巻き込まれ少女、暗躍す。1,遠征前に。2
このまま、遠征前夜へ。予定です。
誤字脱字ありましたら、そっと教えてください。
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「ここ何日か、ノウルを避けてるんだって? あまり凹ませないで欲しいな。遠征前に、使い物にならなくなりそうだよ」
レノーラの所へ向かう星を、そう悪戯っぽい声かけで呼び止めたのは、金髪の麗人――ユナフォードだ。
足を止めた星は、レノーラから叩き込まれた淑女の礼を披露し、
「ごきげんよう、殿下。わたくし、ノウル様を避けてなどおりませんわ」
と、かしこまって答える。
そんな星の態度に、ユナフォードは苦笑を浮かべ、見た目にそぐわない男らしい仕草でガシガシと髪を掻く。
「慣れないね、セイのその挨拶には。大丈夫だよ、今はマオに人払いさせてるから」
さぁさぁ、と言わんばかりの期待に満ちたユナフォードの視線を受け、星は口の端を上げて完璧な微笑みを浮かべて見せる。
「まあ、お戯れを。殿下に馴れ馴れしく話すなど、畏れ多いですわ」
「……学習しない子だね」
ふふふ、と美しすぎる笑みを浮かべたユナフォードは、星の腕を掴むと、逃げる隙を与えず引き寄せ、その額へ口付ける。
「うぇ、あわ、な……っ」
「何を言いたいかわからないけど、落ち着いて?」
「……原因はユナフォード様では?」
自分のした事を棚に上げたユナフォードの台詞に、ゆら、と姿を現したマオから、平板な突っ込みが入る。その間も、星はアワアワとし続けていた。
数分後、やっと落ち着いた星は、恨めしげな視線をユナフォードを向けている。……マオの背後から。
「セイ、謝るから、そろそろ睨むのを止めてくれるかな?」
手のひらを上へ向けて指先を動かし、ちちちち、と猫の子を呼ぶように舌を鳴らしたユナフォードは、それでも全く動こうとしない星へ、苦笑して懇願する。
「ユナ様の馬鹿、変態、えーと、イケメン! は、悪口じゃないし……」
マオの服を掴みながら、星はユナフォードを罵倒するが、明らかな迫力不足だ。
「……うん、敬語は止めてくれたけど、これはちょっと違う気がする」
毛を逆立てた猫状態の星に、ユナフォードは力なく呟いて肩を落とし、いつの間にか足元へ寄って来ていたラビから、くふくふ、と笑われている。
「セイ、私も明後日から遠征へ行くから、しばらく会えなくなるんだ。最後に見た顔が、そんな表情だと寂しいな」
自分の顔の良さを十分に理解し、利用しまくって悲しげな表情で訴えるユナフォードに、見事なまでに騙された星は、おずおずとマオの背後から離れ、ユナフォードへと近づいていく。
「良い子だ。こっちへおいで?」
「……ユナフォード様、その発言は本物の変態臭いです」
マオの小声の突っ込みを無視し、ユナフォードは近寄って来た星の頭を優しく撫で、満足げな吐息を洩らす。
「ユナ様、気をつけて。最後だなんて、縁起悪い事言わないで……」
そんなユナフォードに、星は心配を多分に含んだ言葉を投げ、今度はユナフォードの服をギュッと掴む。
「そうだね、大丈夫、私もシウォーグも、無事に戻るから」
信じて欲しいな。上体を倒したユナフォードは、そう星の耳元で柔らかく甘く囁く。
「うん、信じるから、絶対ちゃんと帰ってきてね」
普通の女性なら骨抜きになるだろうユナフォードの囁きは星には効かないらしく、星は黒目がちの瞳でユナフォードを見上げ、真剣な表情で返す。
「約束するよ。……それより、この手はどうしたんだい? 誰かに嫌がらせでも?」
愛おしげな眼差しを星へ向けて、蕩けるような笑顔で返すユナフォードだったが、星の絆創膏だらけの手に気付いた瞬間、美しい青の瞳を冷ややかな色で染め上げる。
「もう、ユナ様までノウルと同じような事言うんだね。これは、自分でやっちゃったの」
心配してくれるユナフォードに、バツが悪そうに瞳を泳がせた星は、拗ねたような口調で答えると、手を後ろへ回して隠してしまう。
「自分で? 私を心配させるなんて悪い子だ」
悪戯っぽい笑みを浮かべ、そう囁くと、ユナフォードは無抵抗な星を引き寄せて抱き締める。
「わざとじゃないよ? ……えぇと、それより、さっき悪口言って、ごめんなさい」
ユナフォードの胸に頬を寄せながら、星は眉尻を下げて困り顔で返し、次いで少しだけ言い淀んで、今さらな謝罪を口にする。
「気にしてないよ、あんな可愛らしい悪口。……まぁ、変態なのは、本当だからね」
殊勝な星の言葉に、ユナフォードはふふ、と鷹揚に笑って答え、星の柔らかく円やかな頬を撫でる。
ちなみに台詞の後半は小声だった為、星には聞こえていなかった。
「……ユナフォード様、そろそろ、お時間が。王弟殿下が接近中です」
「おや、残念。……ジーン、レノーラ姉様の所まで、セイを護衛してくれ」
「かしこまりましたわ」
ユナフォードの命令に、間髪入れずに答えがあり、黒髪を持つ美女がゆら、と闇の中から姿を現す。
「ジーンさん、よろしくお願いします」
その姿を見た星は、黒目がちの瞳をきらきらと輝かせ、ペコリと頭を下げて挨拶する。
「え、えぇ、こちらこそ?」
相変わらず、ジーンは何故か星を前にすると挙動不審になり、言葉をどもらせている。だが、星の手を取る動きは素早く、そのまま嬉々とした様子で歩き出す。心なしか、歩き方もふわふわしている。
「もしかしたら、彼女が一番セイにベタ惚れじゃないかな」
「……一番は、ノウル様かと」
「まあ、そうだろうね」
ノウルにとって、彼女は『世界』からのギフトだから。
ユナフォードが、そう心中で呟いていると、いつの間にか足元に茶色い毛玉……ではなく、ラビが立っていた。
「おや、セイに置いてかれてしまうよ?」
軽く目を見張って声をかけると、ユナフォードは、目線で歩き去る星を示す。
ユナフォードの言葉を無視し、ラビはくるりとした、愛らしいながら知性の溢れる瞳で、ユナフォードを見つめ、
「いちばんは、ぼく」
とだけ、言い残して去っていく。
「……彼は、一体何なんでしょう?」
「水晶ウサギだろ」
しばらく呆然とした後、主従は間の抜けた会話をし、小さくなっていくラビを見送る。
遠くの方で、星が明るい声でラビを呼ぶのが聞こえ、特徴的な笑い声が応えている。
「セイの事が大好きな、水晶ウサギ、かな」
害意ある様子はない生き物に、ユナフォードはそう締め括って、身を翻す。
ユナフォード自身も、ガイセウスとは会いたくなかったのだ。
「セイと約束してしまったし、この遠征、なんとしても成功させる」
冗談めかせたユナフォードの言葉に、マオは無表情ながら、何処か心配そうな表情を浮かべる。
「……かなり、キナ臭いですが」
「それでも、だ。王族として、この国へ降りかかる災いを見逃す訳にはいかない」
「……何処までも、お供します」
「ああ。お前とノウルがいれば、心強い」
そう力強く語り合いながら、太陽のような主と、闇に住まう従者は、離れる事なく同じ方向へと歩いていった。
まるで一対の絵画のように。
「お守りを作っているらしいですね」
無事にレノーラの部屋へとたどり着き、ジーンへお礼を言っていた星は、唐突なレノーラの言葉に、目を見張って振り返る。
その間に、ジーンは闇の中に溶け込んで姿を消していく。星からお礼を言われ、頬を染めて、目を潤ませている姿を。
「はい。どなたからお聞きになったんですか?」
「シェーナの夫からです」
「そう言えば、シェーナお姉ちゃんの旦那さんは、貴族の方なんでしたね」
「何を言ってるんですか。セイも知ってる相手ではないですか」
「私も知ってる? まさか、あの、ヨー……」
「それは絶対にありえないです」
星が言いかけた名前を遮り、レノーラは嫌そうな表情を隠さず、強い口調で否定する。
「シェーナの夫は、騎士団長のゴードンです」
「……そっか、だから、シェーナお姉ちゃん、あんなに不安そうな顔だったんだ」
騎士団長であるゴードンも、もちろん今回の遠征任務へ含まれている。
「彼女も他人事ではないですからね。それで、お守りですが、良ければ私にも手伝わせてください。布を強化する、簡単な魔術を教えます」
レノーラは真摯な表情で言うと、絆創膏だらけの星の手を優しく握る。
「はい! お願いします!」
星は力強く頷いて答えると、レノーラの手をしっかりと握り返す。
「絶対に間に合わせましょう」
「……はい!」
不安を隠せない様子の星へ、レノーラは何処か不敵に笑って宣言し、そんなレノーラに釣られるように星の口元にも微かな笑みが浮かんでいた。
数時間後、いつもは勉強道具が並んでいるテーブルの上には、裁縫道具と多種の布、綿などが散乱していた。
それらを前に、星とレノーラは疲れた様子ながらも、達成感に満ちた表情を浮かべていた。
「終わった……」
「間に合って良かったです……」
元々絆創膏だらけだった星の手は、さらに傷を増やしていたが、力無く呟く表情は満足げだ。
レノーラも、そんな星の頭を撫でながら、安堵の息を言葉と共に吐き出している。
「あとは、みんなに渡すだけ……」
出来上がったお守りが入った紙袋をキツく抱き締め、星は決意を込めて呟く。
「まずは、あのワンコに渡してあげなさい」
レノーラの言葉に、きょとんと瞬きを繰り返した星は、小首を傾げてレノーラの視線を追う。
そこには、やはりというか、直立不動な赤毛の少年騎士の姿がある。
「アラン君? 何してるの?」
訝しんで問いかける星に、アランは今にもクゥンと鼻を鳴らしそうな、情けない表情を浮かべて、無言を貫く。
「え? 何で、そんな表情するの?」
さらに疑問が深まってしまい、星は助けを求めるようにレノーラを見やる。
「一時間程前……ワンコがいつも通り迎えに来た際に、セイが言ったのです。『静かにして! そこで、待て、してて!』と……」
「まさか、そんな事……」
レノーラの説明が信じられず、星は思わず上目遣いでアランを窺うが、そこにあるのは、まだ待て? と無言で語りかけてくる無邪気な緑の瞳で。
「……色々、ごめんなさい。アラン君、よしっ……です」
脱力感に溢れた星の言葉でも、アランはしっかりと反応を示し、勢い良く星の傍へと寄って来ると、そこへ跪く。
「はい! おれ、ちゃんと待て出来てました?」
期待に満ちた緑の瞳をキラキラと輝かせ、アランはジッと星を見上げて答える。
「……うん、まあ、何か本当にごめんなさい」
何を期待されているか理解し、星は視線を泳がせながら、触りやすいよう跪いてくれたアランの頭をよしよしと撫でる。
そんな星の微妙な様子も気にせず、アランは満面の笑みで頭を撫でてもらっている。
開き直って、しばらく無心で触り心地の良い赤毛の感触を楽しんでから、星は紙袋の中から、出来上がったお守りを二つ取り出す。
「これ、私が作ったお守りです。アラン君の分と、キースさんの分。どうか、ご無事で……」
「もちろんです! セイさんのお守りがあれば、百人力です!」
お守りを持つ星の手を、お守りごと握り締めたアランは、力一杯宣言すると、壊れ物を扱うように二つあるお守りを恐る恐る自らの手の内へ入れる。
それは、何かの生き物の形をした、緑色の布製のマスコット。サイズは手の平に収まるほどだ。ぶら下げられるよう、頭らしき部分には丈夫な紐が付いている。
「あんまり上手くなくて恥ずかしいんだけど……。みんなが無事に帰って来てくれるよう、想いを込めて縫いました」
「ありがとうございます! 大切にしますから! あ、もちろん、キースにも渡します」
ブンブンと幻覚の尻尾を振りながら答え、アランは大切そうに懐へお守りを仕舞い込む。
「私には、祈り待つ事しか出来ないから……」
「それだけで十分です! セイさんが待つ場所を守る。その想いだけで、おれはきっと戦えます。そして、必ず生きて戻りますから!」
信じてください。
跪いたまま、星の手を取ったアランは、そう僅かに震える声で囁き、星の手の甲へと口付けた。
「セイさんのために、勝利を」
何処までも真っ直ぐな赤毛の少年騎士は、そう呟くと、澄みきった眼差しで、ただただ星を見つめ続けていた。




