巻き込まれ少女、暗躍す。4,暗雲停滞中
お留守番の間、星はこうして過ごしてます、な話です。
次辺りは、遠征組に行こうかと思います。ノウルが帰りたいって騒ぎそうですし(笑)
誤字、脱字ありましたら、そっと教えてください。
感想、コメント、いただけると嬉しいです。
4,暗雲停滞中
「今日も娼館へ行くんですか?」
リビングにて、日課の掃除を終わらせ、銀の大蛇を乾いた布で拭いていた星は、シェーナの問いにコクリと頷き、微かに口の端を上げる。
「うん。今日は午後から。午前中は、ロイドさん達の所で、文字の勉強する予定だよ」
「ロイドさん……? ああ、あの孤児の皆さんが共同生活しているお宅ですね」
シェーナは棚を拭いていた手を止め、小首を傾げて聞き慣れない名前を反芻するが、すぐに思い至り、納得とばかりに尻尾を揺らして笑顔で言葉を紡ぐ。
「そうだよ。さっき焼いたカップケーキは、そのお土産」
「今度、わたしもご一緒しても良いですか?」
「私はいいけど……ロイドさんに確認しとくね?」
「はい!」
シェーナは期待からか、ゆらゆら、と尻尾を揺らしながら返事をして、拭き掃除を再開する。根っからの子供好きのシェーナは、星の話を聞いてからというもの、共同生活する孤児達に会ってみたかったのだ。
そんなシェーナの様子に小さく笑った星は、大蛇から手を離し、今度はラビを抱き上げてブラシをかけ始める。
主人を欠いた屋敷の一日は、外界の喧騒など知らず、こんな風に何の波乱もなくのんびりと過ぎていく。
「そう言えば、今日からピアちゃんが泊まりに来るんですよね」
掃除の手を止めず、思い出したようにシェーナが問うと、こちらもラビのブラシ掛けを続けながら、
「うん。二人で夜更かしする予定だよ」
と、楽しげなクスクス笑いを混じらせ、星が答える。
「まあ、楽しそうです!」
「今度都合がついたら、シェーナお姉ちゃんも一緒にしよ?」
「はい、ぜひ混ぜてください」
顔を見合わせて、外見の違いはあれど、実の姉妹のような二人は、楽しげにクスクスと笑い合う。
二人共に、胸の中の大きな不安を、必死に押し隠して……。
●
一時間ほど後、予定通り星はラビと手土産を抱え、ロイドを始めとする孤児達が共同生活をする一軒家を訪れていた。
「こんちわー、セイ姉ちゃん」
「こんにちは、セイお姉ちゃん」
玄関先でそう元気良く星を迎えたのは、ラディとリリアの兄妹だ。
子供相手には比較的人見知りをしない星は、すっかり子供達と仲良くなっていたが、特に仲が良いのが、このラディとリリアの兄妹だった。
「こんにちは、ラディ、リリア」
抱き着いてくる兄妹を受け止め、星は僅かに表情を動かして挨拶を返す。
「セイ姉ちゃん、何か甘い匂いがするな」
「うん、良い匂いだね」
星へしっかりと抱き着き、揃ってクンクンと匂いを嗅ぐ兄妹に、星は微かな苦笑を浮かべて抱えている紙袋を示す。
「たぶん、おやつ用に焼いたカップケーキの匂いだよ」
「やった、セイ姉ちゃんのお菓子うまいんだよな」
「あたしも、セイお姉ちゃんのお菓子大好き!」
玄関から奥へと向かう星にまとわりつきながら、兄妹は小さく跳ね回って、言葉と体全体で喜びを表している。
授業をするのはリビングなので、星は真っ直ぐそちらへと向かう。その途中、通り過ぎようとしていた扉が開き、そこから銀灰色の髪に赤銅色の瞳の青年が現れる。
「お、来たな、セイ。今日も頼むな?」
人懐こい笑みを浮かべた青年――ロイドは、星に警戒心を抱かせる事なく距離を詰めると、そう声を掛けて、ポンポンと星の肩を叩く。
「こんにちは、ロイドさん。こちらこそ、よろしくお願いします」
ロイドの笑顔に釣られたのか、星は口元を緩めて返し、ペコリと頭を下げる。と、下を向いた星は、足下に何かが落ちている事に気付き、反射的にそれを拾い上げた。
「……書類? 『出国手続き』? これ、マナーシュ語じゃないね」
「あ、落ちてたか、悪い悪い。拾ってくれてありがとな。しかし、セイは博識だよな。それは、ユーグラトの言葉で書かれてるんだよ」
一瞬だけ動揺を覗かせたロイドは、すぐに誤魔化すよう明るく言うと、星の手から紙を受け取る。
「へぇ、ユーグラトの……と言うか、ロイドさん、ユーグラトの文字はわかるんだ」
「あ、あー、俺はもともとユーグラトの人間なんだよ。だから、ユーグラト語しか分からなくてな。話す方は、適当に覚えられたんだが、書く方は無理だった」
星の突っ込みに、ポリポリと頬を掻いてバツが悪そうに答えるロイドは、最終的にニッと明るく笑って開き直ってしまう。
「へぇ、でも、話せるだけでも、十分ロイドさん努力してる思うけど……。ねぇ、ラビもそう思うでしょう?」
星は感心を多分に滲ませた相槌を打つと、腕の中のラビへと同意を求める。
そのラビはと言うと、ぼくウサギだから分からない、とばかりにあざとく小首を傾げ、可愛らしさアピールに余念がない。
「ロイド兄ちゃん、ユーグラト人だったんだな」
「今度、ユーグラトの言葉も教えて!」
ラビに代わり、ラディとリリア兄妹が無邪気な声を上げ、ロイドに抱き着いてまとわりつく。
「私は、ユーグラトの風習とか教えて欲しいな」
さりげなく星もラディとリリア兄妹に乗っかり、要望を出している。
同じ大陸にある同盟国とはいえ、マナーシュとユーグラトの間には内海があり、陸路で行くには帝国を通らなければならない。
そして、今は表立った争いはないが、マナーシュとユーグラトは、帝国と敵対する立場にある。どちらからも、普通の旅人が入国して通過する事は難しいだろう。内海とはいえ、船旅はちょっとそこまで、とはいかない。生の情報が聞けるのは貴重な機会だ。
「あと、海の話が聞きたいな」
「あ、俺も俺も!」
「あたしも聞きたい!」
お、おう、と三人の勢いにロイドがどもっていると、声を聞きつけた残りの子供達が奥から出て来る。
廊下は一気に騒がしさを増し、楽しげな笑い声が家の中に響き渡る。
「今日は、ロイドさんから、ユーグラトの話を聞こうね」
「「「はーい!」」」
「おやつはカップケーキだよ」
「「「はーい!」」」
ガシガシと頭を掻いて星と子供達の楽しげなやり取りを見ていたロイドは、やがて諦めたように柔らかく苦笑して肩を竦める。
「よーし、じゃあ、今日は俺が先生だぞ?」
ニッと快活に笑って言うと、ロイドはまとわりついてくる子供達を引き連れ、リビングへ向かって歩き出す。
「「「「はーい! ロイド先生!」」」」
しれっと子供達に混じって返事をした星は、ロイドと子供達を追って、軽やかな足取りで歩き出す。
「楽しみだね、ラビ」
星の明るい声に、ラビは星の顔を見上げ、嬉しそうにくふくふ、と笑う。まるで、安心したよ、とでも言いたげに……。
「えー、ユーグラトはマナーシュとは違い、一年中暖かいんだ」
いつもは星が立つ場所に立ち、ロイドはそう話し始める。
「魔具はマナーシュよりは普及してないな。獣人は、その辺に普通にいる。職業的には、俺みたいに魔物や動物を狩る、狩人が多いかな」
壁に貼った地図を指差しながら、ロイドは思い出を辿るように語っていく。
星も子供達も、興味津々な様子でロイドの話に聞き入っている。
「城は……――」
ロイドが話してくれる内容は、まさに生きた教科書で、星と子供達は、無言で目を輝かせ聞き入っている。
「ユーグラトにも聖獣はいるんだぞ?」
キラキラとした眼差しと、初めて聞く話に、綺麗に揃った、へぇ、という感嘆の声が返ってくる為、ロイドの舌の回転は良くなるばかりだ。
結局、今日の授業は、ロイドの話すユーグラトの暮らし振りを聞き、星のお土産を食べて終了する事となった。
「こんにちは。今日もよろしくお願いします」
ロイド達の家を後にした星は、その足で娼館を訪れていた。
入り口で受付の男性に挨拶をし、客と会わない通路を使い、娼婦達が寛ぐ控え室へと向かう。
「あ、セイさん、こんにちは」
途中、そう声をかけてきたのは、可愛らしい系美少年の雑用係の少年だ。
「掃除とお部屋の準備は終わってるんで、皆様にお茶をお願い出来ますか?」
「こんにちは。うん、了解しました」
年齢も近い二人は、すっかり仲良くなり、仕事を分担する会話も慣れたものだ。
雑用係の少年と別れた星は、キッチンでお茶の準備をし、ワゴンに乗せて改めて控え室へ向かう。
「星です。お疲れ様です。お茶をお持ちしました」
ノックをして声をかけ、星は扉を開けると、ワゴンを押して部屋の中へと入る。
「あら、セイちゃん、いらっしゃい」
「いらっしゃい。今日も可愛いわ」
「本当ね。こちらへいらっしゃい、あたし達の可愛い妹」
「悪い男に声かけられたりしなかった?」
部屋の中にいた娼婦達は、星を見ると全員が艶やかな微笑を浮かべて迎え入れる。
「受付のお兄さんが、ちゃんと案内してくれるから大丈夫だよ。可愛くもないしね。……今、お茶入れるね」
黒目がちの瞳をゆっくりと瞬かせ、のんびりと答えながら、星は娼婦達の為にお茶を用意していく。
見た目は緑茶、味は紅茶な異世界のお茶へ、ドバドバと豪快に牛乳を入れた星特製のミルクティーは娼婦達のお気に入りだ。
アウラは娼婦達の衣食に金をケチる事はしないので、ミルクティーにはたっぷりの蜂蜜が入れられている。
「はい、どうぞ」
思い思いに寛いでいる娼婦達の間をちょこちょこと動き回り、星はそれぞれにお茶と作ってきたカップケーキを渡していく。
最後は、一般的に上座である一番奥のソファで寛ぐ、この娼館のトップであるアンナだ。
通常トップなら、私を一番にしなさい、と言いそうなものだが、アンナは全く気にせず、手前から順番に配れば良いわ、とおっとりと笑うのだ。
その為、星がお茶を配る時は、年功序列など気にせず、手前から渡していく。なので、今日も最後はアンナだ。
「はい、アンナさん、どうぞ」
「ふふ、ありがとう、セイちゃん」
アンナは色気のあるおっとりとした笑顔でお礼を言うと、星の差し出したカップを受け取り、艶やかな唇を寄せる。
「んー、セイちゃんの入れてくれるお茶は美味しいわ」
うっとりと目を細めて呟くアンナに、他の娼婦達も頷いて同意を示している。
「このお菓子も美味しい〜」
「出来立て食べてみたいわぁ」
「今度、ここで作ってもらいましょうよ」
「「「それ、良い案ね!」」」
きゃぴきゃぴとした娼婦達の迫力に押され、星は頬を引きつらせながら、無言で頷くしか道はなかった。
お菓子を作る約束を娼婦達とした後、星は雑用係の少年に呼ばれ、洗濯の手伝いをしていた。
今度も戦力にならないラビは、娼婦達の控え室に置いていかれ、彼女達に愛でられていた。
一人になった星は、真っ白いシーツとタオルを、前が見えなくなる程抱え、廊下を早足気味に歩く。
そろそろ日が落ちるので、星は帰らないといけないのだ。自然と足は速くなる。
娼館の夜は、色々な意味で星へ危険を運んでくる。
気合を入れ直し、星が廊下を曲がった瞬間、反対側から曲がろうとしていた相手と思い切りぶつかり、尻餅をつきそうになる。
「わ……っ!」
「おっと……」
色気のない声を上げた星の腕を、ぶつかった相手の手が掴み、グイッと引き寄せて、星を尻餅の危機から救出する。
周囲には、星が運んでいた洗濯物が散らばる中、星は助けてくれた相手を、不思議そうに見上げる。
「この間の……」
「全く、気をつけろと言ったのにね」
「ごめんなさい、あと、ありがとうございます……」
やんわりとたしなめてくる見覚えのある相手に、星はシパシパと瞬いてから、謝罪と感謝を告げる。
「洗濯物は逃げないんだ。もう少し運ぶ量を考えるといいよ」
本日は素面な相手は、くく、と笑いながら言うと、洗濯物を拾う星を手伝い、シーツとタオルを拾い上げる。が、何故か星には渡そうとしない。
「あの、返して、ください……」
「また転んだら困るからね、僕が手伝おう」
「困ります、お客様に、そんな事……」
「バレなきゃ大丈夫だよ」
困惑する星を他所に、洗濯物を抱えた相手は、そう無邪気に言い放ち、星の前を歩き出してしまう。
「お客様……、待って……」
「あはは、まだ抵抗するの?」
「いえ、あの、運びたいのは、あちらです」
「それは、早く言いなよ」
「すみません……」
アウラ辺りが見たら卒倒しそうなやり取りをしながら、今一番出会うべきではない二人は、誰にも気付かれず、こうして再会をしてしまった。
暗雲未だ去らず、停滞中なり――。




