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巻き込まれ少女、暗躍す。序章(裏),忍び寄る影

詩織さんのターン。

誤字、脱字ありましたら、よろしくお願いいたします。

感想、評価などいただけたら嬉しいです。

序章(裏),忍び寄る影




 ――ルヴァン城内、中庭。

「こんにちは、美しい方」

 侍女を連れて散歩をしていた『世界の愛し子』である詩織へ、そう声をかけてきたのは、淡い色の金髪の美しい青年。

「こんにちは……あの、どちら様ですか?」

「これは失礼を。僕はジュラルド。貴女の美しさに惹かれ、出て来ちゃったんだけど……」

 侍女の後ろから、詩織が柔らかく問いかけると、青年――ジュラルドは柔和な笑みを浮かべ、芝居がかった礼と共に悪戯っぽく返す。

 レノーラ辺りなら嫌悪を示しそうな仕草と言葉だが、詩織には違ったらしく、その口元からは楽しげな笑い声が洩れる。

 その反応を確認した青年は、一瞬だけ暗く瞳を輝かせると、すぐに朗らかな笑顔を浮かべて見せる。

「貴女は『世界の愛し子』様で、合ってるよね?」

「はい、『世界の愛し子』の詩織と申します」

 人好きのする笑顔を浮かべた美しい青年に、詩織は反射的に自己紹介を返す。

「シオリ……名前まで、お綺麗で」

 わざとらしい一歩手前な誉めっぷりだが、ジュラルドの見た目の良さもあり、それはとても自然に見え……。

「……ありがとうございます」

 詩織の心をガッチリと掴んだらしい。

「今日は、急だったから何も用意できなかったけど、次は貴女の為に贈り物を用意するよ」

 ふふ、と軽やかな笑い声と共に、心底楽しそうな表情で告げると、ジュラルドは現れた時と同様に、前置きもなく去っていく。

「今の方は……」

 あっという間に去っていった相手に、夢見るような表情で呟く詩織。そんな詩織を見守る、藍色の髪を持つ年長の侍女――サマンサは、瞳を鋭く細め、心配そうな視線を詩織へ向けている。

 サマンサが無言の為、別の侍女が詩織の疑問に答えようと口を開いた。

「あの方は、陛下の実弟様のご子息であらせられますわ」

 サマンサ程ではないが、警戒心を滲ませる口調で答えるのは、金髪縦ロールの侍女――レベッカ。彼女は貴族の娘で、父親はかなりの愛し子派だ。

「えーと、と言うことは、ユナフォード殿下の従兄弟です!」

 元気良く当たり前な事を口にするのは、アランとは違い、三角形な本物の犬耳とふさふさな尻尾を持つ獣人の侍女――ティナだ。ティナの様子は無邪気で、警戒心の欠片もない。

「王族の方、なんですね」

 侍女達の微妙な様子を気にせず、詩織が気にしたのはジュラルドの肩書きのみ。

「……はい」

 サマンサは伏せ目がちに肯定だけし、ジュラルドの後ろ姿を熱心な様子で見送る詩織を、心配そうに見つめ続けていた。




 詩織とジュラルドの出会いから数日後。

「やあ、おはよう」

「ジュラルド様?」

 宣言通り、贈り物の小さな花束を手にし、ジュラルドは再び詩織の前へ姿を現した。

「はい、どうぞ」

「まあ、可愛い! ありがとうございます」

 差し出された花束を受け取り、詩織は嬉しそうに声を弾ませる。傍らでは、ティナもブンブンと尻尾を振っている。

 その後、少しだけ世間話をし、ジュラルドは長居をせず、去っていく。

 また数日後――。

「おはよう、シオリ」

「おはようございます、ジュラルド様」

 今度は謁見帰りの詩織を待ち伏せ、ジュラルドは姿を現した。

 今度の贈り物は、可愛らしい小瓶に入った香水。

「貴女をイメージして作らせたんだ。受け取ってもらえる?」

「えぇと、ありがとうございます」

 差し出された小瓶に、詩織は僅かな困惑を、残りは嬉しそうな感情を隠せず返すと、両手でソッと包むようにして小瓶を受け取る。

「気に入ってもらえると嬉しいな。――じゃあ、またね」

「あ、はい、また……」

 また二言三言世間話をし、ジュラルドはあっさりと去っていく。

 次は、焼き菓子を持って散歩中。

 偶然を装って、何度も何度も。

 花や、ちょっとした化粧品、はたまたジュラルドお勧めの本。

 毎回、何かしらの贈り物を手に、ジュラルドは詩織の前へ姿を現した。

 その度に、少しの世間話をして詩織を笑わせ、ジュラルドは満足げな様子で、次の約束をして帰っていく。

 ただそれだけ。

 しかし、いつからか詩織は、ジュラルドと会えるのが楽しみになっていた。

 会話上手で、イケメン、しかもマメ。しかも、好意を隠さない。

 いくら『世界の愛し子』として崇め奉られても、詩織は元々ただの女子高生なのだ。

 優しくしてくれる相手を、信頼してしまうのは当然だった。さらに、すこぶるイケメン。(二回目)

 サマンサとレベッカ。侍女の内、二人はジュラルドを警戒していたが、基本的にお人好しなティナは、すっかりジュラルドを信じきっていた。

 ジュラルドはティナが獣人だろうと表面的には全く気にせず、粗末に扱う事はなく、逆にティナへも贈り物を持ってきたりもしていた。

 とりあえず、侍女達のジュラルドを警戒しろ、という言葉へ疑問を抱く程度には、ジュラルドは詩織の中で大きな存在へとなっている――ように見えていた。




「今日は、一緒に散歩でもしない?」

 いつも通り現れたジュラルドは、柔らかな笑顔でそう詩織を誘う。

 狙っている訳ではないだろうが、ジュラルドは最近、まるで警戒している侍女二人を避けるよう、詩織の傍にティナしかいない時にしか現れていなかった。

 今日も、詩織の傍にいたのは、ティナと真面目そうな護衛騎士のみ。

 嬉しそうな表情で頷いた詩織は、躊躇うことなく、ジュラルドが差し出した手を取る。

 壊れ物扱いで、そつなく詩織をエスコートしたジュラルドが向かうのは、人気がない中庭。

 色々な理由で、詩織は胸を高鳴らせていたが、二人の背後にはティナと護衛騎士が控えている。

 背後の存在を忘れる程、ジュラルドとの二人の世界に入り込んでいた詩織だったが、目的地に先客を見つけ、軽く目を見張る。

 まるで、浮気を見つかった気分の詩織は、動揺を隠せず、ジュラルドの腕を掴んだまま先客を上目遣いで窺う。

 が、先客の反応は、詩織の想像とはかけ離れていて。

「おや、珍しい組み合わせだね」

 イケメンなジュラルドより、一段か二段は上の麗人――この国の第一王子であるユナフォードは、そう言うと、動揺の欠片も見えない静かな微笑みで二人を迎える。

「ユナフォード、久しぶり」

「そうだね、久しぶりだ。君と叔父上は、だいぶ前から城に滞在していたようだけど」

 ジュラルドの挨拶に、軽い皮肉で応じたユナフォードは、チラリとバツが悪そうな詩織を視界に入れる。

 その瞬間、ジュラルドの目を過ったのは、何かを期待するような暗い光。そして、ジュラルドは見せつけるように詩織の肩を抱く。

「別に、愛し子だからって、恋愛は禁止されたりはしていないよ? 義務さえ果たしてくれれば、何の問題もないから。『世界』はそこまで狭量ではないからね」

 そんなジュラルドの視線を感じているであろうユナフォードは、全く気にする様子もなく、悪戯っぽく言いながら、ジュラルドに肩を抱かれている詩織へ向けて小さく肩を竦めて見せる。

 当初、ユナフォードは詩織へかなり義務的な態度をとっていたが、もう一人の異世界人である星の言葉と詩織自身の頑張りを認め、多少は砕けた態度をとるようになっていた。

 そのせいで、詩織は勘違いをしていた。ユナフォードは、自分へ好意を持ち始めているのだと。

 周囲もユナフォードの変化に、そうではないかという噂が流れ始めていた。主に、貴族の間だけで。

 無理に慌てて噂を消そうとすれば、余計な混乱が起きる事を理解しているユナフォードは、放置して噂の鎮静化を待っていたのだが……。

 ジュラルドも、その噂を信じていた口らしく、何の動揺も感じさせないユナフォードに、一瞬だけ落胆の色を滲ませる。

「そうそう、愛するのは『世界』が一番じゃなくても、問題ないんだよ?」

 落胆を瞬き一つで押し隠したジュラルドは、わざとらしく声を弾ませながら、さりげなく詩織の肩から手を離す。

「まあ、君の心の乱れは『世界』を乱すから。恋愛はほどほどに。侍女をあまり心配させるものではないよ」

 以前よりは柔らかく苦笑して、そう忠告すると、ユナフォードはすれ違い様に詩織の肩を軽く叩いて、振り返る事なく立ち去る。

 残された二人は、いつも通り世間話をするが、それは先日までとは違い、空々しさが拭えない。

 微妙になった雰囲気の中、それでもジュラルドは人好きのする笑顔を崩さず、詩織をきちんと自室へと送り届ける。

 扉が閉まり、一人きりになった瞬間、ジュラルドは人好きのする笑顔を消し、冷ややかな表情を浮かべて歩き出す。それは、恐ろしい程に父親であるガイセウスと似た表情だ。

「当てが外れたなぁ」

 そう心底残念そうな呟きを洩らすジュラルドだったが、その口元は暗く歪んだ笑みを刻んでいた。




 一方、自室へと戻った詩織は、相変わらず聖女のような完璧な微笑みを浮かべて、ティナが入れたお茶を飲んでいた。

 一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、その笑みが歪みを見せる。



「当てが外れちゃいました……」



 すぐにその歪みは消えてなくなり、ティナが不思議そうな表情で窺い見た時には、詩織は、うふふ、と楽しそうな笑い声を洩らしていた。

 そんな詩織の様子を見て、ティナは無邪気に尻尾を揺らしていた。

 先程聞こえた呟きは、気のせいだったかと内心思いながら。

「私への嫌がらせのつもりだったようだけど……、さすがだ、愛し子も利用されるだけではないらしいね」

 急造カップルな二人と別れたユナフォードは、誰にともなく呟きながら、一人廊下を歩いていた。

「……はい。ジュラルド様の本心は薄々バレていたようです」

「あの女は、中々の策士ですわ」

 その呟きに答えるのは、闇から響く、姿を見せない男女の声。

「……けれど、セイの方に同じ事をされたら、動揺をしない自信がないな」

 美しい青の瞳を煌めかせ、自嘲じみた呟きを洩らしたユナフォードは、深くため息を吐く。

「しかし、タイミングが悪すぎる。こんな時に、私もノウルもシウォーグも、遠征に向かわないといけないなんてね」

「……残せるだけ、セイさんの傍には残しますが」

「騎士の方もだからね。手薄感は否めないな。愛し子の方は、貴族の加護があるから問題ないだろうが……」

 ガシガシと。乱雑な仕草で髪を掻き乱したユナフォードは、不安を滲ませた呟きを洩らし、とりあえず進路を自室ではなく、異母弟であるシウォーグの部屋へと変える。

「少し対策を練ろうか」

 あの子の為にも。

 心の中で呟き、ユナフォードは歩く速度を速めていった。


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