巻き込まれ少女、活動中。6,妖精姫 1
ノウルだけは通常運行です。
誤字、脱字ありましたら、そっと教えてください。感想、評価、いただけると嬉しいです。
6,妖精姫
――ルヴァン城内、レノーラ私室。
向かい合っているのは、最近、生徒と教師という関係性の二人だ。
「……レノーラ様、私に何用でしょうか?」
「ここは、私と二人きりですから、少しぐらい気を抜いても大丈夫ですよ?」
かしこまった様子の星の言葉に、レノーラは柔らかく苦笑して答える。
「あ……少し、抜いたら、一気に戻っちゃいそうで……」
そんなレノーラの言葉を聞き、星は少しだけ目を見張ると、ゆっくりと首を振りながら言葉を返す。
「別に構わないですよ?」
「うん……でも、普段から使わないと慣れないから、じゃなくて、慣れませんから」
予想外だったのか二三度瞬きをしたレノーラが再度促すと、星は微かに口の端を上げてそう言うが、早速、乱れてしまった言葉遣いを照れ臭そうに肩を竦めて直す。
「ふふ、素のあなたも可愛いのですが、あなた自身がそう決めたのなら、わたしは応援します」
そんな星をレノーラは、シルヴィーアと良く似た温かな眼差しで見つめ、笑み混じりで頷いて見せる。
「それで、ご用件はなんでしょうか?」
気合を入れてかしこまった様子を作った星は、同じく気合の入った声でレノーラを窺う。
「先日から、妖精族の姫が城へ滞在されてるのは知っていますね」
微笑ましいものを見るような表情を引き締めると、レノーラは星の反応を見ながら、言葉を紡いでいく。
「はい。可愛らしい方でした。姫様がどうかしたのですか?」
口調はしっかりとしてきたが、首を傾げる動作には星らしさが滲み、どこかあどけない。
「わたしは、多少妖精言語が出来るのですが、実際に話すのは、ほぼ初めてで、姫と上手く意志疎通が叶わないのです」
「そうなんですか。詩織さんでしたら、上手に対応出来るのでは?」
悔しげなレノーラを見つめ、星はきょとんとした表情で相槌を打ってから、ああ、と憧憬の混じる問いかけをする。
「……それですが、どうやら完全に翻訳を出来るのは、あなただけのようです。愛し子は、少し分かるようですが、話し合いをする前に、姫が飽きてしまいました」
「詩織さんは色々出来るから、私の方が『世界』からギフトを多く貰ったのかな? それとも、巻き込んでしまった罪滅ぼし?」
「『世界』の意図は、わたしには分からないですが、セイが妖精言語を出来るのは紛れもない事実のようですし、ぜひ力を借りたいのです。……あと、今は完全に素でしたよ?」
独り言じみた星の考察を聞き、レノーラは緩く首を振りながら、言葉と共に星の手を握る。教師らしく、突っ込む事も忘れない。
「あ……気を、つけます。あと、私で良ければ、通訳としてお手伝いさせてください」
あ、と口を開けた星は、眉根を寄せてシュンとした表情へ変わるが、すぐに気を取り直した様子で、レノーラの手を握り返してハッキリとした口調で応える。
「ありがとう。でも、手伝って欲しいのは、通訳だけではないのです」
「え?」
「まあ、それは後々話します。――ずっと、突っ込みたかったのですが、その背中にしがみついているのは、ノウルで?」
面食らった様子の星に、悪戯っぽい眼差しを送ってから、レノーラは今まであえて視界へ入れていなかった銀色の頭を呆れた様子で眺めながら、その頭へ声をかける。
「……何かご用で?」
「ごめんなさい! 置いてこようと、頑張ったんだけど、ラビと結託して二人で……」
星の肩口に顔を埋めたまま、ふてぶてしい態度で応じるノウル。
ノウルをくっつかせている星は、わたわたと体の前へ両手を突き出して、忙しなく動かしながら、慌てた様子で説明する。
「良かったぁ。レノーラ様、何も突っ込んで来ないから、もしかして見えてないんじゃないかと……思いました」
再び出てしまった素の口調を最後だけ直した星は、上目遣いで恐る恐るレノーラを窺い見る。
「最初から見えてます。ですが、害は無さそうでしたので放置していたんですが、本当に最後まで喋りませんでしたね」
眼鏡のレンズ越しに冷めた視線を見た目だけは超一流な男へ送り、レノーラは皮肉げな呟きを笑顔で洩らす。
「えーと、すみません。ずっと、レノーラ様との勉強が楽しくて、ノウルとあまり過ごせてなかったので……」
レノーラの呟きを拾った星は、申し訳なさそうな様子で眉尻を下げると、肩口にある頭を軽く叩きながら、言い訳じみた言葉を口にする。
「拗ねてついて来た訳ですね、いい年をした男が」
「……俺の方が、セイを理解してるんだ」
「甘やかすばかりで、セイが何を求めているか分かっていないですよね?」
「っ!」
「確かに、今のセイは、あどけなくて可愛らしいです。ですが、セイは成長を望んでいるんです。本だけでは得られない、生きた知識を望み、わたしはそれを与えてあげてます。懐かれるのは当然です」
「この世界で、セイをセイと認識したのは、俺が最初なんだ!」
「あら、それはセイの足にしがみついている水晶ウサギの方が先では?」
「なっ!?」
「あと、助けた事は理由にしないで欲しいです」
「俺は、俺は……」
愕然とした表情で、反論を探すノウルと、若干勝ち誇った顔をしているレノーラ。
そんな大人げないやり取りを止めたのは、今まで黙っていた星の静かな声で――。
「ノウルは……ノウルは、私に帰る場所をくれました。この世界にいていいんだ、と教えてくれました。この世界を好きだと思わせてくれました。ただいま、おかえり、そう言い合える幸せを思い出させてくれました」
ふわり、と言葉通り幸せそうな笑みを溢した星は、自らの体に回されたノウルの腕へ優しく触れる。
「セイ……」
「少しだけ、過保護だなとは思う時もあるけど」
持ち上げて落とされたノウルは、世界の終わりのような表情をし、脱力して星の肩口へコツンと額を乗せる。
ノウルを何とか受け止めながら、星は柔らかい表情を浮かべて、足へしがみついているラビを腕の中へと招く。
「セイ、ノウルを甘やかし過ぎです」
全身で甘えているようないい年をした大人の姿に、レノーラは苦言めいた言葉を洩らす。
「甘やかされてるのは、私ですよ?」
「……わたしも、そう思っていたのですが、考え違いをしていたようです」
「考え違い、ですか? レノーラ様が?」
「確かにノウルはセイを甘やかしていますが、それ以上に……」
そこまで言いかけ、レノーラは言葉を途切れさせ、苦笑を浮かべる。見つめる先にあるのは、こちらを真っ直ぐ窺う、曇りの無い黒目がちの瞳。
「まあ、セイなら大丈夫ですね。先程の話の続きをしましょう」
「え? ……はい」
唐突な話題の変更に、星は一瞬驚きからか目を見張るが、すぐに真剣な表情で頷いて見せる。ノウルをくっつけたまま。
「先程も言いましたが、セイへ頼みたい事は、通訳だけではないのです。セイへ頼みたいのは――」
レノーラからの依頼、それは……。
「じゃあ、頼むよ。私も妖精言語の実践は初めてなんだ」
「は、はい……」
口元だけ微笑ませ、冷めた青の瞳で見つめてくる、この国一番ともいえる麗人への妖精言語の指導だった。
●
【早く! ワタシ、喉が渇いてるのよ!?】
この城内で、国王夫妻の部屋に勝るとも劣らぬ豪華な部屋に響き渡るのは、甲高く喚き散らす、妖精言語。
「あ、サマンサ、姫へ、何か……たぶん、飲み物をお願いします」
少し離れた位置で苦笑混じりでサマンサへ指示を出すのは、『世界の愛し子』である詩織だ。
【何喋ってるのよ!? ワタシを誰だと思っているの!?】
ふわ、と飛んで移動してきた姫が、詩織の前でヒステリックに喚き散らす。
【この女、『世界の愛し子』だかなんだか知らないけど、偉そうなのよ! 何で、ワタシより着飾ってるのよ!? それに、昨日も言ったわよね!? 早く、きちんとワタシと話せる人間を連れてきなさいよ!】
ビシッと、言葉と一緒に指を突きつけられ、詩織の表情が微笑みのまま強張る。片言しか聞き取れずとも、内容はほぼ理解出来ていた。
「愛し子様、姫様は何とおっしゃられてるんですか?」
「きっと、愛し子様の美しさを誉め称えてるんですわ!」
「確かに、愛し子様は妖精に負けぬ美しさでございます!」
そんな詩織の様子を気付く事なく、ティナとレベッカ、それと護衛であるフィリップは興奮気味に語り合っている。
詩織フィルターのかかっている三人は、姫を詩織と変わらない美しさと表すが、第三者から見ると、姫は妖精らしく人ならざる美貌の持ち主。つまり、単純な美しさだけを競えば、軍配は姫へと上がるだろう。
詩織自身は、それを理解した上で、三人の無邪気な称賛を、微笑んで受けている。当然だとばかりに。
姫はまだ喚き続けているが、詩織以外には小鳥の鳴き声のようにしか聞こえない。だから、詩織は柔らかく笑う。まるで、聖女を思わせる微笑みを浮かべ。
「姫は、とても元気な方のようですね」
ふふふ、と余裕を感じさせる笑い声を洩らした詩織は、サマンサが用意したお茶を姫へと差し出す。
【遅いわよ! まあ、そこの侍女が入れた、このお茶だけは評価してあげるわ】
ふいっと顔を背けながらも、姫は詩織が差し出したお茶を受け取る。魔術の一種なのか、姫には大きすぎるカップは、ふわふわ宙を漂い、姫の前へ留まっている。
【だから、人間は嫌いなのよ!】
「……本当に、お元気なようで、良かったです」
一瞬、表情を歪めた詩織だったが、すぐに笑顔で隠し、どこまでも柔らかい声音で返す。
さすが愛し子様です、という空気に包まれる室内。そこへ、ノックの音が響く。
「どうぞ」
そう言いながらサマンサが開けた扉から入ってきたのは、ニコリと微笑んだユナフォードだ。
その麗しさは、喚いていた姫の動きすら止めてしまう。
「少し、失礼するよ?」
ユナフォードは、怪訝そうな詩織へと、苦笑混じりで一言断りを入れる。
そして、ユナフォードは警戒した様子で自分を見つめている姫へ、優雅に一礼して見せる。
【誰よ、名乗りなさい!?】
見惚れていた自分を恥じるかのように、姫はわざとらしく声を荒げて見せる。
【私は、このマナーシュの第一王子、ユナフォード・ルノ・マナーシュ。妖精族の姫、貴女のお名前をお訊きしても?】
いつもに増して、キラキラした星曰く王子様スマイルを披露したユナフォードは、ダンスへ誘うように姫へと手を差し伸べる。
ユナフォードは、何故か名乗る瞬間、何かを思い出したかの目を細めたが、気付く者はいない。
【あら、やっと話が通じるわ! し、仕方がないから、名乗ってあげるわよ。ワタシは妖精王の娘、ティルファーナよ】
どうよ、と言わんばかりの上から目線での発言だが、姫――ティルファーナの表情には隠しきれない安堵が滲んでいる。小さな作り物のような手は、しっかりとユナフォードの手へ添えられた。
「本物のようだね」
友好的な笑顔のまま、ユナフォードはポツリと呟いてから、ティルファーナへ視線を戻す。
【後で、貴女専属の世話係を寄越そう。それまで、不自由かもしれないが、愛し子と過ごしてもらえるかな?】
【仕方がないから、この女で我慢してあげるわ。早くしてよね】
【ありがとう】
腰に手を宛て、偉ぶって見せるティルファーナに、ユナフォードは鷹揚に微笑んで応じる。
その笑顔のまま、ユナフォードは困ったような笑顔を浮かべている詩織へ顔を向ける。
「もう少しだけ、姫の相手を頼んだよ?」
「あ、はい、わかりました」
ユナフォードの依頼に、詩織は淑女の礼を返し、素の笑顔を隠すように柔らかく笑う。
【では、私はこれで失礼するよ】
そう言うと、耳で揺れる通信用魔具へ触れてから、ユナフォードは引き留める間を与えず、颯爽と部屋を後にする。
ユナフォードが去った部屋の中には、なんとも言えない空気だけが残される事となった。




