七話
「だいたいなんで深夜アニメなんか見てんだよ。」
「おもしろいからだ。」
光一は頭を抱えた。
「だったら録画してりゃいいじゃねえか。」
「お前、深夜アニメは深夜に見るからいいんだろうが。『亜人』を日曜の昼に観るなんて考えられないだろう。明るいところで観たら『ぬるぬる動くぞ』くらいしか感想がないぞ。」
孝弘の失礼極まりない発言は無かったものとしてください。
狩衣に着替えた孝弘とジャージ姿の光一が並んで食パンを食べる光景に、貴子はいつ見ても笑ってしまう。
「で、光ちゃんの彼女はいつ来るの。」
貴子はいつもより高い声で尋ねた。
「それが聞きそびれちゃってて・・・、ていうか、『光ちゃん』ってのは止めてくれよな。」
「そうね、彼女の前で恰好つけたいものね。」
光一は恥ずかしいやら悔しいやら、でも言い返せなく黙り込んだ。
ピ・ピ・ピンポー・・・・・
玄関で呼鈴が鳴った。
ずいぶん前から壊れているようで、途切れるように、擦れるように鳴る。
ピ・ピ・ピ・ピン・・・・・
押した本人が不安になり、もう一度押してしまうものの、もっと音が出ない為、さらに不安を掻き立てる。それが丸尾家の呼鈴である。
「あら来たみたいね。随分と早いこと。」
貴子の言葉が終わらないうちに光一は玄関へ急いだ。
なぜなら孝弘が我先に出迎えようとしていたからだ。
「いらっしゃい。」
少し滑りの悪い引き戸を開けると、そこにはゆかりが立っていた。
白いワンピースに水色のボレロを着ている。清楚なお嬢様といった様相だ。
「ちょっと早かったかな。私ったら時間を決めるの忘れてて、連絡しようにも連絡先が分からないし、待っていたら悪いから早い方がいいかなって。」
現在の時刻は七時三十分である。早いかどうかは個人の価値観だと思いますが、せめてニチアサが終わってからがよろしいかと存じます。
「いらっしゃい、可愛いお嬢さんじゃないか。光一、よくやった、グッジョブだ。」
孝弘は光一の背中を強めに叩いた。
「おはようございます。お父さんですか、太鼓の達人だという。」
「そう、お義父さんだよ。君の為ならフルコンボでもやっちゃうよ。」
しつこいようですが、そっちの達人ではありません。
「お父さんってイケメンですね。これなら光一君じゃなくても大丈夫ですよ。」
「大丈夫って何が。」
「イケメン過ぎる神主」
さすがに四十過ぎでイケメン過ぎって、イケメンが過ぎ去ったってことですか。
孝弘は満更でもないようだが。
「ゆかりちゃんだっけ。ごめんね、僕には妻も子もいる。だから光一で我慢してくれ。」
「てめえ、ふざけんな。」
光一は胸倉を掴もうと腕を振ったが、孝弘は身をひるがえし、これをかわした。
「ほら、ふざけてないで拝殿に行くぞ。」
孝弘は、振り返ることなく立ち去った。
「それじゃあ光一君、私たちも行きましょう。」
ゆかりと光一は、孝弘の後を追うように拝殿へ向かった。
その時、ゆかりの手には大きな紙袋が提げられていた。
手荷物にしてはずいぶん大きい。
光一は中身が気になったが、連絡先も聞けない甲斐性なしが、紙袋の中身を聞けるわけがなかった。