巻き込まれ少女、活動中。幕間,祈り待つ人々
次の章へ行く前に、これだけは書きたくて書いてしまいました。
次こそ、終章です。
誤字、脱字ありましたら、そっと教えてください。
感想、評価、いただけると嬉しいです。
幕間,祈り待つ人々
セイが目を覚まさなくなってから、一週間が過ぎようとしていた。
俺は、溜まっていた休暇を取らされ、一日の大半を眠るセイの傍らで過ごしていた。
目を離したその間に、もしもセイが呼吸を止めたら。もしも――消えてしまったら。
あの日、セイが着ていたドレスは、そのままにしてある。赤黒く色を変えたドレスは、セイの命の色。何となく、捨てられずにいた。
「……普通なら、もう」
衰弱しきっていて、命の危険に晒されてるだろう。
みなまで口に出す気にはなれず、俺はセイの艶やかな黒髪を撫でる。
俺が伸ばしてくれと頼んだから、セイは髪を伸ばしてくれている。
正直、妙な男を惹き付けているようなので、失敗したかと思う時もある。だが、切らせるには勿体無いと思う自分もいる。
異世界から来た、あどけない無邪気な少女。
それが、俺の中でのセイだった。
しかし、同郷である少女の頑張りと、レノーラ様との出会いがセイを変えていく。いや、元々、セイは人見知りはするが、引きこもろうとはしていなかった。
時々、好戦的ですらあり、驚かされる事もある。
あとは、権力には興味がないらしい。
俺は長男ではないが、貴族としてかなり身分の高い方だ。
普通の女なら、俺の身分を笠に着て、もう少しお高くとまったりしそうなものだが、セイはセイのままで、出会った当初から変わらない。
最近気付いたが、俺はセイの事をほとんど知らない。
『世界の愛し子』が憧れだと聞いて驚いたのも、記憶に新しい。
それぐらい、セイは自分の事を話さない。
「……起きたら、たくさん話そう」
今知ってるのは、読書が好き、料理好きかつ食べる事が好き、動物に好かれる。俺の髪を構うのがお気に入り。いつも、日溜まりのような匂いがする。表情はあまり変わらないが、その分黒目がちの瞳がセイの気持ちを伝えてくれている。
今は、その瞳は瞼の裏へ隠れ、長い睫毛が眠るセイの顔へと影を落とす。
布団の上に投げ出されたセイの手を握り、祈るように額を寄せる。
「……早く、起きてくれ、セイ」
乞い願う俺の声に、応えてくれる柔らかな声は、まだ聞こえない。
【私の事は気にしないで、逃げて! ティルファーナ!】
あの日、聞き取れなかったが、何と無くセイさんが言った事は理解出来た。
多分、姫様を逃がそうとしていたのだろう。セイさんは、そんな人だ。
おれは、そんな人だから、守りたいと思ったのに……。
でも、あの時、おれの剣はセイさんを守れず、キースの助けがなければ、もしかしたらセイさんは、ここにいなかったかもしれない。
震え出す右腕を、左手で掴みながら、おれは眠り続けているセイさんを見つめる。
やつれた様子のノウル様は、おれと入れ替わる形で席を外されて、部屋の中にはおれとセイさんだけ……ではなく、ラビさんもいる。
そう言えば、あの日、ラビさんがいなければ、キースも間に合わず、セイさんは……。
「ラビさん、あの時は、すみませんでした。おれがいながら、セイさんを守れなくて……っ」
悔しさから喉が震え、溢れ出した涙が頬を伝う。こんな弱い自分は嫌いだ。
そんなおれを見透かしているかのように、ラビさんの深い知性を感じさせる瞳がおれを射る。
「……もう、絶対誰にも遅れはとりません! ラビさんにだって、負けませんから!」
涙を乱暴に拭うと、グッと拳を握り、おれは声高く宣言する。
この声が、セイさんへ届けば良い。
そう願いながら。
「どうして、あの日、俺はカードゲームなんかしてたんだろうな」
セイちゃんの眠るベッドへ腰掛けながら、俺は返ってくる事のない答えを待ち続ける。
「もし、俺がもっと外に気を配っていれば……」
あの襲撃者の気配に、早く気付けていたかもしれない。
抑えきれない後悔から、そんな意味のない、もし、を呟き続ける。眠り続けているセイちゃんの傍らで。
「大切な相手が傷つくのが、こんなにもキツイとはね」
自嘲気味に吐き捨て俺は、あの日血に塗れていたセイちゃんの腕を擦る。
そこは、魔術で傷を綺麗に塞がれ、僅かな赤い跡だけを皮膚に残していた。
「この傷を言い訳に、結婚でも迫ろうかな」
悪戯っぽく告げてみるが、静かに眠り続けるセイちゃんから反応がある訳もなく……。
「『世界』にでも祈ってやるさ。無様にすがりついても良い。――俺の唯一無二を奪わないでくれ、と」
祈りを口にしながら、俺はセイちゃんの傷跡へと口づける。
願わくば、この祈りがセイちゃんへ届く事を。
「遅くなって、ごめんね?」
私の声は震えていないだろうか? 笑えているだろうか?
眠り続けているセイには聞こえてはいないだろうが、一国の王子として、出来れば格好つけたかった。
「シウォーグも、父上も、母上も、皆セイを心配しているよ。……もちろん、私も」
全員が来たがったが、大騒ぎになってしまう為、いつも抜け出している私だけがここにいる。
私は、布団の上に投げ出されたセイの手を握り、優しく擦り続ける。
冷えた指先は死を連想させ、恐怖を感じた私は、セイの頬へと手を伸ばし、温もりと呼吸を感じる。
「ねえ、セイ。セイの世界では、眠る姫を起こすのは、王子のキスなんだよね?」
それは私でも有効かな、と掠れた声で話しかけながら、私は眠るセイへと覆い被さり、ゆっくりと顔を寄せていく。
お互いの呼吸を感じる程の距離になるが、セイは穏やかな寝息を立て続けるだけで。
「……これで起きてくれなかったら、立ち直れなさそうだから、止めておくよ」
私は苦笑しながら、少しだけ円やかさを失ったセイの頬へと口づけ、覆い被さった体勢のまま、艶やかな黒髪を撫でる。
「早く目覚めて、私の眠り姫」
甘さと苦さを含んだ私の囁きは届く事はなく、ささやかな寝息が聞こえるだけで。
水晶ウサギからの冷たい視線が痛かった。
【私の事は気にしないで、逃げて! ティルファーナ!】
あの日、初めて名前を呼んでくれた声。それが、ワタシの胸を苛んでいる。
見た目からして目立つ上、襲撃者の標的であるワタシは、もうこの部屋から出る事を許されない。
セイは眠り続けているらしく、ワタシはレノーラからその様子を聞く事しか出来ない。
【……お見舞い、行きたいわ】
きっと叶わない願い。
庭を散歩させてもらえたのだって、セイがお願いしてくれたからだと、この間、お腹真っ黒な王子が教えてくれた。
セイは初めて出来た人間の友人。
口調だけは丁寧だけど、言いたい事はハッキリ伝えてくれた。
ワタシが姫だからとか身構えず、しっかりと注意してくれた。
あの日、最後に交わした会話もそうだった。
【セイ、早く迎えに来なさいよ】
一人だと、寂しさで潰れそうだった。
今までは、眠って目が覚めたらセイが来てくれた。でも、それはあの日途切れたまま。
いつまで経っても部屋の扉は開かれない。
それでも、待ち続けていると、聞き覚えのある声と共にドアが叩かれ、入ってくる人影。
【……遅いのよ!】
見えた特徴的な色彩に、ワタシは反射的に叫ぶと、相手へとビシリと指を突きつけた。
【……遅いのよ!】
久々に会った相手からの辛辣な態度に、僕は苦笑しながら手を差し出す。
そこへ、すかさず馴染んだ重さが加わり、僕は詰めていた息を吐き出し、僅かな怒りを込めて口を開いた。
【心配したんですよ、ティルファーナ様?】
【それは……ごめんなさい】
まさか謝ってもらえるとは思わず、僕は無言で瞬きを繰り返す。
そんな僕の態度にティルファーナ様は、僕がまだ怒っていると勘違いしたらしく、
【ワタシ、もうなるべくワガママ言わないわ! 勉強だってちゃんとするから!】
と、必死な様子で言葉を重ねていく。
【え、ええ、それは喜ばしい限りで……】
何とか相槌を打った僕は、探るような視線をティルファーナ様へと向ける。
耳が長く、先が尖っているぐらいしか人間と差異がない僕とは違い、精巧な人形のようなティルファーナの表情の変化は、小さい分判りづらい。
【本当よ、ルビー。もう、ワタシのせいで、誰かが傷つくのは嫌なの!】
涙を流しながら僕の名前を呼ぶティルファーナ様の言葉に、嘘や誤魔化しは感じられず、僕は静かに微笑みながら、ティルファーナ様の前へ跪く。
【ティルファーナ様の仰せのままに……】
【とりあえず、ワタシの友人の話を聞きなさい!】
それから小一時間、僕は静かに微笑んだまま、ティルファーナ様の初めて出来た友人の話を聞き続ける事となった。
来客も途切れ、部屋には俺と眠り続けるセイだけが残された。
水晶ウサギは、俺が来た事を確認すると、くふ、と鼻を鳴らして目を閉じた。
何となく認められた気がし、俺は一週間ぶりに笑みを作る。
だが、いくら俺の気分が上向こうが、セイは目覚める事はなく、相変わらず穏やかな寝息だけが……。
そこまで観察し、俺はセイの唇が動いて、何事かを呟いている事に気付く。
「セイ?」
俺はベッドへ膝をつくと、よく聞こうとセイへ顔を寄せていく。
聞こえてきたのは……。
「おね、ちゃん、だい、すき……」
自分の知らない誰かへ向けて囁かれる好意で。
それを理解した瞬間、俺は何処かでブチッと何かがキレる音を聞いた気がした。
そして、気付いた時には、涙を流しながら、眠るセイを組み敷いてた。
このまま、意識のないセイを自分のものにしてしまえば、もう何処にも行かないだろう。
そんな仄暗い思考が頭を過る。
俺の不穏な気配を感じたのか、閉じていた水晶ウサギの目が開かれ、鋭い眼差しが俺を射る。
「おまえは、ほんとうに、それでいいのか?」
相変わらず、セイが聞いていなければ、こいつは良く喋る。
そして、そのアルトの声は、俺の痛いところを突いてくる。
俺が躊躇い、セイの顔を見下ろすと、そこには待ちわびた瞬間があった。
「えーと、とりあえず、ただいま?」
ずっと喋っていなかった為、掠れていたが、その柔らかな声は、渇いた俺の心へと染み込んでいく。
潤んだ黒目がちの瞳を覗き込みながら、俺は久しぶりのセイの存在を確かめるべく、しっかりと抱き締める。
どうせ、すぐに他の奴らが来て、二人きりではなくなってしまう。だから、今だけは、セイの温もりを感じていたい。
そんな事を頭の隅で思いながら、俺はセイと言葉を交わしながら、その体を抱き締め続けていた。
水晶ウサギからの、突っ込みが入るまで。
祈り待つ人々の願いが『世界』へ届いたのか。
眠り続けていた少女は無事に目覚めた。
――そして、別れの日がやって来る。




