巻き込まれ少女の異世界生活 幕間,ノウルの呟き
幕間,ノウルの呟き
「……俺の方こそ、感謝している」
思わず洩れてしまった言葉に、俺は慌てて笑顔を取り繕う。
今までなら、取り繕うなんて事はせず、ただ表情を消しただろう。だが、セイを怯えさせる可能性がある為、それはしたくなかった。だから、取り繕った笑顔を貼り付けた。
すぐに違和感を抱かれてしまったらしく、セイには服を掴まれ、水晶ウサギから蹴られる羽目になった。
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俺が先程『感謝』を告げてしまったのは、セイをこの世界に巻き込んだ『災い』へだ。
『世界の愛し子』を喚んだ側にすれば、セイは余計なオマケで要らないモノなんだろう。だったら、俺が貰っても良い筈だ。
今まで、要らないモノとして目を背けていた温もりが、拾えとばかりに目の前に転がっていた。拾わない方がおかしいだろう。
それが本人にとっては、他人に巻き込まれ、かつ同郷の人間に見捨てられたという『災い』の上に成り立ったものだとしても。俺にとっては、最高の『幸運』だ。思わず、感謝したくなる程の。
だが、それは本人に告げるべき内容では無い事は、俺でもわかる事。そう考えていても、思わず洩れてしまった本音を思い出し、傍らを歩くセイに気付かれないよう笑う。
セイの腕の中の水晶ウサギには気付かれたらしく、死角から再度鋭い蹴りをくらい、呻きそうになるのを気合で抑え込む。
不思議そうに見上げてくるセイには、緩みきってるであろう笑みを返す。
散々真面目ぶって脳内で語ったが、結局は、セイにこの世界に巻き込まれるという『災い』を。俺には、セイと出会うという『幸い』を。相反しながらも、同じ事柄を根底に持つ事象を起こしてくれた世界へと感謝すれば良い、という結論に落ち着く。
その方が『災い』を感謝するよりは、マシだろう。あとは、本音を駄々洩れにしないよう気を付けなければと思う。
水晶ウサギの蹴りは侮れない。
「とりあえず、神殿に寄付でもすれば良いか?」
この溢れそうな気持ちを向ける先として、中空を見つめ一人ごちるが応えがある訳もなく、ただセイの大きな瞳に浮かぶ色が、明らかに心配するようなものへと変わっていく。
「……ノウル、疲れた?」
本気で心配され、俺はゆっくりと首を横に振り、
「セイを無事に俺へ出会わせてくれた世界に、感謝を示そうかと思ってな」
と、微笑んだ。完全な嘘ではない。先程の感謝には、実際にそれも少し含まれていた……気がする。
まあ胡散臭かったらしく、水晶ウサギの瞳が鋭くなったが、気にせずセイの頭をポンポンと軽く叩く。
手の平の下にあるセイの顔が、徐々に赤くなっていき、持ち主の感情をよく映す黒目がちの瞳が、おずおずと俺を見上げてくる。
「……ノウル、今更だけど、助けてくれて、ありがとう。拾ってくれて、ありがとう。あと……」
小さな唇から洩れる言葉が途切れ、俺より体温の高い小さな体がぶつかるように抱き締めてくるのを、他人事のように感じていると、爪先立ったセイが口付けをせがむように顔を寄せてくる。
「私を見つけてくれてありがとう、ノウル」
ふにゃ、という音がしそうな無邪気な笑顔を向けられ、俺は衝動のまま、セイの体を抱き返す。間に挟まれた水晶ウサギが、若干苦しそうだが気にしない。
少女らしい体は見た目女性らしさにかけるが、抱き心地は悪くないし、香水の臭いがしない温かな体は、懐かしい日溜まりの匂いがした。