巻き込まれ少女、暗躍す。幕間,セイさん観察日記
セイさん観察日記プラス、次回への助走です。
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幕間,セイさん観察日記
全ては明日から。ユナフォードの言葉から、すでに数日が経っていた。
洞窟内は単純な構造ながら、魔物の数が半端ではなく、なかなか前へと進めていなかった。
それでも、ジリジリと前へと進み、洞窟内唯一の枝分かれへと辿り着こうとしていた。
そんな中、暗い森の中で佇む、黒髪の青年がいた。
「……これは、もうセイさん観察日記のような気が」
一人でそうポツリと呟くのは、部下からの定期報告を受けた、マオだ。
その部下は、報告書を渡すと、現れた時と同じ様に唐突に姿を消し、もう気配すら無い。
影である彼らは、一般人には出来ない移動方法を用い、三日かかる距離を数時間で移動出来る。
今回、そこまでしてマオへと届けなければいけなかったのは、マオが『セイさん観察日記』と評した報告書だった。
『一日目。
セイさんは、いつも通り起床。
水晶ウサギへ挨拶をし、お一人で寂しそうに朝食後、やって来た通いの家政婦と掃除後、昼食。
書斎で、水晶ウサギと大蛇を抱き締めて、お昼寝。
夕方、買い物へ出掛けられ、途中しつこいナンパに遭われていたので、さりげなく救出。
その後は、無事に帰宅されて就寝』
「……これは、まあ普通です」
『二日目。
どうしよう、寝顔が可愛くて直視が出来ないわ』
「……ジーン、手紙じゃないんですが」
呆れつつ、マオは続きを読み進む。どうやら、日によって、報告書の書き手が違うらしい。
『触ろうとしたら、可愛らしく避けられちゃったわ。
いつもより五分程、お寝坊さん。
朝食を食べる姿が小動物みたいで、愛らしかったわ』
「……観察日記ですら、ないです」
呟くマオの声に、覇気がない。
『家政婦さんと可愛らしくお掃除後、本日は娼館へと向かったわ。どうしよう。セイさんに何かしようとする輩がいたら、殺さない自信がないわ。と言うか、即殺する自信なら満々よ』
「……まあ、証拠を残さなければ」
コクリと。鷹揚に頷いて呟くと、マオは報告書の続きに目を通していく。
『娼館の中をちょこちょこと走り回る姿は、最高だわ』
「……血?」
紙に付いた赤黒い痕に、マオは無表情のまま首を捻る。
『興奮しすぎて、鼻から熱いものが……』
「鼻血なのか……」
思わず、常の間無く呟くマオ。その目は、若干虚ろかもしれない。
『この任務は、幸せ過ぎて、死ぬかもしれない。でも、死んだらセイさんを守れない。生きるわ』
「……セイさんの行動は?」
さらに思わず、紙を相手に突っ込みつつ、マオは惰性で報告書を捲る。
『夕方、娼館での手伝いを終えて帰宅後――』
「……やっと、普通」
『セイさんが入浴中、入るべきか入らざるべきか、あたしはこの命題の答えを知らないわ』
「……じゃなかった」
マオは無表情のまま、見事なノリツッコミじみた呟きを洩らし、その場で脱力して座り込む。
『気付いた時には、湯上がり姿のセイさんが目の前に……』
「……見つかった?」
『水晶ウサギが居場所をチクったみたいだわ』
「……あー、彼がいました」
『とりあえず、出ていきたい誘惑と必死で戦い、セイさんの声を聞かないフリをするわ。あー、もう、何であんなシュンて顔するのよ〜』
「……語調が壊れてますけど」
『その後、何故かセイさんは大きな一人言を洩らしながら、廊下の隅の机に黒猫のぬいぐるみを置いていたわ』
「……黒猫?」
マオは無表情のまま、懐から小さな黒猫のぬいぐるみを取り出す。
「……これの、親猫? とりあえず、続きを」
『黒猫さんのお仲間に贈り物、って言いながら、ぬいぐるみの前に夜食を用意してくれたわ。皆で美味しくいただきました』
「……私は別に黒猫ではないですが」
無表情のまま、不服そうに呟きながら、マオは報告書のページを捲っていく。
『夜はやはりお一人だと不安そうで、常に水晶ウサギを抱き締めていらっしゃいますわ。その愛らしさで、皆メロメロですわ』
「……影として、それは駄目ですが?」
部下の体たらくぶりに、マオは座り込んだまま、頭を抱えて、絞り出すような声を洩らす。
『任務には手を抜く者はおりませんが』
「……なら、いいですが」
会話のようなやり取りを報告書と交わしながら、マオは紙を捲っていく。
ほのぼのというか、のろけのような『セイさん観察日記』が続く中、三日目、つまり最新の報告に、マオの顔色が変わる。
「……何故、ジュラルド様が?」
星の出没先である娼館に、現れてはいけない人物が現れたという報告は、ジュラルドを見張っていた別動隊からのもの。
「……ユナフォード様に」
立ち上がりかけ、マオは思い直したように報告書を握り潰す。
ジュラルドの動向を知らせる、別動隊のものだけを。
「……御心を惑わすものは、ユナフォード様には必要ありません」
それが例え星の身辺の不穏な気配だろうとしても。
ノウルの使い魔の優先順位の一位がノウルであるように、マオの優先順位は揺らがない。
「……それなのに、どうして、こんなにも胸が痛い?」
人形めいた無表情を歪め、マオは痛みを堪えるようにギュッと自らの胸辺りの服を掴む。
「……私は人ではない」
言い聞かせるよう呟き、マオは歩き出す。
「……私はユナフォード様の忠実な道具」
言葉を重ね、マオは暗い森の中をさ迷い歩いていく。
「……私に心はいらない」
目指すのは、唯一無二である絶対的な主人の元。
「……私はユナフォード様の、影」
押し寄せる不安を隠し、マオは黒猫のぬいぐるみを握り締め、無表情な影へと戻っていく。
「……セイさんは何事もなく過ごしています」
そう言えば良い。
実際、まだ星には何も起きてはいない。
否。マオにも分かっている。『何か』があってからでは、遅いのだ。それでも。
「……全ての咎は、私が」
報告は、明日からの突入が上手く終わってから。
そうして、星へ近付く不穏は、見なかったフリをされる。
これが、もう少し後の報告だったなら、マオの対応は変わっていただろう。
しかし、別動隊は娼館の中まで入る事が出来ず、外からジュラルドを見張っている為。
星に張りついた影は、娼館の中は安全だと、少しの間離れていた為。
誰にも知られず、本人達も知らないまま、波乱は幕を開けていた。
●
昼間でも薄暗い部屋の中、ベッドの上には一組の男女。
「お腹が空いたな」
甘えるような男の声に、
「あら、なら何か作るわ」
それより甘ったるい女の声が答える。
「んー、いいよ。外で何か食べるから」
そう告げて、身支度をした男は女の部屋を後にする。
向かうのは、ここ最近、毎日のように通っている場所。
「いらっしゃいませ、ジュラルド様」
受付の男性に慇懃に迎えられ、男――ジュラルドは人懐こく笑い返す。
「今日もお世話になるよ。まずは、シャワー浴びたいんだけど……」
「かしこまりました。女性は誰をご所望で……」
「たまにはアウラが良いな」
「お戯れを……」
「分かってるよ。アンナが良いな。――あ、あと、黒髪の子がいたら、その子も」
ふと思いついた悪戯に、ジュラルドは悪戯っぽく笑いながら、要求を付け足してみる。だが、
「申し訳ございません。アンナは都合がつきますが、黒髪の者は少々……」
返ってきたのは、濁しながらも、動揺の欠片も無い答え。
「黒髪の子、別の客を相手してるんだ」
へぇ、ふぅん。濁された言葉をきちんと汲み取り、気の無い相槌を打ちながら、ジュラルドは何処か拗ねたような表情を浮かべている。
「ご想像にお任せします。……それでは、お部屋へご案内いたします」
そんなジュラルドに、一瞬だけ訝しむような表情を浮かべながらも、すぐに慇懃な笑顔で応じた受付の男性は、ジュラルドを先導して歩き出す。
しばらく歩き、豪奢なドアの前へジュラルドを案内した受付の男性は、ドアを開けて、ジュラルドを待つ。
「こちらのお部屋をお使いください。アンナは準備がありますので、少々お待ち願えますか?」
「ああ、構わないよ。勝手にシャワー浴びて、寛いでるから」
ぞんざいに応じ、ひら、と手を振ったジュラルドは、部屋の主のように堂々と部屋の中へ姿を消す。
一礼して、その背中を見送った受付の男性は、ドアが閉まってから、不思議そうに呟いた。
「……珍しく不機嫌そうですね」
と。
そんな感想を抱かれたジュラルドは、本当に不機嫌らしく、服を脱ぐ動作も乱雑だ。
そのまま、浴室へと消えたジュラルドは、十分もしない内に濡れた髪をタオルでガシガシと拭いながら戻って来る。
「あ、軽食頼むの忘れた」
あーあ、と不機嫌というより拗ね気味な声を洩らしつつ、ジュラルドは下着とズボンだけを履いた、上半身裸という格好で、室内を彷徨き始める。
やがて飽きたのか、ベッドへだらしなく俯せるジュラルド。と、その体勢のまま頭を浮かせ、クンクンと匂いを嗅ぎ始める。
「甘くて良い匂いだ」
そう呟き、ガバッと体を起こしたジュラルドは、空腹に誘われるまま、部屋の外へと出てしまう。もちろん、その格好は上半身裸だ。
万が一、誰かと遭遇しても、その美術品のような体は、性別問わず魅了し、文句を言わせないだろう。別な声は上がるかもしれないが。
幸いにも、と言うべきか、不幸にもとも言うべきか、誰ともすれ違う事なく、ジュラルドが辿り着いたのは、客が入る事が許されていない領域だ。
ここには娼婦達の休憩室、それと男性従業員が休む部屋、あとはキッチンがある。
匂いの発生源は、そのキッチンだった。
ジュラルドが足音を殺して近寄っていくと、キッチンの方から、ふんふん、と楽しげな鼻歌が聞こえてくる。
「ドーナツ、ドーナツ、穴の分は、オマケだよ」
ついでに、謎な歌詞の歌も付いている。
聞き覚えのある声に、ジュラルドは首を捻りながら、遠慮する事なくキッチンのドアを開く。
「楽しそうだね」
「え? お客様!? 駄目です、ここはお客様来ちゃいけないとこですよ?」
一瞬固まった後、キッチンの中にいた鼻歌の主――星は、わたわたと手を振り、ジュラルドを追い出そうとする。
「いい匂いがしたから、つい来ちゃった」
無邪気に告げるジュラルドに、星は困惑を隠さず、黒目がちの瞳を揺らして黙り込む。手は動かしたまま。
「ねえ、あっちの方はもういいの?」
そんな星を気にせず、上機嫌な様子で笑いながら、ジュラルドはそう問いかけ、すい、と指を差して、自分が歩いて来た方向を示す。
その方向が示すのは、娼婦達の仕事部屋。つまり、お客様とそういう事をする部屋。
「はい、もう終わりました」
星は、それを理解しながら、コクリと頷いて素直に答える。つい先程まで、雑用係の少年と、掃除をしていた。そういう意味で。
「……へぇ、なら、僕の方もお願いしたいな」
冷ややかな色を瞳の奥へ覗かせ、そう頼んで来るジュラルドは、あくまでも無邪気だ。
「良いですよ。と言うか、それが、私のお仕事ですし。……でも、これ揚げてからでも良いですか? 皆さん楽しみにしてるので」
ジュラルドをチラリとしか見ていない星は、気付く事なく軽く応じてから、油が満ちた鍋を視線で示す。
「良いよ。……ねぇ、僕もお腹が空いてるんだ。それ、食べたいな」
甘えるような声音で訴えられ、星は困った様子で揚がったばかりのドーナツと、甘えたモードなジュラルドを交互に見やる。
やがて諦めた星は、あら熱が取れたものを選んで砂糖をかけ、ジュラルドの方へ差し出す。
「どうぞ。お口に合わなかったら、すみません」
「いただきます」
一口で食べられるよう、小さめに作られたドーナツを、ジュラルドは遠慮なくパクリと口に招き入れる。それを摘んだ、星の指ごと。
「私の指は、食べられないです」
星は僅かに苦笑して言うと、動揺を見せず、そっと手を引いてしまう。
「ん、どっちも美味しいよ」
「それは、良かったです。……差し上げるので、お部屋でお召し上がりください」
熱を帯びたジュラルドの視線を避けながら、星は出来上がっているドーナツを皿に盛り、押しつけるように渡す。
その間も、星がジュラルドの方を見る事はない。
「……じゃあ、待ってるから」
ごちそうさま、とドーナツを抱えたジュラルドは、色気が溢れる笑みと言葉を残し、元来た道を戻っていく。
その姿が見えなくなってから、星は大きく息を吐き出し、くしゃ、と表情を歪める。
「びっくり、した……」
弱々しく声を絞り出し、震えを隠せない手で、星は何とかコンロの火を止める。
「……そう言えば、お客様がいたら、私、お掃除に行けないよね」
今さらながらの疑問に首を捻りつつ、星は楽しみにしている娼婦達の為に、再びドーナツを揚げ始めた。
お互い、とんでもない勘違いをしている事には、勘違いが単純過ぎて、逆に気付く事なく――。




