巻き込まれ少女、活動中。5,未知との遭遇 2
ご注意を。
主人公愛され小説ですが、少しだけ酷い目に遇います。まあ、大した事はないですが、一応、ご注意願います。
誤字、脱字ありましたら、よろしくお願いいたします。
感想、評価、基本的には嬉しいです。
「明日もレノーラ様の所か?」
「うん、勉強楽しいよ? おかげで、皆に教えられる事も増えてるし、ノウルと一緒に、出勤だし……」
表情を変えず、喜色で瞳を輝かせる星の様子に、ノウルは眉尻を下げて情けなく笑うと、星の旋毛に顎を乗せる。
ちなみに、今二人がいるのは自宅の書斎で、ノウルは相変わらず、星を背後から抱えてソファと化している。
「最近は、マナーだけじゃなく、ダンスも習ってるらしいな」
「…………うん、何か申し訳なるぐらい、才能ないけど、何とか格好はつくぐらいにはなったよ?」
ノウルから出たダンスと言う単語を聞いた瞬間、星は分かりやすくギクリと肩を揺らし、伏し目がちで答える。何故か声に元気がない。
「苦手なのか?」
「少しは慣れたけど、知らない男の人と密着しないといけないから、かな?」
「俺や殿下は平気だろう?」
「シウォーグさんも、平気だよ? 吊り橋効果、とはちょっと違うけど、初対面で人見知る間もなく、助けてもらったから、体が覚えてるのかな」
本を読む手を止めず、星はぎこちない小さな笑みを溢し、自らの腹部に回った腕をチラリと見やると、強張っていた表情を緩める。
「この腕の中は、安心して良いんだ、って」
「……安心、出来るのか」
ポツリと落とされた星の言葉を拾い上げ、ノウルは何処と無く複雑そうな笑顔で、だが嬉しそうに星の黒髪を梳いている。
「うん、一番はノウルと、ラビかな」
「……そこで、そいつが出るか」
星の言葉で、ジワジワと込み上げる喜色から紫の瞳を煌めかせたノウルだったが、水晶ウサギの名前を聞くと、脱力感を隠せず、力無く呟く。
そんなノウルを、ラビは星の膝上からチラリと見やり、くふ、と笑いながら、見事なドヤ顔を披露する。
ラビ可愛いフィルター着用済みの星は、可愛い、と目を細めて呟き、膝上のラビのもふもふなお腹を撫でている。
「……今読んでいるのは、この間買った物か」
星の手によってデロンと伸びているラビを無理矢理視界から外すと、ノウルは話題を星の手元の本へと移す。
「ん、そう。妖精の姫と、人間の王子様が恋する話。王子様、ユナ様に似てるよ?」
「殿下は本物の王子様だからな」
星の肩に顎を乗せて、星が指差す挿し絵を覗き込んだノウルは、くく、と笑いながら応じる。
「そうだったね。キラキラした王子様。……本当は、詩織さんの隣にいるべき人」
「セイ? 何か言ったか?」
「何でもないよ。――そう、何でもないの」
聞き取れず訝しんで問いかけて来るノウルへ、誤魔化すようゆるゆると首を振り、星はぎこちなく口の端を上げて返す。
「なら、良いが……。何かあったら、言うんだぞ?」
「うん、ありがとう、ノウル」
甘やかす大きな手に、星は詰めていた息を吐き出し、ノウルの逞しい体へ遠慮なく体重を預けると、頁を捲る動きに没頭していく。
「きぞくなんて、くそくらえ」
不意に聞こえたアルトの声。
本へ集中している星は気付かなかったが、ノウルはすぐに犯人の正体を悟り、もふもふなお腹を晒しているラビへと恐る恐る視線を落とす。
そこには、やはりと言うか、冷たく冴えきった眼差しでノウルを見上げている、丸く茶色い瞳がある。
「……分かった、調べるぞ」
無言の圧力に、ノウルは重々しく頷きながら、自らの腕の中で寛ぐ少女を、しっかりと抱え直した。
●
次の日、ノウルと話していた通り、星はレノーラの元へと勉強に来ていた。
マナーや、国の歴史、特に聖獣に関してを、星は重点的に習っていた。最近は魔術の基礎と、呪術にまで手を伸ばし、学び漁っていたが……。
そんな中で、星の唯一嫌いな勉強がある。それは、ダンスだ。
星は運動神経が普通な為、ダンスが得意ではない。だが、嫌いな理由はそこではなかった。
星は元々知らない事を知る事が好きな知識欲に溢れた性質で、ノウルが話したがらない異世界の知識も、レノーラへ乞い、色々と学ばせてもらっているぐらいだ。
ダンスも、レノーラから学んでいる間は、楽しんでいた。だが、レッスンが進み、パートナーとして貴族の子弟が来るようになってから、それは変わる。
今日も……、
「どんくさい、本当に愛し子様と同じ世界の人間なんだろうか」
「全然違う。何度言ったらわかる? 愛し子様は、あっという間に覚えられたのに」
「殿下達に媚びを売り、甘えるしか能がないらしいな」
「黒髪黒目など、不気味で仕方無い」
「汚らわしい、レノーラ様の頼みでなければ、触りたくもないな」
「さっさと立て。お前のために、わざわざ僕の貴重な時間を割いてやっているんだ」
等々。
密着した相手から向けられるのは、罵詈雑言と悪意に満ちた眼差し。
パートナーと練習するようになってから、レノーラは席を外してしまい、練習場にいるのは、星と貴族の子弟、それと貴族の子弟が連れてきたダンス教師の三人だ。
上手く言い返せない星は、その悔しさも相まって、血が滲む程唇を噛むと、黒目がちの瞳で相手を見つめながら、転んだ体勢から立ち上がる。当たり前だが、パートナーである貴族の子弟は、手を貸そうともしない。それどころか、嫌悪感丸出しで、星の顔から視線を外している。
そこへ、
「セイ、また転んだんですか? 怪我はないですか? どうして、手を貸さないのですか?」
と、席を外していたレノーラが戻り、立ち上がろうとしていた星を見留め、心配そうな様子で声をかける。そして、星を助け起こさない貴族の子弟に気づき、不審げに見やる。
「あ、すみません、今、手をお貸ししようかと……」
星へ向けていた顔が嘘のように爽やかな笑顔を浮かべた貴族の子弟は、星を恭しく立ち上がらせ、抱き締めるよう体を寄せる。
「……殿下の傍に相応しいのは、お前じゃない」
「っ……」
この世界に来てから、何度か晒され、その度、誰かが守ってくれていた。そんな悪意に、星は今、一人きりで直面していた。
「……分かったら、さっさと、身を引きたまえ」
爽やかな笑顔のまま、貴族の子弟は星の耳元で囁いてから体を離し、レノーラへ丁寧な挨拶をして去っていく。ダンス教師も、それに続く。
「セイ、少しは踊れるようなりましたか?」
「……はい、レノーラ様。パートナーの方のおかげで、見られるようにはなりました。油断すると、さっきみたいに転んでしまいますけど」
優しく問いかけて来るレノーラに、星はここ何日かで作り慣れた笑顔を浮かべて返し、悪戯っぽく淑女の礼をして見せる。喋り方も、つっかえる事はなく、滑らかだ。
「そうですか。では、今度は踊ってる姿を見せてください。姉様も楽しみにしてますよ?」
「はい、レノーラ様。――頑張ります」
ふふ、と微笑んだレノーラは、星の乱れてしまった髪を直しながら柔らかい声でねだる。
そんなレノーラに、星は色々な思いを込めて、力強く返す。
口より雄弁に持ち主の気持ちを語る瞳は、負けるか、と言わんばかりに、貴族の子弟が消えた扉を見つめている。
人見知りで勘違いされがちだが、たまに驚かれるように、星は意外と好戦的だった。
レノーラの授業は午前中で終わり、少しだけ落ち込んだ雰囲気の星は、ラビと使い魔の獅子を連れ、孤児達が共同生活する屋敷を訪れていた。
そこは良く言えば趣のある一軒家。包み隠さず言えば、少々……だいぶボロい屋敷だった。
「セイ姉ちゃん!」
「セイお姉ちゃん!」
そこで、仲良く声を揃えて星を迎えてくれたのは、茶色の髪と目を持つ、ラディとリリアの兄妹だ。
「ラディ、リリア。……この間から、気にはなってたんだけど、ラディ、私を呼び捨てしてなかった?」
駆け寄って来た兄妹を優しく抱き止めながら、星は今更ながらな疑問を口にする。
「あ、べ、別に良いだろ!? それとも、セイ姉ちゃんは、俺にそう呼ばれるのが嫌なのかよ」
「ううん、弟が出来たみたいで嬉しいかな」
照れ隠しなのか、頬を染めながら喧嘩腰な台詞を吐いたラディに、星は、ふわ、と笑って、言葉通り喜色を隠せない。
「なら、良いだろ! 今日は、森に行くんだから、さっさとしろよ」
乱暴に会話を終了させると、ラディは星の右手を、リリアが左手を握り、星を挟んで歩き出す。
ラビを乗せた銀獅子が、その後をのっそりと歩いていく。
「森に行って何するの?」
「決まってんだろ、狩りだよ」
「あとね、果物探すの。お花も」
「それで、街で売るんだぜ?」
「へぇ、じゃあ、私も果物探すの手伝うよ。狩りはちょっと無理だけど」
両側から話しかけてくる無邪気な兄妹に答える星は、すっかりいつも通りの様子で、あの落ち込んだ様子は消えている。唇に出来た傷だけが、その名残だが、兄妹に気付かれる事はなく……。
「俺、ロイド兄ちゃんと、ユト呼んでくるな!」
玄関の前で、そう言ってパッと星の手を離したラディは、勢い良く屋敷の中へ駆け込んでいく。
残された星の手を、同じく残されたリリアが、クイクイと引き、何事かを耳打ちしようとする。それに気付いた星は、小首を傾げて、僅かに上体を屈めた。
「あのね、お兄ちゃんね、みんながセイお姉ちゃんを、お姉ちゃんって、呼ぶのを聞いて、羨ましくなっちゃったの。だから、急にお姉ちゃんって、呼び始めたんだよ」
「そうなんだ。私も、弟とか妹がいる人が羨ましかったから、そう呼んでもらえるの、嬉しいな」
リリアからの秘密の告白に、星は黒目がちの瞳を細めて、言葉通り嬉しそうに笑っている。と、ロイドを連れたラディが、年長の子供と一緒に戻ってくる。
「ユトも狩りに参加するんだ?」
「と言うか、他のチビ達にはまだ無理だからな。よ、セイ」
「そうなんだ。こんにちは、ロイドさん」
会話をしながら、星はラディに連れられて現れたロイドと挨拶を交わす。
ロイドは、銀灰色の髪と赤銅色の瞳を持つ、引き締まった体躯の青年だ。狩りをしながら、この屋敷で孤児な子供達を養っている。
星は、とある一件から、ラディとリリアを助け、その際ロイドとも知り合っていた。
ここで星は教師の真似事をし、この国の文字と、簡単な計算を子供達へ教えている。最近は、レノーラのおかげで、国の歴史や、マナーも子供達へ教えている。マナーは、貴族との無用な衝突を避ける為にも有効だ。
「こんにちは、ユト。よろしくね」
「こんにちは、セイ姉さん」
そんな子供達の中で年長なだけあって、ユトは落ち着いた様子で星へ挨拶を返し、ペコリと頭を下げる。
「カーヤ、チビ達を頼んだぞ?」
「ええ、分かったわ。ロイド兄さん」
カーヤと呼ばれた少女は、幼い双子の手を引きながら、静かにコクリと頷いて返す。
こうして留守番組に見送られ、星とラディとリリアの兄妹、ロイドと年長のユトの五人は森へと向かい、出発する。
もちろん、ラビを乗せた銀獅子も、ノシノシと後ろを歩いてついていく。
ラディとリリアに挟まれて歩く星だったが、ロイドに手招きされ、小首を傾げて、兄妹を銀獅子へと預け、自らはロイドと並んで歩き出す。
「ちゃんと、汚れてもいい服装で来てくれたんだな?」
「うん。泥遊びでもするのかと思ってたけど、森で狩りは予想外だったよ」
感心しているロイドに、星は僅かに目を細めて笑うと、自宅で掃除をする際に着ている丈夫でシンプルなワンピースを見下ろす。
「スカートより、ズボンが良かったけど、ノウルが嫌がるんだよね」
「まあ、このマナーシュでは、女がズボンを履くのは一般的ではないからな」
「マナーシュでは? じゃあ、お隣の……ユーグラトは違ったりするの?」
習ったばかりの隣国の名を口にし、星は横を歩くロイドを見上げて問いかける。
「ああ、ユーグラトは冒険者が多いからな。普通に街中で見かけるぜ?」
「へぇ、いつか、行ってみたいな」
巻き込まれで保護された身には叶わないだろう、と思いつつも、星は素直な願いを吐露する。
「なら、その時は俺が案内してやるよ」
星の素直な願いを聞くと、何故かロイドは嬉しそうに破顔し、力強く言い切る。すでに、ロイドの中では決定事項らしい。
「……その時は、よろしくお願いします」
そんないつかは来ないだろう。
そう何処か寂しく思いながらも、星はコクリと頷いて、少し前で呼んでいるラディとリリアと合流する為、緩めていた歩調を速める。
置いていかれる形になったロイドはと言うと。
「あー、唇の怪我の理由、聞きそびれた……」
「後で、俺が訊いておきます」
星の背中を見送り、肩を落とし、ユトから落ち着いた様子でフォローされていた。
●




