巻き込まれ少女、活動中。終章,とりあえずのさよならを。
やっと活動中編終了です。お付き合いありがとうございます。途中、色々ありましたが、励ましの言葉も頂き、嬉しかったです。
お騒がせ姫様、ご帰還です。
誤字脱字ありましたら、そっと教えてください。
感想、評価嬉しいです。
終章,とりあえずのさよならを。
星とティルファーナ。今二人がいるのは、初めて出会った森の中だった。
「サヨナラ、セイ。セワ、ナッタ」
「はい、姫様。さようなら」
ぎこちないティルファーナのマナーシュ語を聞き、星は小さく微笑んで柔らかく返す。
星とティルファーナの周囲には、護衛の騎士と、彼らに守られたユナフォードがいる。
それと……、
「本当に、ティルファーナ様がご迷惑を……」
申し訳無さそうに星へ頭を下げる、乳白色の髪に真紅の瞳の青年がいた。
「いえ、毎日楽しかったですよ、ルビーさん」
笑顔の星が呼んだ名前は、ティルファーナの話題に出ていた、従者の名前だ。確かに青年の瞳は、宝石を思わせる美しい紅だ。ちなみに、ティルファーナとは違い、青年の見た目は耳が少し長く、先が尖っているぐらいで、他は普通の人間と変わりない。
【ちょっとルビー! ワタシは迷惑なんか……】
ふよふよと辺りを飛び回り抗議するティルファーナ。そんなティルファーナを、ルビーはキョトンとした表情で見やり、首を傾げて見せる。
【え? セイさんはティルファーナ様を庇って怪我をされて、一週間目覚めなかったと、ティルファーナ様自身からお聞きしましたが?】
【そ、それは、ワタシが悪いかもしれないけど……】
痛い所を突かれ、ティルファーナはバツが悪そうに視線を泳がせ、モゴモゴと呟きながら、最終的に星の肩で落ち着く。そこへ、ルビーが笑顔で追い討ちを。
【傷跡も残ってしまったらしいですね】
この発言に、慌てたのは星だ。
【ルビーさん!? それは内緒で……】
あちこちに視線をさ迷わせ、必死な様子ですがるような色を瞳に浮かべ、ルビーを止めようとするが……。
【え……だって、魔術で傷は……】
バッチリ聞こえてしまったティルファーナは、今にも泣き出しそうな表情で、おずおずと星を窺い、弱々しく言葉を紡ぐ。そこへ、再びルビーからの追い討ちが。かなり、怒っているのか天然なのか分からないが……。
【塞がりましたよ? でも、薬の影響なのか、綺麗には治らなかったらしいですよ?】
【そ、そんな……】
見事にティルファーナを撃沈させる。ついでに、離れた場所で話を聞いていたユナフォードにもダメージを与えている。
【うっすらですから! その内、見えなくなるだろうって言われましたから!】
ドヨンと音がしそうな程落ち込んでしまったティルファーナに、星は慌てまくって言い訳し、慰めへと入る。
【姫様、お願いです。笑ってください。お別れが、そんな暗い顔なんて、私は嫌です】
ね? と星が小首を傾げて訴えると、ティルファーナは力無く飛んで来て、星の差し出した掌に着地する。
【ごめんなさい、セイ。それと、ありがとう! 黒幕が分かったら、ワタシにも教えなさいよね? セイの代わりに、魔術で吹っ飛ばしてあげるんだから!】
星の慰めが効いたのか、喋っている内に、いつものペースを取り戻したティルファーナは、キラキラと瞳を輝かせて宣言する。最初の殊勝さは、すでにない。
【はい、そちらにも報告しますね】
星は安堵を滲ませて答えながら、チラリとユナフォードを見やり、次いでルビーへと視線をやって確認してから、最後にティルファーナへ頷いて見せる。
【約束よ?】
【ええ、約束です】
悪戯っぽく視線を交わし合った星とティルファーナは、星の小指をティルファーナが掴む体勢で指切り(?)をする。
【結局、襲撃してきたのは、依頼されただけの捨て駒で、背後関係はわからなかったのですよね】
ユナフォードの様子を窺いながら、ルビーは真剣な表情を浮かべ、ティルファーナと指切りをしている星へと訊ねる。
【はい。ここだけの話ですが、かなり身分の高い人間が背後にいるのでは、という話です】
思わず星は声を潜めて答えるが、交わされているのは早口の妖精言語なので、ユナフォードですら聞き取れていない。
【貴族とか、神官って事?】
星の指から手を離したティルファーナは、ルビーの肩へと落ち着いて、そう問いかける。いつもの定位置らしく、ティルファーナも安心しきった様子だ。
【まだ確証はないので、お二人の胸にしまっておいてくださいね?】
【わかってるわ! セイの信頼を裏切ったりしないわ】
【もちろんです。僕も喋りませんよ。――では、迎えが来たようなので、とりあえず】
【さようなら、ね。セイ】
内容は殺伐としていたが、和気あいあいとしていた会話は不意に終わりを告げ、最初はルビー、次にティルファーナが森の奥を見やり、寂しさを隠さない声音で言う。
そこにいたのは、ティルファーナを迎えに来たらしい、武装した一団だ。全員が、ルビーと同じ様に耳が長く、先は尖っている。
「姫様が、お世話に、なりました」
先頭にいた凛々しい金髪の女性が、ぎこちなさはあるが綺麗な発音のマナーシュ語で挨拶をし、頭を下げる。
「無傷でお助け出来たのは、不幸中の幸いだね。それで、犯人は、こちらで厳罰に処させていただくので構わないかな?」
「はい。人間が犯人でしたら、人間の法律で、裁きを」
貼りつけたような美しい笑みを浮かべたユナフォードの問いに、全く心を動かされた様子もなく、迎えの女性はお手本のような笑顔で応じている。
そんな寒々しいやり取りを横目に、星とティルファーナは抱擁を交わし、次いで星とルビーの間で固い握手が交わされる。
【今度こそ、さようなら、姫様】
【さよなら、セイ。最後くらい、名前で呼びなさいよ!】
可愛らしい命令に、星はふわ、と柔らかく笑うと、一言一言慈しむように、
【ティルファーナ様】
と、小さな妖精の姫を呼ぶ。
【て、照れるわね】
自分で言い出しておきながら、ティルファーナは恥ずかしそうに頬を染め、照れ隠しにルビーの乳白色の髪を引っ張る。
【ちょ、ちょ、痛いです!】
【姫様、ルビーさん禿げちゃいますよ?!】
【え? あれ、絡まったわ!?】
大騒ぎが収まった後、三人は顔を見合わせて大笑いし、今度は三人で手を重ね合う。
【じゃあ、またね、セイ】
【はい、また。今度は、きちんと手順を踏んでから来てください。心労で、ルビーさん、本当に禿げちゃいますからね?】
【…………禿げませんよ、多分】
自信なさげなルビーの台詞に、星とティルファーナは顔を見合わせ、同時に吹き出す。
【きっと、会いに来るわ。その時には、この間の質問に答えてよね?】
【禿げたら困りますから、僕も一緒ですけど】
そんな悪戯っぽい言葉を最後に、仲の良い妖精の主従は深い森の奥へと帰って行く。
【……お待ちしてます】
その後ろ姿を見送り、星は一瞬だけ複雑そうな表情を浮かべるが、すぐに柔らかい微笑みと共に、囁きを落とす。
「静かになってしまったね」
「ええ。でも、約束しましたから」
いつの間にか隣に立っていたユナフォードの言葉に、星はゆっくりと黒目がちの瞳を瞬かせ、嬉しさと寂しさが混じった呟きを返す。
「これは、とりあえずのさようなら、です」
弾んだ声と共に、悪戯っぽい笑みを溢した星は、森へ呑み込まれるように消えた一団を見送り、名残を惜しむ事なく、歩き出した。
帰りを待つ人がいる家へと――。
●
「ただいま、ノウル」
「おかえり、セイ」
玄関先で擽ったそうな表情で挨拶を交わした二人は、どちらからともなく、小さく笑い声を洩らす。
「妖精の姫は、無事に帰ったか?」
洗面所へ手を洗いに行く星の後を追いながら、ノウルはそう問いかける。
「うん、ルビーさんと一緒に、仲良く帰っていったよ。……あ、ラビ、ただいま」
足を止めずに答えると、星は視界へと入ったラビへも帰宅の挨拶をする。
すっかり二足歩行が通常運行なラビは、星の声にピタリと足を止めると、もふもふな前足を挙げて、挨拶へ応える。
「……ラビの中って、小さい人が入ってそうだよね」
人間じみたその動作に、星はシパシパと瞬きをしてから、誰にともなく呟き、ラビを抱き上げる。
そんな事ないよ? と言いたげな様子で、ラビは星の腕の中で可愛らしく小首を傾げる。
「うぅ、可愛い……」
結局、可愛いは最強らしく、星は短く呻き、ラビのもふもふな腹毛に頬を寄せる。
「……セイは、そいつに騙されてるぞ」
ノウルの小声での突っ込みは、洗面所へと向かう星には届かず、小さく、くふくふ、という鳴き声だけが聞こえていた。
かつての生活をなぞるよう、星は日課となった読書に、今の同居人であるノウルと午後の日溜まりの中で寄り添って耽っていた。
正確には、ノウルは星の為の人間座椅子となり、二人でベッドの上で読書に耽っていた。
「……妖精言語か?」
背後から星の手元を覗き込んだノウルは、紫の瞳を眇め、不審そうに問いかける。
「ん? ん、そうだよ。ルビーさんがくれたの。姫様が好きな、恋愛小説だって」
本から目を離さず答える星は、じゃれてくるラビを片手であやしつつ、ページを捲る手はそのままだ。
「面白いのか?」
「うん、ベタで鉄板な甘くて切ない感じが面白いよ?」
愛おしげに目を細めたノウルは、問いながら星の肩へと顎を乗せ、抱き締める腕へ力を込める。
「……セイは、恋愛に憧れないのか?」
星の感想から共感を感じなかったノウルは、星の肩へ顎を乗せたまま、訝しげに問いかける。
「ない訳じゃないよ? でも、今はあんまり……。姫様にも、本命は誰なの? って訊かれたけど……」
「……そうか。セイは、セイのペースで良いと思うぞ?」
あからさまな安堵の表情を浮かべて頷いたノウルは、星の温もりを感じながら目を閉じている。
「本命も何も、そんな相手がいないのにね」
本から目を離さず、ふふ、と小さく笑い声混じりで溢す星。
何処か凹んだ様子のノウル。
そんなノウルを、楽しげな様子で慰めているラビ。
何だかんだで仲が良さそうな一人と一匹を視線だけでチラリと振り返り、星は心の中の面影に向けて囁いた。
「これが私の新しい『家族』だよ」と――。
あたたかい空気が満ちた部屋の中。
開け放たれた窓から入る風が、机の上に置かれた白いノートを風が捲っていく。
新しい文字が書かれたページには、星が書いたらしい日本語と、その下には拙いマナーシュ語が並んでいる。
『辛い事もあるかもしれないけど、改めて思います。ここは、私の新しい故郷だと。
私の出来る事を、大切な人達の為に出来たらと思います。
色んな出会いと別れがあるかもしれません。
私は、もっと強くなりたいです。あの人へ、胸を張って会えるように。
柊 星』
『セイへ。
てがみじゃ、ふたしかだから、ここにかくわ。
マナーシュ語、かくのはできるのよ? すごいでしょ?
めんとむかっていうのは、はずかしいから、もじにするわ。
たすけてくれて、ありがとう。
しかってくれて、ありがとう。
であえてうれしいって、つたえてくれて、ありがとう。
ワタシも、セイにであえてよかった。いっしょよ。
また、あいにくるわ。ルビーをつれて。
セイも、いつかワタシのくににきなさい! やくそくよ?
それじゃあ、とりあえず、さようなら、セイ。
ティルファーナ』
白いノートへ残された密やかなメッセージ。
気付いた時、星はどんな表情をするのか――。
今はまだ気付かれず、悪戯な風だけが、雨の匂いと共にページを捲っているだけだった。




