巻き込まれ少女、暗躍す。序章,不穏な影
第四部スタートです。ここから読み始める方は少ないとは思いますが、初めましてな方の為に少し説明臭いです。
やっと、いかにもな方が出せました。
次は詩織さんのターンです。
誤字、脱字ありましたら、そっと教えてください。
序章,不穏な影
マナーシュ国、王都ルヴァン。
その城内に、巻き込まれ少女こと、柊星はいた。
この異世界では少し珍しい、真っ黒で艶のある髪と、黒目がちの大きな黒い瞳を持つ星は、現王妃の実の妹であるレノーラから、指導を受けていた。
星がこの異世界に来てから、すでに半年近く経ち、レノーラから受ける授業内容も、かなり深い内容となってきていた。
「セイ、こちらへ来て? ここへ、隠れなさい」
そんなレノーラからの何の前置きもない言葉に、星は無表情で瞬きをし、大きなウサギのぬいぐるみを抱いて、逆らわず示された場所へと潜り込む。そこは、戸棚の中で。
「見るぐらいはいいですが、絶対に喋らないように……」
星の黒髪を撫でたレノーラは、扉を閉めながら小声で囁き、硬質な表情で微笑みを浮かべる。それは、まるで臨戦態勢のようで、星は相変わらず表情に出さずに、小首を傾げ、腕の中のぬいぐるみ――ではなく、水晶ウサギのラビを見つめる。
ラビは何と無く星の言いたい事を理解したのか、もふもふな前足を、優しく星の唇へ押し当てる。
コクリと頷いた星は、不安げな瞳を、僅かな光を射し込ませる扉の隙間へ向ける。
もふもふなラビの後頭部へ顔を埋めた星の耳に、聞いた事のない男性の声が聞こえてきた。
星は息を潜め、気配を殺して、扉の隙間へと顔を寄せて、そっと室内を窺った。
少し時間は遡り、日課である巻き込まれ少女――星への指導をしていたレノーラは、カサリと机の上に落ちてきた紙片に眉をひそめる。
そこに書かれた文字を一瞥し、レノーラはそれを星が気づく前に握り潰す。
レノーラの視界の端では、闇の中で琥珀が揺れている。
「……セイが狙いですか」
肯定を示すように、大きく揺らぐ琥珀を見たレノーラは、突然の自分の発言にきょとんとしている星へ、部屋の隅の戸棚を示し――。
先程の流れに至る。
そして、今現在、レノーラの目の前にいるのは、義兄であるアルファン、つまりマナーシュ国王と似た雰囲気の男性だ。ただ、アルファンを陽とするなら、目の前の男性からは何処か陰を思わせる空気が滲み出ていた。
「……ガイセウス様、私に何用ですか?」
レノーラが警戒心を隠さない尖った声で問うと、ガイセウスと呼ばれた男性は、作ったような陽気な笑顔を浮かべて見せる。
「おやおや、年齢的にも君は年下なのだから、遠慮なく兄と呼んでくれても構わないと言っただろう?」
その喋り方も含め、芝居がかった仕草は、ガイセウスの整った見た目には似合っていたが、レノーラの反応は芳しくない。
嫌なものを見たとばかりに眉をひそめたレノーラは、無言で冷えた眼差しをガイセウスへ向けている。
「……冗談だよ。それで、君が指導中の巻き込まれは何処だい? ぜひとも、話してみたいんだが……」
「彼女は人見知りですから、あなたへ会わせる予定は無いです」
「残念だな。では、またの機会にしよう」
「またの機会もないです」
「はは、レノーラは手厳しいなあ」
冷たくあしらうレノーラを気にせず、ガイセウスは陽気な笑顔を振り撒いているが、戸棚の中に隠れている星は、妙な寒さを感じて、ラビをしっかりと抱き締める。
「そもそも、あなたは愛し子にご執心だった筈では?」
「そうだね。あちらはあちらで、ね」
意味ありげな笑みを浮かべて答え、ガイセウスはチラリと部屋の奥へと視線を流す。
そこにあるのは、星が隠れている戸棚と、その傍らで深さを増している闇。
「またの機会を楽しみにしよう。――わたしにとって、利用価値があるか、ないか」
その口調は何処までも軽く楽しげで、だが、アルファンと同じ色をした目に宿るのは、昏く淀んだ闇。
星の口にする、あたたかな闇とは真逆であろうもの。
「彼女は……彼女達は、あなたの道具ではないです」
「あははは、わかっているよ? わたしの息子も、愛し子様に興味津々でね」
部屋へ満ちる冷気に、レノーラは僅かに気圧されたような様子を見せるが、気丈にもガイセウスを睨み続ける。
そんなレノーラを、鼻先で笑い飛ばしたガイセウスは、意味ありげな呟きを洩らし、戸棚へと視線を流しながら、あっさりと部屋から出て行く。
その後ろ姿を見送ったレノーラは、寒さを堪えるように自らの体を抱き締めた。
「……ユナフォードの黒さが可愛らしく思えてきました」
レノーラの万感の思いが込もる呟きに、同感だとばかりに、闇の中で琥珀が柔らかく揺れていた。
「……大丈夫ですか」
ガイセウスが立ち去ってしばらくしてから、ようやく動き出した闇が、ゆっくりと凝り、黒髪琥珀の目の青年が現れ、そうレノーラへ声をかける。
「ええ、大丈夫です。……あのどす黒い男、帰って来てたのですね」
星へ教え込んだマナーが吹っ飛ぶような口の悪さを披露したレノーラは、そこで急に慌て出すと、星を押し込んだ戸棚へと駆け寄る。
「セイ、もう大丈夫ですよ?」
優しく声をかけたレノーラは、驚かせないよう気を付けながら、戸棚を開く。
「れ、レノーラ様、あの人、何か怖い……」
扉が開かれた瞬間、怯えを隠せない星の口から飛び出すのは素の口調での、弱々しい訴え。
貴族の子弟からの直接的な悪意にすら負けん気を見せていた星だったが、ガイセウスの恐怖はそれを上回ったらしい。
「ごめんなさい、セイ。私がもう少し気を付けていれば……」
怯えを隠せない小さな体を抱き締め、レノーラは優しく囁きながら、戸棚から外へと連れ出す。
「レノーラ様が悪いんじゃない、です。……あの方は、王弟殿下、であってますか?」
「ええ。あの方はガイセウス。国王アルファン陛下の実弟です。自分の領地から出て来るのは珍しいんですが……」
良く出来ましたと、星の頭を撫でながら、レノーラは忌々しげに応じるが、星の物言いたげな黒い瞳に気付き、苦笑を浮かべて見せる。
「立て続けに起きた騒動の、一番の容疑者があの方なのです」
「騒動?」
「……馬車の襲撃に始まり、ゴブリンの侵入、呪術師の活発化、妖精の姫の事件、です」
きょとんと問い返した星へ答えるのは、レノーラへ紙での伝言をした人物、先程から無言で立ち尽くしている黒髪琥珀の目の青年だ。
彼の名前はマオといい、第一王子であるユナフォードの影をしている。人間味の薄い、整った風貌の青年だ。
「あ、マオさん、こんにちは」
「……こんにちは」
「王弟殿下が、黒幕さんなんですか?」
「あくまで疑いです。あの方は、大きなトカゲなので、切る尻尾がたくさんあるのですよ」
マオと挨拶を交わし、問い掛けた星へと、今度は皮肉げな笑みを口元に浮かべたレノーラが応じる。
「一体、何の為に?」
「……さあ? 優秀な兄に迷惑をかけたいのでは? まあ、呪術に関してでしたら、私は負けるつもりはありませんから」
やる気満々と言うか殺る気なんじゃないかと思えるレノーラから少し離れ、星は腕の中のラビへと視線を落とす。
「一体、私に何用だったのかな?」
「……『世界の愛し子』への接触もはかっているようです。異世界人に興味があるのでは?」
星の疑問に答えたのはラビ……ではなく、気配なく寄って来たマオだ。
ラビは不快げな表情で、ガイセウスが去って行った方向を睨み付けている。可愛らしい見た目にはそぐわない、こちらも殺る気に満ちた眼差しだ。
「詩織さんは大丈夫かな?」
「……まあ、愛し子は計算が早い方ですから、一方的に利用される事はないでしょう」
心配そうに瞳を揺らす星に、マオは相変わらずの平板な声音で答え、現れた時と同じように闇の中へと姿を消していく。
「大丈夫です、腹黒さでは愛し子も負けてはいません。……愛し子が気を付けるとしたら、あの方より、その息子でしょう」
「王弟殿下の息子だから、ユナ様の従兄弟?」
「そうです」
「その方が、王弟殿下より危険なの……ですか?」
気が抜けて素の口調になりかけた星だったが、レノーラからの視線を感じ、慌てて口調を整える。
「年齢はユナフォードの一つ下で……ユナフォード程ではないですが、美形なんです」
予想外のレノーラの言葉に、詩織の面食いを知らない星は、不思議そうな表情で首を捻る事になった。
「セイさん! お迎えにあがりました!」
ノックより前、扉越しでもはっきりと聞こえてきた声に、星と向き合っていたレノーラの眉がピクリと動く。
「……煩い犬ですね」
「あ、あの、ちゃんと注意しますから、怒らないであげてください」
「甘やかすのは駄目です。――もしも、愛し子に聞こえていたらどうするんですか?」
声の主を庇おうとする星に対し、ピシリと言葉を重ねたレノーラは、厳しい表情のまま、声の主を招き入れる。
「さあ、入りなさい。お説教の時間です。飼い主であるセイもですよ?」
シュンとする星の隣で、一緒になってシュンとしている声の主は、鮮やかな赤毛に緑の瞳の少年騎士だ。 ペタンと倒れた耳と垂れた尻尾の幻覚が見えそうな少年騎士の名前は、アランといい、ことあるごとに犬扱いをされている。
本人も周りも否定しない為、星の忠犬のようなものだと認識されている。
今もアランは、レノーラから説教を受けながらも、星が隣にいるので、どこか喜色を隠せていない。
「聞いてるのですか、アラン」
「はい! 聞いてます!」
ブンブンと尻尾を振り出しそうなアランの返事に、レノーラの表情がヒクリと歪む。
「人目のある所では、セイの名前を大声で呼ばない。これぐらいは守りなさい。セイを守る為にも」
それでも、レノーラはめげずにゆっくりと最低限の忠告を、真摯な表情で言い含める。
「は、はい! 守ります!」
ビシッと背筋を正してハッキリと言い切ったアランは、隣に立つ星の手をギュッと握り締める。
「ノウル様の所へ行きましょう!」
「あ、うん。……レノーラ様、また明日」
「ええ、また明日」
星はグイグイとアランに引っ張られながらも、レノーラへ挨拶をして、そのまま部屋から出て行く。
「……まさに、大型犬とその飼い主ですね、あの二人は」
柔らかい苦笑で去っていく二人を見送ったレノーラは、表情を引き締めると、影が新たに差し出した紙へと視線を落とす。
「遠征、ですか。何か起きないといいですが……」
書かれている文字を目で追い、レノーラは誰にともなく呟くが、遠征の参加予定者の欄を見るうちに、その表情は明らかに険しさを増していく事となった。
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レノーラの叱責を受け、いつもより気合を入れたアランのおかげで、星は無事に待ち人のいる部屋へと辿り着いていた。
「ノウル、お仕事終わった?」
その星が小首を傾げて話しかけるのは、月光を紡いだような銀色の髪に、稀有な紫色の瞳を持つ美丈夫だ。
ノウルという名を持つこの美丈夫は、巻き込まれた星を森で保護し、一緒に住んでいた。ちなみに、星は気付いていないが、かなりの溺愛ぶりだ。
「……あ、ああ、終わったぞ」
そんな溺愛中のノウルにしては珍しく、星の問い掛けに言い淀み、手にしていた紙を懐へ仕舞い込む。
その紙は、先程レノーラが眺めていた物と同じ物のようだったが、星に知る由はなく……。
「さあ、帰ろう」
不思議そうに見つめてくる黒目がちの瞳を見つめ返し、愛おしげに囁いたノウルは、星を一瞬だけ抱き締めてから、扉へと向かって歩き出す。
「うん」
ノウルの差し出した手を空いた手で握り、星は大きく頷いて見せる。
仲良く寄り添って帰路へついた星とノウルだったが、不穏の影はゆっくりと近づき、二人を飲み込もうとしていた。




