三歩下がって第三話
前を歩くゆかり、三歩下がって光一が続く。
『お母さんの病気を治してほしいの。』
医者でもない自分にできるのか、光一はシミュレーションしてみる。
何もしなくても病気が治るー『光一くんのおかげだよ』ーハッピーエンド。
病気が治らずお母さんが亡くなるー『君には僕がついているよ』ーハッピーエンド。
病気が治らず長引くーずっと一緒にいられるー芽生える恋心ーハッピーエンド。
どう考えてもハッピーエンドにしかたどり着かない。
そんな光一の脳内がハッピーエンドだったりする。
ゆかりの足が急に止まった。
「着きましたか。」
ゆかりの顔を覗き込むと、緊張の面持ちが見て取れた。
ゆかりの目線を追ってみると、前を黒猫が歩いている。
「にゃにゃにゃん、おいで。」
光一が声をかけると、黒猫はくるりと来た道を引き返した。
「すごい、光一くん、さすがは神社の息子ね、危うく黒猫が前を横切るのところだった。」
「え、もしかして黒猫が前を横切ると不吉なことが起こるとか思ってないよね。」
「え、違うの。だから猫を追い払ったんでしょ。」
もはやただの猫好きだとは言えなくなってしまった。
しかも黒猫と神社に何の関係もない。
それから五分ほど歩いただろうか、
「ここよ。」と、
着いたところは二階建ての質素なアパートだった。
『たそがれ荘』とあるが、意味を考えず響きだけで付けちゃった系のようだ。
その一階にゆかりの自宅がある。
『笹野』とアパートには不釣り合いなまでに立派な木彫りの表札が掲げてあるからすぐに分かった。
「どうぞ、あがって。」
そう言ってゆかりはドアを開けた。
女の子の家に来るなんて、ゆかりさんの家だなんて、光一が家に上がるよりも先に心拍数が上がっていた。
「今、お母さん出かけてるから。」
ますます心拍数が上がった。
少しよろめきながらドアをくぐると、若い男と目が合った。
光一の心拍数が一気に下がった。
でもそれはよく見ると、いやよく見なくても鏡だった。
しかし鏡に映った異質な光景に気付き振り向いた。
そこには下駄箱があり、上に置かれた招き猫に福狸にシーサーに干支の置物に・・・
所狭しと縁起物と呼ばれる動物の置物達が並んでいる。
しょぼくれた、もとい年配向けの土産物屋以上だ。
さらに玄関には大きなツボが置いてある。
傘立てなどではなく、ただ置いてあるのだ。
廊下にはお札のような物が貼ってあり、よく分からない抽象画が飾ってある。
通された居間(といっても1DKだが)にも、いわゆる開運グッズが並んでいる。
仏像の横にマリア様があったりと、それはそれは節操がない。
「もしかして、お母さんの病気って・・・」
「うん、恥ずかしながら、霊感商法にどっぷりなの。」
ーこれを治せと言いますか。神社の再興より方法が思いつきませんぜ。