能取りやがった……。二人してプチ固い盗賊になんのか。生存率高そうだな、おい。
森の奥のほうまでやってきた俺達は、目の前にそびえる崖を見上げていた。
「さ、採取ポイントだよな」
『……お答えできません』
「よっしゃー! 登るぞっ」
『はい』
お答えできません。つまりその通りですって事だろ!
最初の目的地だった崖と違い、こっちは傾斜が急だし高さもある。
5メートルほどの崖の途中、一度真ん中付近で転落し、725のダメージを食らった。
っふっふっふ。HPが4割ちょい削れたぜ……。怖えぇぇ。
しかし、ダメージの食らい損ではない。【忍耐】技能があがったからな。
頂上に到着すると、部分的に盛り上がった大地になっていて一面が草で覆われていた。
モンスターの姿も無い。
「ポイント発見っ」
叫ぶとそこかしこが輝きだす。
っくぅ〜〜。大当たりだぜ!
「毟り尽くしてやるっ」
『カイト様、採取ポイントは――』
「1時間経ったら復活するんだろ。知ってるから……」
毟り尽くすって言葉をそのまま真に受けないでくれ。
『ご存知でしたか。流石カイト様です』
どう流石なんだ。
引き攣った笑みを浮かべる受付嬢は無視し、しゃがみ込んで一心不乱に草を毟りまくる。
ここで採取できるのは『小さなライフ草』『小さなソーマ草』と、ワンランク上の『ライフ草』と『ソーマ草』だった。
ただ前者のほうが圧倒的に多く、ついでにライフがそのほとんどだ。
ぶっちぶっちと草を引きちぎってはタブレットの画面に手を突っ込む。
ふと見渡すと、受付嬢は離れた所で地べたに座り込み、ぼーっと空を眺めていた。
まぁ、ぼーっとしているんじゃなく、マザーとやらに報告か何かしてんだろう。
いったいどのくらい草むしりをしただろうか。
ポイントを少しずつ移動しながら採取していたが、突然目の前に斑模様の卵が出現した。
でかいな。ダチョウの卵か?
「そんな訳、ないよな」
ダチョウが居る筈ない。居るとしたらそれは、モンスターだ。
『カイト様、上をご覧ください』
慌てる様子もない受付嬢の声につられて見上げると、豚足ならぬ鳥足が目前に迫ろうとして――
ってあっぶね!
咄嗟に地面に這い蹲ると、ギリギリの位置で何かが急上昇した。
もう一度見上げると、ダチョウに似た鳥が――飛んでいる?
ダチョウよりはやや短い足。翼はしっかりと立派な物が備わっているようだ。
「せ、戦闘態勢!!」
『既に整っております。モンスター名『ピッピロウ』、レベル14です』
じっと奴を見つめると、名前の前に星マークがあった。レアモンスターだ。
卵。鳥。つまりこのレアモンスターは、母鳥?
二つの巨大な卵を背に、俺は立ち上がって身構える。
《ッピギャアァァァァ》
キーンと耳鳴りのする声を発し、奴が行ったのは状態異常攻撃!?
っ糞。足が竦んで動けねー。
その間にピッピロウが背後に回りこんで、俺を足で蹴り飛ばしやがった。
途端に動けるようにはなったが、ダメージはもろに食らう。
HP:1365/2350
急いでポーションを取り出し飲み干す。
さっきの竦みは『恐怖』状態だろう。一定時間、対象を行動不能にさせる系だ。
こんな状態だと、幾ら回避99%をキープしてても意味が無い。動けないのだから躱す事もできない。
が、気合があれば対処できる!
卵を守るように仁王立ちするピッピロウに向って、落ちている小石を拾い上げて投げる。
うーん、ダメージはゴミだし、奴は動こうとしないし。
『背後に回りこみます』
あ、そうか。ソロじゃなかったんだわ。
俺がピッピロウの気を引き、その隙に受付嬢が攻撃をする。
よし、バッチリだ。
ピッピロウもその事に気づいたのか、受付嬢をチラチラ見始める。
ほうら、隙が生まれたっ。
奴との距離を縮めようと地を蹴ると、次の瞬間には奴の懐……え?
《技能スキル『電光石火』を修得しました》
あ? 今の高速移動は技能スキルだったのか。
一瞬で間合いを詰める。なかなかいいスキルじゃないか。
なら、まずは――
「スティール!」
っち、失敗か!
CTがあるので仕方なく、次は攻撃することに。
今の『スティール』で俺が接近して来た事がバレたが、お構いなしにダガーを一閃。
そしてすぐ離脱。
俺に気を取られている隙に、今度は背後の受付嬢が攻撃。
どうせならスティールすればいいのに。
挟み込まれる形で一方的に攻撃されるピッピロウは、やがてムカついたのか翼を広げて叫んだ。
《ッピギャアァァァァ》
来たっ。
気合だ、気合を入れろ!
奴は鳥だ。チキンだ。焼き鳥だ!!
奴の『恐怖』に打ち勝ち、抵抗成功!
が、ここでは項垂れて、『恐怖』に掛かった振りをする。
ばさばさと羽ばたく音が聞こえ、顔を伏せた状態で奴の影を凝視する。
一旦小さくなった影は、やがてこちらに向いながら大きくなった。
よしっ、今だ!
ダガーを逆手に握った手に力を込め、横に飛びのきながら奴の翼を狙う。
無数に飛び散る羽が視界に映っては消え、そして奇声が轟いた。
《ピッピキャァァァァ》
『スティール』
痛みに悶え苦しむピッピロウの真横で、何気に『スティール』をしてやがる受付嬢。
彼女の表情が一瞬歪んだような気がした。何か盗めたのか?
っく、負けてたまるかっ。
「スティール!」
くそがあぁぁぁぁぁっ。
2連続失敗とかぁぁぁぁぁぁっ。ま、スキルレベルが1だしな。失敗する確率のほうが高いわ。
『電光石火』を駆使して、ヒットアンドアウェイを繰りかえす。
二人がかりとはいえ、時間が掛かってしょうがない。
斬って、離れて、また斬って。
火力スキルを持ってない時点の盗賊は、マジでゴミ火力だ。
早く。
早くこいつを倒して――
「俺は採取をするんだぁー!」
《ッピロウ!!》
『カイト様。ワタクシが盾役になります』
「またポーション投げか!?」
ピッピロウの背後で戦う受付嬢が声を上げた。
『それもございますが、攻撃に集中したいと思いまして。このままでは時間が掛かる一方ですし』
「た、確かに。どっちか一人が攻撃に集中するほうが効率はいいかもな。その場合、回復手段を持ってる俺がサポートに周るしかねーのか」
早く倒せるし、技能レベルも上げられる。
鳥なだけに一石二鳥か!
受付嬢はヒットアンドアウェイを止め、ピッピロウの背後で攻撃を続ける。
暫くするとタゲが跳ね、ピッピロウは受付嬢と対峙しはじめた。
俺はダメージヘイトを取らないよう、『スティール』を試みる。
っち。失敗。
CTが明け――っち、またかよ!
これでどうだ!
「ぬわぁぁぁっ。また失敗かよ!」
『あの、カイト様……『スティール』の仕様をご存知ですか?』
「あ? 使い方なら知ってるよ」
『いえ、そのしようではなく……』
仕様のほうか。
んなもん最初っから盗賊するって決めてたんだ、クローズドでももちろん盗賊だったし、仕様ぐらい……あ……。
「一体に対して『スティール』で盗めるのは1アイテムだけ。他のプレイヤーが『スティール』に成功していれば、もうそのモンスターからは……」
『はい、盗めません。申し訳ありません。先ほどワタクシが……』
無駄なMPを消費してしまった……。
い、いいんだ。その間に受付嬢のダメージヘイトは十分に溜まっただろうからなっ。
「うぉぉぉぉぉっ。羽根を毟り取ってやるぜぇ!」
さっきから毟ってばかりだ。
だが問題ない。
ダガーを一閃させるごとに薄汚い羽が舞い、HPを削っていく。
奴も必死に受付嬢を攻撃するが、たまにダメージを受ければ俺の『ポーション投げ』が炸裂する。
何度目かの『ポーション投げ』で遂に技能レベルが上がった。
ピッピロウのHPがレッドゾーンに突入。
かれこれ10分ぐらい戦ってるだろうか。
そろそろお終いにしようや――なんて思っているところへ
《ッピギャアァァァァ》
またきやがったっ。
最初の2回以来、久々の状態異常攻撃。
これをきっちりレジストし――
「って、受付嬢が竦んでどうすんだよっ」
拙い。ピッピロウの奴、相当上のほうまで飛んでいったぞ。
あの距離から急降下して攻撃してきたら、かなりのダメージに……
「っ糞がぁ!」
《ピロロロロロロロロ》
急降下を開始したピッピロウには目もくれず、俺は慌てて受付嬢の下へと走った。
走った勢いのまま、彼女にタックルするように飛びつき横倒しになる。
『カイト様』
「馬鹿っ。瀕死や即死にゃ対応しきれねーんだぞっ」
そう叫ぶ横で何かが砕けた音が聞こえた。
見ると、無残に砕け散った卵が……。
《ッピロロロロゥウゥゥゥ》
「自分で卵割りやがったな」
『ワタクシ達が避けたからですね』
「お、俺のせいじゃねーからな!」
『存知あげております』
自らの手、いや足で卵を砕いてしまったピッピロウは茫然自失となり、その間に難なく止めを刺させて貰った。
そして……
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
ピッピロウは俺のレベルを二つ上げてくれた。
明日からは1話更新です!
絶対、絶対なんだからね!




