巻き込まれ少女、活動中。6,妖精姫 4
流血表現ありなので、注意してください。
思いの外筆が進みました。一日クオリティなので、誤字、脱字ありましたら、そっと教えてください。
感想、評価、いただけると嬉しいです。
庭の隅の奥まった場所。響くのは、少女の柔らかな歌声。
【セイ、歌が上手いのね。謙遜しすぎだわ】
「セイさん、素敵でした! 聞き惚れました!」
ぱふぱふ。
ティルファーナ、アラン、ラビの順番で、それぞれの言葉で星の歌声を誉める。
歌い終わった星は、ほんのりと頬を染めると、小さく頭を下げて、二人と一匹の誉め言葉へ応える。
毎日一緒に過ごす内に、三人と一匹はすっかり打ち解け、この庭への散歩も恒例となり、すでに五回目だ。
【今のが、私の住んでいた国で有名な歌で、春に咲く花を歌ってます】
同じ説明を、アランの為にマナーシュ公用語で繰り返した星は、手近に咲いていたピンク色の薔薇を示す。
【これより淡いピンク色をしていて、桜という名前です。散り際も美しいんですよ?】
【サクラ……。綺麗な響きだわ! 今度の従者には、その名前をあげようかしら】
良い事を聞いたとばかりに表情を輝かせて声を弾ませたティルファーナは、ふわり、と宙へ舞い上がり、楽しそうにクルリと回って見せる。
【名前をあげる? 姫様が、従者の方に名前をつけるんですか?】
【そうよ? だって、ワタシのモノになったのよ? 当然の義務だわ】
怪訝な様子で問う星に、ティルファーナは無邪気に笑うと、大きく頷いて、胸を反らせて手を宛てながら宣う。言葉通り、当然だろうと表情でも語りながら。
【姫様なりの愛なんでしょうか?】
ティルファーナの台詞は内容的には傲慢だが、表情や声音に溢れるのは、慈しむような色で。星は、ティルファーナへ聞こえないよう呟き、足元で草を食んでいるラビを見やる。
【セイ、何か言った?】
【あ、えーと、あ、この間の話で出た紅い目をした方も、姫様が名前をつけたんですか?】
視線をさ迷わせ、誤魔化す言葉を探していた星は、少し離れた位置へと移動するアランを視界に入れ、その赤毛から思いついた事を問いかける。
【そうよ。綺麗な紅い目をしてるから、ルビー。真っ赤な宝石の名前をつけてあげたわ】
【ルビーさん? 男の方ですか、それとも女の方?】
【男よ。ワタシの護衛も兼ねてる従者なの】
お気に入りのオモチャを誉める幼児のような無邪気な笑顔に、星はつられて口の端を上げるが、ふと何かに気付いて首を傾げる。
【……今さらですが、姫様は何故拐われたんでしょうか?】
【ルビーが悪いのよ! ワタシに勉強しろ、勉強しろって、少しも遊ばせてくれないのよ!? だから、ワタシ、一人で部屋を抜け出して、森へ遊びへ行ったの】
【ああ、そこを、あの男の人に見つかって、捕まったんですね】
バツが悪そうな表情で言い訳じみた事を口にするティルファーナに、星は苦笑して納得したように呟く。
妖精族の姫とはいえ、一人の少女。遊びたい年頃だったらしい。だが、ティルファーナは、自分でも言うように、ワタシを誰だと思ってるの、と言えるような存在なのだ。
【不自由でしょうが、姫様が自らおっしゃってますよね】
【ワタシが何を言ったかしら?】
【『ワタシを誰だと思ってるの?』と。姫様は、そう宣言出来る高貴な方なんですから。自ら危険に飛び込むような真似を、されてはいけないと思います。差し出がましい事は分かっていますが、申させていただきます】
ティルファーナの愛らしい姿を見つめながら、星はおずおずと、だがはっきりと忠告めいた言葉を口にする。
【本当に差し出がましいわ!】
【敬われる方には、それに伴う責任があると、私は思います。私と同郷である愛し子様が、良い例だと。彼女がもし姫様のように脱走し、何か危険な目に遭われたら、きっと護衛に付いている方が罰せられます】
即座に怒鳴り返すティルファーナにも怯まず、星は黒目がちの瞳でジッと見つめ返し、拙く自らの気持ちを伝えようとする。
【っ!】
【ルビーさんを大切に思う姫様なら、分かりますよね】
息を呑んだティルファーナを見つめ、星はゆっくりと言い含めるように語りかける。
【……分かったわよ。もう勝手に抜け出したりしないわ!】
フイッと顔を背け、ティルファーナは不承不承ながらも、星の忠告を聞き入れる。
【きっと、ルビーさん、姫様を心配してますね】
可愛らしく拗ねるティルファーナを見ながら、星は黒目がちの瞳を和らげて笑い、柔らかく一人ごちる。
【そう、かしら。怒ってないわよね?】
【心配するあまり、怒ってるかもしれません。私がルビーさんの立場なら……】
「誰だ!?」
顔を寄せ合い、ほのぼのとした会話をしていた星とティルファーナを邪魔したのは、アランが鋭く発した誰何の声。
「アラン君?」
「セイさん! 姫様を連れて、中へ!」
訝しむ星の呼び掛けに応えるアラン。その合間に聞こえるのは、激しく金属のぶつかり合う音。
状況を察した星は、え? え? と戸惑っているティルファーナを抱え込むようにし、庭木の合間を駆け出す。足元では、茶色い毛玉弾丸と化したラビが、ウサギらしくなく駆け抜けている。
【何よ、セイ!】
【わかりませんが、誰かが襲撃を……っく、きゃあ!?】
律儀にティルファーナの言葉へ答えようとした星だったが、突然呻き声を洩らし、悲鳴を上げてティルファーナを放り出す形で転んでしまう。
【ちょっと、危ないじゃ……セイ?】
器用に空中で体勢を立て直し、文句を言おうとした星を振り返ったティルファーナは、中途で言葉を止め、恐る恐る星の名前を呼ぶ。
【っ……姫様、狙いは姫様です。逃げて!】
ティルファーナの視線の先にいる星は、へたり込んで左腕を押さえている。その指の隙間から伝うのは、赤い鮮血。その赤は腕を伝い、指先まで辿り着き、地面へと垂れている。
【せ、セイ?! 怪我をしたの!? 血が……っ】
【いいから、逃げて!】
悲鳴を聞きつけたアランは星の方へと駆けつけようとするが、それは新たに現れた男に邪魔をされてしまう。
「セイさん!? クソッ!」
低く唸るアランの足下には、すでに一人目の男が事切れている。
二人目の男は今現在アランと斬り結び、足止めをしている。
そして、三人目の男はナイフを片手にゆっくりと、獲物を狙う獣のように星達へと歩み寄ってくる。
【セイ、立ちなさい! 逃げるのよ!?】
半泣きのティルファーナは、地面へ座り込んだ星を、小さな体で必死に立たせようとするが、力が抜けてしまった星は立ち上がる事が出来ない。
【私の事は気にしないで、逃げて! ティルファーナ!】
星はキッとティルファーナを睨むと、珍しく声を荒げて怒鳴り、指を突きつけて開いたままの二階の窓を示す。そこは誰かの部屋らしく、カーテンが揺れている。
【待ってなさい! すぐに助けを呼ぶわ!】
星の意図を察したティルファーナは、勢い良く羽を翻し、男の手を避けて高く飛び立つ。
ティルファーナが目指すのは、開いたままの二階の窓。
ティルファーナは勢いを殺さず、揺れるカーテンの中へと突っ込んでいく。
「よかった……」
その無事な姿を見届け、星はフッと意識を失ってしまう。
地面へと倒れ伏せた星へ、舌打ちをした三人目の男が歩み寄り、止めを刺そうとナイフを振りかぶる。
「やらせない!」
響いたのはアルトの少年の声。同時に、茶色い毛玉弾丸が、三人目の男へ襲いかかる。
「ぐっ」
不意を突かれ、脇腹へ強烈な頭突きを食らった三人目の男は、低く呻いて星から距離を取る。
トンッと身軽な着地を決めたラビは、草食動物とは思えない目付きで、三人目の男を睨み付ける。背後に庇うのは、もちろん意識を失った星だ。
アランが相手をしている二人目の男は、かなりの手練れらしく、手こずっている。倒れた星へ気をとられ、集中出来てないせいもあるだろう。
「せいは、ぼくがまもる!」
ラビはウサギにしては大きいが、成人男性に比べれば小さい。それでも、必死に星を守ろうと、向き合った男を威嚇し続ける。
そこへ、ドンッと何か重みのある物体が落ちてくる音が響く。
「……後は俺に任せてくれないかな」
低く低く吐き出される、軽い口調ながら重々しい怒りを隠しきれない声。そんな声と共に現れたのは、冷えきった笑顔を浮かべた金髪の騎士。
「キース!」
アランの呼び掛けに、金髪の騎士――キースは、無言で片手を挙げて応じ、星を守ろうとするラビごと小柄な少女を庇おうと、男とラビの間へと割り込む。
「俺のキャラではないんだけど――死んでくれないかな?」
目を細め、ニッコリと笑って告げると、キースは油断なく剣を構える。
キースが飛び降りてきたのは二階の窓。そこでは、別の騎士に保護されたティルファーナが、心配そうに星を見つめていた。
「腸が煮えくり返りそうなんだ」
憂さ晴らしさせてもらおう。そう誰にも聞こえないよう付け足して、キースはひっそりと微笑み、構えた剣を一閃させた。
ティルファーナが飛び込む少し前、キースは同僚とカードゲームに興じていた。
妖精族の姫が庭で遊ぶ為、庭が見通せる部屋には、騎士や兵士が配置され、不審者や好奇心に満ちた人間が近寄る事を防いでいた。
距離もある為、キースがいる部屋には、庭の歓声は聞こえておらず、キースと同僚のカードゲームは白熱していた。
そんな時だった。
キースは、今一番聞きたい少女の悲鳴が聞こえた気がし、カードから目を離し、風で揺れるカーテンを見やる。
ちょうどその瞬間、緑色をした何かが部屋へと飛び込んでくる。
【早く! 誰でも良いから、早く!】
それは焦燥を顔いっぱいに浮かべた、妖精族の姫であるティルファーナ。
喚き立てられるのは早口の妖精言語。
ユナフォードですら聞き取れなかった言葉を、全く妖精言語が分からないキースと同僚騎士が聞き取れる訳もなく。
戸惑って顔を見合わせながらも、キースと同僚騎士は床へと跪く。
【そんな事は良いから、早く! 早く、セイを助けて! セイを助けてよぉ……】
助けを求めた相手に跪かれてしまい、ティルファーナは必死な様子で喚き立て、ついには泣きながら、窓の外を指差す。
【セイが、セイが……っ】
「セイ? セイちゃんがどうかしましたか?」
何とか聞き取れた単語に、キースはハッとした様子で顔を上げ、ティルファーナを見つめる。
「セイ、キケン、タスケル、シテ!」
キースが反応した事により、少し落ち着きを取り戻したティルファーナは、ここ数日、星から習って覚えたマナーシュの公用語を口にし、窓を指差す。
「セイちゃんが危ない!?」
尋常ではないティルファーナの様子と、片言の言葉から異常事態が発生した事を悟り、キースは窓へと駆け寄る。
「っ!?」
そこへ広がっていたのは、不審者と斬り結ぶアランと、地面へ倒れて動かない星の姿。淡い色のドレスを、赤が染めているのは、この距離でも見てとれ、キースの顔から血の気が引く。
それは一瞬の事で、
「妖精のお姫様を頼む!」
と、叫んだキースは、迷いなく二階の窓から飛び降りる。下の地面は土。怪我はしないだろうと、一瞬で考えを巡らせていた。
華麗とは言い難いが、無事に着地を決めたキースは、先程まで血の気が失せていた事が嘘のように、怒りで巡りを早くした血を感じながら、愛しい少女の元へと。
「……後は俺に任せてくれないかな?」
意識せず、低く重くなった声に、キースは自嘲も含め、冷えきった微笑と共に、相手の男と向き合っていた。




