巻き込まれ少女、暗躍す。2,暗雲来る?
サクサク進めたいなぁと思いつつ、やっと書きたい詩織さんになってきました。
誤字、脱字ありましたら、そっと教えてください。
感想、評価、コメントも嬉しいです。
いつもありがとうございます。
2,暗雲来る?
遠征出発の朝。
「あー、行って来るぜ? 皆の無事を祈っていてくれ」
詩織の元を訪れたシウォーグは、相変わらずのぶっきらぼうな様子で、そう出立の挨拶をする。
「はい、私はここで皆様の無事をお祈りしてます。それで、シウォーグ様、これを……」
遠征へ出発する者達を鼓舞する役目がある為、しっかりと高価できらびやかななドレスを着込んだ詩織は、殊勝に答えながら、シウォーグへ一枚のハンカチを差し出す。
「ハンカチか? 別に持ってるが?」
「私が祈りを込め、刺繍をしました」
「愛し子が? ……なかなか上手いな」
首を傾げながらハンカチを受け取ったシウォーグは、施された刺繍を見ると、素直な感嘆の声を洩らす。
「ありがとうございます。受け取って、もらえますか?」
「あー、他の奴らの分は大丈夫か?」
『世界の愛し子』の加護のある物なら、欲しがる人間は多い。そう考え、シウォーグが問うと、詩織は相変わらず完璧な微笑と共に頷き返す。
「はい。欲しいという方には、全て行き渡っています」
詩織の言う欲しいという方は、不思議なぐらい貴族出身な騎士に偏り、一般の兵士や騎士からは出ていなかった。
「なら、貰っても問題はないな。感謝する」
そんな事を知る由もないシウォーグは、ニヤリと口の端を上げて笑うと、簡潔な礼を口にして、ハンカチを懐へと仕舞う。
さらにこの時点でシウォーグには知る事の出来ない話だが、同じように詩織からハンカチを差し出されたユナフォードは、聖獣の加護とぶつかり合う、とそれっぽい理由を言い訳にし、やんわりと受け取らずにいた。
本当の理由は綺麗に押し隠して。
「外までお見送りは出来ませんが、遠征任務、お気を付けて……」
「ああ。皆の士気が上がるよう、バルコニーからでも手を振っていてくれ」
「はい! 頑張ります」
去っていくシウォーグへ、詩織はそう何処か喜色を滲ませて、しっかりとした言葉を返す。そこには、もう謙遜などは存在せず、選ばれたという自信に溢れていた。
そんな詩織の雰囲気に、ユナフォードとは違い、シウォーグはただ目を細めて頷き、詩織の部屋を後にする。
微笑んでシウォーグを見送った詩織は、身支度の為に侍女を呼ぼうとするが、床の上に見慣れない物を見つけ、可愛らしく小首を傾げて見せる。
「何かしら? シウォーグ様の落とし物?」
それを拾い上げた詩織は、反射的にシウォーグを追おうとしてから、ピタリと動きを止める。
「これ、手作り? 不細工だけど、多分カエルですし……。無事に『帰る』?」
一人呟く詩織の手にあったのは、星が手作りしたカエルのお守り。
すぐに星がした願掛けへと思考が至った詩織は、何かに気付いたのか、一瞬表情を歪ませると、手にしていたカエルのお守りをグシャリとキツく握り締める。
それもその筈で。カエルを『帰る』に変換して縁起物とする風習は、この世界にはないのだ。
普通に考えれば、そこには自分と同じ世界の出身者の気配がある。
自分がいらないと切り捨てた、同郷の少女の気配が。
「まさか、そんな訳……」
ユナフォードは、彼女は無事で、誰かに溺愛されているとは言っていたが。
「シウォーグ様が?」
それは、有り得なくはない可能性。と言うか、森の中でイケメン魔術師に拾われているより、余程可能性は高いだろう。
この半年近い付き合いで、詩織はシウォーグがぶっきらぼうだが、根はお人好しな人間だと知っていた。
置き去りにした相手を心配して回収させたとしても、不思議ではない。
「柊さんは、私が知り合いだと言ってないの? ああ、違うわね」
美しく微笑んだまま、詩織は昏い瞳でブツブツと呟く。
「――信じてもらえなかったのよ」
『世界の愛し子』になるような私と、根暗でオドオドとした少女。知り合いだなんて言っても、信じてもらえず、異世界人として居心地悪く過ごしているんだろう。そう詩織は自己完結し、握り潰したカエルのお守りを、見つからないよう隠してしまう。
迂闊に捨てれば、サマンサ辺りに見つかるかもしれないからだ。
無事に隠し終わり、詩織が何となく汚れてもいない手を、パンパンと叩いて払っていると……。
「――えっと、失礼したかな? ノックはしたんだけど」
不意に聞こえた第三者の声に、詩織は肩を跳ねさせ、扉へと視線をやる。
そこには、開いた扉へ手をついて、人好きのする笑みを浮かべたジュラルドの姿があった。
「い、いえ、大丈夫です。ごめんなさい、ちょっと片付けをしてたんです」
ジュラルドの瞳に訝しむような色を見つけた詩織は、慌てて言い訳をし、叩き払っていた手を背後へ隠す。
「ノックにも気付けないなんて、かなり散らかしてたんじゃ?」
悪戯っぽく言いながら、部屋の中へと入って来たジュラルドは、乱れてもいない詩織の髪を、直すように優しく撫でる。
「もう、そんな事ないです。遠征前で、少し緊張してしまって、ボーッとしちゃって……」
可愛らしく拗ねて見せる詩織に、ジュラルドはクスクスと優しく笑って見せる。
「そっか、初めての大きな遠征だからね。不安もあるか」
愛しい者を見るような眼差しで詩織を見つめ、ジュラルドは柔らかい声音で言葉を紡ぐ。
ユナフォードやレノーラ辺りならすぐに気付くだろう。
ジュラルドの瞳の奥にある、冷たい色をした光に。その打算に溢れた眼差しに。
それに気付いているのかいないのか、詩織は元気のない表情を作って見せ、無言でコクリと小さく頷く。
「シオリ、僕は留守番組だから、不安だったら、いつでもおいで?」
「ジュラルド様、ありがとうございます」
喜色を隠さず微笑む詩織と、優しく受け止めるジュラルド。
ある意味お似合いな二人が笑い合っていると、忙しないノックの音が響き、応えさせる間を空けず、扉が開く。
「すまないが、この辺にこれぐらいの、緑色の物が落ちてなかったか!?」
扉が開くと同時にそう言いながら、勢い良く現れたのは、先程立ち去った筈のシウォーグだ。
「い、いえ、何もなかったですけど……」
シウォーグの勢いに、詩織は若干体を退きながら、緩く首を振って答える。
だが、ジュラルドは見逃さなかった。問われた詩織の目が泳ぎ、一瞬、部屋の一ヶ所を見やった事を。
「そ、そうか、悪い、邪魔したな」
シウォーグは、明らかに意気消沈した様子で謝ると、ジュラルドへチラリと視線を向けてから、肩を落として出て行く。
「シウォーグ様……」
「お、そろそろ、出発の時刻だよ。シオリ、見送り出なくて良いの?」
「あ、バルコニー行かないと……。レベッカ! 付き添いお願いします」
ジュラルドのわざとらしいぐらいの誘導に、動揺していた詩織は気付かず、慌てた様子で侍女を呼び、ジュラルドへ一礼してから、見苦しくならない程度の早足で歩き出す。
その背中を見送り、部屋に一人残されたジュラルドは、楽しげな笑顔を浮かべながら、先程詩織が視線をやった辺りを探る。
「……これは?」
見つけ出したのは、やはりと言うか、グシャリと潰されたカエルのお守り。
「こんな物を、あのシウォーグが?」
手の平に乗せたカエルをしげしげと眺めながら、ジュラルドは不審げに呟いて目を細める。
「かなり必死だったけど、普通のぬいぐるみにしか見えないな」
あちこちからカエルを観察していたジュラルドは、何かに気付いたのか、おや、とばかりに目を見張る。
「強化する魔術かな? やはり、ただのぬいぐるみではないようだ」
ジュラルドがそう一人ごちて、カエルを仕舞い込もうとした時、タイミング良くガチャリと扉が開かれる。
そこから顔を出したのは、犬の獣人で、侍女のティナだ。
「ジュラルド様? あの、愛し子様は……?」
部屋の中にいるのがジュラルドだけだと気付くと、ティナはおずおずとジュラルドへ声をかける。
「シオリなら、遠征へ向かう皆を見送る為にバルコニーへ行ったよ」
動揺する事なく、ジュラルドは人好きのする笑顔を浮かべて応じ、仕舞い損ねていたカエルを懐へと仕舞う。
「じゃあ、ボクはここで待ちます!」
「そうすると良い。僕は一回失礼するからね」
「はい! そう言えば、その緑色のカエルって、流行ってるんですか?」
立ち去ろうとするジュラルドの背中へ、元気良く返すティナだったが、ふと部屋へ入った瞬間の事を思い出し、何気無く問いかける。
「……どうして、そう思うの?」
恐ろしく冷えた声音。しかし、ゆっくりと振り向いたジュラルドの顔は、柔らかく微笑んでいる。
「え? だって、ユナフォード殿下も、同じ物をお持ちだったので……」
ボク何か間違った? とビクビクしながら、自信なさげに答えるティナに、ジュラルドの瞳が暗く光る。
「ユナフォードも?」
へぇ。心底面白そうに表情を輝かせたジュラルドは、懐へ入れたカエルを、服の上から撫でる。
「今度こそ……」
それだけを呟いたジュラルドは、不思議そうな表情をしているティナを気にせず、軽い足取りで部屋を後にする。
その上機嫌な様子は、傍からも見て取れ、擦れ違う相手はギョッとして、ジュラルドの顔を二度見する。
その度に、ジュラルドは愉快そうに喉を鳴らし、楽しげな笑い声を洩らしていた。
お守りを無くした程度で遠征を止められる訳はなく、シウォーグは少しだけ沈んだ様子で兄と並び、隊列の先頭にいた。
「さあ、行こう。『世界の愛し子』も見送ってくれているよ?」
ユナフォードの言葉に、どよめきが起こり、ほぼ全員の視線がバルコニーで見送る詩織へと向かう。
「ご武運を!」
控えめながら、しっかりと声を張り上げると、詩織は集団に向けて手を振ってみせる。
おかげでどよめきはさらに大きくなり、シウォーグが期待した士気を高める効果はバッチリ出ていた。
残念ながら、シウォーグ本人には効いていないが……。
こちらも詩織には興味がない、筆頭魔術師が率いる魔術師部隊は、全員が制服であるローブを身に纏い、ノウルが持って来たカエルのお守りを囲んでいた。
「なかなか味がある顔っす」
と言うのは、藁色の髪に榛の瞳のケビン。
「可愛いです〜」
と、ゆったりと答えるのは、水色の髪に垂れた茶色の目の美女のレイチェル。
「ちょっと不器用な所が、男心を擽るね」
と、姉御肌な言葉を呟くのは、赤毛に吊り上がった目のリッテ。
「は? 誉めるなら、魔術の方じゃない?」
と、小生意気な事を口にする金髪美少年のシオン。
「俺達を想って一針ずつ縫ってくれたんだ。嬉しくない訳ないよな」
と、傷のある顔面に人好きのする笑顔を浮かべて言う青年は、キオだ。ちなみに、副隊長である。
五人の発言が示す通り、きちんと部下の数だけ用意されたカエルは、それぞれの手に収まっていた。
勿論、それぞれのカエルのお腹は白く、何の刺繍もない。
「セイの願いを無視して死んだ奴は、俺がもう一回ぶっ殺すぞ?」
内容は冗談っぽいが、鋭く細められた紫の瞳は、明らかに本気だ。
「いやいや、たいちょー、さすがにそれは無理っす」
「でも〜、隊長なら本気でやりそうです〜」
「その場合、一番最初にやられるのは、馬鹿のケビンだね」
「違うっす! シオンが先っすよ!」
「僕が? は? 有り得ないから」
「まあ、確かにケビンの方が突っ込むからねぇ」
「リッテまで、酷いっす!」
「おいおい、お前ら。隊長は、全員死ぬなと言ってるんだ。わかってるな?」
「「「もちろん!」」」
大人気ない口喧嘩をしていたのが嘘のように、キオの問いかけに仲良く声を揃えた三人は、それぞれ星のお守りをしっかりと握り締めている。
「……よし、行くぞ」
ノウルの呼び掛けに、先程までのばか騒ぎが嘘のように真剣な表情になった部下達は、ノウルを先頭に馬車へと向かう。
その目立ちまくっている姿に、周囲の騎士と兵士からは、畏怖と羨望に満ちた視線が向けられていた。
「全く、私より目立っているね」
その目立ちっぷりに、ユナフォードは苦笑して呟くと、手を振り続けている詩織へ儀礼的に手を振り返し、出発の合図を出す為に、ゆっくりと口を開いた。
「必ず任務を成功させて帰ろう」
美しく不敵に笑い、力強く言い切るユナフォードに、詩織の時より大きなどよめきが応じる。
落ち込んでいたシウォーグも、復活してどよめきに混じっている。
気合の入ったどよめきに、ユナフォードは満足げな様子で目を細めるが、城の窓から見えた人影に、得も言われぬ不安感に襲われる。
だが、今さら引き返せる訳はなく、ユナフォードは後ろ髪を引かれながらも、隊列の先頭を行く為、愛馬に跨がる。
「……頼んだよ、ジーン」
答える声は傍にはなく。
不穏が迫りつつある少女の傍らに。
それでも消えない不安。先程、城の窓から見えた、楽しそうな笑みを浮かべた従兄弟を思い出し、ユナフォードは服の下に隠したカエルのお守りを無意識に握り締めていた。




