表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
86/186

巻き込まれ少女、活動中。幕間,祈り待つ人々

次の章へ行く前に、これだけは書きたくて書いてしまいました。

次こそ、終章です。

誤字、脱字ありましたら、そっと教えてください。

感想、評価、いただけると嬉しいです。

幕間,祈り待つ人々




 セイが目を覚まさなくなってから、一週間が過ぎようとしていた。

 俺は、溜まっていた休暇を取らされ、一日の大半を眠るセイの傍らで過ごしていた。

 目を離したその間に、もしもセイが呼吸を止めたら。もしも――消えてしまったら。

 あの日、セイが着ていたドレスは、そのままにしてある。赤黒く色を変えたドレスは、セイの命の色。何となく、捨てられずにいた。

「……普通なら、もう」

 衰弱しきっていて、命の危険に晒されてるだろう。

 みなまで口に出す気にはなれず、俺はセイの艶やかな黒髪を撫でる。

 俺が伸ばしてくれと頼んだから、セイは髪を伸ばしてくれている。

 正直、妙な男を惹き付けているようなので、失敗したかと思う時もある。だが、切らせるには勿体無いと思う自分もいる。

 異世界から来た、あどけない無邪気な少女。

 それが、俺の中でのセイだった。

 しかし、同郷である少女の頑張りと、レノーラ様との出会いがセイを変えていく。いや、元々、セイは人見知りはするが、引きこもろうとはしていなかった。

 時々、好戦的ですらあり、驚かされる事もある。

 あとは、権力には興味がないらしい。

 俺は長男ではないが、貴族としてかなり身分の高い方だ。

 普通の女なら、俺の身分を笠に着て、もう少しお高くとまったりしそうなものだが、セイはセイのままで、出会った当初から変わらない。

 最近気付いたが、俺はセイの事をほとんど知らない。

 『世界の愛し子』が憧れだと聞いて驚いたのも、記憶に新しい。

 それぐらい、セイは自分の事を話さない。

「……起きたら、たくさん話そう」

 今知ってるのは、読書が好き、料理好きかつ食べる事が好き、動物に好かれる。俺の髪を構うのがお気に入り。いつも、日溜まりのような匂いがする。表情はあまり変わらないが、その分黒目がちの瞳がセイの気持ちを伝えてくれている。

 今は、その瞳は瞼の裏へ隠れ、長い睫毛が眠るセイの顔へと影を落とす。

 布団の上に投げ出されたセイの手を握り、祈るように額を寄せる。

「……早く、起きてくれ、セイ」

 乞い願う俺の声に、応えてくれる柔らかな声は、まだ聞こえない。




【私の事は気にしないで、逃げて! ティルファーナ!】

 あの日、聞き取れなかったが、何と無くセイさんが言った事は理解出来た。

 多分、姫様を逃がそうとしていたのだろう。セイさんは、そんな人だ。

 おれは、そんな人だから、守りたいと思ったのに……。

 でも、あの時、おれの剣はセイさんを守れず、キースの助けがなければ、もしかしたらセイさんは、ここにいなかったかもしれない。

 震え出す右腕を、左手で掴みながら、おれは眠り続けているセイさんを見つめる。

 やつれた様子のノウル様は、おれと入れ替わる形で席を外されて、部屋の中にはおれとセイさんだけ……ではなく、ラビさんもいる。

 そう言えば、あの日、ラビさんがいなければ、キースも間に合わず、セイさんは……。

「ラビさん、あの時は、すみませんでした。おれがいながら、セイさんを守れなくて……っ」

 悔しさから喉が震え、溢れ出した涙が頬を伝う。こんな弱い自分は嫌いだ。

 そんなおれを見透かしているかのように、ラビさんの深い知性を感じさせる瞳がおれを射る。

「……もう、絶対誰にも遅れはとりません! ラビさんにだって、負けませんから!」

 涙を乱暴に拭うと、グッと拳を握り、おれは声高く宣言する。

 この声が、セイさんへ届けば良い。

 そう願いながら。




「どうして、あの日、俺はカードゲームなんかしてたんだろうな」

 セイちゃんの眠るベッドへ腰掛けながら、俺は返ってくる事のない答えを待ち続ける。

「もし、俺がもっと外に気を配っていれば……」

 あの襲撃者の気配に、早く気付けていたかもしれない。

 抑えきれない後悔から、そんな意味のない、もし、を呟き続ける。眠り続けているセイちゃんの傍らで。

「大切な相手が傷つくのが、こんなにもキツイとはね」

 自嘲気味に吐き捨て俺は、あの日血に塗れていたセイちゃんの腕を擦る。

 そこは、魔術で傷を綺麗に塞がれ、僅かな赤い跡だけを皮膚に残していた。

「この傷を言い訳に、結婚でも迫ろうかな」

 悪戯っぽく告げてみるが、静かに眠り続けるセイちゃんから反応がある訳もなく……。

「『世界』にでも祈ってやるさ。無様にすがりついても良い。――俺の唯一無二を奪わないでくれ、と」

 祈りを口にしながら、俺はセイちゃんの傷跡へと口づける。

 願わくば、この祈りがセイちゃんへ届く事を。




「遅くなって、ごめんね?」

 私の声は震えていないだろうか? 笑えているだろうか?

 眠り続けているセイには聞こえてはいないだろうが、一国の王子として、出来れば格好つけたかった。

「シウォーグも、父上も、母上も、皆セイを心配しているよ。……もちろん、私も」

 全員が来たがったが、大騒ぎになってしまう為、いつも抜け出している私だけがここにいる。

 私は、布団の上に投げ出されたセイの手を握り、優しく擦り続ける。

 冷えた指先は死を連想させ、恐怖を感じた私は、セイの頬へと手を伸ばし、温もりと呼吸を感じる。

「ねえ、セイ。セイの世界では、眠る姫を起こすのは、王子のキスなんだよね?」

 それは私でも有効かな、と掠れた声で話しかけながら、私は眠るセイへと覆い被さり、ゆっくりと顔を寄せていく。

 お互いの呼吸を感じる程の距離になるが、セイは穏やかな寝息を立て続けるだけで。

「……これで起きてくれなかったら、立ち直れなさそうだから、止めておくよ」

 私は苦笑しながら、少しだけ円やかさを失ったセイの頬へと口づけ、覆い被さった体勢のまま、艶やかな黒髪を撫でる。

「早く目覚めて、私の眠り姫」

 甘さと苦さを含んだ私の囁きは届く事はなく、ささやかな寝息が聞こえるだけで。

 水晶ウサギからの冷たい視線が痛かった。




【私の事は気にしないで、逃げて! ティルファーナ!】

 あの日、初めて名前を呼んでくれた声。それが、ワタシの胸を苛んでいる。

 見た目からして目立つ上、襲撃者の標的であるワタシは、もうこの部屋から出る事を許されない。

 セイは眠り続けているらしく、ワタシはレノーラからその様子を聞く事しか出来ない。

【……お見舞い、行きたいわ】

 きっと叶わない願い。

 庭を散歩させてもらえたのだって、セイがお願いしてくれたからだと、この間、お腹真っ黒な王子が教えてくれた。

 セイは初めて出来た人間の友人。

 口調だけは丁寧だけど、言いたい事はハッキリ伝えてくれた。

 ワタシが姫だからとか身構えず、しっかりと注意してくれた。

 あの日、最後に交わした会話もそうだった。

【セイ、早く迎えに来なさいよ】

 一人だと、寂しさで潰れそうだった。

 今までは、眠って目が覚めたらセイが来てくれた。でも、それはあの日途切れたまま。

 いつまで経っても部屋の扉は開かれない。

 それでも、待ち続けていると、聞き覚えのある声と共にドアが叩かれ、入ってくる人影。

【……遅いのよ!】

 見えた特徴的な色彩に、ワタシは反射的に叫ぶと、相手へとビシリと指を突きつけた。




【……遅いのよ!】

 久々に会った相手からの辛辣な態度に、僕は苦笑しながら手を差し出す。

 そこへ、すかさず馴染んだ重さが加わり、僕は詰めていた息を吐き出し、僅かな怒りを込めて口を開いた。

【心配したんですよ、ティルファーナ様?】

【それは……ごめんなさい】

 まさか謝ってもらえるとは思わず、僕は無言で瞬きを繰り返す。

 そんな僕の態度にティルファーナ様は、僕がまだ怒っていると勘違いしたらしく、

【ワタシ、もうなるべくワガママ言わないわ! 勉強だってちゃんとするから!】

と、必死な様子で言葉を重ねていく。

【え、ええ、それは喜ばしい限りで……】

 何とか相槌を打った僕は、探るような視線をティルファーナ様へと向ける。

 耳が長く、先が尖っているぐらいしか人間と差異がない僕とは違い、精巧な人形のようなティルファーナの表情の変化は、小さい分判りづらい。

【本当よ、ルビー。もう、ワタシのせいで、誰かが傷つくのは嫌なの!】

 涙を流しながら僕の名前を呼ぶティルファーナ様の言葉に、嘘や誤魔化しは感じられず、僕は静かに微笑みながら、ティルファーナ様の前へ跪く。

【ティルファーナ様の仰せのままに……】

【とりあえず、ワタシの友人の話を聞きなさい!】

 それから小一時間、僕は静かに微笑んだまま、ティルファーナ様の初めて出来た友人の話を聞き続ける事となった。




 来客も途切れ、部屋には俺と眠り続けるセイだけが残された。

 水晶ウサギは、俺が来た事を確認すると、くふ、と鼻を鳴らして目を閉じた。

 何となく認められた気がし、俺は一週間ぶりに笑みを作る。

 だが、いくら俺の気分が上向こうが、セイは目覚める事はなく、相変わらず穏やかな寝息だけが……。

 そこまで観察し、俺はセイの唇が動いて、何事かを呟いている事に気付く。

「セイ?」

 俺はベッドへ膝をつくと、よく聞こうとセイへ顔を寄せていく。

 聞こえてきたのは……。

「おね、ちゃん、だい、すき……」

 自分の知らない誰かへ向けて囁かれる好意で。

 それを理解した瞬間、俺は何処かでブチッと何かがキレる音を聞いた気がした。

 そして、気付いた時には、涙を流しながら、眠るセイを組み敷いてた。

 このまま、意識のないセイを自分のものにしてしまえば、もう何処にも行かないだろう。

 そんな仄暗い思考が頭を過る。

 俺の不穏な気配を感じたのか、閉じていた水晶ウサギの目が開かれ、鋭い眼差しが俺を射る。

「おまえは、ほんとうに、それでいいのか?」

 相変わらず、セイが聞いていなければ、こいつは良く喋る。

 そして、そのアルトの声は、俺の痛いところを突いてくる。

 俺が躊躇い、セイの顔を見下ろすと、そこには待ちわびた瞬間があった。

「えーと、とりあえず、ただいま?」

 ずっと喋っていなかった為、掠れていたが、その柔らかな声は、渇いた俺の心へと染み込んでいく。

 潤んだ黒目がちの瞳を覗き込みながら、俺は久しぶりのセイの存在を確かめるべく、しっかりと抱き締める。

 どうせ、すぐに他の奴らが来て、二人きりではなくなってしまう。だから、今だけは、セイの温もりを感じていたい。

 そんな事を頭の隅で思いながら、俺はセイと言葉を交わしながら、その体を抱き締め続けていた。

 水晶ウサギからの、突っ込みが入るまで。




 祈り待つ人々の願いが『世界』へ届いたのか。

 眠り続けていた少女は無事に目覚めた。

 ――そして、別れの日がやって来る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ