六話
それから二日が過ぎ、月曜日になった。
その間にゆかりから何の連絡もなく、というより連絡先を交換していなかった為、連絡があるわけない。
光一は自分から言い出せず、ゆかりは完全に失念していたのであった。
そんなことで、二日ぶりに会った二人。
「光一君おはよ。」
「おはよう、ゆかりさん。」
『光一君』『ゆかりさん』その言葉に周囲がざわついた。
「おいおい、いつの間に『ゆかりさん』なんて呼ぶ仲になったんだ。」
失敗した、そう思った光一に対し、ゆかりはにっこりと笑みを浮かべる。
「まあ、人には言えない関係かな。」
ゆかりの言葉に周囲は一層ざわついた。
ー確かに、ゆかりさんのお母さんが霊感商法にはまっているなんて人には言えないな。
そう思う光一に対し
ー自作自演でお賽銭を騙し取ろうとして下僕になったなんて人には言えないね。
とゆかりは思っていた。
残念ながら周囲はどちらでもなく、本当に人には言えない関係だと認識してしまっていたが。
「今度の日曜日に光一君の家に行ってもいいかな。お父さんに会ってみたいの。」
「了解です。多分大丈夫だとと思うよ。いつも日曜はごろごろしてるから。」
周囲がさらにざわついた。「親に紹介するレベルかよ。」
周囲の雑音も耳に入らず、光一とゆかりはその後の会話もなく一日を終えた。
周囲は『多くを語らずとも分かりあえる仲』だと認識したとも知らずに。
そして日曜日となった。
光一は朝5時に目が覚め、落ち着かないまま境内の掃除をした。
そして気が付く、「ゆかりさんが何時に来るか聞いてない。」
連絡しようにも連絡先を聞いていない。
とりあえず父親の孝弘を叩き起こしておこう。
母屋に戻ると、孝弘の部屋へ行くことにした。
ノックもせずに(ふすまだからできないが)部屋へ入る。
畳にベッドが置いてあるが、ベッドの上に孝弘はいない。
ベッドの向かいにあるテレビの前に、崩れ落ちるように眠っていた。
「親父、起きやがれ。また深夜アニメ見てて寝てしまったな。」
「なんだ光一か、今日はえらく早起きだな。」
孝弘はスッと立ち上がった。息子も驚く寝起きの良さである。
「相変わらず目覚めが良すぎるだろう。病んでるんじゃないのか。」
「親に向かってなんて言い草だ。むしろお前が早起きする方が珍しいだろう。小さい頃にクリスマスプレゼントが楽しみで早起きした以来じゃないのか。」
光一はムッとした。光一にとってクリスマスは嫌な思い出だ。
「何がクリスマスだ、小学生にロンギヌスの槍をプレゼントしやがって。おかげでクリスマスが嫌いになったじゃないか。」
「神社の息子がクリスマスを楽しみにしていることが間違いなのだ。」
「だからと言ってロンギヌスの槍はないだろう。」
そう、小学生の光一が楽しみに起きた時、枕元には謎の槍が置いてあった。
良く分からないままに孝弘に見せたところ、
「これはロンギヌスの槍だ。キリストの誕生日にキリストを刺殺した槍をもらうなんて、良かったな。」
そう言ってゲラゲラと大笑いをしたのであった。
「とにかくさ、今日ウチに友達が来るんだよ。親父の太鼓の腕前を見せてやってくれないか。」
孝弘は顔をしかめた。
「なんだ、見世物じゃないんだぞ。神職の叩く太鼓は神への捧げでありメッセージであり、神との一体感をだな・・・。」
孝弘は突然無言になった。
ジッと光一の目を見ている。
光一は思わず目をそらした。
「さては女だな。」
光一は答えなかった。
「そうならそうと早く言え。付き合ってんのか。可愛い子か。」
光一は答えなかった。
孝弘はいそいそと狩衣を羽織っている。
「父さんの太鼓の達人を見せてあげるからな。」
やっぱり違う達人を想像してしまう。
「普通でいいから、とにかく失礼のないように。」
不安しかない光一だった。