巻き込まれ少女、暗躍す。幕間,それぞれの遠征前夜
遠征前夜です。
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幕間,それぞれの遠征前夜
「おや、どうしたんだい?」
遠征前の準備で城内を歩き回っていたユナフォードは、気配無く現れた銀色の狼に、首を傾げて問いかける。
この銀狼はノウルの使い魔のうちの一匹な為、ユナフォードは特に警戒する事無く近寄る。
「……ん? 何かを着けてるね」
大人しくお座りをしている銀狼の首に、見慣れない物を見つけたユナフォードは、そっと手を伸ばして、それを手に取る。
それは、何かを包んだスカーフらしき物。それを、銀狼は首輪のように着けていた。
「……中身は、何だろう、手足のある緑色の、ぬいぐるみかな? 手紙もあるね」
包みの中から取り出したぬいぐるみらしき物を片手に、手紙を開けようとしたユナフォードだったが、闇から伸びて来た手が止める。
「……自室で開ける事をおすすめします」
闇から生えた腕の持ち主に、平板な声でやんわりと止められ、ユナフォードは数度瞬きをし、包みを元に戻して懐へと入れる。
「……ユナフォード様の顔面が崩壊する可能性大なので」
「すまない、ちょっと意味が不明なんだが……」
影からの声に、そう苦笑して答えていたユナフォードだったが、結果――。
数分後、自室に戻り、
「どうしよう、顔が戻らないな」
緩みきった顔を、何とか戻そうとするユナフォードの姿があった。
「あ? あの野郎の使い魔か?」
何処のヤンキーだと突っ込みたくなるような声を出し、不機嫌さを隠さない顔で廊下の隅にいた銀獅子を睨み付けるのは、ユナフォードの異母弟のシウォーグだ。
こちらに現れた銀獅子も、ユナフォードの所へ現れたのと同じ、ノウルの使い魔のうちの一匹だ。
そのノウルとシウォーグは、お互い毛嫌いし合っているので、シウォーグが使い魔へ向ける視線は、かなり鋭い。
「……何の用だ。兄上なら、自分の部屋だぜ?」
シウォーグの発言が示す通り、ノウルが仕えているのはユナフォードの為、その使い魔がシウォーグを護衛する事はない。
ここにいる筈のない銀獅子は、スカーフを首輪のように巻かれ、申し訳無さそうな表情でシウォーグを見上げている。
「おれに何か用か?」
根は真面目で、良い人なシウォーグは、シュンとした様子の銀獅子を見ていられず、そう声をかけて膝をつく。
「……何か、見慣れない物を着けてるな」
記憶を辿ったシウォーグは、ノウルの使い魔が装飾品など着けていない事を思い出し、首に巻かれたスカーフらしき物に首を捻る。
「ん? これを取るのか?」
人語を解す銀獅子は、シウォーグの問いかけに、コクコクと頷き、軽く顎を上げて、取り易いように体勢を変える。
「お前は良い子だなぁ」
ふわふわな銀獅子の鬣を一撫でしてから、シウォーグは銀獅子の首に巻かれたスカーフを外す。
「何だ? 妙な緑色の生き物の、ぬいぐるみか? 一体、誰が……」
スカーフの中身を確認したシウォーグは、訝しげに呟きながら、ぬいぐるみらしき物をしげしげと眺めている。
その時、ぬいぐるみと一緒に入っていたらしい手紙がヒラヒラと落ち、銀獅子が控えめに吠えて、注意を促す。
「あ? あー、手紙が落ちたのか。ありがとな」
ヤンキー再びな声を発したシウォーグだったが、手紙の存在に気付くと、礼を言いながら、銀獅子の頭をぽふぽふと撫で、落ちた手紙を拾う。
「で、結局、これは誰からなんだ?」
ぬいぐるみを服のポケットへ突っ込み、シウォーグは一人呟きながら、手紙を開いて、書かれていた文字を追う。
数秒後、廊下を全力疾走するシウォーグの姿が、あちこちで目撃されたらしい。
時間は少し遡り、ノウル宅。
遠征準備を終えたノウルは、自室のベッドで寛いで……はおらず、ドヨンとした影を背負い、沈みまくっていた。
「今なら、一人でドラゴンを倒せそうだ」
あははは、と半裸で高笑いする姿は鬼気迫るが、本人の美しさもあり、まるで芸術品のようだ。または、人を惑わす美しき悪魔だろう。
使い魔達は、周囲で落ち着きなく動き回り、主人の様子を窺っている。
そんな混沌とした空気を裂くように、コンコン、と小さなノックの音が響く。
『ノウル、入っても良い?』
扉越しに聞こえるのは、ノウルがここ数日聞きたくて仕方無かった少女の声。
「……ああ」
答えに一瞬間が空いたのは、躊躇いではなく、緊張の為だ。
『失礼します……』
声と共におずおずと扉が開かれる。入って来るのはもちろん、水晶ウサギを抱えた星だ。
「どうした? 何かあったのか?」
ベッドの縁に腰かけながら、ノウルがそう問いかけると、星はそっと手にしていた緑色のぬいぐるみを差し出す。
頭に紐が付いているのは、アランへ渡された物と一緒だが、こちらの物は、白い腹の部分に刺繍がされていた。
「ぬいぐるみ、か? 俺の名前入りの」
星の差し出した物を両手で掬うようにして受け取り、ノウルはジッとそのぬいぐるみらしき物を見つめてから、星へと視線を移す。
「一応、お守り。下手くそだけど、カエルなの、それ。ノウル達が無事に『帰る』ように、カエルの形にして、願掛けしたの。……受け取って、もらえますか?」
ノウルの視線を受け、星は恐る恐る言葉を紡ぎ、ノウルの手の上にあるカエルの形をしたぬいぐるみ……ではなく、本人曰くお守りを示す。
「ああ、勿論だ。……ここ何日か、ずっとこれを作ってたのか?」
壊れ物を扱うかのようにお守りを片手に持ち替えると、ノウルはうっすらと隈の浮いた星の目の下を指先で撫で、優しく問いかける。
「うん。私は待つ事しか出来ないから、せめて祈らせて? 自己満足なのは、わかってるけど、何かしてないと――」
コクリと頷いてノウルへ答えていた星は、言葉を途切れさせ、ノウルの手をギュッと握り締める。
握り締めてきた手が小さく震えている事に気付いたノウルは、そのまま星の体を引き寄せ、自らの腕の中へ閉じ込める。
「あたたかいな」
「……うん。ノウルの音が聞こえる」
「そうか。――必ず帰る。心配するな……は、無理だろうが、俺を信じろ。俺はこの国最強の魔術師だぞ?」
腕の中で微睡み始めた星へ、不敵な笑みと共に力強く言い放つノウル。その光輝くような姿に、先程のドヨンとしていた雰囲気は欠片もない。
「ん……、信じてる、よ。だから、無事に帰って、きて……」
すがるようにノウルの髪を握り締めた星は、途切れ途切れながらも、伝えたい事を言い切ったのか、トロンとノウルを見上げていた瞳は、瞼の裏へと消える。
「……今日はよく眠れそうだ」
愛しげに目を細めて呟くと、ノウルは星を抱き締めてベッドへ入ろうとするが、不意に背中へ衝撃が走り、う、と小さく呻き声を洩らす。
ノウルが半眼で振り返ると、やはりというか、そこには華麗な着地を決めて、ドヤ顔を披露するラビの姿。
「お前はいつの間に……。と言うか、セイに当たったらどうする気だ」
はぁ、とため息を吐き、ノウルは諦め混じりで呟くが、ラビは表情で、
「ぼくがそんなヘマする訳ないだろ?」
と、雄弁に語る。
ノウルを見上げる目には、明らかな嘲笑が浮かんでいる。
「……で、何の用だ。今さら、セイと一緒に寝るな、と言う訳ではないだろ」
くぅくぅ、と微かな寝息を立てている星を抱え直し、ノウルは不機嫌さを隠さず問う。
傍から見れば、愛玩動物へ真剣に話しかける痛い人だが、突っ込みは皆無な為、シリアスな雰囲気は続く。
二本足で立ったラビは、ウサギらしく不服そうに後ろ足を踏み鳴らし、器用に前足で抱えた布包みを二つ差し出す。
「……時々、お前が水晶ウサギだと忘れそうだ」
ノウルは呆れ半分感心半分でそう呟きながら、ラビが差し出した布包みを受け取り、中身を確認する。
「ああ、俺のと同じお守りか。本当に、名前が入ってるのは、俺のだけなんだな」
込み上げる優越感から、ノウルが喉を鳴らして笑っていると、再びラビから鋭い突っ込みが入る。
「っ、だから、お前は……ん? 手紙か? 殿下宛てと、第二王子宛てか。これを、渡せと言いたいのか」
ノウルの言葉に、ラビはふわふわな胸板を反らし、フン、と勢い良く鼻を鳴らして肯定を示す。
「セイの願いだからな。――お前ら、来い」
星を起こさないよう気を付けながら、ノウルは忠実な使い魔を呼びつける。
「お前は……無理だな。よし、お前は殿下の所へ行け。お前は、第二王子の所だ」
呼び寄せた三匹を眺め、銀の大蛇から視線を外したノウルは、銀狼と銀獅子、それぞれの首元へスカーフで包んだ布包みを結びつける。
「さあ、行け。――もしも、殿下と第二王子以外がそれを奪おうとしたなら、遠慮はするな。本気でやれ。わかったな?」
ふわり、と殺気混じりの色気溢れる笑顔で告げる主人へ、二匹は眠る少女を慮り、小声で吠え応じる。
二匹が出て行くのを見送ったノウルは、何処と無く残念そうな大蛇の頭を撫でてから、星を抱き締め直し、ベッドへ横になる。
ラビは、仕方無い、
「きょうはゆずってやる」
と、言わんばかりの表情で、と言うか、実際に音声で伝えると、ベッドの端で丸くなる。
「懐に入れて、持ち運べたら……」
冗談めかせた言葉ながら、かなりの本気を滲ませたノウルは、自らの胸元に額を寄せて眠る少女を、とりあえずしっかりと腕で囲んで眠りに落ちる。
しばらく後、無事にノウルからの指令をこなした二匹が帰還するが、久々の穏やかな眠りの中にいる主人と、何処よりも安全な腕の中で眠る少女を見ると、無言で視線を交わし合う。
そして、そのまま足音を殺し、留守番をしていた大蛇と共に、主人とその愛しい少女の眠りを守る為、傍らで待機に入る。
元々、ノウルの使い魔である彼らは、厳密には生き物ではなく、睡眠や食事を必要としない。
主人の髪色と同じ色を纏った三匹は、離れる朝を恐れ、しっかりと寄り添い眠る二人を、一晩中見守り続けていた。
こうして、それぞれの遠征前夜は更けていく。
貰ったお守りを片手に、任務に燃える赤毛のワン……少年騎士がいたり。
その騎士経由でお守りを貰い、珍しく赤面する、元女たらしな騎士がいたり。
可愛らしい猫な妻からと、その妻が妹のように可愛がり、本人も小動物的な可愛がり方をしている少女からの、計二つのお守りを貰い、強面を緩ませている騎士団長がいたり。
『世界の愛し子』という肩書きを持つ少女からの、お守りを貰い、感涙する貴族な騎士達がいたり。
様々な肩書きの人間が、それぞれ遠征前夜を過ごす中、夜明けが迫る。
波乱に満ちているであろう、遠征出発の朝がやって来ようとしていた。
――そんな中、とりあえず、今一番緊張感に欠けているのは、久々に愛しい少女を抱き締めて熟睡している、この国の筆頭魔術師であり、某魔術師部隊隊長……かもしれない。




