四話
初めは小さな招き猫だった。
若い二人はお金もなく、結婚式も挙げられなかった。
女の両親は嘆いた。
でも女は言った。
「私は幸せです。」
せめてもと、二人で行った近場の温泉宿。
土産物屋で売られていた招き猫を記念に買った。
それからすぐに子供ができた。
「ほら、幸せを招いてくれた。」
親子三人での慎ましやかな暮らし、それだけで十分だった。
とある旅行先で買った小さな福狸と宝くじ。
十万円が当たっていた。
男は大きな招き猫を買ってきた。
「あんな小さなモノでこの御利益だ。大きなモノならどうなるんだ。」
それから一週間後のことだ、男は交通事故で亡くなった。
女は発狂した。
「何が招き猫だ、不幸を招くなんて。これから子供と二人でどう暮らせというの。」
それからすぐに富は招かれた。
事故による補償金に加え、男には長年掛けていた多額の生命保険があった。
それこそ一生分ともいえる金額が一度に舞い込んできた。
生活は一変した。
考える限りの贅沢を尽くした。
そしてお金は尽きていった。
「招き猫よ、招き猫があれば・・・。」
女は招き猫を買った。
ありとあらゆる縁起物を買った。
よくわからない古い坪も買った。
よくわからない掛け軸も買った。
よくわからないお祓いも受けた。
それでも富は招かれることはなかった。
女はパートを始めた。
そこで稼いだなけなしの金も、よくわからないものに変わっていった。
その女こそ、ゆかりの母親である。
ゆかりが物心ついたときには、すでに貧しかった。
ゆかりが高校まで進学できたのは、祖父母の援助があったからだ。
「いつもいつも、よくわからないものにお金を使ってしまって、病気としか思えない。」
「まあでも心の拠り所ってのは必要なものだから。」
光一は想像以上にヘヴィな話に戸惑っていた。
「僕に協力できることなんてあるのかな。」
「もちろん。」
ゆかりはニヤリと笑っている。
「その為の罠・・・いやトラップ・・・じゃなくて、まあいろいろね。」
光一は気が付いた。
罠だったんだ。
「それでどうしたらいいの。」
ゆかりは自信満々に答える。
「それはね、本当に御利益のある神社の神主さんから、縁起物にお金を使わないよう説得してほしいの。」
「そんなので治るのかな。」
「大丈夫、娘の私が言うんだから。」
あさはかな気はするものの、可能性はあるかもしれない。
だが、一番の問題は、『本当に御利益のある神社』という点だ。
「うちは潰れそうな神社だけど良いのかな。」
ゆかりは途端に眉をひそめた。
「だから私たちの手で『本当に御利益のある神社』に変えるのよ。」
戸惑う光一をよそに、ゆかりは笑顔に戻っていた。
「嫌とは言わせないから。」